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第444章『地上から』
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第444章『地上から』
夜明け直前に艦隊から飛来した一機の機体、対馬区の活骸にも防壁と塹壕を挟んでそれと対峙する大和海兵隊にも目もくれず、頭上を飛び越え市街地の方向へと去って行く。
「何が……有ったんだ……!?」
昨日迄はどれだけ多くが飛来しようとも、第一防壁を越えて本土側へと入って来る事は一度として無かった。そうやって活骸の遥か上空を飛び回っていただけの機体が今、一機だけとは言えあっさりと本土上空へと侵入した事に双眸を見開きながら、高根は呻く様に呟いた。
塹壕の発動からこちら、本部棟の指揮所を空けてこうして塹壕の、そして第一防壁の前へと赴く事が増えた。来たからと言って何が出来るわけでもない事はよく分かっているが、それでもここで敵と対峙し続けている部下達の士気を少しでも鼓舞出来れば、と、そんな事を考えていた。
部隊の指揮については現場の指揮官に一任している、そこに上層部がしゃしゃり出て無用な口を挟み、指揮命令系統を混乱させるつもりは毛頭無い。自分が、最高司令官がすべき事は、部下達を気遣い労わり、そして彼等の士気を維持するだけではなく高める事、それだけだ。現場での判断が不可能な程の深刻且つ決定的な事態が起こる迄は、それだけで良い。
そして今、その事態が訪れた様だと思いながら、高根は機体が飛び去って行った方角の空を鋭く睨み付ける。あれは敦賀達が、タカコとその部下達を、そして彼等を追跡している敵部隊を追い込んで行った山岳地帯が在る方角。あの機体がどんな目的で彼等のいる方向へと飛び去ったのかは分からないが、それでも自分達やタカコ達にとってはどう甘く見積もっても穏当な事態でない事は明らかだ。
対馬区に投下された様な爆弾を使われれば、敦賀やタカコ達だけでなく敵兵諸共に塵となって消え失せる事は明らかで、それだけの破壊力を持つ兵器が、どうか、どうか仲間達に使用されない様に、そう祈りながら待機している部隊へと声を放る。
「偵察を出せ!あの機体の目的と目的地を――」
「司令!無理です!!つい今し方から正面を固めている陸軍部隊と敵との間で戦闘が発生!正面はとても人が出入り出来る状況ではありません!!」
「な……陸軍の状況はどうなってる!!」
「分厚い障壁を築いた効果か幸い死者は陸軍には出ていない模様です!しかし、このままでは――」
偵察部隊が応える前に飛んで来たのは、本部棟の方向から凄まじい速度で走って来た車から転げ落ちた伝令の声。正面で発生した陸軍と敵部隊の衝突を伝える緊迫し切った声音に詳細を求めれば、それに答えようとした伝令の言葉は、正面の方向から微かに響いて来た振動と爆音に立ち消えになる。
「とにかく!正面に偵察と援護を――」
黒川も副長も横山も、陸軍所属の高級士官の面々は今は正面の方へと行っている。彼等を喪えば陸軍は一瞬で機能不全に陥り、ほぼ全ての兵員が動く的と化すだろう。それだけは避けなければと、援護を送る為にも偵察を、そう怒鳴った高根の耳朶を打ったのは、無線機から聞こえて来た盟友の声。
『真吾!こっちの状況は伝令を通じて伝わってると思うが、絶対に来るんじゃねぇぞ!!こっちは俺達陸軍の領分だ、海兵隊如きがしゃしゃって来るんじゃねぇ!!』
「龍興!?無事か!?」
『おうよ!タカコ達がだいぶ粘って削ぎ取ってくれてたお蔭で敵さんの弾数も種類もかなり少なくなってる!敵さんも携行砲だのは使い尽したみたいでな、お互い小銃と散弾銃でのちまちました削り合いだ!!』
「今の爆発は何なんだよ!!」
『ありゃぁこっちが投げた手榴弾と倉庫から発掘して来た携行砲だ!残念ながら手応えは無かったがな!!』
総崩れを心配したが、どうやら黒川達陸軍も持ち堪えている様子、それに僅かに安堵し小さく息を吐いた高根に、黒川の言葉が続く。
