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第451章『信徒』
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第451章『信徒』
「タカコの部下達か……あいつ案外大所帯の頭だったんだな、大和に来てたので全員かと思ってた。まだ他にもいるの?」
「ナイショ、ヒミツデスネー」
「はは……そりゃそうだ。で、横山さん何そんな微妙な面持ちなの」
「……聞かないで下さい……一瞬我を忘れました……」
場所は第一防壁前、障壁の守りと警戒を部下に任せた横山と、金子と黒川と副長、そしてタカコの部下達が一度は着陸した機体へと乗り込みこちらへとやって来た。無線で大まかな事は聞いていたとは言えど最初は警戒の色を全身に滲ませていた高根だったが、久し振りに再会した金子の通訳によってタカコの部下達から説明を受け、状況を飲み込めた次第だった。
金子の通訳を介しての彼等の説明によると、制圧艦隊に同乗していたPの部隊員は、総司令官であるテイラー海兵隊中将の命令を受け、制圧艦隊司令部と大和軍との調整と連絡の為にやって来たとの事。兵装は先程の攻撃で消費してしまっているからあまり期待はしないで欲しいが、大和本土に侵攻艦隊が攻撃を加えようとすれば、自分達が動かずとも制圧艦隊の方から正規編成の飛行部隊が来るだろう、そう説明された。あまりにもてきぱきと事務的に事を説明し進めて行く彼等の様子に、僅かに眉根を寄せた高根が何とも言い難そうに口を開く。
「その……あんた達の上官、ボスってのか?あいつの事は気にしないのかい?いや、俺達が不甲斐無い所為でタカコに負担を掛け過ぎてるのは悪いと思ってるんだ。あんた達も心配だろうし、援護に行きたいのならそれで良いんだぜ?もし、あいつに万が一の事が有ったら――」
内容を正確には把握出来なかったのかきょとんとした面持ちになる部下達、金子が高根の発言を通訳すれば、ああ、といった面持ちになり笑いながら金子に何やら話し掛けた。
「金子さん、何だって?」
「アレは規格外の人外物件だから、殺しても死なないから大丈夫だと。今迄に三十回位死亡判定が出てるけど未だに生きてるそうですよ」
「……人間なのか、あの物体は……いや、分かってたんだけどよ……」
「テイラー総司令の口振りだと相当ブッ飛んでる子みたいですけど、大和でもそうだったんですか」
「あれ、金子さんもタカコの事知ってるの?」
「ええ。話すと長いんですが、彼女にもワシントン語を教わりました」
タカコ達がワシントン語を教え、逆にタカコ達も金子から大和語を教わり、そうして言語を習得してから大和へと赴いたのだろう。あそこ迄の水準で言語を習得させるとは、やはりワシントンには大和に対して相当の思惑が有った、その証左なのだろうなと思いつつ、高根はまた何やら話し始めた金子達の様子を見詰めていた。
タカコの部下達の、最初の砕けた空気が一変したのはその直後、妙に緊張感の有る空気を漂わせ、何とも形容し難い、一種の厳粛ささえ感じさせるそれに高根が目を見張れば、彼等の言葉を聞いていた金子が、高根へとその意味を伝えて来た。
「それと、自分達はあの人に尽くし捧げ、共に生きると決めているから、彼女が死んだ後の世界に興味は無い、そう言ってます。必ず生きて帰って来るし、万が一それが叶わなかったとしたら、自分達もそこで終わりだ。だから、考える必要性自体無いと」
その言葉に、タカコと部下達を見続けていた間に感じていた違和感が、綺麗に霧散した気がした。
任務に対しての誓いを立てて任官するとは言えど、所詮は仕事に関しての契約なのだ、国や国民の為に身命を賭す覚悟を持っている事に嘘偽りは無いが、それでも、そんな自分と彼等との間に在る決定的な違い、違和感が確かに存在した。
