大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第415章『キチガイ沙汰』

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第415章『キチガイ沙汰』

 タカコ達が総員で無人になった博多の街へと打って出てから数時間、市街地での戦闘はそこかしこで頻発し激しさを増し続けていた。
 P側には弾薬は殆ど残っておらず、彼等が使うものは拳銃とナイフ、そして周囲に有る有り触れた物を使用した、タカコ仕込みの罠の数々。弾薬の潤沢なヨシユキの部隊からの掃射を浴びせられ、それを何とか避けながらの反撃に勢いは無い。ワンマンアーミー――、この国では確か『イッキトウセン』と言うのだったか、そんな人間が揃う少数最精鋭を誇る部隊もこうなっては形無しだなと吐き捨てながら、ジュリアーニは空になってしまった拳銃の弾倉を抜き、腰の袋の中から取り出した弾薬を補充する。
 小銃の弾ももう殆ど残っていない、荷物になるから小銃自体捨ててしまいたいところだが、拳銃等比較にならない強い火力と広い有効射程は代え難い。戦いがこれから更に激化するであろう事を考えれば、今は無用の長物でしかなくとも残り少ない弾薬と共に携行し続けるしか無い。
『トラップ仕掛けようにもまだ動きが読めないんだよな……どうしたもんかね』
 ヨシユキの部隊は第一防壁の前に布陣した海兵隊、そして海兵隊基地の柵の直ぐ外に控える陸軍の背後を突くつもりなのかと、そう思いっていた。そしてそれに対応する為に動いていたのだがどうも様子がおかしい、この騒ぎに気付かない筈が無い海兵隊と陸軍が出て来ないで沈黙を続けているというのは、タカコとの間の遣り取りの結果なのだろうが、そこにヨシユキ達が食い付かない理由は何なのか。
 ヨシユキは確かに恐ろしく狡猾で底の知れない男だが、機会を無駄にするという事も無い。大和側が海兵隊の主力を第一防壁前から動かせない現状は海兵隊基地と市街地を隔てる柵を破壊する絶好の機会に他ならないのに、何故動かないのかがジュリアーニには理解出来なかった。
 嫌な予感がする、そう思いはするものの何かに対しての確信も無く、現状では相手の兵力を地道に削る以外に出来る事は無いと思い直し、補充を終えた弾倉を拳銃へと差し込み初弾の装填を確認する。
 ともかく、何がどうであれ、そして仲間の誰が死のうとも、タカコだけは喪うわけにはいかない。自分達にとっての頭脳であり軍旗でもある彼女を喪えば、自分達は戦い続ける事は出来ないだろうし、それ以前にジュリアーニ個人としても、彼女の喪失だけは絶対に認められない、そして有ってはならない事態だった。

『誰か殺したいのなら私にしておけ。その代わり、それを実行に移す迄は私の手足になれ。何をしてもどんな殺し方をしても良い、それを私の役に立てろ……私がお前の至高の標的、目標になってやるよ』