『とにかく正面は陸軍に任せろ!但し、このまま押し戻したいところだがそれは流石に無理だ!食い破られない様に何が有っても死守するが、それだけだと思ってくれ!!さっき見たが山の方向に飛行機が飛んで行った、あれに偵察を出したいだろうとは思うが今は堪えてくれ!!陸軍も海兵隊も、今はあいつ等が無事でいる事を祈るしか無い!!』
彼のいる正面からもあの機体の動きは見えていたのだろう、思い至るところは同じかと考えながら、高根は無線の送受話器に向かって
「分かってる、こっちは任せろ!死ぬなよ陸軍!!」
と、そう言って通話を終え、送受話器を無線機へと戻し再び空を仰ぐ。
黒川が言った通り、自分達が今動く事は出来ないという事は理解した、タカコ達の援護と救援の為に海兵隊の精鋭の結構な数を割いている現状で基地直近で戦闘が発生してしまった以上、これ以上の戦力の分散は望ましくない。タカコ達、そして、自分が命を託し合い共に戦い生き抜いて来た仲間達、彼等の持つ生命力と強さに今は望みを託す他は無いだろう。
それから暫くの間対馬区側にも正面側にも動きは無く、奇妙な静寂が一帯を支配した。高根に、そして海兵達に聞こえるのは、海から吹き付ける強い風鳴りと、活骸の耳障りな奇声だけ。いつの間にか空は明るくなり、また長い一日が始まりそうだ、そう思った直後、突貫で足場を組んで作った急拵えの監視台の上で双眼鏡を覗き込んでいた海兵が、何かを見付けて拡声器へと飛び付いた。
「また機体が来ました!!今度は二機です!!」
またか、と、弾かれた様に艦隊の方へと身体を向け双眼鏡を覗き込む高根、その彼の視界へと飛び込んで来たのは二機の機体が見せる金属の腹、先程見た二機よりも速い速度で先程と同じ様に山の方向へと飛んで行く。急いでいる様子だが何が有ったのか、高根だけでなく機体の挙動を目にした者がそう思いながら事態を把握しようとする中、再び監視台に設置された拡声器から高根を呼ぶ声がする。
「司令!!また来ました!!」
その言葉を耳にした全員が振り返れば、そこには艦隊から新たに飛来する二機、それも先程と同じ程度の速度で山の方向へと飛んで行き、それから暫くの間を置いて更に一機が同じ方向へと飛んで行く。
それを見ながら、どうやら自分達の与り知らぬところで何がしかの事態が動き始めている様だ、と、高根はそんな事を考えていた。
夜明け直前に艦隊から飛来した一機の機体、対馬区の活骸にも防壁と塹壕を挟んでそれと対峙する大和海兵隊にも目もくれず、頭上を飛び越え市街地の方向へと去って行く。
「何が……有ったんだ……!?」
昨日迄はどれだけ多くが飛来しようとも、第一防壁を越えて本土側へと入って来る事は一度として無かった。そうやって活骸の遥か上空を飛び回っていただけの機体が今、一機だけとは言えあっさりと本土上空へと侵入した事に双眸を見開きながら、高根は呻く様に呟いた。
塹壕の発動からこちら、本部棟の指揮所を空けてこうして塹壕の、そして第一防壁の前へと赴く事が増えた。来たからと言って何が出来るわけでもない事はよく分かっているが、それでもここで敵と対峙し続けている部下達の士気を少しでも鼓舞出来れば、と、そんな事を考えていた。
部隊の指揮については現場の指揮官に一任している、そこに上層部がしゃしゃり出て無用な口を挟み、指揮命令系統を混乱させるつもりは毛頭無い。自分が、最高司令官がすべき事は、部下達を気遣い労わり、そして彼等の士気を維持するだけではなく高める事、それだけだ。現場での判断が不可能な程の深刻且つ決定的な事態が起こる迄は、それだけで良い。
そして今、その事態が訪れた様だと思いながら、高根は機体が飛び去って行った方角の空を鋭く睨み付ける。あれは敦賀達が、タカコとその部下達を、そして彼等を追跡している敵部隊を追い込んで行った山岳地帯が在る方角。あの機体がどんな目的で彼等のいる方向へと飛び去ったのかは分からないが、それでも自分達やタカコ達にとってはどう甘く見積もっても穏当な事態でない事は明らかだ。
対馬区に投下された様な爆弾を使われれば、敦賀やタカコ達だけでなく敵兵諸共に塵となって消え失せる事は明らかで、それだけの破壊力を持つ兵器が、どうか、どうか仲間達に使用されない様に、そう祈りながら待機している部隊へと声を放る。
「偵察を出せ!あの機体の目的と目的地を――」
