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第409章『歪み』
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第409章『歪み』
双子の弟が『彼女』を連れて来たのは、もう随分と昔の事。目付きの鋭い、野犬の様な風情だと、そう思ったのをよく覚えている。
「どうしたんだ、それ」
「いや、アルのところに行った時に拾ったんだ。良い素質を持ってると思ってさ、適性検査を受けさせたら、過去最高の成績だって」
福祉の受け皿に受け止めてもらえない子供達、それを集めて軍事訓練を施し、生きる道筋を与える――、軍の思惑と行き届かない児童福祉の現実が合致したそんな計画の一端を、子供達に訓練を施すという形で関わっていた自分に向かって、弟はいつもの笑顔を向けてそう言った。
自分達もその『最後の受け皿』に受け止められて今の立場を得ており、それに一定の意味を見出していた事は確かだが、女の子を連れて来るとはと若干の呆れを感じたのもほんの短い間の事だった。
弟が連れて来た『彼女』は過去最高と謳われるに相応しい、天賦の才とでも言うべき素晴らしい素質の持ち主だった。生い立ちにより身に着けた様々な垢の下から現れたのは、指揮官と兵士という、両立させる事がとても難しい要素才能を何の矛盾も無く共存させている、一つの『奇跡』の顕現だった。
未だ未熟なその『奇跡』、『彼女』を欲しいと、自分だけのものにしたいと思い始めるのにそう時間は掛からず、それと同時に弟に対してのどす黒い感情が大きくなっていくのを感じていた。
教官として『彼女』の一番近くに居るのは自分でも、一人の人間として男として一番近いのは弟で、その弟が彼女を至高の兵器、宝として扱うのではなく、人間として女として扱っているのが我慢出来なかった。
素質が有ると言って連れて来た筈なのに、弟は『彼女』が人間らしさや女らしさを一つ一つ取り戻し人間臭くなっていくのをその度に喜び、そして、最初の数年こそ保護者として振る舞っていた彼は、『彼女』が思春期を迎える頃には既に女として見詰め扱い始めていた。
違う、『彼女』は人間としてよりも女としてよりも、一個の完成された兵器だというところに真の価値、存在意義が有る。人間臭さで汚すな、優しさを引き出すな。それは彼女を弱くする、価値を下げる、そう思った事は数知れず、そんな想いはいつしか肉親への殺意へと姿を変えた。
しかしそれでも彼女は着実に成長を続け、士官教育課程への抜擢、そこでも好成績を収め士官へと昇進した後も着実に軍での実績を積み重ねた。そんな中でいつしか自分の手元を離れはしたものの、弟と自分に懐いていた『彼女』とはよく顔を合わせ、折に触れて目にする成長を嬉しく思い、そして、やはり弟に対しての殺意は段々と膨れ上がっていた。
そんな生活の中でやがて気付いた自分の性癖、大切にしたいという気持ちと、それと同じ位に強い、大切だからこそ、愛しているからこそ、完璧でなくなってしまうのであれば壊してしまいたいという強い衝動。
形は違えど自分もまた弟と同じ様に『彼女』を愛しているのだと、その事に気付いた時には自らに苦笑したものの、だからと言って弟の様に彼女を愛する事は出来なかったし、する気も無かった。
やがて『彼女』が選んだのは弟、人間として男として、『彼女』の強さも優しさも全てを引っ包めて愛した男を『彼女』は選び、そして愛した。
そして常に寄り添う様になった二人、お互いを愛し慈しみ、その光景を目にする度に心の中に加速度的に溜まり始めた澱、
『何故ただの女として扱うのか』
『何故彼女の真価に目を向けないのか』
『何故それを受け入れているのか』
『何故、お前を一番理解している俺を選ばなかったのか』
そんな想いを、どうにかしようとは欠片も思わなかった。
