大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第423章『信頼と賭け』

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第423章『信頼と賭け』

 日の傾き始めた博多市街地、その外れ近くを疾走する六つの人影。それを十倍以上の影が追い、六つの影はそれを振り切ろうとするかの様に山間部へと向かい続けている。ヨシユキは二つの集団を追跡する部下を通してその様子を観察しながら、自分の中から消えない違和感について考え続けていた。
 一旦は解消したと、そう思っていた。高度な政治的判断のもとに大和側、高根と黒川がタカコを切り捨てる事にした、と。事実、目の前に展開される状況の全てはそれが事実だと告げている。しかし、何とも言い表し様の無い違和感は消えたかと思ったが、それはいつの間にか再び萌芽し、少しずつ少しずつ大きくなっている。
 自分が信じているのは自分とタカコの実力だけ、それ以外は全て不確定要素だ。危うい均衡の上に成り立っていた口約束の協力関係、根拠の無い愛情や友情、それはタカコには不要なものであり、永続するとは欠片も考えていないし、事実そうなった筈だ。
 大和は大和の、自分達の大義と現実の為に動き出した、その結果が目の前の現実。そう考えているのにどうしても消えない違和感、その答えが何なのか分からないという事実が何とも不愉快で、普段あまり崩す事の無い表情を僅かに歪め眉根を寄せる。
『……こんな時には、最初に立ち戻る、か……』
 誰に言うでも無くそう呟き、ヨシユキはタカコがこの大和へとやって来てからこちら、報告を通して掴んでいた彼女やその周辺の動向へと思いを馳せた。
 海兵隊の最深部へと、総司令である高根の腹心級へと人間を送り込めたわけでも、また、そういった海兵を抱き込めたわけでもないから、情報は虫食い状態に過ぎない。それでも彼女が誰とどんな行動を採って来たかは大筋で把握している。最初に保護されてから、彼女の傍には常に最先任上級曹長である敦賀の姿が在った。
 彼自身も最初は何か有った時の為の緊急対処装置、それがタカコに対しての自分の立ち位置役割だと、それしか認識していなかっただろう。それがいつ変化したのかは流石に把握していないが、いつの間にか彼はタカコを女として見る様になり、やがて愛し、求める様になった。女性海兵が戦死し、その恋人の男が単独で活骸の群れに突っ込み戦死した暫く後に営舎の私室で敦賀がタカコを抱いているのを聞いたという報告が有ったから、身体の関係を持ち始めたのはその少し前からで間違い無い。
 そしてその後に海兵隊基地内で曝露を引き起こし大和の戦力を大きく削ぐ事に成功したが、その時もタカコと敦賀、そして大和海兵隊は一貫して密接な協力関係を保ち、彼女の主導で封じ込めと制圧に成功した。そしてそれはその後も変わらず、北見陽平と名乗らせていた最も優秀な斥候を失った後も他の斥候から入って来る情報がそれを示し続けていた。
 鳥栖曝露、第二次博多曝露、その後の教導隊の設立や煽動した大和人の不穏分子の制圧、鳥栖演習場へと送り込んだ部隊の迎撃と制圧、そして火発の奪還。その全てがタカコとその部下達、そして大和軍、その相互の協力無くしては到底実現し得なかった事だろう。
 もしかしたら、自分は酷い思い違いをしているのかも知れない、と、ヨシユキは俄かに身体をぶるりと震わせ椅子から立ち上がり、タカコ達が向かっている方角へと身体と視線を向ける。
 今迄タカコと大和が為し得て来た事は、その全てが一つ間違えば全てが御破算になる、言わば一蓮托生の状態だった。その極限且つ緻密な連携を選択し続けて来た彼等が、期日を迎えタカコ達が目の前から消えたからといって、こんなにも簡単に掌を返せるのだろうか。
 そこでヨシユキの思考は少しばかり戻り、敦賀へと焦点が再度当てられる。
 敦賀貴之という人間が海兵として非常に有能であり、任務に忠実であるという事に間違いは無い、だからこそ彼は万が一の為に、高根の命令によりタカコの傍へと監視役として据えられた。その彼が、罷り間違えば自らの誇りであろう任務と地位を失いかねないという事が分かっていたに違い無いのに、それでも尚タカコを選び愛したのだ。そこ迄の覚悟をした男が、目の前から消えてしまったからと言って、無力化対象と見做し、躊躇無く愛する女へと刃を、そして砲口を向けられるのだろうか。
 自分は愛等というものは信用していない、最重要だとも思っていない。しかしそうではない者も数多くいるのだと思い至り、ヨシユキは背筋を嫌な感触が走り抜けるのを感じ口を開いた。
『地図を、Pが向かっている先の地図を出せ』
『はい、こちらに』
 目の前に広げられた地図、ヨシユキはそれを見下ろしながら、タカコ達を追跡している部隊へと無線を送る。
『現状を報告しろ、Pは何処へ向かっている、送れ』
《マウント・ジョウノコシへと向かいたい様ですが、追跡している部隊がそれを許さずに左翼に砲撃を加え、進路は大きく右にずれています。現在の進行方向はマウント・ジョウノコシとマウント・モリエの中間の狭い平地部分です。六名は散開していましたがほぼ同一地点に集合、恐らくはこのままそこを抜けて奥の山岳地帯へと向かうものと思われます、送れ》
 送られて来た無線を聞きながら、地図を見れば、ヨシユキの視線と意識を釘付けにしたのは幅百mにも満たない狭い地形、両側に斜面が迫り中央には川が流れ、そして、その川の横に走る一本の線に記された文字に、思わず声を張り上げた。
『罠だ!引き返せ!!』

 ばらけて市街地を逃走して来た部下達も再集結した、全員が取り敢えずは生きている様にタカコは内心安堵し、彼等へと一渡り視線を送る。返されたのは明確な頷きだけ、どうやら大和側の意図は伝わった様だと笑い、左翼方向の砲撃を見ながら進路を大きく右へと変えた。
 向かったのは旧時代の特急専用線路跡、コンクリートのその構造物は長年の放置によりあちこち崩れてはいるものの、それでも今尚何とか原型を保っている。山岳地帯へと一直線に向かうそれに駆け上がり、再び全速力で走り始める。
 もう直ぐ、何かが起こる、自分達はその合図を待ちながら走り続けるだけ。隧道の入口迄は一kmも無いと思いつつ走り続ければ、ふと背後から人の気配が無くなり、それとほぼ同時に
「飛び降りろ!!」
 という、耳に慣れ親しんだ声が聞こえて来て、タカコは、そして部下達はそれを合図に左手側に有る川の方向へと一気に身を躍らせた。
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