大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第411章『奇跡の顕現』

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第411章『奇跡の顕現』

 ヨシユキ・シミズは、何も言わずに足元に転がる物体を見下ろしていた。
 そこに在る、否、いるのは一卵性双生児の弟であるタカユキ・シミズ。その彼が何やらぐったりと伏せている様を頭から足元迄眺めた後、小さく溜息を吐き口を開く。
「……タカコか」
「……おう……なぁ、ヨシユキよ」
「何だ」
「俺等……あの人の教育間違えたんじゃないかな……」
「おい、『等』って何だ『等』って。あいつを甘やかしまくったのはお前だぞ、俺を巻き込むな」
 タカコとの出会いから六年程が経ち、痩せっぽちの野犬の様な風情だった少女は今や思春期の真っ只中を迎えている。それなりの年月を掛けて彼女は人間臭さを身に付けたのか取り戻したのか、よく笑いよく怒る感情表現の豊かな人間へと成長し、揶揄されると涙目で真っ赤になって取り乱す様な可愛らしさすらよく目にする様になった。
 そして、それと共に段々と現れて来たのが強烈な悪戯。最初の方こそ靴や靴下を隠す様な可愛らしく子供らしいものだったが、月日を重ねる毎に、そして、訓練で技能を身に着ける毎にそれは苛烈さを増し、手先の器用さを評価されて各種のトラップの扱いの訓練を受けてからは、その技量はそのまま悪戯へと直結し周囲に甚大な被害を齎し続けている。
 営舎の窓硝子が突然弾け飛び、中からよく見知った小さな身体が飛び出して来て何処かへと全力疾走で消えて行く。割れた窓から、そして営舎の玄関から兵士が何人も飛び出して来て、
「何処行ったあの馬鹿!」
「今日という今日は殴る!寧ろ殺す!!」
「いたぞ!あっちだ!!」
 そんな事を口々に叫びながら、タカコが消えて行った方向へと猛烈な勢いで彼女を追い掛け走り出した。
 タカコが人間らしく振る舞う事を以前から心底歓迎し喜んでいたタカユキ、彼はタカコの悪戯の直撃を受け主に社会的な意味で何度か即死してはいるものの、決して本気で怒る事はせず、ボロボロになりつつも
「いやぁ、参ったなぁ。凄いね、あのお姫様は」
 と、困った様にそう言って笑いながらも、何処と無く幸せそうだ。
 そしてヨシユキはと言えば、タカユキ程感情的情緒的ではないにしろ、彼は彼なりにタカコの成長ぶりを内心では喜んでいる。
 教えた事を渇いた砂が水を吸う様に貪欲に吸収し体得し続けて来たタカコ、時にはそれは教え手である自分達すら軽々と凌駕する程の凄まじさを見せ、その度にヨシユキは自らの体内に何とも言い表し様の無い昂ぶりが生じるのを感じていた。
 出会ったばかりの頃のタカコには荒削りな技術と剥き出しの警戒心と殺気しか無く、それから暫くの間も彼女には一個の兵士としての技術しか無かった。無論それだけでも同年代の中では抜きん出ていたと言っても控え目な表現ではあったのだが、それだけでは『そこそこ見かける有能な兵士』の域を出ているとは言い難かったのも事実だった。
 足りない、自分が求めている究極の『作品』には未だ程遠い――、そんな事を思う様になり、タカコを見る度に微妙な不快感を感じる様になった頃、その状況に罅を入れ、流れを新しい、そしてヨシユキの望む方向へと動かしたのは、他でもない双子の弟であるタカユキだった。
 タカコが何か人間臭い事を言ったりしたりすれば大袈裟に感じる程に喜び彼女の頭を撫で、そして抱き締めて褒め、頬にキスをしたタカユキ。それは彼女が周囲の様子を窺いながら始めた悪戯に対しても同じで、それがタカコのどんな部分を刺激したのか、ヨシユキから見れば若干鬱陶しいと思わないでもないタカユキの反応に触れる度、痩せっぽちの野犬は人間らしさをどんどん取り戻し、そして身に着けて成長し始めた。
 弟のそんな行動を見て、
『何を無駄な事を』
 と、そう思わなかったとは言わない。それでもそれはほんの短い間の事で、弟が彼女へと与えた『人間らしさ』という肉付けは、ヨシユキにとっても待ち望んでいた変化だったという事を直ぐに理解した。
 よく笑いよく怒り、そして悪戯に全力を注ぐタカコ、そんな面だけを見ていれば彼女は何処にでもいるとは言わずともそこそこ『子供らしい子供』で、高度な訓練を施されている優秀な兵士だという事は、彼女を知らない者は気付かないだろう。しかし一度役目を与えられれば、タカコの動きの一切に迷いは無い。与えられた命令を忠実に、そして機械の様に完璧に遂行し成果を上げる、それが彼女だ。
 機械的ですらあるその才能を完璧に隠蔽する人間臭さ、相反するその要素を一人の人間が内包する事の難しさを、ヨシユキはよく理解していた。
 まるで別人としか思えない程に乖離した二面性、そのどちらかを『演じている』わけではなく、極々自然に身に着け使い分けているタカコ。弟の導きにより誕生したそれは或る種の奇跡の顕現なのだと気付いた時、以前森の中でタカコの佇まいに感じたものよりももっと強烈な高揚感が湧き上がるのを、ヨシユキははっきりと感じていた。
 今はまだ成長の途上に在る不確かなその奇跡、それを守りたい、育てたいのだとはっきりと自覚してしまえば不快感等綺麗さっぱり消え失せてしまい、今では悪戯に精を出し仲間から追い掛けられて大喜びで逃げ回る彼女を見るのは、ヨシユキにとっても密かな楽しみとなっている。
「それで?今回は何を仕掛けられたんだ?」
「トイレ……便器の陰に手榴弾仕掛けられててさ、透明なテグスが便器に張ってあって、腰下ろしたらピンが抜かれて立ち上がったらレバーが外れる様になっててさ……分解するのにさ、もんのすげぇ苦労したよ……」
「そうか、なかなかやるな、あいつも。将来が楽しみだ」
「実際はスタングレネードだったんだけどな」
「ああ、さっき聞こえた音はそれか。お前が引っ掛かったのか?」
「いや、他の奴。しかしスタングレネード使うとか優しいよなぁ、タカコさん」
「……お前も色々と感性がおかしいな……俺も人の事は言えんが」
 あちこちから聞こえて来る怒号、悲鳴、何かが壊れる音。逃げ回っていたタカコは営舎の屋根の上に上がり、そこで俯せになって姿勢を低くし仲間達が自分を探している様子を見ているのが遠目に見える。その内ヨシユキとタカユキに気が付いたのか、ぶんぶんと腕を振って来て、ヨシユキはそれに小さく手を振って返しながら、何とも平和だと思いつつ、小さく笑った。
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