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第457章『国旗と軍旗』
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第457章『国旗と軍旗』
敵機の機首を防壁に向けさせるな――、タカコが下したその命令は、ミサイルを防壁へと向けて発射される事を懸念してのものであり、パイロットはそれに従い機体を操り機銃の掃射を浴びせ続けた。そしてそれが弾切れとなった後は両側のドアガンや積載していた携行砲や小銃を使い、少しずつ、少しずつ敵機を防壁から大陸側へと押し遣って行く。
『一気に沈めようとするな!試したい事が有る!!』
『試したいって……了解です!!』
コクピットへと上半身を乗り出し前方の敵機を見据えるタカコ、その彼女の口から出た言葉にパイロットは一瞬怪訝な面持ちを浮かべるものの、それでも己の上官にそれ以上逆らう事は無く、攻撃の回避を主体とした機動へと即座に転じた。
機関砲やドアガンの掃射音、或る程度の距離が有る所為で『パラパラ』と軽く感じるそれが耳朶を打つのを感じながら、タカコは一つの可能性に賭けるべきなのかどうか、それを考えていた。
――今自分達と対峙し戦っている彼等は、滅すべき『敵』なのか――
艦隊の末端迄含めれば万単位規模の巨大編成、そこ迄大きくなった組織の隅々迄、司令部の意図が明確に伝わっている道理は無い。恐らくは彼等は命令されたかそうされたと解釈したか恐慌状態に陥ったかでこちらへと向かって来ただけだろう。トップの、マクマーンやヨシユキ、そしてその意図を明確に受け継いでいるであろう侵攻艦隊司令部の高級士官達の意識とは同化してはいない筈だ。
それならば、こちらに、制圧艦隊に既に正統性は移り、彼等は現状性質の悪い謀叛集団となってしまっている事を伝えれば、あっさりと抵抗を止め降ってくれるかも知れない。
そうなってくれればその後は防壁の向こう側、大和本土である海兵隊基地内に誘導し着陸と武装解除をさせた後、形式上でも拘束すれば事は済む。伝える手段も無線の周波数を探り当てずとも、先程カタギリがやっていたのと同じく搭載している照明で信号で伝えれば良い。
しかし、それに従わなかったとしたら、結局は彼等を撃墜する以外に道は無い。それ以前に信号を送っている間は機体の向きと姿勢が制限される為にそこを狙われて逆にこちら側が被弾してしまったとしたら。そうなってしまえば、司令官たる自分の判断と命令の下、部下達の命を今以上の危険に晒す事になってしまうのは明白だった。
可能なのであれば、縁は薄くとも無くとも、戦友に変わりは無い同軍の兵士を殺す事はしたくない。市街地や山間部での戦闘は敵意と殺意が明らか過ぎて躊躇する必要すら無かったが、それでも巨大な部隊の末端ともなれば、単に事情が伝わっていないだけという事も充分に考えられる。意図と状況さえ伝われば避けられる戦闘と殺しなのであれば、顔見知りもいるかも知れない集団に銃口を向け引き金を引く事態は避けたいというのが、タカコの本音だった。
さて、どうしたものか、出来るだけ殺す数は少なく、部下達の命も護る、それが可能なのか、不可能なのであればどちらをとるべきなのか。一瞬そんな事を考えるが、直ぐに馬鹿馬鹿しいと自嘲じみた笑いを口角に浮かべ、タカコは小さく頭を振る。
部下達は、その全員が身命の全てを自分に託し、絶対の信頼と忠誠を以て命令を遂行せんと働いてくれている。最優先すべきは他の何でもなくその彼等、彼等の信頼と忠誠に応える義務が自分には有る。
何も知らないのかも知れない敵機の兵士には可哀想だが――、そう思ったタカコが攻撃の再開と撃墜を命令しようとした時、機体が急激に向きを変え、耳にはガシャガシャという、照明の切り替えの音が飛び込んで来た。
何を、そんな風に思いつつ振り返ってみれば、そこに在ったのはドアガンの脇で敵機へと正対し信号を送るカタギリの姿。ウォーレンがドアガンを、両脇にはマクギャレットとキムが小銃の銃口を敵機へと向けて構え、援護の姿勢をとっている。
『お前等!何を――』
『自分達もボスと同意見だって事ですよ!!殺す数が少ないに越した事は有りません、ドレイク大尉みたいにこの中の誰かの昔馴染みもいるでしょうしね!!』
『無理してるわけじゃありませんよ!彼等を殺さずに投降させ、自分達も誰一人欠けずに生還する、我々にはそれを達成するだけの力が有ります!!』
