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第424章『真意』
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第424章『真意』
「……敦賀、お前、今何て言った?」
指揮所の中で今後の動きを他の高級士官の面々と話し合っていた高根、そこへ現れた敦賀が口にした言葉に、彼は思わずそう尋ね返した。
「教導隊の面子で市街地に出て、タカコ達に攻撃を加えたい。その部隊の指揮を俺に任せてくれ」
高根の問い掛けに対しての敦賀の返答はたった今彼が口にした事の繰り返し、聞き間違いでは無い様子だがどういうつもりだと、高根は椅子に腰掛けたまま、忠実な腹心へと向き直る。
「一つ、タカコは俺達への協力を申し出てくれたのに何故それを攻撃するのか。一つ、お前は最先任とは言えど上級曹長、下士官だ。尉官や佐官や将官がゴロゴロいる中で、何故下士官に指揮権を持たせなきゃいけないのか。何か理由が有るってのなら、この二つに、俺が納得出来る説明をしてもらえるか?」
冷たく、そして硬い高根の声音。その言い分は尤もな事で、一体どういうつもりなのかと室内の全員が敦賀へと視線を向ける中、彼はそれを受けて静かに、しかしはっきりと話し出した。
「タカコは俺達大和軍が第一防壁の方向だけを見ていられる様に、それだけの理由で十人に満たない様な人数で市街地に戻って来て、そして留まってる。武器はもう殆ど底を突きかけてる筈だ、持ち出して行った量もそう多くは無かったし、車両の爆破で相当消費してるだろう。侵攻部隊の方が同程度って事は無い筈だ、武器も兵員も、下手をすりゃ十倍以上の差を付けられてる。あいつ等がどれだけの精鋭部隊だったとしてもそんな戦闘は長くは続かない、だから、それを助けに行きたい」
「……いや……言ってる事は分かるんだが……それと最初がどう繋がるってんだ?」
「傍受の危険が有るから無線は使えない、かと言って市街地に部隊を展開させて接触しても真意を敵に悟られる危険が有る。だから、攻撃をする振りをして目的地に誘導して、それを追い掛けて来る敵を一気に叩く」
元々口が回る性質ではない敦賀、その彼が始めた説明は端的過ぎて逆に意味不明。高根は部下のその様子に若干の頭痛を感じつつ、意図を理解する為にそれを翻訳してやる事にする。
「……つまり、接触してしまえば相手に真意を悟られる恐れが有るから、接触は出来ないと。で、こちらから敵に直接手出しをしたらこっちに直接反撃して来るだろうから、現状余力は無い俺達には反撃も出来ないと」
「ああ」
「で、可能な限り真意を悟らせない様にする為には、表面上はタカコ達を攻撃するって?」
「そうだ」
「……ごめん、その時点でもう俺理解出来ない」
極限の集中を強いられ続けて来てそれももう限界なのか、高根は周囲の目も忘れ、指揮官然とした振る舞いは何処かへと消え失せてしまっている。指揮官が部下に対してと言うよりは口下手な親友の不器用さに頭を痛めつつ、高根は敦賀へと先を促した。
「……で?誘導って言うけど、何処に誘導すんのよ?」
「ここだ」
そう言って敦賀が机の上に広げたのは博多とその周辺地域の地図。彼が指し示した地点を見た高根は僅かに双眸を見開き、そこで漸く彼の意図が朧気ながらも見えて来た。
「挟撃、か」
「ああ、タカコ達をそこへ誘導すれば、敵はそれを追い掛けて来る。技術的に劣る俺達には個別撃破するだけの力量は無ぇ、纏めて叩く、これだけだ。それを成功させられる狭い地形は近くじゃここだけだ、準備を整えてここへ誘導する迄に狙いを悟られたらそれで終わりだ、それを避ける為にも、俺達がタカコ達を追っていると、攻撃していると思わせた方が良い……いや、それが出来なけりゃ、失敗だ」
敦賀が指し示したのは城ノ越山と森江山の中間地点。幅百m程のそこには旧時代の線路の跡が有り、その片方は山の斜面で反対側は川、高低差も充分有る。その線路の上へと誘導し敵の前後を発破で分断すれば、後は上からの銃撃で一気に無力化出来るに違い無い。
確かに敦賀の言っている事は正しい、実力差は歴然としている、真意を悟られない様にしつつ自分達だけで事を達成するのは不可能だろう。
「……敵は……いや、ヨシユキは、病的にタカコに固執してる、あいつを殺すも生かすも、自由にして良いのは自分だけだと本気で思ってる。だから、あいつを他の奴が殺そうとすればそれに動かずにはいられない、必ず後を追って来る。ヨシユキの部隊をこの地点に誘き寄せる為には、タカコを……餌にするしか、無い」
