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第450章『立場』
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第450章『立場』
陸軍と沿岸警備隊、所属が違うという事に加え任官した年度も金子の方が五年程早く、今迄それ程懇意にしていたわけではなかった。それでも互いに長く博多に居ついていたという事も有り、公私に関わらず顔を合わせれば必ず挨拶をする、その程度の付き合いは有った。もう今生では二度と会う事も無いと思っていた人物が艦隊から飛来して来た機体から飛び出して来たという事実は横山を酷く混乱させ、金縛りに遭ったかの様に固まる彼に向かい、柵のところ迄辿り着いた金子が苦笑いしながら言葉を続ける。
「遭難していたところをワシントン海軍に救助されてね、命拾いしたよ。残念ながら全員の生還は無理だったが、向こうでワシントン語を覚えたから、通訳として制圧艦隊の方に乗艦して連れて来てもらったんだ」
「え……いや、あ、それはおめでとう御座います」
脳内で情報を処理し切れず頓珍漢な事を口走る横山、そんな彼の様子を見て金子は笑い、後から追い付いて来た数人の男達の方に半身を向け、横山へと彼等を紹介する。
「横山さん、こちら、侵攻艦隊の上陸部隊と現在交戦中の部隊の人達だ」
「交戦中って――」
「たぶん、横山さん達も面識が有るんだと思うが、大和系の女性指揮官でね、髪が長くて人懐っこい見た目で、タカコ・シミズ陸軍大佐。知ってる?」
「タカコ・シミズ陸軍大佐って……えぇっ!?金子さん、彼女を知ってるんですか!?いや、知ってるなんてもんじゃないですよ、だって、彼女――」
突然金子の口から飛び出した聞き慣れた名前、それに弾かれた様に動きを取り戻し大声を出した横山の様子で大体の事は伝わったのか、金子は笑いながら言葉を続けた。
「やっぱりね、制圧艦隊のテイラー総司令からも言われたけど、かなりブッ飛んだ事をやってたんでしょう、あの子。まぁそれは置いといて、この人等、あの子の部下の人達」
そう言って金子が横山へと示して見せたのは、金子の背後に立っていた数名のワシントン人。白い肌、黒い肌、褐色の肌、瞳や髪の色も様々で、それでも鋭い眼差しと纏う覇気だけは共通する五名の男達が、市街地で爆破攻撃に見舞われた時に助けてくれたジュリアーニが身に着けていたのと同じ迷彩模様の戦闘服を着て立っている。
『皆さん、こちら、陸軍の横山……今の階級は……何だ、出世して俺より偉くなってやがる、横山大佐です』
「ハジメマシテ、カーネル・ヨコヤマ。ワタシタチノボストナカマ、タスケテクレテアリガトゴザイマス」
「アリガトゴザイマス、カーネル」
「カーネル、アリガト、カンシャシマス」
「アリガト、ワタシタチモテツダイマス」
金子が何を言ったのかは横山には理解出来なかったが、それでも自分の名前と感謝の言葉を口にした事でこちらを紹介してくれたのだという事だけは理解出来、握手を求めてか鉄柵の隙間から差し出された手を握り返しながら、
「金子さん、通訳してくれます?陸軍博多駐屯地司令の横山です、協力感謝します」
と、そう謝意を口にする。
「え、横山さんもう博多の司令なの?黒川大佐は?史上最年少での司令職就任とか言われてたでしょ?」
「黒川さんなら今は西方旅団総監ですよ、もう少将です」
「うっわー……俺だけ置いてきぼりかよ」
自分がいない間にも大和の時は流れていたという事実に直面し、流石に少々落胆の色をその顔に滲ませる金子。横山はそれを見て笑いながら、
「それで、その総監様少将様があれです」
と、海兵隊基地本部棟の屋上の方を指して見せる。金子がそちらを見上げてみればそこには柵から身を乗り出して地上を覗き込む顔二つ、それに続いて屋上の黒川の声で無線が入って来る。
『横山!何なんだ今のは!!誰だそれ!!』
彼等にしてみれば自分の頭上を飛び越えて行った機体が急降下したかと思った直後に地上へと向けて砲撃を開始し、そこを守っていた陸軍の部隊は全滅したとでも思ったのだろう。しかし実際は死んだのは仲間ではなく敵の様子、しかも攻撃を加えていた機体が基地内に着陸しその乗員が部下達と話をしているのを見れば状況を説明しろと声を荒げたくなるに違い無い。
