大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
上 下
8 / 102

第408章『狼煙』

しおりを挟む
第408章『狼煙』

 高根との交信を終えて無線機の電源を落としたタカコ、その背後には部下達が揃い、彼女の次の言葉を待っていた。
『……さて、どう動こうか』
 先程迄の硬さは既に声音には無く、部下達にとっては『いつも通りの』指揮官の声が鼓膜を緩く打つ。
 無線の周波数は大和でもワシントンでも使われない帯域を使用し、出力を最小限に抑えていた為に余程近距離でなければ傍受も不可能。ヨシユキの部隊が街中にいる事は分かってはいるが、ここから指揮所迄の距離を半径として、その円周内からは自分達以外の人間を排除していたから、彼等に今の通信内容を把握される事も無い。
 大和側には自分達の意向と今後の動向は伝えた、後はその約束通りに博多市街地へと打って出て、出来る限り敵を、ヨシユキの部隊を殺し続ける事、それだけだ。
『傍受の心配は無い、後顧の憂いは無いと見て良いでしょう』
『それはそうなんだがな……弾薬が……そろそろ、な』
 ウォーレンの言葉にタカコから返されたのは少々歯切れの悪い言葉、各所で発生した放棄車両の撤去の道筋を大和に示す為に大量の爆薬を使用し、そちらは全て使い尽した。弾薬に関しては拳銃と小銃用と狙撃銃以外は昨年の海兵隊基地曝露の鎮圧の際にほぼ全数を使用していた事も有り、持ち出しの時点で殆ど倉庫には残っておらず、現状手元には拳銃と小銃と狙撃銃とその弾薬、そしてナイフ以外には武器らしい武器は無い。
『離脱の時に積めるだけ持ち出して来たんだけどねぇ、あちこちでちょっぴり派手にやり過ぎたみたいな?まぁ、でも、多少はまだ残ってるし、拳銃と小銃とナイフと手足が有れば、俺達なら何とかなるんじゃない?』
 ウォーレンの次に口を開いたのはジュリアーニ、状況的に厳しい事は理解した上で尚発せられた前向きなその言葉にタカコが笑い、それを見て他の面々もやれやれといった面持ちになる。
『見ての通り装備は少々、いや、かなり貧相にはなったが、私と、私が選んでその扱きを生き延びて来たお前等だ。有る物と自分の身体さえ有れば相応の戦果を挙げられると、信じてるんじゃない、知ってる。艦隊が博多沖に到達する迄後三日、何をどうしてでも生き延び、大和軍の援護を立派に果たしてみせようじゃないか』
『俺達なら何とかなりますよ』
『私も普段は後方ですが、腕に自信は有りますよ』
『俺は今回は援護に回りますよ、この面子の中では一番腕が良いですからね』
 夫々の言葉には過度の気負いも恐怖も無く、極々自然体でこれから身を投じる戦いを受け入れている様子が伝わって来る。タカコはそれを見て目を細めて笑い、一旦俯いて静かに双眸を閉じた。
『……行け、見付け次第殺せ、そして生き延びろ。命令はそれだけだ』
 俯いた顔が上げられた時、そこに在ったのは笑顔でも怒りでもなく、唯々純粋な殺気と、そして絶対零度の冷たさを感じさせる獰猛さのみ。
『はっ!』
『了解です』
『了解』
『了解しました』
『了解です、マスターもお気を付けて』
 次々に上がる手、忠誠と了承を示す敬礼をし、部下達は次々と装備を背負い部屋を出て階段を降りて行く。タカコはそれを真っ直ぐに見据えたまま見送り、やがて彼等の気配が博多の街へと溶け込んでしまった事を感じ取りながらゆっくりと動き出した。
 無線はもう必要無い、携行するには大き過ぎるし電力ももう残っていない。しかしそのまま置いて行きそれがヨシユキの部隊に見つかれば、勘の良いあの男に何を嗅ぎ付けられるかも分からない。そうなれば、自分がすべき事は、一つだけだ。
 背嚢の中から工具を取り出し無線機を可能な限り分解し、それを部屋だけではなく廊下に放り出し、一部は階段から階下に向けて蹴り落とす。部下達がそうした様にタカコもまた自らの装備を背負い、次に足元に置いて有った灯油缶を手にして室内に撒き、廊下、階段と、後ろ向きに進みながら灯油を撒き階下へと降り玄関へと立った。
 全力全開で殺り合っても五分かも知れない相手、大和での戦いの締めとしては十二分に過ぎるだろう、相手として全く不足は無い。『これ』がその戦いの開幕の狼煙になる、内心でそう呟きながらポケットから防水マッチを取り出して擦り、同じくポケットから出した紙を撚って火を点け歩き出す。そして、灯油の撒き散らされた玄関へと向けて肩越しに後ろへと放り投げた。
 後ろから伝わって来る小さな爆発と熱気、タカコはそれに目を細めて笑うと地面を蹴って走り出す。遂にここ迄来た、精々派手に暴れて大和の未来への餞としてやるさと呟き更に加速した。
 大和軍と同じ場所に立ち同じものを見据えて戦う事は、少なくとも自分達の部隊にとってはもう無いだろう。ここから先は例え同盟が締結されたとしても国同士の付き合いになる、汚れ仕事を専門に請け負う半官半民の自分達の部隊がその表舞台へと出る事は、恐らく無い。
 それでも、立ち位置も何もかもが違う今だからこそ、彼等と共に戦っているのだと、心からそう感じられる事が何とも言えない高揚感を齎し、そして嬉しいと感じている。
 基地曝露の時に敦賀に言った言葉を、今更ふと思い出す。

『一緒にいるってのはこんな風に物理的に距離が近い事だけじゃない。この作戦の下準備の相棒に私はお前を選んだ、例え別々の場所で動く事になったとしても、これも『一緒にいる』って事だ。信用してなけりゃ、頼りにしてなけりゃ相棒になんか選ばんさ』

 そう、立場は元より違い、今は進む道も違えた。しかしそれでも、否、だからこそ共に戦っているのだと、一緒にいるのだと、自分達はそんな生き方をしている事を感じてタカコは一瞬だけ微笑み、次の瞬間にはその顔から笑みを消し冷たい獰猛さだけをそこに浮かべ、街並みへと消えて行った。
しおりを挟む

処理中です...