大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第426章『困惑』

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第426章『困惑』

 爆破の轟音と震動の後に頭上から響いて来るのは銃声と断末魔の叫び、それを避けて下、自分達のいる河原へと飛び降りて来た気配が伝わって来た。そうやって何とか離脱しようとした者もいたのか、周囲にいた人間が抜刀し走り出し、その先から聞こえたのは頭上から聞こえたのと似た絶叫。
 依然一切気は抜けない様な状況の中、敦賀は頭上から落ちて来た身体を抱き締める腕に、ぎゅ、と、力を込める。
 彼女を喪ってしまったと気付いた瞬間からずっと、次に腕の中に捉える事が出来たらもう二度と、絶対に離さないと、そう願い続けて来た。
 それが叶った直後、理屈も事情ももう構うものかと更に腕に力を込めれば、感触が腕に馴染んでいたものよりも硬く少々大きな事に、更に言えば鼻腔へ流れ込んで来る匂いも違う事に気が付く。そして次の瞬間、下から結構な勢いで顎を突き上げられた。
「お前いい加減にしろ!今直ぐその腕離しやがれ!!」
「なっ……何なんだてめぇ!さっさと離れろ!!」
「そりゃこっちの台詞だ!とっとと離せ殺すぞ!!」
 突き飛ばしたのは自分か相手か、目の前でこちらへと向けて怒りを露わにする相手――、カタギリを睨み付けた。
 陽は完全に落ちて周囲が段々と闇に落ち始めている時間帯、更には爆破の粉塵の所為で、あまり体格差の無い彼とタカコを誤認してしまった。その上彼女だと思い込み全力で抱き締めてしまった自分の馬鹿さ加減に、敦賀は頭に一気に血が上る。
 男、しかも毛嫌いしている人間に抱き締められたのが余程不快だったのか臨戦態勢のカタギリ、その彼へと向かって一歩踏み出せば周囲がそれに気付いて数人がかりで押し止められ、
「先任!それ完全な逆切れだから!!」
「そうですよ!!ギリは何も悪くないでしょう、落ち着いて!!」
 口々にそう諌められた。
 それでも完全には収まり切らずに
「うるせぇ!離せ!!」
 そう声を荒げて仲間を振り解けば、今度は更に不愉快な状況が敦賀の目に飛び込んで来る。
「タカコォォォ!お前今迄何処でどんな無茶やってんだよ心配したんだぞぉぉぉ!!」
 少し離れた場所では用が済んだ点火装置を投げ捨てた藤田がタカコを深く抱き締め、大きな手で彼女の頭を撫で回しているばかりか頬擦り迄する始末。
「おいヒデ!!てめぇどさくさに紛れて何やってんだそいつ離せ!!」
 こちらにも瞬間的に沸騰した敦賀が詰め寄ろうとすれば、再度周囲が大きな体躯を全力で押し止めた。
 薄れはしたものの粉塵はまだ完全には消えない中、頭上や周囲から
「制圧しました!」
「こちらもです!!」
 という報告の声が聞こえて来て、そこで漸く現在自分達が身を置いている状況を思い出し、敦賀は身体から力を抜き声を張り上げる。
「生存者は!?」
「いません、全員死亡!」
「こちらに被害が無かったか確認しろ、後追いが有るかも知れない、直ぐに移動を開始するぞ!」
「了解です!!」
 慌ただしく動き始める周囲、藤田も落ち着いたのかタカコの身体を離し、それでもまだ再会を喜びつつタカコの肩に手を置き、ほっとした様な笑みを浮かべながら何やら話し掛けている。そこに島津も歩み寄って来て話に加わり、敦賀はその様子と、そしてこちらへと背を向けたままのタカコの姿を暫くの間見詰めていた。
 会いたいと、次に捕まえた時にはもう何が有っても絶対に手放さないと、そう思っていた。しかしこうして再会が実現したというのに初っ端から話は綺麗に纏まらず、今は仕事へと戻らないわけにはいかない。本来ならば抱き締めて労りの言葉を掛けて、そして彼女にも同じ様に返して欲しかったが現状はそれも出来ない。それでも頭を撫でて一言だけでも言葉を交わそうと小さな背中へと向かって一歩踏み出せば、突然目の前に現れた複数の人影に足が止まる。
「……どういうつもりだ」
 そこにいたのはタカコの部下達、何かと衝突する事が多くつい今し方も一触即発になったカタギリだけではなく、キム、ジュリアーニ、ウォーレン、マクギャレット、タカコの部下達全員が無言のまま、じっとこちらを見据えていた。その様子に一瞬身構えはしたものの、直ぐに彼等の双眸に浮かぶ僅かな困惑の色に気付く。一体何なのか、そう眉根を寄せて立ち止まれば、その彼等の向こう側に見えていた藤田と島津の顔に、タカコの部下達と同じ様な、否、それよりも大きな困惑が浮かんでおり、恐らくはその原因であろうタカコへと視線を向けた。
「…………!」
 気配に気付いたのかゆっくりと踵を返しこちらへと向けられるタカコの顔、怪我をしたのか血がこびりついたそれは無表情で、視線は鋭く、そして冷たい。
『……何で出て来た、我々の努力と協力を無駄にするつもりか大和人』
 姿を消す前と変わらないよく通る声、しかそれが紡ぐ言葉は大和のものではなく、それに彼女の部下達が表情を強張らせ自らの上官の方へと向き直る。
『ボス、それは幾ら何でも』
 口を開いたのはキム、その彼が口にする言語も恐らくはワシントン語で、敦賀には意味は皆目理解出来ない。それでもタカコの表情から穏やかでない事だけは感じ取り、何も言わない迄もタカコへと戸惑いと微かな非難の色を滲ませた視線を向ける、キム以外のタカコの部下達へと視線を向けた。
「……ボス、言いたい事は分かりますが、今は収めておきましょう。とにかく、ここにいても仕方が有りません、市街地に戻りませんか?」
 と、そう大和語を口にしたのはカタギリ。ちらりと敦賀へと視線を向けるその様子に、彼は彼なりに自分や他の大和人を気に掛けてくれているのか、それとも自分と気の合わない彼ですらこちらの肩を持ちたくなる様な事をタカコは言っていたのか。どうやら後者の方が割合は大きそうだと、そんな事をぼんやりと考える。
『そうだな、市街地へと戻る事について異論は無い……しかし、大和人と共同歩調をとる気は無いぞ……戻ろう』
 またもワシントン語で何やらカタギリに返し、ざり、と、河原の石を踏み付けて踵を返しタカコは博多へと向けて歩き出す。
「おい、どういう――」
「――すまん、今は堪えてくれ……これ以上刺激すればあの人はお前達を排除しろと命令する、そうなれば俺達はそれに従わなきゃいけなくなる。お前の事は気に入らないがそこ迄はしたくない……すまん」
 タカコの腕を掴み、大和語を話せと、真意を確かめようと踏み出した敦賀。その彼を制止したのは、カタギリだった。刺激するな、そう言い含め小さく頷いて言葉を強調すると、市街地へと向けて歩き始めたタカコの後を他のワシントンの面々と共に歩き出す。
「先任……どうする」
「……ここにいても意味が無ぇのは確かだ、俺達も戻るぞ」
「ああ……了解」
 ワシントン勢の背中を見詰める敦賀に島津が話し掛けて来る。敦賀はそれに言葉を返しながら、闇の中へと溶けて行く小さな背中へと視界の中央へと据え、小さく口元を歪め舌を打った。
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