彼等は、任務としてタカコの下にいるわけではない、彼等にとってタカコは神、信じ自らを捧げる、生きる意味そのもの。どんな切っ掛けが有ったのか、それは高根に窺い知る事は出来なかったが、それだけは明確に理解する事が出来た。
タカコが基地内で浜口に刺された日、何故あんなにも激しく彼等は怒ったのか。
目を覚ました時に何故言葉も無く涙を流し、寝台の脇に膝を突き布団に顔を埋め、長い間動かなかったのか。
無謀とも言える数々の作戦に、何故何の躊躇も見せる事無く飛び込んで行ったのか、
きっと、これがその答えなのだろう。
上官と部下なのではない、主と下僕なのでもない、彼等は、神と、その信者なのだろう。
その神が戦っているのだ、勝利を信じないわけが無いし、神が負け、死んだのだとしたら、信仰する信者にとって世界が意味を失くすのは、当然の事だと、そんな風に考えた。
高根の横に立ち話を聞いていた黒川は高根と同じ様な事へと思い至り、副長や横山、小此木、そんな面々はそこ迄は至らずとも、特別な結び付き、強い絆の有る間柄なのだ、と、それだけは理解する。
きっと彼等がタカコを信奉する様に、タカコもまた信徒たる彼等の事を深く信じているだろう、その彼等がこう迄言い切るのだから、自分達がこれ以上口を挟むのは筋違いだなと高根は笑い、
「……分かった、宜しく、頼む」
そう言って彼等へと向かって右手を差し出し、握られたそれを強く、強く握り返す。
「それでは、今から早速制圧艦隊司令部へと無線を繋ぎます、大和との無線も同期させたいのですが、構いませんか、と」
「ああ、勿論だ。制圧艦隊の司令お二人、テイラー総司令とグレアム司令に、大和を代表して心より感謝する、そう伝えて下さい」
奇妙な、そして宗教的な関係を築いた彼等を介し、大和とワシントン、二つの国が今迄以上に強く結びつき、同じ敵へと向かう事が決まった瞬間だった。
「タカコの部下達か……あいつ案外大所帯の頭だったんだな、大和に来てたので全員かと思ってた。まだ他にもいるの?」
「ナイショ、ヒミツデスネー」
「はは……そりゃそうだ。で、横山さん何そんな微妙な面持ちなの」
「……聞かないで下さい……一瞬我を忘れました……」
場所は第一防壁前、障壁の守りと警戒を部下に任せた横山と、金子と黒川と副長、そしてタカコの部下達が一度は着陸した機体へと乗り込みこちらへとやって来た。無線で大まかな事は聞いていたとは言えど最初は警戒の色を全身に滲ませていた高根だったが、久し振りに再会した金子の通訳によってタカコの部下達から説明を受け、状況を飲み込めた次第だった。
金子の通訳を介しての彼等の説明によると、制圧艦隊に同乗していたPの部隊員は、総司令官であるテイラー海兵隊中将の命令を受け、制圧艦隊司令部と大和軍との調整と連絡の為にやって来たとの事。兵装は先程の攻撃で消費してしまっているからあまり期待はしないで欲しいが、大和本土に侵攻艦隊が攻撃を加えようとすれば、自分達が動かずとも制圧艦隊の方から正規編成の飛行部隊が来るだろう、そう説明された。あまりにもてきぱきと事務的に事を説明し進めて行く彼等の様子に、僅かに眉根を寄せた高根が何とも言い難そうに口を開く。
「その……あんた達の上官、ボスってのか?あいつの事は気にしないのかい?いや、俺達が不甲斐無い所為でタカコに負担を掛け過ぎてるのは悪いと思ってるんだ。あんた達も心配だろうし、援護に行きたいのならそれで良いんだぜ?もし、あいつに万が一の事が有ったら――」
内容を正確には把握出来なかったのかきょとんとした面持ちになる部下達、金子が高根の発言を通訳すれば、ああ、といった面持ちになり笑いながら金子に何やら話し掛けた。