そう、それも正しい。高根自身は殆ど接触は無かったが、タカコから伝え聞いた内容だけでも、彼がタカコに対して異様な執着を持っている事だけははっきりと理解出来た。
しかし、と、高根はそう思い大きく息を吐き、敦賀へと再度視線を向ける。
「駄目だ、認められない。お前が言ってる事は分かる、恐らくはそれしか方法が無い事もな。だけどな、あいつが、タカコがどれだけ俺達に尽力してくれたのか、お前だって分かってるだろ?あいつは俺達の大切なダチで、同盟相手だ。そんな人間を、俺達だけの判断でこんな危険な賭けに投げ出す事は……俺には出来ねぇよ」
恐らくは、そんな事は敦賀自身が一番強く思っているだろう。生涯を共にすると決めた、そこ迄愛している相手を自分自身が狙い危険に晒す等、彼が一番したくないに違い無い。それを言い出したという事はそれ以外には方法が無いという事を彼が理解しているからであり、その進言を決断する迄にどれだけの葛藤が有ったのかは、想像すら出来ない。
「私も……反対だ。如何に大義が有ったとしても、それは仁義に反するだろう。上手くいけば良いが、万が一の事が有ったら……お前は、自分を許せるのか?」
高根の言葉に何も言わない敦賀に、今度は副長が口を開く。許せるのか、という副長の問い掛けに敦賀はぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと胸の内を吐き出した。
「俺に、俺達に在るのは頭数と土地勘だけだ、逆に言えばそれは俺達にしか無ぇ武器だ。三年間散々世話になり続けて今もまた頼ってて、あいつが一番しんどい今こそ、俺達が助けるべきなんじゃねぇのか?同盟相手って言うのなら、その同盟相手が大変な時に何も出来ずに指咥えてて、そんな同盟に何の意味が有るってんだ?」
不器用な敦賀の、だからこそ真っ直ぐで飾らない言葉。それを聞いた高根も副長も、そして室内の全員が押し黙り、敦賀はそれを躊躇ととったのか、直後、その彼等へと向かって深々と頭を下げた。
「無謀な賭けだってのは分かってる、上級曹長じゃ作戦を指揮するのに階級が満たないのも分かってる……でも、俺は……俺はあいつを、タカコを助けたい……俺に、指揮権を預けて下さい……!」
「……敦賀、お前、今何て言った?」
指揮所の中で今後の動きを他の高級士官の面々と話し合っていた高根、そこへ現れた敦賀が口にした言葉に、彼は思わずそう尋ね返した。
「教導隊の面子で市街地に出て、タカコ達に攻撃を加えたい。その部隊の指揮を俺に任せてくれ」
高根の問い掛けに対しての敦賀の返答はたった今彼が口にした事の繰り返し、聞き間違いでは無い様子だがどういうつもりだと、高根は椅子に腰掛けたまま、忠実な腹心へと向き直る。
「一つ、タカコは俺達への協力を申し出てくれたのに何故それを攻撃するのか。一つ、お前は最先任とは言えど上級曹長、下士官だ。尉官や佐官や将官がゴロゴロいる中で、何故下士官に指揮権を持たせなきゃいけないのか。何か理由が有るってのなら、この二つに、俺が納得出来る説明をしてもらえるか?」
冷たく、そして硬い高根の声音。その言い分は尤もな事で、一体どういうつもりなのかと室内の全員が敦賀へと視線を向ける中、彼はそれを受けて静かに、しかしはっきりと話し出した。
「タカコは俺達大和軍が第一防壁の方向だけを見ていられる様に、それだけの理由で十人に満たない様な人数で市街地に戻って来て、そして留まってる。武器はもう殆ど底を突きかけてる筈だ、持ち出して行った量もそう多くは無かったし、車両の爆破で相当消費してるだろう。侵攻部隊の方が同程度って事は無い筈だ、武器も兵員も、下手をすりゃ十倍以上の差を付けられてる。あいつ等がどれだけの精鋭部隊だったとしてもそんな戦闘は長くは続かない、だから、それを助けに行きたい」
「……いや……言ってる事は分かるんだが……それと最初がどう繋がるってんだ?」
「傍受の危険が有るから無線は使えない、かと言って市街地に部隊を展開させて接触しても真意を敵に悟られる危険が有る。だから、攻撃をする振りをして目的地に誘導して、それを追い掛けて来る敵を一気に叩く」
元々口が回る性質ではない敦賀、その彼が始めた説明は端的過ぎて逆に意味不明。高根は部下のその様子に若干の頭痛を感じつつ、意図を理解する為にそれを翻訳してやる事にする。
