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第405章『入電』
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第405章『入電』
部下達が下準備と偵察の為に出て行ってから、タカコは一人窓の外を見続けていた。煙の距離からして第一区画での爆撃が為された事に間違いは無い、何も無いところに新兵器を投下する様な真似はすまい、恐らくは予想していた通りに第一防壁を残して全ての防壁が破壊され、第一区画へと殺到した活骸へと向けて投下されたのだろう。第一防壁は壊されてはいない筈だ、陸軍の動きを見ていても戦力の全てを海兵隊基地前に集結させている様子は無いし、敷地の中にも活骸の姿は見られない。
第一防壁を残した理由、ヨシユキがか関わっている事を考えれば、それはやはり自分の予想通りなのだろうな、タカコはそう考えて深く溜息を吐き、暫くは遠ざかっていた煙草を床に置いた背嚢の中から取り出して咥え、火を点ける。
未知の脅威、それを目と鼻の先に叩き付けられた大和人、その守護者である海兵隊。彼等の心を挫けさせ折る目論見なのだろうが、それは半分は成功しているのかも知れない。高根も黒川も、そして副長も、血気盛んな猪武者ではない、自分の目で見た事を通して相手との力量差を図るだけの能力は十二分に持ち合わせているし、脊髄反射で動く様な無能でもない。彼等の目から見たとしても、正攻法では自分達に勝ち目が無いのは直ぐに理解出来ただろう、これからどう動くのだろうか、自分にしてやれる事は無いのか、ぼんやりとそう考えつつ、天井に向かって煙を吐き出し、白くぼやける天井の板目を見て目を細めた。
「なぁ敦賀、第一防壁の手前、幅二十m位か?あそこ、地面じゃないだろう、下が空洞になってる、しかも結構大きな空間だ。何なんだあれ」
「軍事機密だ、外国人のお前に教える事じゃねぇな。まぁ、作られてから一度も発動なんかした事無ぇもんだがよ」
「へぇ……そうか」
あれはいつだったか、対馬区へと出撃する時に気付いた第一防壁前の地下の空洞、地面に等間隔に打たれた孔とそれを覆う鉄の蓋、それを見て敦賀と交わした会話を思い出す。
結局誰からもその正体を聞く事は無かったが、あれは恐らく大和人が作った長大な塹壕、第一防壁が破壊される危機に見舞われた時には発破を掛けて上を覆う構造物を爆破して落とし、活骸を足止めする為のものだろう。日本海から水を引き込んで水路とする様な機構も備えているかも知れない。
恐らく、大和軍はあれを発動させる筈だ、活骸とワシントンとの二正面で事を構える事は到底不可能。それならばせめて活骸だけでも遠ざけておこうと考えるのは必定で、その為にはあれを起動させるのが一番手っ取り早いのだろうから。
そうなった後は――、と、そこ迄考えてタカコは窓際の床に置かれた無線機を見た。機体の残骸と貨物を収納した倉庫から取り戻して来たもので、修理を終えた後はその周波数をウォルコットとの取り決め通りに合わせ、こうして只管入電を待ってはいるものの、未だに雑音以外の音は聞こえて来ない。
今の自分達には何の装備も無い、出来る事と言えば街中へと出てヨシユキの率いる部隊との白兵戦以外程度。後ろ盾の現着が確信出来ない以上、数で劣勢の上に装備も無いとあっては侵攻艦隊やホーネット部隊と渡り合う事は不可能であり、喩えどうにか挑んだとしてもそう長くはもたないだろう。勝てない戦闘に身を投じる気も部下を赴かせる気も無い、増援が、増援が欲しい、そんな想いに小さく舌を打ちながら空き缶に煙草を放り入れれば、じゅわり、と、火種が水に消される音が小さく耳朶を打った。
もし後追いの艦隊が間に合わずワシントン大和間の戦闘に発展した場合、自分はどうするのか、どうしたいのか。何度考えても、部下達がああ言ってくれても未だに答えは出ない。
塹壕が発動されれば活骸の脅威だけは当面は遠ざかるが、それでもホーネットが出て来ている以上いつ橋を架けられるかも分からず、安心は全く出来ない。大和側に有るのは少々の迫撃砲や銃器と太刀だけ、沿岸警備隊を含めても以前よりは口径の大きくなった砲が加わる程度。翻ってみれば侵攻艦隊側には恐らくヘリ空母や強襲揚陸艦が揃い、それ以前に夫々の艦艇に搭載された砲の威力は本国にいた時にこの目で見た事が有るからよく分かっている。あれと互角に渡り合うだけの武力は大和にも自分達にも無く、それでも何とか、どうにかしたいという想いがタカコの胸をじりじりと焼いた。
