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第456章『後備え』
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第456章『後備え』
慌ただしく動き始める前線、頭脳たる指揮官を失う事が有ってはならないと周囲が面々を車へと押し込む中、押し込まれた彼等に向かって短く挙手敬礼をしたタカコがホーネットに乗り込もうと走り出そうとすると、強い力で肩を掴まれその場へと引き留められる。
こんな時に誰だ、そう思った彼女が振り返れば、そこにいたのは敦賀。真っ直ぐに射貫いて来る視線へと同じ様に返せば、彼の唇から漏れ出たのは、思ったよりもずっと静かな声音だった。
「……死ぬんじゃねぇぞ、生きて帰って来い……この騒ぎが終わったら、話が有る」
「……話、って」
「終わったら話す、直ぐに終わる話でもねぇ……とにかく……生きて、生きて帰って来い、約束しろ」
頻りに繰り返される『生きて帰って来い』という言葉、状況が状況だけに仕方が無いのかも知れないが、とタカコは笑い、す、と、右の掌を掲げて指をひらひらと動かして見せた。
「誰にもの言ってやがる洟垂れが。私がそう簡単に死ぬかよ、お前の方こそ死ぬんじゃねぇぞ」
顎を軽くしゃくって右手を示して見せればそれで敦賀には伝わったのか、彼もまた僅かながら口角を上げ、
「行って来い」
と、そう言い、その言葉と共に、タカコが掲げていた右手に彼のそれが打ち付けられる。その後は互いに、ぎゅ、と打ち付け合った手を握り左手で相手の肩を叩きながら
「死ぬなよ」
「お前もな」
と、再度確認をした後はお互いを見遣る事も無く、互いの役目へと舞い戻って行った。
『離陸は!!』
『直ぐに出来ます!』
『防壁の破壊を防ぐ事は正直無理だ、大和軍の後退の時間を稼げ!それに専心しろ!!』
『了解しました!!』
Providenceに配備された機体はともかくとして、部下達が侵攻艦隊から奪取して来た機体は酷使し過ぎた、燃料はほぼ底を突いた上に兵装は使い尽していては碌な動きは出来ないだろう。その判断の下に全員が紺碧に塗装されたホーネットへと乗り込み、原動機の回転数は臨界を突破し地面へと風を叩きつけながらゆっくりと空へと舞い上がる。
『ミサイルは!!』
『二基とも残ってます!大和陸軍が直ぐ近くに居たので流石に使えませんでした、こうなってみると幸いですね!!』
『但し機関砲の方はもうほぼ弾切れです!携行砲とドアガンはまだ手付かずです!』
『フル装備の三機相手に機関砲無しか、何処迄粘れるかは分からんが、我々が大和軍の盾だ、死ぬ気で踏ん張れよ!!』
『了解!』
『了解です!!』
こちらへと向かって来るホーネットは三機、防壁の破壊、そしてサーモバリックの投下を防ぎ、それが無理だとしても少しでも遅らせる為、タカコ達は前方の三機へと真っ直ぐに向かい第一防壁を越え対馬区上空へと進入した。互いの高度は地上から二十m程、この程度であればサーモバリックの投下はまだ差し迫ってはいない。あの爆弾の加害半径は最も小型のものでも百m程、投下にはパラシュートを使用し離脱の時間が稼げる様になってはいるものの、加速に掛かる時間差を計算に入れれば五十m以上の高度に達する迄は即時の投下を警戒する必要は無い。
だとすれば、先ずはミサイルや機関砲による防壁の破壊が彼等の第一目的、防壁の破壊さえしてしまえば鉄板でも吊って来て塹壕に架橋してしまい後は活骸が雪崩れ込むに任せるだけ。地上を見下ろせば防壁迄到達し更にその先へと進もうとしている活骸の群れ、あれが本土に流入してしまえば、大和軍には万に一つの勝ち目すら無くなってしまうだろう。
それだけは防がなければ、空中での機動力を保持している自分達にしかその役目は出来ない、タカコは小さく呟きながら視線を地上から博多沖の方へと向け直す。その先に見えるのは、侵攻艦隊から飛来する三機と、それを追ってやって来る制圧艦隊の三機、彼等の技量を加えて自分達が上回る事を祈るしか無いな、そう思いつつ操縦席へと上半身を乗り出した。
『ミサイルはギリギリ迄使うな、警戒されて高度を上げられたら終わりだ』