「……つまり、接触してしまえば相手に真意を悟られる恐れが有るから、接触は出来ないと。で、こちらから敵に直接手出しをしたらこっちに直接反撃して来るだろうから、現状余力は無い俺達には反撃も出来ないと」
「ああ」
「で、可能な限り真意を悟らせない様にする為には、表面上はタカコ達を攻撃するって?」
「そうだ」
「……ごめん、その時点でもう俺理解出来ない」
極限の集中を強いられ続けて来てそれももう限界なのか、高根は周囲の目も忘れ、指揮官然とした振る舞いは何処かへと消え失せてしまっている。指揮官が部下に対してと言うよりは口下手な親友の不器用さに頭を痛めつつ、高根は敦賀へと先を促した。
「……で?誘導って言うけど、何処に誘導すんのよ?」
「ここだ」
そう言って敦賀が机の上に広げたのは博多とその周辺地域の地図。彼が指し示した地点を見た高根は僅かに双眸を見開き、そこで漸く彼の意図が朧気ながらも見えて来た。
「挟撃、か」
「ああ、タカコ達をそこへ誘導すれば、敵はそれを追い掛けて来る。技術的に劣る俺達には個別撃破するだけの力量は無ぇ、纏めて叩く、これだけだ。それを成功させられる狭い地形は近くじゃここだけだ、準備を整えてここへ誘導する迄に狙いを悟られたらそれで終わりだ、それを避ける為にも、俺達がタカコ達を追っていると、攻撃していると思わせた方が良い……いや、それが出来なけりゃ、失敗だ」
敦賀が指し示したのは城ノ越山と森江山の中間地点。幅百m程のそこには旧時代の線路の跡が有り、その片方は山の斜面で反対側は川、高低差も充分有る。その線路の上へと誘導し敵の前後を発破で分断すれば、後は上からの銃撃で一気に無力化出来るに違い無い。
確かに敦賀の言っている事は正しい、実力差は歴然としている、真意を悟られない様にしつつ自分達だけで事を達成するのは不可能だろう。
「……敵は……いや、ヨシユキは、病的にタカコに固執してる、あいつを殺すも生かすも、自由にして良いのは自分だけだと本気で思ってる。だから、あいつを他の奴が殺そうとすればそれに動かずにはいられない、必ず後を追って来る。ヨシユキの部隊をこの地点に誘き寄せる為には、タカコを……餌にするしか、無い」
そう、それも正しい。高根自身は殆ど接触は無かったが、タカコから伝え聞いた内容だけでも、彼がタカコに対して異様な執着を持っている事だけははっきりと理解出来た。
しかし、と、高根はそう思い大きく息を吐き、敦賀へと再度視線を向ける。
「駄目だ、認められない。お前が言ってる事は分かる、恐らくはそれしか方法が無い事もな。だけどな、あいつが、タカコがどれだけ俺達に尽力してくれたのか、お前だって分かってるだろ?あいつは俺達の大切なダチで、同盟相手だ。そんな人間を、俺達だけの判断でこんな危険な賭けに投げ出す事は……俺には出来ねぇよ」
恐らくは、そんな事は敦賀自身が一番強く思っているだろう。生涯を共にすると決めた、そこ迄愛している相手を自分自身が狙い危険に晒す等、彼が一番したくないに違い無い。それを言い出したという事はそれ以外には方法が無いという事を彼が理解しているからであり、その進言を決断する迄にどれだけの葛藤が有ったのかは、想像すら出来ない。
「私も……反対だ。如何に大義が有ったとしても、それは仁義に反するだろう。上手くいけば良いが、万が一の事が有ったら……お前は、自分を許せるのか?」
高根の言葉に何も言わない敦賀に、今度は副長が口を開く。許せるのか、という副長の問い掛けに敦賀はぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと胸の内を吐き出した。
「俺に、俺達に在るのは頭数と土地勘だけだ、逆に言えばそれは俺達にしか無ぇ武器だ。三年間散々世話になり続けて今もまた頼ってて、あいつが一番しんどい今こそ、俺達が助けるべきなんじゃねぇのか?同盟相手って言うのなら、その同盟相手が大変な時に何も出来ずに指咥えてて、そんな同盟に何の意味が有るってんだ?」
不器用な敦賀の、だからこそ真っ直ぐで飾らない言葉。それを聞いた高根も副長も、そして室内の全員が押し黙り、敦賀はそれを躊躇ととったのか、直後、その彼等へと向かって深々と頭を下げた。
「無謀な賭けだってのは分かってる、上級曹長じゃ作戦を指揮するのに階級が満たないのも分かってる……でも、俺は……俺はあいつを、タカコを助けたい……俺に、指揮権を預けて下さい……!」
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