大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
5 / 102

第405章『入電』

しおりを挟む
第405章『入電』

 部下達が下準備と偵察の為に出て行ってから、タカコは一人窓の外を見続けていた。煙の距離からして第一区画での爆撃が為された事に間違いは無い、何も無いところに新兵器を投下する様な真似はすまい、恐らくは予想していた通りに第一防壁を残して全ての防壁が破壊され、第一区画へと殺到した活骸へと向けて投下されたのだろう。第一防壁は壊されてはいない筈だ、陸軍の動きを見ていても戦力の全てを海兵隊基地前に集結させている様子は無いし、敷地の中にも活骸の姿は見られない。
 第一防壁を残した理由、ヨシユキがか関わっている事を考えれば、それはやはり自分の予想通りなのだろうな、タカコはそう考えて深く溜息を吐き、暫くは遠ざかっていた煙草を床に置いた背嚢の中から取り出して咥え、火を点ける。
 未知の脅威、それを目と鼻の先に叩き付けられた大和人、その守護者である海兵隊。彼等の心を挫けさせ折る目論見なのだろうが、それは半分は成功しているのかも知れない。高根も黒川も、そして副長も、血気盛んな猪武者ではない、自分の目で見た事を通して相手との力量差を図るだけの能力は十二分に持ち合わせているし、脊髄反射で動く様な無能でもない。彼等の目から見たとしても、正攻法では自分達に勝ち目が無いのは直ぐに理解出来ただろう、これからどう動くのだろうか、自分にしてやれる事は無いのか、ぼんやりとそう考えつつ、天井に向かって煙を吐き出し、白くぼやける天井の板目を見て目を細めた。

「なぁ敦賀、第一防壁の手前、幅二十m位か?あそこ、地面じゃないだろう、下が空洞になってる、しかも結構大きな空間だ。何なんだあれ」
「軍事機密だ、外国人のお前に教える事じゃねぇな。まぁ、作られてから一度も発動なんかした事無ぇもんだがよ」
「へぇ……そうか」

 あれはいつだったか、対馬区へと出撃する時に気付いた第一防壁前の地下の空洞、地面に等間隔に打たれた孔とそれを覆う鉄の蓋、それを見て敦賀と交わした会話を思い出す。
 結局誰からもその正体を聞く事は無かったが、あれは恐らく大和人が作った長大な塹壕、第一防壁が破壊される危機に見舞われた時には発破を掛けて上を覆う構造物を爆破して落とし、活骸を足止めする為のものだろう。日本海から水を引き込んで水路とする様な機構も備えているかも知れない。
 恐らく、大和軍はあれを発動させる筈だ、活骸とワシントンとの二正面で事を構える事は到底不可能。それならばせめて活骸だけでも遠ざけておこうと考えるのは必定で、その為にはあれを起動させるのが一番手っ取り早いのだろうから。
 そうなった後は――、と、そこ迄考えてタカコは窓際の床に置かれた無線機を見た。機体の残骸と貨物を収納した倉庫から取り戻して来たもので、修理を終えた後はその周波数をウォルコットとの取り決め通りに合わせ、こうして只管入電を待ってはいるものの、未だに雑音以外の音は聞こえて来ない。
 今の自分達には何の装備も無い、出来る事と言えば街中へと出てヨシユキの率いる部隊との白兵戦以外程度。後ろ盾の現着が確信出来ない以上、数で劣勢の上に装備も無いとあっては侵攻艦隊やホーネット部隊と渡り合う事は不可能であり、喩えどうにか挑んだとしてもそう長くはもたないだろう。勝てない戦闘に身を投じる気も部下を赴かせる気も無い、増援が、増援が欲しい、そんな想いに小さく舌を打ちながら空き缶に煙草を放り入れれば、じゅわり、と、火種が水に消される音が小さく耳朶を打った。
 もし後追いの艦隊が間に合わずワシントン大和間の戦闘に発展した場合、自分はどうするのか、どうしたいのか。何度考えても、部下達がああ言ってくれても未だに答えは出ない。
 塹壕が発動されれば活骸の脅威だけは当面は遠ざかるが、それでもホーネットが出て来ている以上いつ橋を架けられるかも分からず、安心は全く出来ない。大和側に有るのは少々の迫撃砲や銃器と太刀だけ、沿岸警備隊を含めても以前よりは口径の大きくなった砲が加わる程度。翻ってみれば侵攻艦隊側には恐らくヘリ空母や強襲揚陸艦が揃い、それ以前に夫々の艦艇に搭載された砲の威力は本国にいた時にこの目で見た事が有るからよく分かっている。あれと互角に渡り合うだけの武力は大和にも自分達にも無く、それでも何とか、どうにかしたいという想いがタカコの胸をじりじりと焼いた。
 出来る事なら、今直ぐにここを飛び出して海兵隊基地へ赴きたい、そして、大和の仲間達と共に事態に向かい合いたい、そう思いはするものの様々なものがタカコの身体を縛り付け、彼女は長い間そこから動く事も無く立ち、只管に窓の外の景色を見詰めていた。

『ボス、どうしたの?大丈夫?』
 どれ程の時間が経ったのか窓の外は既に暗くなり、背後から掛けられたジュリアーニの言葉に肩をぴくりと揺らし、タカコはゆっくりと振り返る。
『何人殺った』
『二人。相手も色々と出方を窺ってるみたいだね、日中だし、夜からの方が動きが有るんじゃないかな』
 ジュリアーニの戦闘服の上着には点々と返り血が付き、戦闘に発展した事を窺わせる。それでも大した騒ぎにはならず怪我も無い様子で、ジュリアーニは床に転がった茶の缶を手に取り、ぷしりと音を立てて開封したそれを一気に飲み干しながらタカコの問い掛けに答えた。
『入電は?』
『まだだ、侵攻艦隊を抑えられるだけの編成なら同程度かそれ以上の大所帯になる、こっちも日中はそうそう簡単に動けないだろう、近海迄来ていたとしても沿岸に到達するのは夜になる筈だ』
『だね。それならさ、少し休みなよ』
『お前等が動いてるのに上官の私が寝てたら示しつかねぇだろうが』
『あのねぇ、何度も言うけど、ボスってのは後ろで偉そうに踏ん反り返って下に命令を出すのが仕事なの。示しとかそんなの考えなくて良いから早く――』

 ザザッ……ザッ……ク……ラ……

 今迄雑音を垂れ流すだけだった無線機に、不明瞭ながらも人間の音声が入ったのはそんな時。
 二人共弾かれる様にして顔を上げ、無線機に駆け寄りその前へと膝を突く。

 ザッ……ザッ……クジラ……ザザッ……

 大和語で紡がれた『くじら』という単語、タカコはそれを聞いた瞬間、ぶるりと大きく身体を震わせ、眼球が零れ落ちそうな程に双眸を見開きながら両の拳をきつく、きつく握り締めた。

『マリオ!コードブック出せ!!直ぐに!!』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...