「司令!無理です!!つい今し方から正面を固めている陸軍部隊と敵との間で戦闘が発生!正面はとても人が出入り出来る状況ではありません!!」
「な……陸軍の状況はどうなってる!!」
「分厚い障壁を築いた効果か幸い死者は陸軍には出ていない模様です!しかし、このままでは――」
偵察部隊が応える前に飛んで来たのは、本部棟の方向から凄まじい速度で走って来た車から転げ落ちた伝令の声。正面で発生した陸軍と敵部隊の衝突を伝える緊迫し切った声音に詳細を求めれば、それに答えようとした伝令の言葉は、正面の方向から微かに響いて来た振動と爆音に立ち消えになる。
「とにかく!正面に偵察と援護を――」
黒川も副長も横山も、陸軍所属の高級士官の面々は今は正面の方へと行っている。彼等を喪えば陸軍は一瞬で機能不全に陥り、ほぼ全ての兵員が動く的と化すだろう。それだけは避けなければと、援護を送る為にも偵察を、そう怒鳴った高根の耳朶を打ったのは、無線機から聞こえて来た盟友の声。
『真吾!こっちの状況は伝令を通じて伝わってると思うが、絶対に来るんじゃねぇぞ!!こっちは俺達陸軍の領分だ、海兵隊如きがしゃしゃって来るんじゃねぇ!!』
「龍興!?無事か!?」
『おうよ!タカコ達がだいぶ粘って削ぎ取ってくれてたお蔭で敵さんの弾数も種類もかなり少なくなってる!敵さんも携行砲だのは使い尽したみたいでな、お互い小銃と散弾銃でのちまちました削り合いだ!!』
「今の爆発は何なんだよ!!」
『ありゃぁこっちが投げた手榴弾と倉庫から発掘して来た携行砲だ!残念ながら手応えは無かったがな!!』
総崩れを心配したが、どうやら黒川達陸軍も持ち堪えている様子、それに僅かに安堵し小さく息を吐いた高根に、黒川の言葉が続く。
『とにかく正面は陸軍に任せろ!但し、このまま押し戻したいところだがそれは流石に無理だ!食い破られない様に何が有っても死守するが、それだけだと思ってくれ!!さっき見たが山の方向に飛行機が飛んで行った、あれに偵察を出したいだろうとは思うが今は堪えてくれ!!陸軍も海兵隊も、今はあいつ等が無事でいる事を祈るしか無い!!』
彼のいる正面からもあの機体の動きは見えていたのだろう、思い至るところは同じかと考えながら、高根は無線の送受話器に向かって
「分かってる、こっちは任せろ!死ぬなよ陸軍!!」
と、そう言って通話を終え、送受話器を無線機へと戻し再び空を仰ぐ。
黒川が言った通り、自分達が今動く事は出来ないという事は理解した、タカコ達の援護と救援の為に海兵隊の精鋭の結構な数を割いている現状で基地直近で戦闘が発生してしまった以上、これ以上の戦力の分散は望ましくない。タカコ達、そして、自分が命を託し合い共に戦い生き抜いて来た仲間達、彼等の持つ生命力と強さに今は望みを託す他は無いだろう。
それから暫くの間対馬区側にも正面側にも動きは無く、奇妙な静寂が一帯を支配した。高根に、そして海兵達に聞こえるのは、海から吹き付ける強い風鳴りと、活骸の耳障りな奇声だけ。いつの間にか空は明るくなり、また長い一日が始まりそうだ、そう思った直後、突貫で足場を組んで作った急拵えの監視台の上で双眼鏡を覗き込んでいた海兵が、何かを見付けて拡声器へと飛び付いた。
「また機体が来ました!!今度は二機です!!」
またか、と、弾かれた様に艦隊の方へと身体を向け双眼鏡を覗き込む高根、その彼の視界へと飛び込んで来たのは二機の機体が見せる金属の腹、先程見た二機よりも速い速度で先程と同じ様に山の方向へと飛んで行く。急いでいる様子だが何が有ったのか、高根だけでなく機体の挙動を目にした者がそう思いながら事態を把握しようとする中、再び監視台に設置された拡声器から高根を呼ぶ声がする。
「司令!!また来ました!!」
その言葉を耳にした全員が振り返れば、そこには艦隊から新たに飛来する二機、それも先程と同じ程度の速度で山の方向へと飛んで行き、それから暫くの間を置いて更に一機が同じ方向へと飛んで行く。
それを見ながら、どうやら自分達の与り知らぬところで何がしかの事態が動き始めている様だ、と、高根はそんな事を考えていた。
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