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第413章『崩壊の始まり』
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第413章『崩壊の始まり』
タカユキは前線部隊を幾つか異動を繰り返し、自らは情報部へと異動になりそれからはずっとそのままで、弟の顔を見る事も少なくなり、歳は三十代に入って数年が経過した。そんな頃合いで与えられた纏まった休暇、久し振りに弟の顔でも見るかと、ヨシユキは彼の自宅の前に立っていた。
何の気紛れなのか少し前に営外に出てコテージを借りたと電話を寄越して来たタカユキ、彼の所属する部隊は緊急で呼び出される事も多いから、独身にしろ既婚者にしろ家族と暮らすのでもなければ営内のままの方が都合が良いだろうに、最初に思った事はそれだった。タカコと暮らすのかと思いそう聞いてみたが、同じ部隊で弟の上官を務める彼女の方は営内のままとの事。一体どういうつもりなのかと興味が湧き、様子を見に行ってみるかと休暇の申請をしたという按配だ。
チャイムを押したが反応は無い、訪ねる事は伝えていなかったから出掛けているかと思いもしたが、玄関脇のガレージには家を借りる時に買ったと言っていた車が停められていて、在宅しているであろう事を窺わせる。
「まぁ……連絡せずに来た俺が悪いんだが……庭か?」
平屋のコテージ、室内にいればチャイムの音が聞こえていないという事は無いだろう。狭い様だが庭も有る様だ、そちらで土いじりか洗濯物干しでもしているのかと思いながら玄関を離れ、庭のフェンスの扉へと手を掛けて建物の裏へと回り込んだ。
しかし庭にも誰もおらず、住宅街の真ん中のコテージ住まいで車も無しに何処へ行ったのか、そんな風に考えた時、庭に面した部屋の窓、その僅かに開かれた隙間から人の気配が漏れ出している事に気が付き、数歩、そちらへと歩み寄った時だった。
「タ、カユキ……っ!誰か、来たって言ってるだろうが……!……ん、や……あっ!」
中から聞こえて来たのはタカコの声、出会いから十五年程が経過しすっかり大人のものになったタカコの声音、それが以前聞いた時よりもずっと色艶を増している事に、ヨシユキの身体は動きを失いその場へと立ち尽くす。
「無視しておけば良いよ、もうチャイムの音は聞こえないし、そんなに大した用事じゃなかったんじゃない?それよりも……もう、黙って……タカコ」
タカコの訴えに言葉を返すのは弟の声、こちらは興奮の所為か僅かに上擦って掠れており、その後に聞こえて来るのはベッドがぎしぎしと軋む音と、そして絶え間無いタカコの喘ぎ声。
僅かに開いた窓の向こう側はカーテンが引かれており中の様子は窺えないが、二枚の布の合わせ目がほんの少しだけ開いているのに気付き、ヨシユキは静かにそちらへと向かって歩み寄る。庭に生える木の枝が作った影が窓に掛かっているお蔭で直ぐ前に立っても中からは気付かれず、カーテンの隙間から中を覗き込めば、視界へと飛び込んで来たのは想像した通りのものだった。
弟の大きく逞しい体躯に組み敷かれたタカコの小さな身体、屹立に貫かれ激しく突き上げられ、がくがくと揺さぶられつつも両腕を伸ばし、目の前の身体へとしっかりとしがみつく。そして、それに応える様にタカユキから与えられた口付けに、ヨシユキが見た事も無い様な幸せそうな笑みを浮かべた。
タカユキとタカコが男女の関係になったという事は、少し前に弟から聞いて知っていた。しかし、部下を失ったタカコの心痛を和らげる為に抱いたのが切っ掛けで、身体だけの関係だと、決して恋人同士になったわけではないのだと、『俺としては非常に残念なんだけど』という前置き付きで弟はそう言っていたのだ。
しかし今目の前で繰り広げられている行為はそんなものとはとても思えず、深く愛し合う男女が強く相手を求め合っている様にしか見えず、それを言葉も無く動く事も出来ずに唯見詰めながら、自らの中で何かが凄まじい勢いで膨れ上がって行くのをヨシユキは感じていた。
