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第406章『コード・ナバホ』
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第406章『コード・ナバホ』
ワシントン軍統合参謀本部直轄特殊部隊『Providence』、通称『P』。その部隊の一員であるカルロス・チスネロス陸軍大尉は、逸る気持ちを抑える事に内心苦労していた。彼の視線の先には艦艇に搭載された無線機、そこから流れ出て来る言葉の数々こそ、自分達が、そしてタカコが待ち望んでいたもの。
『大和語だが……単語の意味は分かるが文章としては意味が通らんな』
『暗号か?』
『恐らく。しかし、こちらにはコードトーカーはいませんしコードブックも有りませんよ』
『連れて来た大和のコーストガードに聞かせてみますか?』
『それが良いかも知れんな』
チスネロスの前で繰り広げられる会話に、彼は内心で小さく笑う。そうだ、それで良い、我々の指揮官の仕掛けた罠にそのまま掛かっていろ、そう小さく呟いた。
タカコが旧時代の文献から引っ張り出して来た膨大な資料、その中に在ったのは遥か昔の大戦でワシントンの前身になるアメリカが使用したコード、暗号だった。
暗号の名は『コード・ナバホ』、原住民が使用していた言語を基にして開発されたそれは、大戦の終結迄敵国に解読される事はただの一度も無かったという。大和への潜入が決まってから、タカコはそれをPだけが理解出来るものへと極秘裏に作り変えた。
ナバホコードの単語を全て習得したばかりの大和語へと置き換え、更には文法も大和語のそれへと置き換えた。そうして出来上がったものは、コードブックを持たない者には欠片も理解出来ない新しい暗号、タカコはそれを
『コードブック見られない場合だって有る、無くても解読出来る様にしておけよ』
と部下に豪快に無茶振りをして来た。そして自分達は半泣きになりながらあの難解且つ膨大な暗号を暗記する羽目になったものの、今はそれも何処か懐かしく感じる。
タカコが言っていた通りにコードブックを見られる状況ではない、彼等が今聞いているものが大和側ではなく、ワシントン側である自分達へと向けられたものである事を悟られてはならない。チスネロスはそんな事を考えつつ、繰り返し無線から流れる言葉へと耳を傾けた。
内容はもう覚えた、そしてそれのワシントン語への組み替えも頭の中で完了した。そして、その内容が自分達へと伝えるもの――、それを頭のなかで反芻し、ぶるりと身体を震わせながら無線室を後にする。
横を歩くのはここ数日ずっと一緒にいるドレイク、何も言わないが恐らくは事の流れに勘付いている。彼は昔からタカコの傍にいたと聞いている、タカユキ程ではなくとも彼女を理解している事は間違い無い、時には悪魔的にすら感じる事も有るタカコの企みの深さを感じ取っているだろう、後で教えてやれば良い。
艦内での扱いが未だ定まらないのか、何処かに配属される様子は無い。雑用を任されて艦内のあちこちを動き回り、こうして情報を仕入れる事が出来るのは幸運と言って良いだろう。
『で、どういう意味なんだ、あれ』
『何がだ』
『惚けるなよ、あれ、タカコが絡んでるんじゃないのか?大和にはあんな複雑な暗号は存在してない筈だ、外敵を持たなかったんだからな』
『カリート、どうした?』
部屋に戻ってからのチスネロスとドレイクの会話に、無線室に居合わせていなかった他の人間が寄って来る。一体何なんだ、という彼等やドレイクの姿を見てチスネロスは薄く笑い、ゆっくりと口を開いた。
『後追いの艦隊が済州島に到達、侵攻部隊の本隊を制圧した。この後は一旦態勢を整え、五日後の夜に夜陰を利用して大和へと到達する。大和のコーストガードとの接触は避けられんが、救助した生き残りを連れて来ているそうだ、その彼等にコーストガードに対して敵意は無い事、侵攻艦隊の制圧に来た事を通訳させつつ東へと、博多沖、ここに進むと。後追いの艦隊も空母がいる、そこにホーネットを搭載しているから、到着迄何とか凌げと、それが先程無線で入った、ボス達に向けてのものだ。我々に対しては、制圧艦隊の動きに合わせ内部を撹乱し脱出し地上での戦闘に転じろとの事だ』
内心の逸りを抑えたチスネロスの言葉、ドレイク以外の面々はそれに顔を見合わせ、次の瞬間には声こそ出さないものの肩を叩き合ったり抱き締め合ったり、中には薄らと涙を浮かべている者も在る。そしてドレイクも事の次第が飲み込めたのか、何処と無くほっとした様な面持ちで笑みを浮かべている。
対馬区へと攻撃を加え続ける侵攻艦隊の動きを止める事も出来ず、大和の地に残っている仲間達を想い無事を祈る事しか出来なかったこの数日間、時にはこの艦を飛び出して陸上へと降りようと何度も考え、時には身支度を整えて扉へと手を掛ける事すら有った。それを何とかお互いに抑え合い耐え忍び、漸く齎された待ち侘びた命令、吉報に全員が喜びを隠さない。
まだ艦隊が到着したわけではない、後五日間は自分達だけで何とか耐え抜く必要が有る。それでも夜がいつ明けるか分からない時は過ぎた、夜明けがすぐそこなのだと思えばそれを耐え抜くだけの気力は幾らでも湧いて来る。
敵陣の中に潜み続けるだけの日々が終わりを迎える、そうなれば今迄の鬱憤を晴らす為に暴れてやるさと誰かが口にし、その場の全員が力強い笑みを浮かべながらそれに頷き、拳を打ち付け合った。
