大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第440章『兵器と重量』

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第440章『兵器と重量』

『この機体は博多上空を高速で急旋、急上昇、急降下、急停止するジェットコースタータイプの――』
『あんたねぇ!過去のデータベースからニッチなネタ拾って来てしれっと披露するそれ止めて下さいよ!!』
『二十世紀から二一世紀にかけての日本やアメリカで絶大な人気と集客力を誇った遊園地のネタだぞ、何処がニッチなんだ!!』
『うるせぇ!そんなもん聞いてねぇ!!状況考えろ!!蹴落とされたくなきゃさっさと指示出せこの馬鹿ボスが!!』
 緊迫し切った状況の中、それとはまるでちぐはぐな事を言い出すタカコをチスネロスが怒鳴り付ける。己の上官のそんな振る舞いには慣れているのか本気で怒っている様子は無く、何処か笑っている様な部下の様子にタカコもにやりと笑い、チスネロスから手渡された無線の送受話器をすっぽりと被り前を向いた。
『コクピット!』
『この通信はもう一機の方にも行ってます、そのままでどうぞ!!但し、使用周波数を敵に探り当てられたらもう終わりです、時間は数分有るか無いかでしょう、手短に!!』
『分かった!両機、これからの指示を出す!一回しか言わん、頭に叩き込め!!』
『Yes, Ma'am!』
『Yes, Ma'am!』
 冬に使う耳当てと似た形状の送受話器、左の耳当てからは口元に向けて集音の端子が伸びており、そこへと向かって声を張り上げれば、自分が乗っている機体と、もう一機の方の操縦席からも応答の声が聞こえて来た。
 限界以上に兵員を乗せた過積載状態の機体、素早く機敏な動きの要求される空中戦に於いては不利な要素しか無いが、それでもこうなってしまった以上はやるしか、そして勝って生き延びるしか無い。
 そんな中、少しでも重量を減らして身軽になるには――、タカコはほんの僅かな時間思いを巡らせ、その直後、眦を決し、彼女の部下達ですらとても正気とは思えない様な命令を口にした。
『搭載のミサイル二基を敵にブチ込め!当てる必要は無い!と言うか指向性が無い以上どう考えても当てるのは無理だ!!』
 機体下部に設置された二基のミサイル――、搭載された兵装の中でも最強の火力と打撃力を誇るそれを早々に使ってしまえとはどういう意味なのか。これを使ってしまえば、後は機体前部に設置された、操縦手が操作する機関砲が一基と、機体の側部に取り付けられた機銃が左右一基ずつの計二基、兵装らしい兵装はもうそれしか残っていない。そもそもこの機体自体が戦闘機動を主眼に置いたものではなく、兵員や物資の輸送迄もを網羅した、所謂『汎用機』として開発されたものであり、その為兵装は出来るだけ簡易化され、着脱も容易になっている。その中で最も強力且つ心強い兵器であるミサイルをまるで捨てるかの様な使い方をしろとは、と、部下達も流石に慌てた様子で言葉を返す。
『正気ですか!?状況を大きく動かす事も可能な兵器を――』
『ミサイルだけじゃない!ミサイルの後は機関砲、その後は両側の機銃、全ての弾薬を可能な限り早く使い尽せ!!その過程で相手を墜とせると思うな!万が一墜とせたら相手の鈍さか神に感謝しろ!!』
 そこ迄言えば付き合いは長く深い部下達、タカコの狙いが何なのかが見えて来る。しかしそれは取りも直さず選択肢の中で最も厳しく険しい道を選ぶという事に他ならず、やれるのか、と、二人の操縦手は操縦手同士、他の者も周囲の仲間と顔を見合わせた。
 タカコがこれからやろうとしている事――、それは、出来るだけ早く弾薬を使い切って身軽になり、機体の機動のみに頼り空中戦を制するという事。
 ホーネットは今回が実戦初投入、どれだけの負荷に耐えられるのかという試験は実用前に当然してはいるだろう。しかしそこは正規軍の中の事、機体の実用化を知った時からタカコが考え付いていた様な高負荷の機動は想定はしているかも知れないが、実際の運用はしていないだろう。そこに付け入る事が勝機、と言うよりはそこに懸けるしか無い事は分かっているが、誰も試した事の無い機動を、喩え弾薬を全て使い尽しても定員以上の兵員を乗せた機体で、果たしてこなせるのか。
 タカコが本国にいる間には機体の実用化は実現せず、彼女自身機体に乗る事はおろか触れる事すら初めての状況の中、何故そんなにも素早く決断出来るのかと唖然とした部下達の身体の中を、突如、奇妙な、そして慣れ親しんだ感覚が走り抜けた。

『司令塔、脳である私がやると言ってるんだ!私の手足であるお前達にそれが出来ないわけが無いだろうが!!我々は神意、神の摂理!!私がすると言った事は全て実現する!!我が手足達、お前達はその為に動け!!お前達はその為に生かされている!!』

 これは、この感覚は部隊が一つの意志として融合した証。自分達の生きる意味であり目的であり、そして、統べる意志でもある彼女が命じた事を、彼女の手足として実行し遂行する為に部隊が一つの意志となった、その証。
 その先には、もう言葉は要らなかった。彼女が目にしたもの、考えた事、それ等の全ては空気を通して各員の身体へと、そして脳へと流れ込んで来る。
 きっと、この感覚は自分達以外の誰にも理解出来ない。彼女に固執し続けるヨシユキですら、理解出来ない、したくても出来ない感覚に違い無い。
『他のどんな奴にもされたくはないけどな……!』
 感覚がどんどん研ぎ澄まされていくと同時に自意識と外部の境界が曖昧になる何とも言えない快感と高揚感、それを感じながらチスネロスが呟いた直後、二機の機体から、計四基のミサイルが相手へと向けて発射され、博多郊外の空へ四本の白い筋を描いた。
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