大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第458章『誤射、救援』

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第458章『誤射、救援』

 旗が前方の敵機の視界へと晒された直後、散発的に続いていた攻撃が止んだ。
 今は旗の出現に驚き躊躇しているだけで、直ぐに攻撃が再開されるのかも知れない。しかし、今はこの可能性に、軍人としての性と理性に賭けるしか無い。どうか、どうか、と、祈り続けるタカコ達の前方で敵機は滞空を続け、そして、暫しの後にドアガンの脇から照明が持ち出され、こちらへと信号を送り始める。

《リョウカイシマシタ、コノキタイノジョウインニハ、ステイツトグンヘノハンイハアリマセン。スグニヤマト・マリーンノキチナイヘトチャクリク、ブソウカイジョヲオコナイマス。ユウドウヲオネガイシマス》

 祈り待ち続けたタカコ達の視界へと届けられたのは、待ち望んだ、そして最良の回答。タカコは無言のまま拳を握り締め、部下達が安堵や感嘆の声を上げる中、敵機全ての両舷のドアガンが機内へと収められ、敵意が無い事を示す為に高度が下げられた機体がゆっくりと近付いて来る。
 国旗と、そして軍旗に誓った忠誠は誰にとっても重いもので、自分自身の中根付いたそれはそう易々と否定出来るものではない事はタカコ自身にもよく分かっている。これがマクマーン相手なら回答と行動の真意を疑わずにはいられないが、何も知らされていないであろう末端の兵士である彼等、その内心は疑わずとも良いだろう。彼等は事態を把握し、誓いと忠誠心と良心に従い最善の道を選択した、それが答えだ。
『後追いの部隊にも信号で事態を知らせておけ。何と無くは飲み込めているかも知れんがこの緊迫した状況だ、万が一にも――』
 敵機の背後に位置していた追跡部隊には、敵機の信号は見えてない筈だ。逸って攻撃を続ける様な事態は避けようとタカコがカタギリに対してそう命じようとした時、機関砲の砲声が断続的に響き渡り、それとほぼ同時に下方から金属が弾ける音と何かが軋む様な音が響いて来た。
『クソ……!間に合わなかったか!!』
 下を覗き込んで見れば、そこに在ったのは、被弾し煙を吐き旋回しながら急激に高度を下げ始める敵機が一機。その更に下には対馬区の大地とその上で蠢く活骸の群れが在り、タカコはまたしても決断を迫られる事となった。
 防壁迄の距離は約二十m、サーモバリックが投下された事により警戒し距離をとっているのか、防壁付近の活骸の群れはそう多くはない。墜落の衝撃により一旦は活骸も機体からは距離をとるだろう、その間に救援に向かいホイストする事が出来れば、生存者を無駄死にさせずに済む。しかし生きた人間という餌を目の前にした活骸は多少の危険を冒してでも押し寄せるに違い無い。その間に間に合わなければ生存者どころではなく、救援に向かった自分や部下の命すら危うくなる。
 どうする、どうする――、考えている間にも機体は降下を続け、遂には対馬区の大地へと轟音と共に墜落した。機体の大破は無し、炎上も無し、その様子を観察しながら状況を窺っていたタカコの耳朶を、聞き慣れた声が打った気がした。
 自分の名を呼ぶその声、何だと思いながら防壁の方を振り返ってみれば、そこに在ったのは、足場でも渡したのか塹壕を越えて防壁側へと渡り第一防壁の中央監視台の上に立ち、何かを抱えた敦賀の姿。最先任があんなところで何をしているのか、任務を放って見物かと眉根を寄せるタカコの様子を知ってか知らずか、敦賀は手にしていた物を掲げて見せ、それを墜落した機体へと向かって物凄い勢いで投げ付けた。一つ、二つ、三つ――、次々と投げ付けられる一m弱の細長い形状をしたそれの正体に気付いたタカコは力強い笑みを浮かべ、声を張り上げた。
『高度を下げろ!ラペリング降下して生存者を救助するぞ!!回収はホイストで!!ケイン、ヴィンス、来い!!お前等なら大和流の戦闘が身についてるだろう!!残りの二機には先行して基地内に着陸する様に伝達!大和海兵隊にはその旨を伝えろ!!』
『ボス!?正気ですか!?下には活骸が――』
『命令だ!高度を下げろ、時間が無い!!』
 タカコの見立て通り、墜落の衝撃を避けて活骸の群れは機体から遠ざかり、墜落地点を中心とした円状の空白地帯が出来上がっていはいるが、それでもそこに人間がいるとなれば直ぐにそれは消え失せるであろう事は明らかで、生存者がいるかどうかも分からない状況の中、司令官自ら降下するとはと流石に抗議の声が上がる。しかしタカコはそれに一切構う事は無く、強い口調で命令だと繰り返し、ラペリング降下の準備を始めてしまう。
 そうなってしまっては実力行使したとしても引き留める事が困難だというのは、部隊の人間であれば全員が嫌と言う程に知っている事で、
『近付こうとするアンデッドを片っ端から撃ち殺せ!取り漏らした分は私に任せろ!』
 と、そう言ってさっさと降下を始めてしまったタカコの後を追い、指名されたカタギリとキムが彼女の後に続き機体から出て脚へと降り、直後そこを蹴り中空へと身を躍らせた。
 墜落した機体の地面へと降り立ち腰のカラビナからロープを外したタカコ、その彼女が真っ先にしたした事は、生存者の確認でもその救助でもなく、先程敦賀がこちらへと向けて投げて寄越した物へと駆け寄る事だった。流石に機体迄は届かずに活骸の群れの中へと落ちたそれ、そこへと向かって猛然と走り寄りながら腰から拳銃を抜き、奇声を上げてこちらへと向かって走り始めた異形の集団に怯む事無くタカコは口角を上げて笑い、そして眦を決し群れの中へと突っ込んで行く。銃声は響き渡るも姿は腐った肉の群れの中に埋もれてしまい、安否を窺い知る事すら出来ない。そして弾が尽きたのか銃声が途切れた事に、後を追うカタギリとキム、そして上空でドアガンと小銃を構え事態を見守る部下達の背筋を冷たいものが走り抜けた、その直後。
 上がったのは耳障りな絶叫と、そして、黒くくすんで汚れた暗く赤い飛沫。何が、と、事態を飲み込めないでいる彼等の視界へと次に飛び込んで来たのは、薄汚れた活骸の血に塗れながらも、それでも鋭い輝きを失わないでいる、一振りの太刀とその刃だった。
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