まだ、まだ何も決定的な言葉を自分は耳にしたわけではない、身体の相性が良いから興奮しているだけだ。弟がタカコを愛している事は知っていたが、タカコが特定の人物に対して特別な感情を抱いた事は今迄一度も無い。胸中でそう繰り返し言い続けるヨシユキの耳に、決定的、そして、取り返しのつかない方向へと事態を動かす事になる一言が聞こえて来たのはそんな時だった。
「……タカユキ……愛してる……傍に……いて?」
聞きたくなかった、有り得ないと思っていた事態、言葉。タカコが特定の人物に対して特別な感情、愛というものを感じ、それを相手に伝え、そして、その相手は自らの弟。全てが到底受け入れられるものではなく、今迄自分の中で確立していた全てが崩れ去るのを感じながら、ヨシユキは俯き深く、深く息を吐いた。
「俺もだよ……もう何が有っても離さないから、覚悟しててね?……ずっと、ずっと傍にいてくれ……愛してる、タカコ」
漏れ聞こえて来る弟の言葉、ヨシユキはそれを聞きながらもう一つ息を吐くと、顔を上げて静かに歩き出す。
弟は、弟だけは、彼女の真価を理解していると、何が必要なのか、何が不要なのかを理解していると、そう思っていた。それがどうだ、実際はタカコに対して誰よりも熱く真っ直ぐな想いを向けそれを彼女の中に植え付け育てさせ、自分を選ばせた。
優しさも愛もタカコには不要なものだった、それを持ってしまったタカコ、あれでは既に完璧な芸術作品ではない。罅の入った陶器、欠けた彫像、余計な色の混じってしまった絵画、そんなものに価値は無いのだ。
自らが作り上げた作品が失敗作に成り果ててしまったのなら、それを壊す権利が、自分には有る、否、自分にしか無い。
「残念だよ、タカコ……お前なら、完成された兵器になれると、そう思ってた……お前も、お前を無価値にしたタカユキも……俺がこの手で壊してやる」
来た時とは逆に庭から道へと出て、コテージの前に停めた車へと乗り込みながら、小さな、囁く様な声でそう口にする。
エンジンを掛けてギアを入れながら、一度、まだ愛し合っているであろう二人がいる方向へと視線を向けたヨシユキの眼差しには、言い表し様の無い暗い、そして熱い狂気が宿っていた。
タカユキは前線部隊を幾つか異動を繰り返し、自らは情報部へと異動になりそれからはずっとそのままで、弟の顔を見る事も少なくなり、歳は三十代に入って数年が経過した。そんな頃合いで与えられた纏まった休暇、久し振りに弟の顔でも見るかと、ヨシユキは彼の自宅の前に立っていた。
何の気紛れなのか少し前に営外に出てコテージを借りたと電話を寄越して来たタカユキ、彼の所属する部隊は緊急で呼び出される事も多いから、独身にしろ既婚者にしろ家族と暮らすのでもなければ営内のままの方が都合が良いだろうに、最初に思った事はそれだった。タカコと暮らすのかと思いそう聞いてみたが、同じ部隊で弟の上官を務める彼女の方は営内のままとの事。一体どういうつもりなのかと興味が湧き、様子を見に行ってみるかと休暇の申請をしたという按配だ。
チャイムを押したが反応は無い、訪ねる事は伝えていなかったから出掛けているかと思いもしたが、玄関脇のガレージには家を借りる時に買ったと言っていた車が停められていて、在宅しているであろう事を窺わせる。
「まぁ……連絡せずに来た俺が悪いんだが……庭か?」
平屋のコテージ、室内にいればチャイムの音が聞こえていないという事は無いだろう。狭い様だが庭も有る様だ、そちらで土いじりか洗濯物干しでもしているのかと思いながら玄関を離れ、庭のフェンスの扉へと手を掛けて建物の裏へと回り込んだ。
しかし庭にも誰もおらず、住宅街の真ん中のコテージ住まいで車も無しに何処へ行ったのか、そんな風に考えた時、庭に面した部屋の窓、その僅かに開かれた隙間から人の気配が漏れ出している事に気が付き、数歩、そちらへと歩み寄った時だった。
「タ、カユキ……っ!誰か、来たって言ってるだろうが……!……ん、や……あっ!」
中から聞こえて来たのはタカコの声、出会いから十五年程が経過しすっかり大人のものになったタカコの声音、それが以前聞いた時よりもずっと色艶を増している事に、ヨシユキの身体は動きを失いその場へと立ち尽くす。
