大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
41 / 102

第441章『繋がる意識』

しおりを挟む
第441章『繋がる意識』

 四基の金属製の大きく鋭い牙は敵機に掠る事も無く、二基は敵機の下方を、もう二基は右方を抜けて博多市街地の方向へと飛んで行く。しかしそのまま市街地には到達せずに森の中へと突っ込み爆音を周囲に響き渡らせ、タカコ達を乗せた二機はそれを合図に急激に方向転換をし、左右に分かれて相手の側面へと回り込もうとする動きをとり始めた。
 敵機の側面に自機の側面を向けるのではなく、前面を相手に向けたまま機体後部を横滑りさせる様に大きく振りながらの機動、機内に詰め込まれただけで身体を何処にも固定していない大和海兵隊の面々は凄まじい遠心力に振り回され、床を滑り機体の後部へと纏めて押し付けられる。それとほぼ同時に彼等を襲ったのは腹に響く様な機関砲の重い振動、それにほんの僅かの時間を置いて、口火を切ったこちらに応えて相手も側面の機銃で応戦して来た事が伝わって来て、夫々が限界迄身体を竦ませ、必死で床へとしがみ付いた。
 間断無く響く機関砲の咆哮、どれだけの数の砲弾が吐き出されたのかも分からないが、それによって相手が被弾した様な様子は一向に伝わって来ない。一体どうなっているのかと顔を上げても床に這い蹲ったままでは操縦席の様子すら何も見えず、機銃の取り回しの為に開け放たれたままの左右の扉の方向へと視線を向ければ、その向こうに広がる空中を『何か』が凄まじい速度で横切って行く気配だけが感じ取れた。
 外へと、そして前方の敵機へと視線と身体と意識を向けたままのタカコの部下達とドレイク、その司令塔であるタカコは、と、敦賀が半分身体を起こしつつ視線を向ければ、彼女もまた操縦手二人の間から身体を乗り出し前方を見据えており、小さな背中がこちらへと向けられている。
 時折動く顎の輪郭、何がしかの命令を口にしてるのだろうがこの騒音の中では何も聞こえず、喩え騒音が無かったとしても恐らくは彼女が今口にしているのであろうワシントン語は敦賀には理解出来ない。
 しかし、何かが違う、そんな意識が敦賀を支配する。何が、とは明確には分からないが、自分に背中を向けているタカコが見ているものが、何故か見える気がした。そして、騒音の中自分には理解出来ない言葉を口にしている彼女が何を言っているのか、何故か理解出来ている気がした。
「――伏せろ!摑まれ!!」
 そう叫んだのは、無意識だった。直後何の前触れも無く激しく振れる機体、再び遠心力で振り飛ばされそうになっている仲間達の姿を視界の端に捉えながら敦賀は立ち上がり、骨組みの一部が露出している天井へと手を伸ばしそこを全力で掴みながら、もう片方の腕をタカコへと向けて伸ばし大きく揺れる彼女の身体を後ろから抱き支える。
 立ち上がってみれば視界に飛び込んで来たのは、こちらへと向けて機銃の掃射を行いつつ方向を転換させ正対しようとしている敵機の姿、機体の下部に取り付けられている爆弾か全部の機関砲による掃射を行うつもりだ、と、視認して直ぐに誰に言われずとも理解し、後方の仲間達に更に声を張り上げた。
「急上昇するぞ!その後は直ぐに急降下!!相手の後ろを獲るつもりだ!!放り出されない様に掴まってろ!!」
 その言葉に、一瞬腕の中のタカコが驚いた様な顔をして自分を見上げた気がした。しかし敦賀はそれには構わず、己の言葉の通りに機体が急激且つ急角度の上昇を始めた事を感じながら、唯真っ直ぐに前を見据えていた。
 自分の意識とタカコの意識がしっかりと繋がった、その事をはっきりと自覚する。先程の奇妙な感覚はこれだったのだと思い至り、小さく口角を上げた。
 意識が繋がったから、彼女が見ているものが見えた、何を言っているのかが理解出来た。彼女が今し方驚いて自分を見上げたのは、彼女にすら予見出来ていなかった事だからなのだろう。
 これで自分達大和人は機動を鈍くするだけのお荷物ではなくなった、この『作戦』に参加する事が出来る。そんな想いは敦賀の身体を途轍もない興奮と快感となって駆け抜け、彼はそれを抑える事等微塵も考えず背後の仲間へと向けて声を放る。
「弾薬に掛けてる網を外せ!!固定はちゃんと別にされてる!急いで外して持って来い!!」
 突然のその言葉に、身体を起こしつつも戸惑った様子を見せる海兵達、しかし敦賀はそれには構わずに
「早くしろ!機動がもう直ぐ降下に移るぞ!!」
 そう言葉を続け、それに弾かれた海兵が縄で固定された弾薬の箱に被せられた網を外し、急角度での上昇により壁の様になった床を仲間の身体を伝い登りつつ持って来る。
「後はしっかり掴まってろ!!」
 頑丈な作りの網を受け取り、これならばいけそうだと思いながらタカコの身体を放し床を蹴り、開け放たれた扉の枠へと飛び移った。
「お前何やって――」
「黙ってろ!お前等の――」
 飛び移った先にいたのは機銃の射手として配置に就いていたカタギリ、驚き、次の瞬間には険を深くして口を開いた彼を制し、敦賀は扉から上半身を乗り出し、下方に在る敵機の姿を視認しつつ自らが乗る機体が水平を取り戻す一瞬を待つ。
「――手伝いをしてやろうってんだよ!」
 待ち侘びた『その瞬間』、機体後部の回転翼が視界から消え足が床に付いたのとほぼ同時に声を張り上げ、手にしていた頑丈な網を敵機後部の回転翼目掛けて全力で投下した。
 主になる上部回転翼は揚力を得る為のもの、風は強烈な下降気流を生み出し機体を浮かび上がらせる。気流は横には殆ど行かないから吹き飛ばされる可能性は低い。狙うは機体の安定性を保ち飛行を可能にする為の補助回転翼、この網を絡ませる事が出来れば、補助回転翼の動きを止める事が出来れば、あの機体は飛行を続けるどころか姿勢制御すら出来なくなって墜落する。
 激しい機動には慣れていないのか漸く上向きの動きに映ろうとしている状態の敵機、上を向いてしまえば主回転翼に邪魔される、そちには流石にこの網では太刀打ちするのは難しいだろう、させてなるものかと一瞬の躊躇も無く網を投下すれば、それは主回転翼の縁を掠りつつもそれを擦り抜けて落下し、敦賀の狙い通りに補助回転翼へと凄まじい勢いで絡み付いた。
 行け、やれ、頼むぞ――、祈る様な気持ちで敦賀が見詰める中、敵機は急激に制御を失い、姿勢を崩しくるくると回りながら下降を始める。それと同じくして敦賀達の乗る機体も下降を開始し、操縦手は機関砲の砲口を敵機へと向け重く厚い掃射をそちらへと向けて浴びせかけ、その弾着を確認したのと同時に機種を大きく振りその場から離脱した。
 その離脱から数秒後に後方から響いて来た爆発音、何が起きたのかを理解し沸き立つ大和海兵隊、そして、まさか大和人がとでも思っているのか唖然とした面持ちで敦賀を見詰めるタカコの部下達。
 そんな中、敦賀は何も言わずに真っ直ぐにタカコを見詰め、一つ、大きく頷いて見せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...