大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第443章『Don't tread on me』

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第443章『Don't tread on me』

 空母で突然起きた小規模な叛乱、機関部の一部が爆破され、甲板では銃撃戦が起き二機のホーネットが奪われた。離艦して行ったそれを追跡し捕獲若しくは撃墜する為に一編成が離艦し、空母は予定外の出来事に出鼻を挫かれつつも、それでも当初からの予定通りに大和の上空へとホーネットを舞い上がらせる為の準備に入って行く。
 その動きに乱れが出たのは空がすっかり明るくなった頃合い。南西の水平線に現れた『それ』に最初に気付いたのは空母の艦橋、そこから起きた同様の波は静かに、しかし何よりも速く艦隊の全兵員の思考を侵し駆け抜けた。
 最初は芥子粒程の大きさだった『それ』、甲板や艦橋からその姿を見ていた者達は最初は大和の沿岸警備隊が遠巻きに監視に来たのかと、誰もがそう思っていた。しかし段々と近くなるにつれて明確になった全貌、それは、巨大な艦体と艦橋を持つ正規空母。その帆柱にはワシントン国旗の他には毒蛇が鎌首を擡げてこちらを見据え、甲板には五十機近い雀蜂が離艦の命令を待っている。空母の前には戦艦、後ろには強襲揚陸艦が一隻ずつ、更には小型の艦艇がその左右両源舷に展開しており、自分達以上の規模の正規艦隊である事は一目瞭然だった。
『ネイビー・ジャックが……なん、で……それじゃ、俺達のは……?』
 呟く様な誰かの言葉、引き攣って掠れたそれは誰の耳朶を打つ事も無く、強さを増した日本海の風に浚われて大気へと溶けていく。
 前時代から継承した伝統、自由と独立、そして愛国の為の戦いを象徴する毒蛇の旗、あれを掲げる事が許されているのは海軍の全艦艇の中でただ一隻だけ、この艦隊の旗艦である戦艦『アメリカ』である筈だ。自分達の正当性を担保するその唯一無二の筈のその存在が、何故もう一つ在るのか、正当性と正統性はどちらに在るのか。その答えはその場の誰も出す事が出来ず、段々と大きくなる艦隊の姿を呆然と見つめていた。