「金子さん、何だって?」
「アレは規格外の人外物件だから、殺しても死なないから大丈夫だと。今迄に三十回位死亡判定が出てるけど未だに生きてるそうですよ」
「……人間なのか、あの物体は……いや、分かってたんだけどよ……」
「テイラー総司令の口振りだと相当ブッ飛んでる子みたいですけど、大和でもそうだったんですか」
「あれ、金子さんもタカコの事知ってるの?」
「ええ。話すと長いんですが、彼女にもワシントン語を教わりました」
タカコ達がワシントン語を教え、逆にタカコ達も金子から大和語を教わり、そうして言語を習得してから大和へと赴いたのだろう。あそこ迄の水準で言語を習得させるとは、やはりワシントンには大和に対して相当の思惑が有った、その証左なのだろうなと思いつつ、高根はまた何やら話し始めた金子達の様子を見詰めていた。
タカコの部下達の、最初の砕けた空気が一変したのはその直後、妙に緊張感の有る空気を漂わせ、何とも形容し難い、一種の厳粛ささえ感じさせるそれに高根が目を見張れば、彼等の言葉を聞いていた金子が、高根へとその意味を伝えて来た。
「それと、自分達はあの人に尽くし捧げ、共に生きると決めているから、彼女が死んだ後の世界に興味は無い、そう言ってます。必ず生きて帰って来るし、万が一それが叶わなかったとしたら、自分達もそこで終わりだ。だから、考える必要性自体無いと」
その言葉に、タカコと部下達を見続けていた間に感じていた違和感が、綺麗に霧散した気がした。
任務に対しての誓いを立てて任官するとは言えど、所詮は仕事に関しての契約なのだ、国や国民の為に身命を賭す覚悟を持っている事に嘘偽りは無いが、それでも、そんな自分と彼等との間に在る決定的な違い、違和感が確かに存在した。
彼等は、任務としてタカコの下にいるわけではない、彼等にとってタカコは神、信じ自らを捧げる、生きる意味そのもの。どんな切っ掛けが有ったのか、それは高根に窺い知る事は出来なかったが、それだけは明確に理解する事が出来た。
タカコが基地内で浜口に刺された日、何故あんなにも激しく彼等は怒ったのか。
目を覚ました時に何故言葉も無く涙を流し、寝台の脇に膝を突き布団に顔を埋め、長い間動かなかったのか。
無謀とも言える数々の作戦に、何故何の躊躇も見せる事無く飛び込んで行ったのか、
きっと、これがその答えなのだろう。
上官と部下なのではない、主と下僕なのでもない、彼等は、神と、その信者なのだろう。
その神が戦っているのだ、勝利を信じないわけが無いし、神が負け、死んだのだとしたら、信仰する信者にとって世界が意味を失くすのは、当然の事だと、そんな風に考えた。
高根の横に立ち話を聞いていた黒川は高根と同じ様な事へと思い至り、副長や横山、小此木、そんな面々はそこ迄は至らずとも、特別な結び付き、強い絆の有る間柄なのだ、と、それだけは理解する。
きっと彼等がタカコを信奉する様に、タカコもまた信徒たる彼等の事を深く信じているだろう、その彼等がこう迄言い切るのだから、自分達がこれ以上口を挟むのは筋違いだなと高根は笑い、
「……分かった、宜しく、頼む」
そう言って彼等へと向かって右手を差し出し、握られたそれを強く、強く握り返す。
「それでは、今から早速制圧艦隊司令部へと無線を繋ぎます、大和との無線も同期させたいのですが、構いませんか、と」
「ああ、勿論だ。制圧艦隊の司令お二人、テイラー総司令とグレアム司令に、大和を代表して心より感謝する、そう伝えて下さい」
奇妙な、そして宗教的な関係を築いた彼等を介し、大和とワシントン、二つの国が今迄以上に強く結びつき、同じ敵へと向かう事が決まった瞬間だった。
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