『了解です!しっかし、初の実戦での操縦がこんな物騒な事になるとは思いませんでしたよ』
『言うな言うな、そりゃ私も他の連中も同じだよ。とにかく、防壁から少しでも遠ざけろ。サイド!追跡の編成に同士討ちに注意しろと送れ!!』
『了解です!!』
ホーネット同士の無線の周波数帯の調整迄は済んでいないだろう、事実インカムに他機からの音声は入って来ていない。それならば、その調整をするよりも昔からの単純な手法に頼った方が早いとタカコが声を張り上げれば、その程度の事は部下も言われずとも分かっているのか、上官たるタカコの命令とどちらが早かったかという勢いで扉が開け放たれ、サーチライトを手にしたカタギリが身を乗り出し、前方へとガシャガシャと信号を送り始めた。
『おい、俺は何するよ?』
『ジャス!?何でお前がここにいるんだ!!』
『いや、そうは言ってもよ、俺大和人じゃねぇし。地上に残ってる方がおかしいだろ』
『それはそうだが!ああもういい!!ランチャーの準備!!』
『はいよ、司令官殿』
五月に海兵隊基地を出る時に彼も連れ出し、その流れで今迄ずっとドレイクと行動を共にしていたが、まさかこんな状況なのについて来るとは思わなかった。そう呆れて彼を見れば、言わんとする事は分かるのか、にやりと笑った彼が軽く肩を叩きながら
『原隊逃げ出したしな、俺。今後はProvidenceで使ってくれると助かるんだけどな?』
おどけた様にそう言って笑い、タカコもまたそれを受けて小さく笑いながら、
『部下は自分で引き抜く主義なんだがな、私は……ま、しょうがねぇか。使ってやるよ、ブラザー』
そう答え、その後は互いの役目へと戻って行く。
第一防壁を越えて数百m進み、機体は完全に対馬区上空へと入った。三機の敵機との距離は三百m程、それを追う追跡部隊との距離は一㎞程。防壁の破壊、そしてサーモバリックの投下、その二つを防げるのか、両方は無理でも爆弾の投下だけは防げるのか。意志の疎通も出来ていない他所の部隊との連携が上手く行けば良いのだが、タカコだけでなく機内の全員に共通する想いを抱えながら、紺碧の機体は真っ直ぐに敵機へと向かい突っ込んで行った。
慌ただしく動き始める前線、頭脳たる指揮官を失う事が有ってはならないと周囲が面々を車へと押し込む中、押し込まれた彼等に向かって短く挙手敬礼をしたタカコがホーネットに乗り込もうと走り出そうとすると、強い力で肩を掴まれその場へと引き留められる。
こんな時に誰だ、そう思った彼女が振り返れば、そこにいたのは敦賀。真っ直ぐに射貫いて来る視線へと同じ様に返せば、彼の唇から漏れ出たのは、思ったよりもずっと静かな声音だった。
「……死ぬんじゃねぇぞ、生きて帰って来い……この騒ぎが終わったら、話が有る」
「……話、って」
「終わったら話す、直ぐに終わる話でもねぇ……とにかく……生きて、生きて帰って来い、約束しろ」
頻りに繰り返される『生きて帰って来い』という言葉、状況が状況だけに仕方が無いのかも知れないが、とタカコは笑い、す、と、右の掌を掲げて指をひらひらと動かして見せた。
「誰にもの言ってやがる洟垂れが。私がそう簡単に死ぬかよ、お前の方こそ死ぬんじゃねぇぞ」
顎を軽くしゃくって右手を示して見せればそれで敦賀には伝わったのか、彼もまた僅かながら口角を上げ、
「行って来い」
と、そう言い、その言葉と共に、タカコが掲げていた右手に彼のそれが打ち付けられる。その後は互いに、ぎゅ、と打ち付け合った手を握り左手で相手の肩を叩きながら
「死ぬなよ」
「お前もな」
と、再度確認をした後はお互いを見遣る事も無く、互いの役目へと舞い戻って行った。
『離陸は!!』
『直ぐに出来ます!』
『防壁の破壊を防ぐ事は正直無理だ、大和軍の後退の時間を稼げ!それに専心しろ!!』
『了解しました!!』
Providenceに配備された機体はともかくとして、部下達が侵攻艦隊から奪取して来た機体は酷使し過ぎた、燃料はほぼ底を突いた上に兵装は使い尽していては碌な動きは出来ないだろう。その判断の下に全員が紺碧に塗装されたホーネットへと乗り込み、原動機の回転数は臨界を突破し地面へと風を叩きつけながらゆっくりと空へと舞い上がる。
