大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第410章『野生と力』

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第410章『野生と力』

「……それで、どうするんだ」
「どうするって……連れて行くけど。タカコも一人で残るのなんか嫌だよねぇ?」
「……タカユキとヨシユキといっしょがいい」
「ほら、な?」
「……まぁ、仕方無いか」
 季節は冬、クリスマス休暇を迎え明るい空気に満ちるワシントン東部の陸軍基地。その食堂で向かい合って座るヨシユキとタカユキが何やら話し込んでおり、タカコはタカユキの膝の上で二人の顔を交互に見比べている。
 双子の話題はクリスマス休暇について。身寄りも無い二人のこの時期の過ごし方は、友人の家に身を寄せるか、そうでなければ車で大自然真っ只中へと赴きキャンプ生活が定番だ。今回はどちらにするにせよタカコをどうするのかとヨシユキが話を振れば、タカユキはあっさりとタカコを連れて行くと言って退けた。
 身寄りも市民登録も無かったタカコ、入隊時に便宜上でもそれ等が必要となり、ヨシユキとタカユキの親戚として登録が為され、彼女には『シミズ』という、二人と同じラストネームが与えられた。
 そして全くの他人である男二人の親族となったタカコ、そうなれば休暇を別々に過ごすよりも共に過ごす方が自然で、ヨシユキもそれは理解していたから、タカユキの決定に特に異論を唱える事も無く、彼の膝の上のタカコの顔を覗き込む。
「タカコ、今年は北部の森にしようと思ってたが、お前には冬の森で暮らすのはまだ無理だ。今回はアレックスの家で過ごそう、な?」
「ほくぶの、もり」
「そうだ。凄く寒いんだぞ、周りは雪と氷だけだ」
「どうぶつ」
「動物?」
「どうぶつ」
「動物は……まぁ、いるが……鹿とか兎とか……狼とか」
「もりがいい、もりにいく」
「……鼻の穴が広がってるぞ」
「ヨシユキよ、こんな顔されちゃアルの家にするぞとは言えないなぁ?タカコは森が良いってさ、なぁ、タカコ?」
 双眸を見開き輝かせ、僅かに頬色づかせたタカコ、そんな彼女と、彼女を見て嬉しそうに目を細める弟を見て、ヨシユキは深く溜息を吐いた。
 タカコがタカユキに拾われてから半年程、最初の野犬の様な気配は多少薄れはしたものの、彼女の振る舞いや表情には未だ硬さや荒々しさが残っている。そんな彼女が何かしら一つずつ人間臭い振る舞いや表情をする度に弟はそれを心の底から歓迎し喜び、そういった方面では際限無く甘いと言って良い。今回もそれが遺憾無く発揮された様だと肩を竦めてもう一度溜息を吐けば、それを承認と解釈したタカユキはタカコの顔を覗き込み、
「よし、じゃあタカコ用の冬山装備を揃えないとな」
 と、そう言ってまた微笑み、大きな掌で彼女の小さな頭を優しく撫でた。

「タカコ、遠くに行くなよ。狼の遠吠えが聞こえた、近くにいるぞ」
「はい鼻の穴広げない、ヨシユキの言う通りだよ、遠くに行くなよ。テントの設営が終わったら三人で一緒に散歩しよう」
 マノンガヒラ国立森林公園、男二人なら旧カナダ迄足を延ばし自分達の限界に挑戦と決め込むつもりだったが、子供を連れてそんな暴挙に出る事は流石に憚られ、何か有っても直ぐに基地や市街地に戻れる様にと、目的地は首都から程近い国立公園に変更された。北部や中西部とは違い雪もそう多くはない、ところどころが白くなっただけの地面を見ていたタカコは二人の声に一度振り返り、
「うん」
 と、そう返事をして今度は視線を前に向ける。その微妙に機嫌が悪そうなその様子にタカユキが
「お姫様は御機嫌斜めだな。ま、北部の雪深い大森林地帯を想像してたのに実際は近場のぬるい山になったんだからそりゃそうか」
 そう言って笑い、ヨシユキはそれに
「しょうがないだろう、まだ連れて行ける歳じゃないぞ」
 そう返し、さっさと済ませて御機嫌をとろうと再び設営へと取り掛かった。

「タカコ?待たせたな。そろそろ近場の散策に――」
「タカコ?」
 設営が終わったのは三十分程経ってから、三人が余裕を持って過ごせる様にと大型のテントを持って来た所為で普段よりも時間が掛かってしまったと言い合いながら振り返れば、そこに居た筈のタカコは何処にも見当たらず、二人は顔を一瞬見合わせた後に舌打ちをすると、ショットガンとライフルへと手を伸ばしタカコが消えて行ったであろう方向へと向かって走り出した。
 旧時代には開発が進み過ぎた東部からは大型の肉食獣は姿を消していたらしいが、一度文明が途絶しその立て直しに人類が必死になっていた間に生息域は塗り替えられ、今では狼やクーガーといった非常に危険な動物の姿も珍しくない。何の武器も持たない人間の子供等恰好の獲物だと嫌な汗を掻きながら夫々が空へと向けて一発ずつ発砲し、
「タカコ!」
「タカコ!!」
 大声で彼女の名を呼びながら森の中を疾走した。
 自己主張はあまり強くなかったタカコ、その彼女があんなにも頬を染めて目を輝かせていたのだ、楽しみにしていたに違い無い。場所は変わったとしても動物を見たいという気持ちが変わった筈も無い、その事を失念していたとヨシユキが更に加速しようとした瞬間、横から
「いた!あそこだ!!」
という、タカユキの声が鼓膜を叩く。
 彼の方へと振り返り視線を追えば、その先に在ったのは小さな背中。その前方十m程の場所に立つクーガーの姿を認識した瞬間、先ずはタカユキが、そしてそれに続いてヨシユキが銃口をそちらへと向けた。
「撃つな!!」
 何故そう叫んだのか、ヨシユキにも直ぐには理解出来なかった。クーガーはタカコよりも高い位置に居て、そちらを狙えばショットガンの加害範囲にタカコの身体が掛かる事も無いのに何故、そう言いた気なタカユキの視線を感じながら、ヨシユキは自分が何故叫んだのか、その理由を薄らと感じ始めていた。
 お互いを見詰め微動だにしないクーガーとタカコ、タカコの脇へと歩み寄りその顔を覗き込めば、そこに在ったのは真っ直ぐで鋭く獰猛で、そして抗い難い程の絶対的な力強さを感じられる眼差し。クーガーもまた同じ事を感じ取っているのか、襲い掛かる素振りも無くタカコを見詰め続け、やがて彼女の発した
「……いけ」
 という短い言葉に従い、ゆっくりと踵を返し森の中へと静かに消えて行く。
 後に残ったのは人間三人、タカユキが銃を脇に置いてタカコを気遣う様子を目にしながら、ヨシユキは自分の中に言い表し様の無い高揚感が湧き上がるのを、黙したまま感じていた。
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