大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第414章『別離』

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第414章『別離』

「俺達、結婚するよ」

 タカコの肩を抱いて現れたタカユキが幸せそうな笑みを浮かべ、照れて頬を染めたタカコの髪に口付けながらそう報告して来た時、ヨシユキの心の中に波が立つ事は無かった。
「そうか、漸くお前等も落ち着くところに落ち着いたか」
 顔の筋肉の動きは少ないながらも笑顔を浮かべて立ち上がり、二人の前に立つ。
「おめでとう……幸せになれよ」
 そう言いながらタカコの前に両膝を突き、俯いた彼女の顔を覗き込みながら頭を撫でれば、タカコは真っ赤になって涙目になり、
「……ありがと」
 消え入りそうな小さな声でそう言ってヨシユキに抱き付いた。
「おいおい、同じ顔してるとは言ってもお前の夫になる人間は弟の方だぞ?抱き付く相手が違うんじゃないのか?」
「……でも、ヨシユキも大切な家族だ。ずっと一緒に居て沢山愛してくれて、色んな事教えてくれた、大切な家族だ。そのヨシユキにおめでとうって言ってもらえて……凄く、嬉しい」
「当り前だろう、お前とタカユキが夫婦になってくれて、俺も本当に嬉しいよ」
 笑ってそう言ってタカコの身体を抱き締めれば、首に回された細い腕に力が籠る。首筋に感じた生温かい水の感触に彼女が泣き出した事を感じ、プライベートでは本当に涙脆い事だと小さく笑いながらヨシユキはタカコの背中を撫で、一度強く抱き締めてから立ち上がった。
「式は?日取りはもう決まってるのか?」
「いや、判事への届け出だけで済ませるつもりなんだ。俺はちゃんと式挙げてタカコさんのドレス姿見たいんだけど、この人照れ屋だろ?恥ずかしくて死ぬとか断固拒否でさ。それに、近々作戦も有って、なかなか、な」
「そうか、残念だな。それなら、届け出の立ち合いはさせてくれよ?」
「ああ、それを頼もうと思ってたのも有ってさ、それで来たんだ、有り難う」
 公私共に色々と用事が詰まっている、そう告げて帰って行った二人、ヨシユキは幸せの絶頂にいたあの表情を思い出しながら、先程迄座っていた椅子へと身を埋め、天井を見上げ目を細めた。
 祝福するに決まっている、お互いが愛し合えば愛し合う程、その想いが強ければ強い程、それを効果的に奪う事が出来るのだ。それが至上の目的となった今、あの二人には物理的距離だけでなく、心理的距離もお互いに最も近い距離に居てもらわなければ困るのだ。
「……幸せになれ、タカコ……それを、最も効果的な方法で奪ってやるよ……お前の、為に」
 そう独り言ちるヨシユキの顔に浮かぶのは歪んだ笑み、言葉は誰に聞かれる事も無く、室内の空気に溶けていった。

 深夜のペンタゴン、その駐車場。目の前に立つタカユキとタカコ、その二人が双眸に最初は驚き、次に激しい怒りの色を浮かべて自分を見る様を見て、ヨシユキは目を細めて笑った。
 自分を心底信用していた二人、その自分が与えた操作された情報を基に行動した結果、タカユキは軍を追われる事になり、タカコは子を宿す機能と、そして既に宿していた子を喪った。既に軍を追われ指名手配の身になった所為で、様子を間近で見ていたわけではないが、それ等の出来事がどれだけの心痛と絶望を二人に与えたのか、お互いを労り自分を責めたのか、手に取る様に想像出来る。
 そう、二人が結婚し互いを愛すれば愛する程、こんな状況を作り出せば彼等が抱えるものは重くなり、互いへの愛情は深まっていく。それ等が強くなれば強くなる程に奪った時の絶望は深く美しくなり、タカユキを喪ったタカコは本来の価値を取り戻すだろう。
 激昂して銃を抜いたタカコ、まだ傷は完全には癒えていなかったのか、引き金に指を掛ける事も出来ずに顔を歪めて地面へと膝を突き、タカユキはそんな彼女を見て血相を変えて腕を伸ばし、最愛の妻の小さな身体を抱き抱える。
「強くなれ……タカコ。俺はいつでもお前達を見てるよ」
 蹲ったままのタカコと、そんな彼女を気遣い動きのとれないタカユキ、ヨシユキはそんな二人を見て口元を歪めて笑い、踵を返して歩き出す。
 何処に行くかは決めていないが、時間も非合法の軍事組織も幾らでも有る、そこに潜り込んで実権を掌握しつつ、マクマーン辺りにでも接触して軍内部で動ける協力者を確保すれば良い。そうやって態勢を整えるには数年は掛かるだろうが、それが完成した暁には、今よりももっと強く結びついたあの二人に、今度こそ本当の別れと絶望を与えてやる事が出来るだろう。
「暫くの間お別れだ……また会おう、タカコ」
 振り返る事無く背後のタカコへとそう声を放り闇の中へと消えて行くヨシユキ、それからの数年間、軍の情報部ですら、彼の痕跡を見つける事は出来なかった。

『大佐?どうかされましたか?』
『……いや、少しな。昔の事を思い出していた』
『昔、ですか』
『……ああ。それで、どうなってる』
『はい、あちらにも大きな動きが出て来ました、何か目論見が有るのか、一気に攻勢を仕掛けるつもりの様です。司令官も市街地へと出て来た事が確認されています』
『……そうか、遂に最終局面に突入した様だな』
 少しばかりの間浅い眠りに落ちていたのか、部下の声にヨシユキは目を開く。視界に広がるのは極東の国、大和、ユーラシア大陸へと通じる回廊を北に抱える博多の街並み。
 こんな世界の果てに迄やって来る事になるとは、正直考えもしなかったが、その場所が何処で在れ、自分の目的、すべき事には一つの変わりも無い。
 狙っていたタイミングではなかったがタカコからタカユキを奪う事には成功した、しかも彼女自身がタカユキを殺すという形で。しかしそれでも彼女は決定的に壊れる事は無く持ち堪え、今では敦賀か黒川か、どちらかを後添いとして選ぼうとしている。
 彼女が選ぶのは恐らくは敦賀の方だろう、もしかしたら既にもう選び想いを告げているかも知れない。
 それならば、またその存在を奪うだけの事、今度こそ確実に彼女を取り戻す。もしそれで本当に壊れてしまうのであれば、それはそれで構わない。

「……さぁ、タカコ……これで終わりにしよう。戻っておいで、俺のところに」
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