自分が育てた至高の宝、それが輝きを失ってしまうのであれば、自らの手で壊してしまおう。堕落させる要素を排除すれば『彼女』は有るべき輝きを取り戻す、目の前で奪い去れば、否が応でも理解するだろう。
何度かの試みは全て失敗し、その過程で『彼女』は子を宿す能力を失い、弟は我が子をその手に抱く事も無く喪った。そして自分は軍を去り、今の組織へと入り込みそこを掌握した頃に知ったのが極秘作戦『ワンサウザンド』。それに『彼女』と弟が投入されるであろう事を知り、軍を去る前から繋がりを保っていたマクマーンを焚き付け、作戦に食い込む事に成功した。
本来であれば『彼女』の率いる部隊を済州島迄引き入れてから輸送機を壊し、帰国を不可能にしてから事を運ぶつもりだったが、何が悪かったのか機体は済州島到着前に制御不能に陥った。そして、対馬区に墜落した後、『彼女』は自らの手で弟の人生に幕を下ろしてやったらしい。
最愛の存在を自らの手で殺したともなれば壊れてしまうかとも思ったが、次にそれに寄り添う様になったのは異国の軍隊の下士官。その事で『彼女』が自我を保ち続け、そして軍人としての力をも失わなかった事が、深い安心を齎すと同時に、弟に対して抱いていた激しい苛立ちと憎悪を再燃させた。
男として受け入れてもらおうとは思わない。軍人として兵士としての『彼女』を育てたのは自分で、『彼女』の一番近くにいるのは自分なのだ。『彼女』――、タカコが人間として女としての自分を肯定するのであれば、それを与える存在を今度こそ目の前で消し去ってやる。そして、絶望し自分の無力を呪うタカコを、自分が、この手で、殺してやる。
『……どんなに否定しても、お前を育てたのは俺だよ、タカコ』
腕の中に収めて抱き締めたのはまだ彼女が幼い時だけ、抱いた事はおろか唇を重ねた事すら無い。
それでも彼女と一番強い繋がりを持っているのは自分なのだと、彼女を一番深く理解しているのは自分なのだと、ヨシユキ・シミズは薄く笑い、騒がしくなり始めた博多の街並みを見詰めていた。
双子の弟が『彼女』を連れて来たのは、もう随分と昔の事。目付きの鋭い、野犬の様な風情だと、そう思ったのをよく覚えている。
「どうしたんだ、それ」
「いや、アルのところに行った時に拾ったんだ。良い素質を持ってると思ってさ、適性検査を受けさせたら、過去最高の成績だって」
福祉の受け皿に受け止めてもらえない子供達、それを集めて軍事訓練を施し、生きる道筋を与える――、軍の思惑と行き届かない児童福祉の現実が合致したそんな計画の一端を、子供達に訓練を施すという形で関わっていた自分に向かって、弟はいつもの笑顔を向けてそう言った。
自分達もその『最後の受け皿』に受け止められて今の立場を得ており、それに一定の意味を見出していた事は確かだが、女の子を連れて来るとはと若干の呆れを感じたのもほんの短い間の事だった。
弟が連れて来た『彼女』は過去最高と謳われるに相応しい、天賦の才とでも言うべき素晴らしい素質の持ち主だった。生い立ちにより身に着けた様々な垢の下から現れたのは、指揮官と兵士という、両立させる事がとても難しい要素才能を何の矛盾も無く共存させている、一つの『奇跡』の顕現だった。
未だ未熟なその『奇跡』、『彼女』を欲しいと、自分だけのものにしたいと思い始めるのにそう時間は掛からず、それと同時に弟に対してのどす黒い感情が大きくなっていくのを感じていた。
教官として『彼女』の一番近くに居るのは自分でも、一人の人間として男として一番近いのは弟で、その弟が彼女を至高の兵器、宝として扱うのではなく、人間として女として扱っているのが我慢出来なかった。
素質が有ると言って連れて来た筈なのに、弟は『彼女』が人間らしさや女らしさを一つ一つ取り戻し人間臭くなっていくのをその度に喜び、そして、最初の数年こそ保護者として振る舞っていた彼は、『彼女』が思春期を迎える頃には既に女として見詰め扱い始めていた。