『ミサイルは!!』
『二基とも残ってます!大和陸軍が直ぐ近くに居たので流石に使えませんでした、こうなってみると幸いですね!!』
『但し機関砲の方はもうほぼ弾切れです!携行砲とドアガンはまだ手付かずです!』
『フル装備の三機相手に機関砲無しか、何処迄粘れるかは分からんが、我々が大和軍の盾だ、死ぬ気で踏ん張れよ!!』
『了解!』
『了解です!!』
こちらへと向かって来るホーネットは三機、防壁の破壊、そしてサーモバリックの投下を防ぎ、それが無理だとしても少しでも遅らせる為、タカコ達は前方の三機へと真っ直ぐに向かい第一防壁を越え対馬区上空へと進入した。互いの高度は地上から二十m程、この程度であればサーモバリックの投下はまだ差し迫ってはいない。あの爆弾の加害半径は最も小型のものでも百m程、投下にはパラシュートを使用し離脱の時間が稼げる様になってはいるものの、加速に掛かる時間差を計算に入れれば五十m以上の高度に達する迄は即時の投下を警戒する必要は無い。
だとすれば、先ずはミサイルや機関砲による防壁の破壊が彼等の第一目的、防壁の破壊さえしてしまえば鉄板でも吊って来て塹壕に架橋してしまい後は活骸が雪崩れ込むに任せるだけ。地上を見下ろせば防壁迄到達し更にその先へと進もうとしている活骸の群れ、あれが本土に流入してしまえば、大和軍には万に一つの勝ち目すら無くなってしまうだろう。
それだけは防がなければ、空中での機動力を保持している自分達にしかその役目は出来ない、タカコは小さく呟きながら視線を地上から博多沖の方へと向け直す。その先に見えるのは、侵攻艦隊から飛来する三機と、それを追ってやって来る制圧艦隊の三機、彼等の技量を加えて自分達が上回る事を祈るしか無いな、そう思いつつ操縦席へと上半身を乗り出した。
『ミサイルはギリギリ迄使うな、警戒されて高度を上げられたら終わりだ』
『了解です!しっかし、初の実戦での操縦がこんな物騒な事になるとは思いませんでしたよ』
『言うな言うな、そりゃ私も他の連中も同じだよ。とにかく、防壁から少しでも遠ざけろ。サイド!追跡の編成に同士討ちに注意しろと送れ!!』
『了解です!!』
ホーネット同士の無線の周波数帯の調整迄は済んでいないだろう、事実インカムに他機からの音声は入って来ていない。それならば、その調整をするよりも昔からの単純な手法に頼った方が早いとタカコが声を張り上げれば、その程度の事は部下も言われずとも分かっているのか、上官たるタカコの命令とどちらが早かったかという勢いで扉が開け放たれ、サーチライトを手にしたカタギリが身を乗り出し、前方へとガシャガシャと信号を送り始めた。
『おい、俺は何するよ?』
『ジャス!?何でお前がここにいるんだ!!』
『いや、そうは言ってもよ、俺大和人じゃねぇし。地上に残ってる方がおかしいだろ』
『それはそうだが!ああもういい!!ランチャーの準備!!』
『はいよ、司令官殿』
五月に海兵隊基地を出る時に彼も連れ出し、その流れで今迄ずっとドレイクと行動を共にしていたが、まさかこんな状況なのについて来るとは思わなかった。そう呆れて彼を見れば、言わんとする事は分かるのか、にやりと笑った彼が軽く肩を叩きながら
『原隊逃げ出したしな、俺。今後はProvidenceで使ってくれると助かるんだけどな?』
おどけた様にそう言って笑い、タカコもまたそれを受けて小さく笑いながら、
『部下は自分で引き抜く主義なんだがな、私は……ま、しょうがねぇか。使ってやるよ、ブラザー』
そう答え、その後は互いの役目へと戻って行く。
第一防壁を越えて数百m進み、機体は完全に対馬区上空へと入った。三機の敵機との距離は三百m程、それを追う追跡部隊との距離は一㎞程。防壁の破壊、そしてサーモバリックの投下、その二つを防げるのか、両方は無理でも爆弾の投下だけは防げるのか。意志の疎通も出来ていない他所の部隊との連携が上手く行けば良いのだが、タカコだけでなく機内の全員に共通する想いを抱えながら、紺碧の機体は真っ直ぐに敵機へと向かい突っ込んで行った。
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