「総監、横山です。沿岸警備隊の金子中佐を覚えてますか、何年も前に行方不明になって、葬式にも出たでしょう。ワシントン海軍に保護されていたそうで、通訳として制圧艦隊に乗艦しての帰国だそうです。今そっちに行きますよ」
と、送受話器へと向かってそう告げると、
「金子さん、行きましょう。シミズ大佐の部下の皆さんも」
金子へと声を掛け、正門の封鎖を一時的に解除させ中へと入り、本部棟の中へと駆け込んで階段を昇り始める。
状況が好転したとは言い難いが、それでも心強い援軍が来てくれた。たった数名で何が出来るのかと言う者もいるのかも知れないが、それでも、これは制圧艦隊が大和と共同戦線を張ったという明確な意思表示に他ならない。戦場での友軍の到着程心強いものは無い、心持ちだけで物事が動くわけではない事は骨身に沁みて理解しているものの、それでも、その心持ちが無ければ何も動かないという事も、よく分かっている。
一刻も早く彼等を黒川と副長へと、そして高根へと引き合わせ、今後の事を協議して貰わなければ、そう思えば思う程気は急いて、階段を駆け上がる足が縺れそうになる。その上横山にとっては海兵隊基地は内部構造を知り尽くしているとは言い難く、屋上の出入り口が有ると思って駆け上がった中央階段は最上階で行き止まり、違ったかと右翼側の階段室へと走ればそこも同じくで、左翼側の階段室へと飛び込んで漸く屋上へと辿り着いた時には、思っていた以上の時間が経過していた。そうやって何とか辿り着いた屋上、半開きになったままの扉へと手を掛けて外へと出れば、そこにいる筈の黒川と副長、その二人の姿は何処にも無い。
「っ……、総監!副長!!」
呼んでも返事は無く、一体何処に言ったのかと金子と顔を見合わせてみれば、先程迄自分達がいた地上から何やら聞き覚えの有る声が自分の名を呼んでいる事に気が付いた。
「……まさか……」
げんなりした面持ちになり柵へと歩み寄り下を見てみれば、そこにいたのはやはり黒川と副長の二人、
「何やってんだ横山!」
と、呆れた様な面持ちでそう言う黒川を見た瞬間、横山の頭から立場や階級の違いや公的な建前は消え失せる。
「何やってんだじゃねぇこの馬鹿タツが!!どうしてお前はそう人の話を聞かねぇんだ!!俺が行くって言ったんだから大人しく待ってろこの馬鹿総監!!今行く!!」
温厚篤実、余程の事が無ければ声を荒げる事も無く、立場を常に弁えた有能な軍人である彼のこの発言は、後々ちょっとした語り草となった。
陸軍と沿岸警備隊、所属が違うという事に加え任官した年度も金子の方が五年程早く、今迄それ程懇意にしていたわけではなかった。それでも互いに長く博多に居ついていたという事も有り、公私に関わらず顔を合わせれば必ず挨拶をする、その程度の付き合いは有った。もう今生では二度と会う事も無いと思っていた人物が艦隊から飛来して来た機体から飛び出して来たという事実は横山を酷く混乱させ、金縛りに遭ったかの様に固まる彼に向かい、柵のところ迄辿り着いた金子が苦笑いしながら言葉を続ける。
「遭難していたところをワシントン海軍に救助されてね、命拾いしたよ。残念ながら全員の生還は無理だったが、向こうでワシントン語を覚えたから、通訳として制圧艦隊の方に乗艦して連れて来てもらったんだ」
「え……いや、あ、それはおめでとう御座います」
脳内で情報を処理し切れず頓珍漢な事を口走る横山、そんな彼の様子を見て金子は笑い、後から追い付いて来た数人の男達の方に半身を向け、横山へと彼等を紹介する。
「横山さん、こちら、侵攻艦隊の上陸部隊と現在交戦中の部隊の人達だ」
「交戦中って――」
「たぶん、横山さん達も面識が有るんだと思うが、大和系の女性指揮官でね、髪が長くて人懐っこい見た目で、タカコ・シミズ陸軍大佐。知ってる?」
「タカコ・シミズ陸軍大佐って……えぇっ!?金子さん、彼女を知ってるんですか!?いや、知ってるなんてもんじゃないですよ、だって、彼女――」
突然金子の口から飛び出した聞き慣れた名前、それに弾かれた様に動きを取り戻し大声を出した横山の様子で大体の事は伝わったのか、金子は笑いながら言葉を続けた。
「やっぱりね、制圧艦隊のテイラー総司令からも言われたけど、かなりブッ飛んだ事をやってたんでしょう、あの子。まぁそれは置いといて、この人等、あの子の部下の人達」
そう言って金子が横山へと示して見せたのは、金子の背後に立っていた数名のワシントン人。白い肌、黒い肌、褐色の肌、瞳や髪の色も様々で、それでも鋭い眼差しと纏う覇気だけは共通する五名の男達が、市街地で爆破攻撃に見舞われた時に助けてくれたジュリアーニが身に着けていたのと同じ迷彩模様の戦闘服を着て立っている。