違う、『彼女』は人間としてよりも女としてよりも、一個の完成された兵器だというところに真の価値、存在意義が有る。人間臭さで汚すな、優しさを引き出すな。それは彼女を弱くする、価値を下げる、そう思った事は数知れず、そんな想いはいつしか肉親への殺意へと姿を変えた。
しかしそれでも彼女は着実に成長を続け、士官教育課程への抜擢、そこでも好成績を収め士官へと昇進した後も着実に軍での実績を積み重ねた。そんな中でいつしか自分の手元を離れはしたものの、弟と自分に懐いていた『彼女』とはよく顔を合わせ、折に触れて目にする成長を嬉しく思い、そして、やはり弟に対しての殺意は段々と膨れ上がっていた。
そんな生活の中でやがて気付いた自分の性癖、大切にしたいという気持ちと、それと同じ位に強い、大切だからこそ、愛しているからこそ、完璧でなくなってしまうのであれば壊してしまいたいという強い衝動。
形は違えど自分もまた弟と同じ様に『彼女』を愛しているのだと、その事に気付いた時には自らに苦笑したものの、だからと言って弟の様に彼女を愛する事は出来なかったし、する気も無かった。
やがて『彼女』が選んだのは弟、人間として男として、『彼女』の強さも優しさも全てを引っ包めて愛した男を『彼女』は選び、そして愛した。
そして常に寄り添う様になった二人、お互いを愛し慈しみ、その光景を目にする度に心の中に加速度的に溜まり始めた澱、
『何故ただの女として扱うのか』
『何故彼女の真価に目を向けないのか』
『何故それを受け入れているのか』
『何故、お前を一番理解している俺を選ばなかったのか』
そんな想いを、どうにかしようとは欠片も思わなかった。
自分が育てた至高の宝、それが輝きを失ってしまうのであれば、自らの手で壊してしまおう。堕落させる要素を排除すれば『彼女』は有るべき輝きを取り戻す、目の前で奪い去れば、否が応でも理解するだろう。
何度かの試みは全て失敗し、その過程で『彼女』は子を宿す能力を失い、弟は我が子をその手に抱く事も無く喪った。そして自分は軍を去り、今の組織へと入り込みそこを掌握した頃に知ったのが極秘作戦『ワンサウザンド』。それに『彼女』と弟が投入されるであろう事を知り、軍を去る前から繋がりを保っていたマクマーンを焚き付け、作戦に食い込む事に成功した。
本来であれば『彼女』の率いる部隊を済州島迄引き入れてから輸送機を壊し、帰国を不可能にしてから事を運ぶつもりだったが、何が悪かったのか機体は済州島到着前に制御不能に陥った。そして、対馬区に墜落した後、『彼女』は自らの手で弟の人生に幕を下ろしてやったらしい。
最愛の存在を自らの手で殺したともなれば壊れてしまうかとも思ったが、次にそれに寄り添う様になったのは異国の軍隊の下士官。その事で『彼女』が自我を保ち続け、そして軍人としての力をも失わなかった事が、深い安心を齎すと同時に、弟に対して抱いていた激しい苛立ちと憎悪を再燃させた。
男として受け入れてもらおうとは思わない。軍人として兵士としての『彼女』を育てたのは自分で、『彼女』の一番近くにいるのは自分なのだ。『彼女』――、タカコが人間として女としての自分を肯定するのであれば、それを与える存在を今度こそ目の前で消し去ってやる。そして、絶望し自分の無力を呪うタカコを、自分が、この手で、殺してやる。
『……どんなに否定しても、お前を育てたのは俺だよ、タカコ』
腕の中に収めて抱き締めたのはまだ彼女が幼い時だけ、抱いた事はおろか唇を重ねた事すら無い。
それでも彼女と一番強い繋がりを持っているのは自分なのだと、彼女を一番深く理解しているのは自分なのだと、ヨシユキ・シミズは薄く笑い、騒がしくなり始めた博多の街並みを見詰めていた。
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