『貴方の指揮の下ならそれが出来ます!我々の事は心配なさらずに!ボス、御命令を!!』
意図を見透かされていたか、否、緊迫し切った作戦状況下、意識が繋がってしまっているのを忘れていた。そう思い至ったタカコが苦笑すれば、考える事は部下もやはり同じなのか、
『俺等の仲でしょうが!御命令を!!』
と、更に言葉が飛んで来る。彼等が自分に全てを託してくれているのであれば、自分の指揮を信じてくれているのであれば、それならば司令官たる自分の為すべき事は一つだけ――、タカコはそう自分へと語り掛け、次の瞬間には眦を決し声を張り上げた。
『《先発艦隊の正当性は既に失われ、それは後発艦隊へと引き継がれた!こちらはJCS直轄部隊Providence、私は当部隊司令、陸軍大佐タカコ・シミズ!!速やかに攻撃を停止し大和本土海兵隊基地内へと着陸し武装を解除し投降せよ!!後発艦隊合同総司令であるテイラー海兵隊中将が上陸する迄の全権は私に在る!私が合衆国の意志そのものだ!!送れ!!》ケイン、やれ!!ジョシュ!アレは持って来てるか!?』
『勿論です!!』
『よし!直ぐに掲げろ!!』
『了解です!!』
タカコの言葉を受けた端から送り始めるカタギリ、その様子を感じながら、タカコは今度はこのホーネットへと乗って駆け付けて来た部下へと声を放る。何をとは明言せずともそこは分かり切っていた事なのか、何の躊躇も無く機体の後部の床へと置かれていた貨物に飛び付き、その中身を出して手早く組み立て出した。
時間にしてほんの一分程、組み立てが終わったそれを見下ろしたタカコはカタギリに向かい
『繰り返し送れ!』
そう命令し、床に置かれたそれ――、鉤の付いた太い鉄管にきつく結び付けられた二枚の大きな布へと手を伸ばし、数人がかりでそれを抱え上げ、信号を送り続けるカタギリの足元へと潜り込み、機外へと半身を乗り出し、鉤を機体の脚へと引っ掛けつつ二枚の大きな布地を対馬区上空の大気へと一気に晒す。
ワシントンの軍人であれば誰もが知っており、そして、敬意を払って扱い、時には敬礼もする二つの『ビッグ・フラッグ』――。
ワシントン合衆国国旗と統合参謀本部の紋章が、強い下降気流を受け、対馬区の空にはためいていた。
敵機の機首を防壁に向けさせるな――、タカコが下したその命令は、ミサイルを防壁へと向けて発射される事を懸念してのものであり、パイロットはそれに従い機体を操り機銃の掃射を浴びせ続けた。そしてそれが弾切れとなった後は両側のドアガンや積載していた携行砲や小銃を使い、少しずつ、少しずつ敵機を防壁から大陸側へと押し遣って行く。
『一気に沈めようとするな!試したい事が有る!!』
『試したいって……了解です!!』
コクピットへと上半身を乗り出し前方の敵機を見据えるタカコ、その彼女の口から出た言葉にパイロットは一瞬怪訝な面持ちを浮かべるものの、それでも己の上官にそれ以上逆らう事は無く、攻撃の回避を主体とした機動へと即座に転じた。
機関砲やドアガンの掃射音、或る程度の距離が有る所為で『パラパラ』と軽く感じるそれが耳朶を打つのを感じながら、タカコは一つの可能性に賭けるべきなのかどうか、それを考えていた。
――今自分達と対峙し戦っている彼等は、滅すべき『敵』なのか――
艦隊の末端迄含めれば万単位規模の巨大編成、そこ迄大きくなった組織の隅々迄、司令部の意図が明確に伝わっている道理は無い。恐らくは彼等は命令されたかそうされたと解釈したか恐慌状態に陥ったかでこちらへと向かって来ただけだろう。トップの、マクマーンやヨシユキ、そしてその意図を明確に受け継いでいるであろう侵攻艦隊司令部の高級士官達の意識とは同化してはいない筈だ。
それならば、こちらに、制圧艦隊に既に正統性は移り、彼等は現状性質の悪い謀叛集団となってしまっている事を伝えれば、あっさりと抵抗を止め降ってくれるかも知れない。
そうなってくれればその後は防壁の向こう側、大和本土である海兵隊基地内に誘導し着陸と武装解除をさせた後、形式上でも拘束すれば事は済む。伝える手段も無線の周波数を探り当てずとも、先程カタギリがやっていたのと同じく搭載している照明で信号で伝えれば良い。