出来る事なら、今直ぐにここを飛び出して海兵隊基地へ赴きたい、そして、大和の仲間達と共に事態に向かい合いたい、そう思いはするものの様々なものがタカコの身体を縛り付け、彼女は長い間そこから動く事も無く立ち、只管に窓の外の景色を見詰めていた。
『ボス、どうしたの?大丈夫?』
どれ程の時間が経ったのか窓の外は既に暗くなり、背後から掛けられたジュリアーニの言葉に肩をぴくりと揺らし、タカコはゆっくりと振り返る。
『何人殺った』
『二人。相手も色々と出方を窺ってるみたいだね、日中だし、夜からの方が動きが有るんじゃないかな』
ジュリアーニの戦闘服の上着には点々と返り血が付き、戦闘に発展した事を窺わせる。それでも大した騒ぎにはならず怪我も無い様子で、ジュリアーニは床に転がった茶の缶を手に取り、ぷしりと音を立てて開封したそれを一気に飲み干しながらタカコの問い掛けに答えた。
『入電は?』
『まだだ、侵攻艦隊を抑えられるだけの編成なら同程度かそれ以上の大所帯になる、こっちも日中はそうそう簡単に動けないだろう、近海迄来ていたとしても沿岸に到達するのは夜になる筈だ』
『だね。それならさ、少し休みなよ』
『お前等が動いてるのに上官の私が寝てたら示しつかねぇだろうが』
『あのねぇ、何度も言うけど、ボスってのは後ろで偉そうに踏ん反り返って下に命令を出すのが仕事なの。示しとかそんなの考えなくて良いから早く――』
ザザッ……ザッ……ク……ラ……
今迄雑音を垂れ流すだけだった無線機に、不明瞭ながらも人間の音声が入ったのはそんな時。
二人共弾かれる様にして顔を上げ、無線機に駆け寄りその前へと膝を突く。
ザッ……ザッ……クジラ……ザザッ……
大和語で紡がれた『くじら』という単語、タカコはそれを聞いた瞬間、ぶるりと大きく身体を震わせ、眼球が零れ落ちそうな程に双眸を見開きながら両の拳をきつく、きつく握り締めた。
『マリオ!コードブック出せ!!直ぐに!!』
部下達が下準備と偵察の為に出て行ってから、タカコは一人窓の外を見続けていた。煙の距離からして第一区画での爆撃が為された事に間違いは無い、何も無いところに新兵器を投下する様な真似はすまい、恐らくは予想していた通りに第一防壁を残して全ての防壁が破壊され、第一区画へと殺到した活骸へと向けて投下されたのだろう。第一防壁は壊されてはいない筈だ、陸軍の動きを見ていても戦力の全てを海兵隊基地前に集結させている様子は無いし、敷地の中にも活骸の姿は見られない。
第一防壁を残した理由、ヨシユキがか関わっている事を考えれば、それはやはり自分の予想通りなのだろうな、タカコはそう考えて深く溜息を吐き、暫くは遠ざかっていた煙草を床に置いた背嚢の中から取り出して咥え、火を点ける。
未知の脅威、それを目と鼻の先に叩き付けられた大和人、その守護者である海兵隊。彼等の心を挫けさせ折る目論見なのだろうが、それは半分は成功しているのかも知れない。高根も黒川も、そして副長も、血気盛んな猪武者ではない、自分の目で見た事を通して相手との力量差を図るだけの能力は十二分に持ち合わせているし、脊髄反射で動く様な無能でもない。彼等の目から見たとしても、正攻法では自分達に勝ち目が無いのは直ぐに理解出来ただろう、これからどう動くのだろうか、自分にしてやれる事は無いのか、ぼんやりとそう考えつつ、天井に向かって煙を吐き出し、白くぼやける天井の板目を見て目を細めた。
「なぁ敦賀、第一防壁の手前、幅二十m位か?あそこ、地面じゃないだろう、下が空洞になってる、しかも結構大きな空間だ。何なんだあれ」
「軍事機密だ、外国人のお前に教える事じゃねぇな。まぁ、作られてから一度も発動なんかした事無ぇもんだがよ」
「へぇ……そうか」
あれはいつだったか、対馬区へと出撃する時に気付いた第一防壁前の地下の空洞、地面に等間隔に打たれた孔とそれを覆う鉄の蓋、それを見て敦賀と交わした会話を思い出す。
