大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第439章『空』

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第439章『空』

 急激に高度を増す機体、その中に鮨詰め状態になった大和海兵隊の面々は、生まれて初めて体験する感覚に身を硬くし押し黙っていた。
 タカコ達の乗った輸送機を目にする迄、飛行機という概念は彼等の中には無く、ともすれば込み上げそうになる嘔吐感にも似た感覚を無言のまま嚥下する。足の下数十cmは何も無い空中、地面迄は三十mは有りそうだと開け放たれたままの扉から横目で外を見て、背筋を凍らせながら機内へと視線を戻す。
 程度の差こそ有れど敦賀もそれは同じ、生まれてこの方ずっと比喩ではなく文字通り『地に足を付け生きて来た』敦賀にとって、それを可能にした機械に頼り守られての事とは言えど、『空を飛ぶ』という体験は自らの想像の及ぶ限界の、その更に遥か彼方の事。出来るだけ早くこの状況が終わって欲しいものだと思いつつ視線を横に向ければ、そこには新しく合流した部下達と何やら言葉を交わすタカコの姿が在った。
 大和へとやって来た輸送機以前にも飛行機に乗った経験は有るのだろう、彼女も他のPの面々も現状を然して気にする様子も無く、タカコが部下と話し合う横では他の者が負傷者の手当てをしたりと、夫々の仕事を着実にこなしている。その中にはここ暫く顔を見ていなかった上に何故か新顔と共にこの機体に乗ってやって来たドレイクもおり、敦賀が
「……何処で何やってたんだあいつは」
 そう呟けば、頭上から響く轟音と距離の所為で声は聞こえずとも言いたい事は何と無く伝わったのだろう、いつもの掴み所の無い笑みをへらりと浮かべ、右手を挙げてそれを軽く振って見せて来た。その緊張感の無い様子に若干の苛立ちは感じたものの、それでも未経験の事態の連続に慣れたのか疲れたのか苛立ちが持続する事は無く、早く基地に戻りたいと思いつつ再び視線を扉の外、その下方へと向けてみる。
 移動速度は時速にして七十kmに届かない程度だろうか、乗り込んだ場所は戦闘が始まった場所から更に山側だったが、地上と違って直線で移動出来る分基地迄の到着はかなり早いだろう。しかし、それも道中敵との遭遇が無ければの話、タカコの部下達がこうしてやって来たとなれば、侵攻艦隊に搭載されている機体も当然後を追ってやって来るだろう、自分達を攻撃した機体を追って彼等がこうしてやって来た様に。
 もし途中で敵と遭遇すれば、間違い無く戦闘に発展する。そうなった時、二機の機体に満載された自分達大和海兵隊は邪魔な荷物と化す事は明らかだ。銃器も、こんな状況では役に立ちはしないが太刀すら重量軽減の為に置いて来た。丸腰の木偶の坊である自分達、それを抱え込む羽目になったタカコ達はかなり苦しい状況に追い込まれているのではないか、そんな思いが湧き上がる。
 何か手伝える事は、そう思っても初めての状況の中でそれが有るとは到底思えず、せめて何も無いまま、無事に基地へと辿り着いてくれ、と、敦賀にはそう祈るしか出来なかった。
 しかし、彼のそんな祈りも虚しく、山間部をもう少しで抜けるという頃合いで俄かに操縦席が騒がしくなる。
『ボス!やはり来ました!!どうしますか!?』
『数は!!』
『二機です!!対馬区への攻撃を主眼に据えているんでしょう、こちらに回された数が少ないのは不幸中の幸いですがどうしますか!!』
 言葉の意味は分からずとも、タカコの険しい顔付きから察するに、どう転んでも穏やかな事態でない事だけは分かる。何が有った、と、腰を浮かせて操縦席の方を覗き込んだ敦賀の視界に飛び込んで来たのは、数百m程前方の上空に浮かぶ、二機の鉄の塊の姿。

「……どうすりゃ……良いんだ……」

 そんな言葉を呟いたのは敦賀だけではなく、他の海兵も少なからずおり、口には出せず胸の内でそう呟き絶望にも近しい感情を抱いた者は多かった。先程加えられた様な攻撃を凌ぐ技術も力も自分達は無い。そんな重苦しい何かに飲み込まれそうになった彼等の身体を『何か』が走り抜けたのは、次の瞬間だった。

「大和の洟垂れ共!私に命を預ける覚悟は有るか!!」

 回転翼の轟音が、消えた気がした。
 声のした方を見てみれば、そこにいたのは凄まじい覇気を纏い、眦を決したタカコの姿。今迄に見た事も無い程の迫力と威厳を持った彼女の姿に、敦賀すら一瞬気後れはしたものの、その直後に彼等の身体を襲ったのは例え様も無い高揚感と、それが齎す武者震い。
 真の指揮官とは、理屈ではなく、そこに存在するだけで率いる兵の士気を高めるのだと、暴力的な迄の説得力と圧倒的な存在感こそが指揮官の資質なのだと、先々代の海兵隊総司令である島津中将が高根や先代の総司令にそう諭しているのを見た事が有る。
 彼が語っていた理想であり究極が今自分達の前にいる、その事実が、敦賀を動かした。

「今更何言ってやがる!その大口に見合うだけの仕事、してもらおうじゃねぇか!俺達の命、全てお前に預けた!!」

 周囲の海兵達の眼差しも真っ直ぐにタカコへと向けられ、そこに一切の迷いも恐れも無い事を見たタカコは、にやり、と、口角を歪めて力強い笑みを形作ると
「よく言った小僧共!振り落とされない様にしっかり掴まってろ!!」
 そう声を張り上げ、操縦席の方へと向き直る。
『迎撃!墜とすぞ!!』
『本気ですか!?最新鋭機ブン回せって!?』
『最新鋭機だからこそ我々に有利だ!連中がまだ大人しい使い方しか知らない今だからこそ、私が考案しておいた機動を試せる!!死ぬ気で転がせよ!!』
『あれ!?あれをやれってんですか!?あのキチガイ沙汰の変態機動を!?』
『出来るのか出来ないのか答えは二つに一つ!どっちだ!!』
『分かりました!そこ迄言われたんじゃ出来ないとはとても言えませんね!!機動の方は任せて下さい、攻撃は後ろで頼みます!!』
 これ以降は実働部隊であるPの中での意思疎通の正確性が最重要、大和人にその内容を詳細に理解させる必要も余裕も無い。そう思いながらワシントン語で操縦席へと声を放り、そこに座る二人の手が上げられ親指が、ぐ、と立てられるのを見て今度は後ろへと向き直り、そこで命令を待ち構える部下とドレイクへと向けて更に声を張り上げた。

『正規部隊のホーネットと一騎打ちだ!!総員配置に就け!!友軍を必ず基地に送り届けるぞ!!』
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