しかし、それに従わなかったとしたら、結局は彼等を撃墜する以外に道は無い。それ以前に信号を送っている間は機体の向きと姿勢が制限される為にそこを狙われて逆にこちら側が被弾してしまったとしたら。そうなってしまえば、司令官たる自分の判断と命令の下、部下達の命を今以上の危険に晒す事になってしまうのは明白だった。
可能なのであれば、縁は薄くとも無くとも、戦友に変わりは無い同軍の兵士を殺す事はしたくない。市街地や山間部での戦闘は敵意と殺意が明らか過ぎて躊躇する必要すら無かったが、それでも巨大な部隊の末端ともなれば、単に事情が伝わっていないだけという事も充分に考えられる。意図と状況さえ伝われば避けられる戦闘と殺しなのであれば、顔見知りもいるかも知れない集団に銃口を向け引き金を引く事態は避けたいというのが、タカコの本音だった。
さて、どうしたものか、出来るだけ殺す数は少なく、部下達の命も護る、それが可能なのか、不可能なのであればどちらをとるべきなのか。一瞬そんな事を考えるが、直ぐに馬鹿馬鹿しいと自嘲じみた笑いを口角に浮かべ、タカコは小さく頭を振る。
部下達は、その全員が身命の全てを自分に託し、絶対の信頼と忠誠を以て命令を遂行せんと働いてくれている。最優先すべきは他の何でもなくその彼等、彼等の信頼と忠誠に応える義務が自分には有る。
何も知らないのかも知れない敵機の兵士には可哀想だが――、そう思ったタカコが攻撃の再開と撃墜を命令しようとした時、機体が急激に向きを変え、耳にはガシャガシャという、照明の切り替えの音が飛び込んで来た。
何を、そんな風に思いつつ振り返ってみれば、そこに在ったのはドアガンの脇で敵機へと正対し信号を送るカタギリの姿。ウォーレンがドアガンを、両脇にはマクギャレットとキムが小銃の銃口を敵機へと向けて構え、援護の姿勢をとっている。
『お前等!何を――』
『自分達もボスと同意見だって事ですよ!!殺す数が少ないに越した事は有りません、ドレイク大尉みたいにこの中の誰かの昔馴染みもいるでしょうしね!!』
『無理してるわけじゃありませんよ!彼等を殺さずに投降させ、自分達も誰一人欠けずに生還する、我々にはそれを達成するだけの力が有ります!!』
『貴方の指揮の下ならそれが出来ます!我々の事は心配なさらずに!ボス、御命令を!!』
意図を見透かされていたか、否、緊迫し切った作戦状況下、意識が繋がってしまっているのを忘れていた。そう思い至ったタカコが苦笑すれば、考える事は部下もやはり同じなのか、
『俺等の仲でしょうが!御命令を!!』
と、更に言葉が飛んで来る。彼等が自分に全てを託してくれているのであれば、自分の指揮を信じてくれているのであれば、それならば司令官たる自分の為すべき事は一つだけ――、タカコはそう自分へと語り掛け、次の瞬間には眦を決し声を張り上げた。
『《先発艦隊の正当性は既に失われ、それは後発艦隊へと引き継がれた!こちらはJCS直轄部隊Providence、私は当部隊司令、陸軍大佐タカコ・シミズ!!速やかに攻撃を停止し大和本土海兵隊基地内へと着陸し武装を解除し投降せよ!!後発艦隊合同総司令であるテイラー海兵隊中将が上陸する迄の全権は私に在る!私が合衆国の意志そのものだ!!送れ!!》ケイン、やれ!!ジョシュ!アレは持って来てるか!?』
『勿論です!!』
『よし!直ぐに掲げろ!!』
『了解です!!』
タカコの言葉を受けた端から送り始めるカタギリ、その様子を感じながら、タカコは今度はこのホーネットへと乗って駆け付けて来た部下へと声を放る。何をとは明言せずともそこは分かり切っていた事なのか、何の躊躇も無く機体の後部の床へと置かれていた貨物に飛び付き、その中身を出して手早く組み立て出した。
時間にしてほんの一分程、組み立てが終わったそれを見下ろしたタカコはカタギリに向かい
『繰り返し送れ!』
そう命令し、床に置かれたそれ――、鉤の付いた太い鉄管にきつく結び付けられた二枚の大きな布へと手を伸ばし、数人がかりでそれを抱え上げ、信号を送り続けるカタギリの足元へと潜り込み、機外へと半身を乗り出し、鉤を機体の脚へと引っ掛けつつ二枚の大きな布地を対馬区上空の大気へと一気に晒す。
ワシントンの軍人であれば誰もが知っており、そして、敬意を払って扱い、時には敬礼もする二つの『ビッグ・フラッグ』――。
ワシントン合衆国国旗と統合参謀本部の紋章が、強い下降気流を受け、対馬区の空にはためいていた。
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