ワシントン軍統合参謀本部直轄特殊部隊『Providence』、通称『P』。その部隊の一員であるカルロス・チスネロス陸軍大尉は、逸る気持ちを抑える事に内心苦労していた。彼の視線の先には艦艇に搭載された無線機、そこから流れ出て来る言葉の数々こそ、自分達が、そしてタカコが待ち望んでいたもの。
『大和語だが……単語の意味は分かるが文章としては意味が通らんな』
『暗号か?』
『恐らく。しかし、こちらにはコードトーカーはいませんしコードブックも有りませんよ』
『連れて来た大和のコーストガードに聞かせてみますか?』
『それが良いかも知れんな』
チスネロスの前で繰り広げられる会話に、彼は内心で小さく笑う。そうだ、それで良い、我々の指揮官の仕掛けた罠にそのまま掛かっていろ、そう小さく呟いた。
タカコが旧時代の文献から引っ張り出して来た膨大な資料、その中に在ったのは遥か昔の大戦でワシントンの前身になるアメリカが使用したコード、暗号だった。
暗号の名は『コード・ナバホ』、原住民が使用していた言語を基にして開発されたそれは、大戦の終結迄敵国に解読される事はただの一度も無かったという。大和への潜入が決まってから、タカコはそれをPだけが理解出来るものへと極秘裏に作り変えた。
ナバホコードの単語を全て習得したばかりの大和語へと置き換え、更には文法も大和語のそれへと置き換えた。そうして出来上がったものは、コードブックを持たない者には欠片も理解出来ない新しい暗号、タカコはそれを
『コードブック見られない場合だって有る、無くても解読出来る様にしておけよ』
と部下に豪快に無茶振りをして来た。そして自分達は半泣きになりながらあの難解且つ膨大な暗号を暗記する羽目になったものの、今はそれも何処か懐かしく感じる。
タカコが言っていた通りにコードブックを見られる状況ではない、彼等が今聞いているものが大和側ではなく、ワシントン側である自分達へと向けられたものである事を悟られてはならない。チスネロスはそんな事を考えつつ、繰り返し無線から流れる言葉へと耳を傾けた。
内容はもう覚えた、そしてそれのワシントン語への組み替えも頭の中で完了した。そして、その内容が自分達へと伝えるもの――、それを頭のなかで反芻し、ぶるりと身体を震わせながら無線室を後にする。
横を歩くのはここ数日ずっと一緒にいるドレイク、何も言わないが恐らくは事の流れに勘付いている。彼は昔からタカコの傍にいたと聞いている、タカユキ程ではなくとも彼女を理解している事は間違い無い、時には悪魔的にすら感じる事も有るタカコの企みの深さを感じ取っているだろう、後で教えてやれば良い。
艦内での扱いが未だ定まらないのか、何処かに配属される様子は無い。雑用を任されて艦内のあちこちを動き回り、こうして情報を仕入れる事が出来るのは幸運と言って良いだろう。
『で、どういう意味なんだ、あれ』
『何がだ』
『惚けるなよ、あれ、タカコが絡んでるんじゃないのか?大和にはあんな複雑な暗号は存在してない筈だ、外敵を持たなかったんだからな』
『カリート、どうした?』
部屋に戻ってからのチスネロスとドレイクの会話に、無線室に居合わせていなかった他の人間が寄って来る。一体何なんだ、という彼等やドレイクの姿を見てチスネロスは薄く笑い、ゆっくりと口を開いた。
『後追いの艦隊が済州島に到達、侵攻部隊の本隊を制圧した。この後は一旦態勢を整え、五日後の夜に夜陰を利用して大和へと到達する。大和のコーストガードとの接触は避けられんが、救助した生き残りを連れて来ているそうだ、その彼等にコーストガードに対して敵意は無い事、侵攻艦隊の制圧に来た事を通訳させつつ東へと、博多沖、ここに進むと。後追いの艦隊も空母がいる、そこにホーネットを搭載しているから、到着迄何とか凌げと、それが先程無線で入った、ボス達に向けてのものだ。我々に対しては、制圧艦隊の動きに合わせ内部を撹乱し脱出し地上での戦闘に転じろとの事だ』
内心の逸りを抑えたチスネロスの言葉、ドレイク以外の面々はそれに顔を見合わせ、次の瞬間には声こそ出さないものの肩を叩き合ったり抱き締め合ったり、中には薄らと涙を浮かべている者も在る。そしてドレイクも事の次第が飲み込めたのか、何処と無くほっとした様な面持ちで笑みを浮かべている。
対馬区へと攻撃を加え続ける侵攻艦隊の動きを止める事も出来ず、大和の地に残っている仲間達を想い無事を祈る事しか出来なかったこの数日間、時にはこの艦を飛び出して陸上へと降りようと何度も考え、時には身支度を整えて扉へと手を掛ける事すら有った。それを何とかお互いに抑え合い耐え忍び、漸く齎された待ち侘びた命令、吉報に全員が喜びを隠さない。
まだ艦隊が到着したわけではない、後五日間は自分達だけで何とか耐え抜く必要が有る。それでも夜がいつ明けるか分からない時は過ぎた、夜明けがすぐそこなのだと思えばそれを耐え抜くだけの気力は幾らでも湧いて来る。
敵陣の中に潜み続けるだけの日々が終わりを迎える、そうなれば今迄の鬱憤を晴らす為に暴れてやるさと誰かが口にし、その場の全員が力強い笑みを浮かべながらそれに頷き、拳を打ち付け合った。
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