 奪われたホーネットの追跡の為の編成以外にも、既に何編成かは離艦し通常の作戦行動に入っている。艦隊の突然の出現はそちらの動きにも何等かの影響を与える事は確実であり、それがどういった結果になるのか――、と、旗艦である戦艦『アメリカ』の艦橋後部で、侵攻艦隊総司令官ダンカン・M・フレッチャー海軍中将は険しいとしか形容のし様の無い面持ちでそんな事を考えつつ、双眼鏡を覗き込んでいた。
 水平線に姿を現す随分と前から既に互いの無線の交信可能範囲へと入っている筈なのに、現時点では相手側からの交信は無い。突然且つ通常であれば考えられない事態にこちら側からどう動くべきなのかは総司令官であるフレッチャーにも判断は出来ず、相手の出方を窺う状況が続いている状態だ。
 何故――、端的に一言で言い表せば、それがフレッチャーの偽らざる心境だった。マクマーンとの遣り取りで彼が何を狙いとしているのかは理解しているし、海軍の発言力を今以上に強くする為に、自分自身もこの作戦に対しても大和や大和人に対しても僅かな痛痒すら感じていない。
 統合参謀本部副議長、そして侵攻艦隊最高責任者というマクマーンの立場は、自分達の大和侵攻を阻むもの全てを排除してくれる筈だった。しかし目の前に現れたもう一つの正規編成艦隊、あの掲げられた二つの旗が本物なのであれば、自分達の正当性と正統性が脅かされているという事に他ならない。一体何処で誰がどんな横槍を入れて来たのか、その事ばかりが脳内へと浮かんでは消えていく。
 最も可能性が高いのは、長年マクマーンの政敵であり続けている議長であり、そして、この作戦全体の総責任者であるウォルコットだろうが、それでも一体どんな切っ掛けが有っての事なのか、それが理解出来なかった。
 無線も届かない大洋の果て、そんな場所迄正規編成の艦隊をもう一つ送り出すとあっては、余程の確証が無ければ統合参謀本部議長と言えど出来る事ではない。メキシコとの戦いに於いて海軍も年々出撃の機会は増えている、それを考えれば政府も国防総省も明確且つ充分過ぎる理由が無ければ首を縦に振る筈が無いであろう事は、長く軍に身を置くフレッチャーにもよく分かっていた。
 そしてもう一つの懸念、それは、統合参謀本部直轄の、本隊に先駆けて大和国内へと潜入している特殊部隊『Providence』――、通称『P』、その司令官である陸軍大佐タカコ・シミズの存在。マクマーンと誰との間でどんな密約が交わされたのかは知らないが、ウォルコットの隠し玉であるシミズを、マクマーン自身は出来れば始末したいと考えている様子だが、その密約相手との取引に於いて
『可能な限りシミズ大佐を生かしたまま引き渡してもらいたい』
 そんな条件が盛り込まれてるらしく、今日の出撃に於いてもその為だけに一機を先駆けて離艦させている。
 取引の相手は恐らくは地上作戦行動の指揮を一手に引き受けた、外部の軍事組織の指揮官だろう、それが誰なのか、そして何が理由なのか迄は知らされていないが、地上部隊の動きを見ているとシミズを狙い撃ちにしているのがよく分かる。
 ウォルコットの直々の命令を受け、同盟締結か侵攻かの判断に関しての全権を与えられて投入された人間、その彼女がどんな判断を下したのかは未だ分からないが、それでも穏健派筆頭であるウォルコットの直参である事を考えれば彼女の下す決断は恐らくは同盟。そして、自分達は、そしてマクマーンは最初から侵攻の後の制圧と統治しか見ていない。
 彼女の意志が明確に伝えられる前に殺せと、そう命じたのはマクマーンでありフレッチャー自身、その自分達の前に姿を現した正規編成は恐らくはウォルコットの命令によるもの。彼の思想が激変したのでもない限り、自分達と目の前の艦隊の思想は真っ向からぶつかり合い、そして共存は不可能なものである筈だ。
 出方を見誤ればワシントンの正規艦隊同士の正面対決に発展する、しかしそれでも先走って易々と白旗を掲げ指揮権を明け渡す事も出来ない。一体どうしたのものか、そう考えて更に表情を険しくし舌打ちをしたフレッチャーの耳に、通信士官の声が飛び込んで来た。
『総司令!あの艦隊からの音声通信です!!』
『所属は!!』
『ワシントン合衆国海軍、旗艦は中央の空母イオージマ!艦隊総司令官はスペンサー・グレアム海軍中将、作戦最高司令官はロバート・テイラー海兵隊中将です!!』
『マイクを!貸せ!!』
 緊迫し切った面持ちと声音の通信士官へと駆け寄り
『こちらはワシントン合衆国海軍所属、艦隊及び作戦総司令のダンカン・フレッチャー海軍中将だ。我々の艦隊は統合参謀本部、国防総省、そして政府の承認を経て命令を受け作戦遂行中である。その我々に何の用が有って何処が横槍を入れて来たのか、それを聞かせてもらおうか』
 上擦りそうになる声音、それを必死で押さえ込みつつ語り掛ければ、やや有ってから聞こえて来た言葉に、フレッチャーは目の前が真っ暗になるのを感じざるを得なかった。

『Don't tread on me――、そちらが掲げているネイビー・ジャックの正当性も正統性も既に失われた。君達の作戦番号RDTW4312は既に失効している、新規作戦番号はXNQZ1378……意味は、分かるだろう?』

 無線が通じない遠隔地での作戦行動、不測の事態に備え、作戦内容が更新された場合、その正当性を先行部隊に円滑に伝える為の作戦番号。それは、総司令官のみに伝えられ、悪意の介入により内容が捻じ曲げられる事を許さない、絶対的なもの。
 それは、『更新される場合の新作戦番号はXNQZ1378である』と記された命令書を持つフレッチャー自身が、一番よく分かっていた。
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