「無視しておけば良いよ、もうチャイムの音は聞こえないし、そんなに大した用事じゃなかったんじゃない?それよりも……もう、黙って……タカコ」
タカコの訴えに言葉を返すのは弟の声、こちらは興奮の所為か僅かに上擦って掠れており、その後に聞こえて来るのはベッドがぎしぎしと軋む音と、そして絶え間無いタカコの喘ぎ声。
僅かに開いた窓の向こう側はカーテンが引かれており中の様子は窺えないが、二枚の布の合わせ目がほんの少しだけ開いているのに気付き、ヨシユキは静かにそちらへと向かって歩み寄る。庭に生える木の枝が作った影が窓に掛かっているお蔭で直ぐ前に立っても中からは気付かれず、カーテンの隙間から中を覗き込めば、視界へと飛び込んで来たのは想像した通りのものだった。
弟の大きく逞しい体躯に組み敷かれたタカコの小さな身体、屹立に貫かれ激しく突き上げられ、がくがくと揺さぶられつつも両腕を伸ばし、目の前の身体へとしっかりとしがみつく。そして、それに応える様にタカユキから与えられた口付けに、ヨシユキが見た事も無い様な幸せそうな笑みを浮かべた。
タカユキとタカコが男女の関係になったという事は、少し前に弟から聞いて知っていた。しかし、部下を失ったタカコの心痛を和らげる為に抱いたのが切っ掛けで、身体だけの関係だと、決して恋人同士になったわけではないのだと、『俺としては非常に残念なんだけど』という前置き付きで弟はそう言っていたのだ。
しかし今目の前で繰り広げられている行為はそんなものとはとても思えず、深く愛し合う男女が強く相手を求め合っている様にしか見えず、それを言葉も無く動く事も出来ずに唯見詰めながら、自らの中で何かが凄まじい勢いで膨れ上がって行くのをヨシユキは感じていた。
まだ、まだ何も決定的な言葉を自分は耳にしたわけではない、身体の相性が良いから興奮しているだけだ。弟がタカコを愛している事は知っていたが、タカコが特定の人物に対して特別な感情を抱いた事は今迄一度も無い。胸中でそう繰り返し言い続けるヨシユキの耳に、決定的、そして、取り返しのつかない方向へと事態を動かす事になる一言が聞こえて来たのはそんな時だった。
「……タカユキ……愛してる……傍に……いて?」
聞きたくなかった、有り得ないと思っていた事態、言葉。タカコが特定の人物に対して特別な感情、愛というものを感じ、それを相手に伝え、そして、その相手は自らの弟。全てが到底受け入れられるものではなく、今迄自分の中で確立していた全てが崩れ去るのを感じながら、ヨシユキは俯き深く、深く息を吐いた。
「俺もだよ……もう何が有っても離さないから、覚悟しててね?……ずっと、ずっと傍にいてくれ……愛してる、タカコ」
漏れ聞こえて来る弟の言葉、ヨシユキはそれを聞きながらもう一つ息を吐くと、顔を上げて静かに歩き出す。
弟は、弟だけは、彼女の真価を理解していると、何が必要なのか、何が不要なのかを理解していると、そう思っていた。それがどうだ、実際はタカコに対して誰よりも熱く真っ直ぐな想いを向けそれを彼女の中に植え付け育てさせ、自分を選ばせた。
優しさも愛もタカコには不要なものだった、それを持ってしまったタカコ、あれでは既に完璧な芸術作品ではない。罅の入った陶器、欠けた彫像、余計な色の混じってしまった絵画、そんなものに価値は無いのだ。
自らが作り上げた作品が失敗作に成り果ててしまったのなら、それを壊す権利が、自分には有る、否、自分にしか無い。
「残念だよ、タカコ……お前なら、完成された兵器になれると、そう思ってた……お前も、お前を無価値にしたタカユキも……俺がこの手で壊してやる」
来た時とは逆に庭から道へと出て、コテージの前に停めた車へと乗り込みながら、小さな、囁く様な声でそう口にする。
エンジンを掛けてギアを入れながら、一度、まだ愛し合っているであろう二人がいる方向へと視線を向けたヨシユキの眼差しには、言い表し様の無い暗い、そして熱い狂気が宿っていた。
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