『皆さん、こちら、陸軍の横山……今の階級は……何だ、出世して俺より偉くなってやがる、横山大佐です』
「ハジメマシテ、カーネル・ヨコヤマ。ワタシタチノボストナカマ、タスケテクレテアリガトゴザイマス」
「アリガトゴザイマス、カーネル」
「カーネル、アリガト、カンシャシマス」
「アリガト、ワタシタチモテツダイマス」
金子が何を言ったのかは横山には理解出来なかったが、それでも自分の名前と感謝の言葉を口にした事でこちらを紹介してくれたのだという事だけは理解出来、握手を求めてか鉄柵の隙間から差し出された手を握り返しながら、
「金子さん、通訳してくれます?陸軍博多駐屯地司令の横山です、協力感謝します」
と、そう謝意を口にする。
「え、横山さんもう博多の司令なの?黒川大佐は?史上最年少での司令職就任とか言われてたでしょ?」
「黒川さんなら今は西方旅団総監ですよ、もう少将です」
「うっわー……俺だけ置いてきぼりかよ」
自分がいない間にも大和の時は流れていたという事実に直面し、流石に少々落胆の色をその顔に滲ませる金子。横山はそれを見て笑いながら、
「それで、その総監様少将様があれです」
と、海兵隊基地本部棟の屋上の方を指して見せる。金子がそちらを見上げてみればそこには柵から身を乗り出して地上を覗き込む顔二つ、それに続いて屋上の黒川の声で無線が入って来る。
『横山!何なんだ今のは!!誰だそれ!!』
彼等にしてみれば自分の頭上を飛び越えて行った機体が急降下したかと思った直後に地上へと向けて砲撃を開始し、そこを守っていた陸軍の部隊は全滅したとでも思ったのだろう。しかし実際は死んだのは仲間ではなく敵の様子、しかも攻撃を加えていた機体が基地内に着陸しその乗員が部下達と話をしているのを見れば状況を説明しろと声を荒げたくなるに違い無い。
「総監、横山です。沿岸警備隊の金子中佐を覚えてますか、何年も前に行方不明になって、葬式にも出たでしょう。ワシントン海軍に保護されていたそうで、通訳として制圧艦隊に乗艦しての帰国だそうです。今そっちに行きますよ」
と、送受話器へと向かってそう告げると、
「金子さん、行きましょう。シミズ大佐の部下の皆さんも」
金子へと声を掛け、正門の封鎖を一時的に解除させ中へと入り、本部棟の中へと駆け込んで階段を昇り始める。
状況が好転したとは言い難いが、それでも心強い援軍が来てくれた。たった数名で何が出来るのかと言う者もいるのかも知れないが、それでも、これは制圧艦隊が大和と共同戦線を張ったという明確な意思表示に他ならない。戦場での友軍の到着程心強いものは無い、心持ちだけで物事が動くわけではない事は骨身に沁みて理解しているものの、それでも、その心持ちが無ければ何も動かないという事も、よく分かっている。
一刻も早く彼等を黒川と副長へと、そして高根へと引き合わせ、今後の事を協議して貰わなければ、そう思えば思う程気は急いて、階段を駆け上がる足が縺れそうになる。その上横山にとっては海兵隊基地は内部構造を知り尽くしているとは言い難く、屋上の出入り口が有ると思って駆け上がった中央階段は最上階で行き止まり、違ったかと右翼側の階段室へと走ればそこも同じくで、左翼側の階段室へと飛び込んで漸く屋上へと辿り着いた時には、思っていた以上の時間が経過していた。そうやって何とか辿り着いた屋上、半開きになったままの扉へと手を掛けて外へと出れば、そこにいる筈の黒川と副長、その二人の姿は何処にも無い。
「っ……、総監!副長!!」
呼んでも返事は無く、一体何処に言ったのかと金子と顔を見合わせてみれば、先程迄自分達がいた地上から何やら聞き覚えの有る声が自分の名を呼んでいる事に気が付いた。
「……まさか……」
げんなりした面持ちになり柵へと歩み寄り下を見てみれば、そこにいたのはやはり黒川と副長の二人、
「何やってんだ横山!」
と、呆れた様な面持ちでそう言う黒川を見た瞬間、横山の頭から立場や階級の違いや公的な建前は消え失せる。
「何やってんだじゃねぇこの馬鹿タツが!!どうしてお前はそう人の話を聞かねぇんだ!!俺が行くって言ったんだから大人しく待ってろこの馬鹿総監!!今行く!!」
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