 出会ったあの日、そう言って力強く笑いながら右手を差し出して来たタカコ、その言葉の通り、彼女の手を握り返したあの日から、彼女が自分の生きる意味、彼女をこの手で殺す事が唯一の目的になった。
 あんな人を唯殺すだけでは面白くない、もっと強くなってから、もっと高みに上ってから、それが最大限に高まった時にこの手で直に息の根を止めれば、どんなに最高の快感を得られるだろうか。自分に止めを刺され、腕の中でその双眸からゆっくりと生気を失せさせて逝くタカコ、それが完全に消失する瞬間迄視線を絡ませている情景、何度も夢想したそれを思い浮かべジュリアーニはぶるりと大きく身体を震わせる。
 何物にも代え難いその興奮と快感を得る為には何が有ってもタカコを護り、それと同時に自分も生き延びなければ、そう思いつつそろそろ移動しようと立ち上がれば、直ぐ近くで激しい銃撃の音が響き渡り、そして、
『仕留めたぞ!司令官だ!!』
 という声が聞こえて来た。
 仲間の声ではない、だとすれば声が告げた『司令官』というのはタカコに他ならず、まさか、せめてマクギャレットであってくれと思いながら、ジュリアーニは声のした方へと走り出す。
『ボス……ボス……!あんたを殺すのは俺だって、約束しただろうが……!!』
 路地を走り抜けて物陰から覗けば、視界へと飛び込んで来たのは、目出し帽を被り仰向けに倒れた長い髪の女が一人。タカコだ、と、瞬時に頭に血が上り飛び出そうと身体が動き出したが、それに急制動を掛けたのはタカコから向けられた鋭い眼差しだった。
『出て来るな』
 と、確かにそう告げている眼差し、何をする気だと思いつつも踏み止まれば、直後四方から何人もの敵が姿を現しタカコへと銃口を向けながらじりじりと近付いた。。
『殺すのか?』
『いや、シミズ大佐からは可能な限り生かして連れて来いと命令されてる……息は、有るな』
 そんな遣り取りを交わしながら彼等とタカコの距離は少しずつ詰まり、やがて六、七名程がぐるりとタカコを取り囲む。
『とにかく連れて行こう、こいつの部下はまだ一人も仕留められてないんだ、まだ仕事は残ってる。おい、誰か足を持ってくれ』
 一人がそう言い、タカコの腕を掴もうと彼女の身体の上に自分の上半身を晒したその時だった。

『チェックメイト』

 何処か楽しそうな、そんなタカコの声音が耳朶を打った瞬間、ジュリアーニは自らの上官が何をしようとしているのか瞬時に理解し今来たばかりの路地へと身を投げ出し目をきつく閉じ両手で耳を塞ぐ。それとほぼ同時に響き渡る轟音と衝撃、本当にやりやがった、ブッ飛んでるどころではないと胸中で毒吐いたジュリアーニの上に生温かい液体や肉片が降って来て、それから漂う悪臭を感じつつ、ジュリアーニは身体を起こしてタカコがいる方向へとゆっくりと歩き出した。
 そこにいたのは着ていた戦闘服の上着の前面を弾き飛ばし、撒き散らされた汚物の中で腹を抱えてのたうち回る上官の姿。その周囲には上半身をズタズタにされて絶命した敵の死体が転がり、中には上半身が完全に吹き飛ばされているものすら有る。
『……ボス、あんた、指向性地雷、腹に巻いて仕掛けたね?』
 恐らく防護処置はしているのだろうが、それでも掛かった圧力は凄まじいものだったろう。胃の中の物を吐瀉してそれと敵の残骸に塗れながら腹を抱えて転がる、そんなタカコの姿にジュリアーニは眉間に深い皺を刻み盛大に溜息を吐きながら歩み寄り、その傍らに膝を突いた。
『……っ……、いや、結構良いアイデアじゃないかなと前から思っててさ、試してみたけど大成功……うっげぇ……』
『は?馬鹿じゃないの。いや確実に最高クラスの大馬鹿だよね、あんた』
『そう言うなって……七人纏めて片付けられたんだぞ』
『あんたを殺すのは俺だって言ってるでしょ、自殺も他の奴に殺されるのも絶対に許さないからね?ほら、とにかく移動するよ、肋骨がイッてないか診るから……立てる?』
『何とか……あいたたた……』
 確かに武器弾薬は心許無いし少ない動きで多くの兵員を無力化出来るに越した事は無いが、それでもこれは流石に頭がおかしいとしか言い様が無い。
 ヨシユキはタカコを拘束連行しろという命令を出していた様子だが、恐らくタカコはその事に勘付いていたのだろう。だから、自分が敵を引き付ける囮になると知っていて、出来るだけ多くを引き付けて纏めて無力化する方策を採ったのだ。それでもこれは流石に勘弁してくれとまた一つ盛大に溜息を吐きながら、ジュリアーニはよろよろと起き上がったタカコの身体に腕を回し、抱き抱えて一気に起き上がらせ何処か落ち着ける場所を探そうとゆっくりと歩き出した。
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