結局誰からもその正体を聞く事は無かったが、あれは恐らく大和人が作った長大な塹壕、第一防壁が破壊される危機に見舞われた時には発破を掛けて上を覆う構造物を爆破して落とし、活骸を足止めする為のものだろう。日本海から水を引き込んで水路とする様な機構も備えているかも知れない。
恐らく、大和軍はあれを発動させる筈だ、活骸とワシントンとの二正面で事を構える事は到底不可能。それならばせめて活骸だけでも遠ざけておこうと考えるのは必定で、その為にはあれを起動させるのが一番手っ取り早いのだろうから。
そうなった後は――、と、そこ迄考えてタカコは窓際の床に置かれた無線機を見た。機体の残骸と貨物を収納した倉庫から取り戻して来たもので、修理を終えた後はその周波数をウォルコットとの取り決め通りに合わせ、こうして只管入電を待ってはいるものの、未だに雑音以外の音は聞こえて来ない。
今の自分達には何の装備も無い、出来る事と言えば街中へと出てヨシユキの率いる部隊との白兵戦以外程度。後ろ盾の現着が確信出来ない以上、数で劣勢の上に装備も無いとあっては侵攻艦隊やホーネット部隊と渡り合う事は不可能であり、喩えどうにか挑んだとしてもそう長くはもたないだろう。勝てない戦闘に身を投じる気も部下を赴かせる気も無い、増援が、増援が欲しい、そんな想いに小さく舌を打ちながら空き缶に煙草を放り入れれば、じゅわり、と、火種が水に消される音が小さく耳朶を打った。
もし後追いの艦隊が間に合わずワシントン大和間の戦闘に発展した場合、自分はどうするのか、どうしたいのか。何度考えても、部下達がああ言ってくれても未だに答えは出ない。
塹壕が発動されれば活骸の脅威だけは当面は遠ざかるが、それでもホーネットが出て来ている以上いつ橋を架けられるかも分からず、安心は全く出来ない。大和側に有るのは少々の迫撃砲や銃器と太刀だけ、沿岸警備隊を含めても以前よりは口径の大きくなった砲が加わる程度。翻ってみれば侵攻艦隊側には恐らくヘリ空母や強襲揚陸艦が揃い、それ以前に夫々の艦艇に搭載された砲の威力は本国にいた時にこの目で見た事が有るからよく分かっている。あれと互角に渡り合うだけの武力は大和にも自分達にも無く、それでも何とか、どうにかしたいという想いがタカコの胸をじりじりと焼いた。
出来る事なら、今直ぐにここを飛び出して海兵隊基地へ赴きたい、そして、大和の仲間達と共に事態に向かい合いたい、そう思いはするものの様々なものがタカコの身体を縛り付け、彼女は長い間そこから動く事も無く立ち、只管に窓の外の景色を見詰めていた。
『ボス、どうしたの?大丈夫?』
どれ程の時間が経ったのか窓の外は既に暗くなり、背後から掛けられたジュリアーニの言葉に肩をぴくりと揺らし、タカコはゆっくりと振り返る。
『何人殺った』
『二人。相手も色々と出方を窺ってるみたいだね、日中だし、夜からの方が動きが有るんじゃないかな』
ジュリアーニの戦闘服の上着には点々と返り血が付き、戦闘に発展した事を窺わせる。それでも大した騒ぎにはならず怪我も無い様子で、ジュリアーニは床に転がった茶の缶を手に取り、ぷしりと音を立てて開封したそれを一気に飲み干しながらタカコの問い掛けに答えた。
『入電は?』
『まだだ、侵攻艦隊を抑えられるだけの編成なら同程度かそれ以上の大所帯になる、こっちも日中はそうそう簡単に動けないだろう、近海迄来ていたとしても沿岸に到達するのは夜になる筈だ』
『だね。それならさ、少し休みなよ』
『お前等が動いてるのに上官の私が寝てたら示しつかねぇだろうが』
『あのねぇ、何度も言うけど、ボスってのは後ろで偉そうに踏ん反り返って下に命令を出すのが仕事なの。示しとかそんなの考えなくて良いから早く――』
ザザッ……ザッ……ク……ラ……
今迄雑音を垂れ流すだけだった無線機に、不明瞭ながらも人間の音声が入ったのはそんな時。
二人共弾かれる様にして顔を上げ、無線機に駆け寄りその前へと膝を突く。
ザッ……ザッ……クジラ……ザザッ……
大和語で紡がれた『くじら』という単語、タカコはそれを聞いた瞬間、ぶるりと大きく身体を震わせ、眼球が零れ落ちそうな程に双眸を見開きながら両の拳をきつく、きつく握り締めた。
『マリオ!コードブック出せ!!直ぐに!!』
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