大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第445章『艦艇の上から』

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第445章『艦艇の上から』

 巨大な艦隊が大和沿岸警備隊の艦艇の先導を受け、そして引き連れて進み、やがて到達した博多沖、大和沿岸警備隊少佐である結城亮介は、自らが乗艦する艦艇の甲板から、異国の艦隊の威風堂々としたその姿を見詰めていた。
 先に出現した侵攻艦隊は、こちらから口火を切ったとは言えど微塵の躊躇も容赦も無く大和艦艇を叩きのめし沈め、そして艦隊から飛び立って行った対馬区に爆弾を投下し大地を切り裂いた。少し前にも数機が飛び立ち本土の方向へと消えて行き、それも恐らくは攻撃行為の一環なのだろうという事が窺い知れる。
 そんな中で突如として出現した新たな艦隊、海兵隊基地に設置された臨時の三軍合同の指揮所からの命令を受けた艦艇が佐世保沖へと出迎えに出ており、その彼等の誘導によりこの博多沖へと到達したその姿は正に圧巻の一語に尽きた。それを目にしてしまえば、或る一点の『予想外の出来事』が無ければ、遂に大和は終わりなのかと、そう絶望したかも知れない。
 そんな可能性の想定すらしていなかった『予想外の出来事』――、それは、もう何年も前に外洋へと出て行ったきり行方知れずとなった外洋調査艦隊の生き残り達の乗艦と帰国。消息を絶ってから三年後、生存は絶望的として全員死亡の判断が下され、彼等の葬儀も執り行われ、結城もそれに出席し仲間達の冥福を祈った事はよく覚えている。艦隊司令の金子は嘗て結城も世話になった先輩であり上官であり、巨大な艦体の拡声器から聞き覚えの有る声で彼の名前が流れて来た時には我が耳を疑った。
 その金子が通訳として付き添い、全くの非武装で小型の艦艇に乗り換え説明にやって来たのは、作戦総司令を名乗る、テイラーという名のワシントン海兵隊中将。黒い肌、縮れた頭髪、初めて目にする異質な風貌に少々面食らいはしたものの、その異国の司令官は非常に穏やかでありつつも堂々した物腰で、対応の為に基地の指揮所を出てこの艦艇へと乗艦していた浅田に握手を求めて来た。
 そこで説明されたのは、先んじている侵攻艦隊の詳細には触れないままに、彼等を制圧しに来たのだという事、自分達は大和の味方であり敵ではないという事だけ。先の艦隊の規模や、後追いでやって来たテイラー達の艦隊との編成の比較から言っても国家規模の組織の指揮によるものであり、先発後続共に同じ組織に属するものである事は容易に推察出来たものの、彼は決してその事に触れようとはしなかった。
 通訳を務める金子もその点については何の説明も受けていないのか、それとなく目配せをしてみても困惑の視線を返されるだけ。国家や組織を背負えば何でも馬鹿正直に対処するわけにはいかないのは何処も同じか、と、それなりの事情を察した浅田やその場に居合わせた大和沿岸警備隊がそれ以上突っ込む事は無く、テイラーは
『侵攻艦隊の制圧は我々に任せて欲しい、貴方方に被害が及ぶ事が有っては申し訳無いから、他の艦艇にも距離をとる様に通達して欲しい』
 と、そう告げて金子と共に、自らが指揮する艦隊へと戻って行った。
 全てを明らか且つ詳らかに説明したわけではないが、それでも敵ではないという事だけは事実の様子、現に侵攻艦隊はテイラーの艦隊の出現以降、大和本土や対馬区の事等忘れたかの様に全艦艇を反転させ対峙している。戦艦を始めとした艦艇の砲塔は互いへと向けられ、一帯には一触即発の緊迫し切った物々しい空気が立ち込め、蚊帳の外である筈の大和沿岸警備隊の艦艇内にすらそれは満ちていた。
「おいおい……自分の家の庭で他所の正規軍同士の正面対決か……勘弁してくれ」
 距離をとれと言われたが、こんな状況では例え一緒にいてくれと懇願されても御免蒙る、派手な戦闘に発展しない事を祈るしか無いだろう。
 新たな艦隊の到着は自分達海の守り人がその事実を知る前から既に合同指揮所へと通達されていたらしく、佐世保沖の艦隊が報告を入れる前に指揮所の方からそれを知らせて来たらしい。そして、観察を密に行い逐次報告を、決して手出しはしない様に、と、それだけを言って寄越している。浅田を含めた自分達大和軍の上層部がどんな情報を何処迄把握しているかは結城の立場では全く不明だが、現場の自分達よりも早く艦隊の出現を知っていた事を考えれば、今は上層部を信じその命令に従う他は無い。
 不気味な沈黙を保ち睨み合いを続ける二つの大艦隊、夫々戦艦を筆頭として砲撃能力を持つ艦艇が前へと出て、空母と強襲揚陸艦を護っている。恐らくは同じワシントン所属の正規艦隊同士である筈なのに何故こうして相対する事になったのか、結城には見当もつかないが、お互いに潰し合うだけならまだしも大和に被害が及ばない様に、そして、もし戦闘が発生したら勝者はテイラーの艦隊になる様に、それを祈るだけだ。
「結城、こんなところでどうした」
「浅田司令!失礼しました!!ちょっと考え事を――」
「いやいや、構わんよ。どうせ監視以外にはする事も無いしな」
 甲板で考え込みながら大艦隊の様子を眺めていた結城、その彼の背後に立った人物が誰であるかを認識した途端に結城は姿勢を正し挙手敬礼をする。相手は自分が所属する大和沿岸警備隊西方艦艇群司令である浅田准将、気を抜いていたと思われただろうかと慌てる結城を見て浅田は笑い、横に立ち先程迄結城がしていた様に甲板の柵に寄りかかりながら艦隊の方へと視線を向けた。
「――大丈夫、もう直ぐ終わる。三年前、大和は既に心強い同盟相手を得ていたんだからな」
「……え、と、言いますと……」
 強い海風に掻き消されそうになる浅田の言葉、一体それはどういう意味なのかと問い掛ければ、浅田は何とも言い表し様の無い笑みを浮かべながら、今度は本土の方向へと視線を向ける。
「危険な賭けではあったが、高根さんはそれに何とか勝った、そういう事だろう」
 高根さん――、恐らくは、海兵隊総司令の高根准将の事なのだろうという事は結城にも想像がついたが、彼が一体誰とどんな同盟を結んでいたのか、結城には皆目見当がつかない。
「浅田司令、それは――」
 詳細を求める結城のその言葉に浅田は今度は言葉を返す事は無く、暫くの間黙したまま本土の方向を見詰めていた。
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