大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第427章『疑問』

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第427章『疑問』

 同一地点に留まる事は危険性が高過ぎる――、その点についてのみ意見の一致を見出し、市外へと向かって移動を開始した二つの勢力、大和海兵隊とProvidence。堅い信頼と絆で結び付いていた筈の双方の陣営の指揮官の間に今は言葉は無く、夫々が奇妙な距離を保ったまま夜の道を歩いている。
「金原さん、あの時は驚かせてすみませんでした」
「ああ、泉じゃないか。確かにあれは一瞬本気で死を感じたよ。藍は藍より出でてって言うんだったか、大和では」
「いやそんな、とんでもないです!まぐれですよまぐれ!!」
 二人が交わしている会話の内容は、半日程前の出来事。それは段々と闇が薄くなり始めた夜明け間近、消防署の火の見櫓の上での銃眼越しの遣り取り。
 泉はキムへと向けた銃口を直ぐに逸らし、櫓の直ぐ近く迄迫っていた敵を一人射殺した。
 銃を脇に置いたキムは下を覗き込みながら
『警戒範囲を広げ過ぎてて足元が疎かになってたな……』
 と舌打ちをしながらそう吐き捨て、再度銃を手にして銃眼を覗き込み泉の方を見てみれば、移動を開始するのか狙撃銃を肩に担いだ彼の唇が
『先任から差し入れです、使って下さい』
 そう動くのが見て取れた。泉はその後は足元に転がったぼろぼろに錆びた一斗缶を軽く蹴り、挙手敬礼をして薄明りの街並みへと消えて行った。
 周囲に人の気配が無い事を確認しつつ櫓を降り、残された一斗缶を確保し開けてみれば、中身は弾や爆薬や携行食料。狙撃銃の使用頻度は離脱前はそれ程多くなかった事も有り、離脱後も最初の内はそうそう困る事も無かったが、それも段々と心許無くなり始めていた状況の中、キムは知らずの内に安堵の溜息を吐き笑顔を浮かべていた。
 大和海兵隊によるその『差し入れ』は彼等が展開された全域で行われたが、他に真意を悟られない為に渡し方はかなり手厳しかったと言って良いだろう。しかし、その内容や手紙に綴られた真意に、Pの全員が感じたのは、程度の差こそ有れど、やはり安堵と感謝の念。
 タカコと合流したした時にその件を報告しようとした面々の目についたのは、彼女が携える一振りの太刀、村正だった。
 その状態に、我等が上官にも事の次第と大和の真意は伝わっている様子だと思っていたのだが、妙に頑なで冷たいタカコの態度に、どうやら自分達の与り知らぬところで別の事態が起きている事は確かな様だ、と、キムはそんな事を考える。
 タカコが敦賀を選んだという事は、離脱直前の二人の様子を見ていてよく分かっていたし、彼女自身がそれを選択したというのであれば、キム自身はその事について反対する心積もりは全く無かった。彼女の生来の生真面目な気質を考えれば、任務を放り出して大和に残るという選択はしないという事は分かっていたが、それでも目の前の状態がどうにも理解出来ないでいるし、仲間達の様子を見る限りでは、彼等もまた上官の真意を図りかねているのだろう。
 そして、何故こうも頑ななのかという事以外にも、そもそも特段理由も無かった筈なのに何故期日を前倒しして離脱したのか。その事もやはり消えない疑問、違和感として依然残ったままだ。しかもその前倒しに関して一切の事前の通告は無く、陸軍に配置されていたキムとマクギャレットはタカコ達が姿を消した後に海兵隊基地で事態を察知して慌てて離脱し、下手をすれば足止めを食らうところだった。
 かと言って海兵隊に配置されていた面々に事前に知らされていたわけでもなく、こちらはこちらで突然に即時の離脱を通告され、預けていた装備をトラックに積み込んでの引き上げに大忙しだったと聞いている。
 結局、今に至る迄タカコが突然の強制的な離脱を決断するに至った理由は誰一人として聞いていない。キムも他の者も真意を問い掛けなかったわけではないが、
『……良いんだ、これで、良い。お前達には負担を掛けたな、すまん』
 と、言葉少なにそれだけを口にしたタカコに、それ以上突っ込んで詰問する事は出来なかった。
 そして今もどうにも不可解なタカコの挙動、敦賀を快く思っていない筈のカタギリですら執り成しに入らずにはいられなかった状況に、キムは夜道を歩きながら小さく溜息を吐いた。
 海兵隊基地迄戻る事は無いだろう、恐らくはその手前で再度離脱し、朝を、そして制圧艦隊の到着を待つ事になるのだろうが、すんなり事が運ぶとはとても思えない。敦賀は何としてでもタカコを引き留めようとするだろう、そして、彼女がそれを拒否する事は間違い無い。
 そうなった時に大和海兵隊の排除を彼女が命じれば、自分達にはそれに逆らう理由は無い。明らかにタカコが間違っていれば、それに対して自分達が不服従の姿勢を示す事に問題は無いが、今回は離脱する事にもそれを妨害させない事にも筋が通っているのだ。
 タカコの心が既に大和や敦賀から離れてしまっているのであれば、それで何も思うところ無く任務に徹しているのであれば、それは問題は無い。しかし、時折沈んだ面持ちで物思いに耽る様子から察するに、心はまだ彼等とも共に在るのだろう。部下として友人として、彼女に心残りを抱えたまでいて欲しくない、自分の望みにも素直になって欲しい。
『敵がこのまま夜明けを迎えさせてくれるとも思えないし、心理的なゴタゴタだけでも解決したいところだが、寧ろそっちの方が厄介そうだな……』
「金原さん?」
「ああ、いや、何でも無い、行こう」
 思わずワシントン語で呟いた様子に隣を歩く泉が問い掛けて来て、キムはそれに笑顔と言葉を返し、遠くに薄らと見える明かりを見詰め目を細めた。
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