大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第455章『崩れた均衡』

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第455章『崩れた均衡』

『ボス、これを。流石にその格好じゃ示しがつきませんよ』
 合流した部下が現状の大まかな説明を終えた後、そう言いながら手渡して来たのはベレー帽。ベレーフラッシュにはワシントン陸軍の大佐の階級章が控え目な輝きを放っており、それを手にしたタカコは一瞬双眸を見開き、それから
『そうだな……同盟国の司令官に挨拶をするのに戦闘服だけじゃな……有り難う』
 そう言って小さく笑いながら、ぼさぼさになってしまっている髪を手櫛で軽く整えた後ベレー帽を被り、高根と黒川、そして副長の三人へと向き直った。
「御挨拶が遅れました、申し訳有りません。ワシントン合衆国陸軍大佐、タカコ・シミズと申します。現在博多沖合で展開中の侵攻勢力を制圧する為の派遣艦隊上陸部隊、その先遣隊司令官を務めております。上陸部隊総司令であるワシントン海兵隊中将のロバート・D・テイラーがこちらに参る迄は私が全権を委任されております」
 言葉と共に、す、と、掲げられる右手、真っ直ぐに伸ばされた指先がこめかみの辺りに遣られ綺麗な挙手敬礼を形作っているのを見詰めながら、一歩、副長が前へと出る。
「大和国軍統合幕僚幹部副長、陸軍中将の敦賀貴一郎です。尽力、深く……感謝します」
 その言葉と共にタカコと同じ様に掲げられる右手、両陣営の当面の最高位同士の敬礼は副長の言葉が終わっても二十秒程続き、その内に『タカコは上の階級と立場であるこちらに配慮して待っているのだ』と、そう気付いた副長が敬礼を解き、直後タカコもそれに倣い右腕を下げた。
 次に彼女に会う事が有れば、その時は深々と頭を下げて非礼を詫び、息子を宜しく頼む、と、そう言おうと思っていた。しかし両陣営の多くが揃い注視している中では立場の為にそれも出来ず、何とか事が早く片付いて、個人的な話が二人で出来る様になれば良いのだが、副長は内心でそう呟きつつ小さく溜息を吐く。タカコはそれを知ってか知らずか公人、そして軍人としての姿勢を一切崩す事は無く、背筋をすっと伸ばし凛とした眼差しで副長を見据えている。
「それで……今後の事ですが」
「ああ、こちらとしては現状出来る事は何も無い、助けてもらってばかりの状況だが……何か?」
「はい。現状我々先遣隊にも出来る事はそう多くは有りません。市街地の敵勢の排除はほぼ完了したと見て良いでしょうが、侵攻勢力の本隊は博多沖の艦隊です。そちらは現在我々の本隊である制圧艦隊と対峙中、少し前に侵攻勢力からの砲撃により戦端が開かれました。そう時間は掛からずに趨勢は決するでしょうが、いずれにせよ沖合の本隊同士の戦闘の結果待ちといったところです。それ迄は――」
「――この第一防壁の前で活骸の本土侵入が無いかを警戒するしか無い、か」
「はい、そうなります。侵攻勢力のホーネットが大和本土や防壁へ攻撃を仕掛けて来ないかどうかも、警戒の対象になりますね、追い詰められればどんな行動に出るか、予測不能ですから」
「ほーねっと、というのは?」
「失礼しました、我々が乗っていたあの回転翼機の事です。旧時代の設計図からの復元だそうで、旧時代は別の呼称で呼ばれていた様子ですが、現代ではホーネット、大和で言う雀蜂と」
「そうか……しかし、待つだけというのも何とももどかしいな」
 タカコの言葉にそう返しながら、副長は沖合で対峙する二つの勢力の方向へと向き直る。双眼鏡を覗き込むと、海上では艦艇同士の大口径の砲を使用した砲撃合戦には未だ至ってはいない様子だが、それでも小型艦艇からの機関砲による小規模な砲撃や銃撃は既にあちこちで起きている様子が小さいながらも見て取れた。そんな小競り合いを続ける艦艇群の上空には双方の艦艇から離艦した機体、タカコの言うところのホーネットが互いに機首を向け合い対峙し、上空も海上も一触即発である事がありありと伝わって来た。
 用心すべきは機動力に富むホーネットの方だろう、あれが睨み合いから離脱しこちらへと向かって来たら、数日前の様に爆弾を搭載し、今度は本土に、そして防壁や基地の柵に向けてそれを投下したとしたら。自分達大和軍にそれを阻む手立ては何も無いし、極少数で孤立無援の戦いを続けて来たタカコ達もそれは同じだろう。
 勿論制圧艦隊のホーネットも直ぐに追跡に転じるだろうが、それでも僅かに遅れる事は間違い無い、追い付く迄の間に爆弾を投下されてしまえば、結局は事態の大筋は変わらない事になる。
 振り返ってみれば、高根も黒川も、その彼等の部下である小此木や横山も思う事は同じなのだろう、タカコ達の合流という出来事により今迄の悲壮さは若干は薄らいだものの、やはりその表情は完全には晴れない。夫々の戦力を一番正確に把握しているであろうタカコは尚の事で、彼女も含めた夫々が視線を合わせながら小さく肩を竦めたり頷き合ったりする中、副長は再び視線を沖合の艦隊へと戻した。
 事態が大きく動き始めたのはその直後、空中で対峙していたホーネットの内、侵攻艦隊の側の数機がこちらへと機首を向け膠着状態からの離脱を試み、それをさせまいとしてか制圧艦隊の側も数機が動き出す。それを皮切りにして侵攻艦隊側のホーネットからの機関砲による砲撃が始まり、危うい均衡の上に成り立っていた膠着は瞬く間にして乱戦へと姿を変えた。
 陸上からそれを見ていたのは副長だけではなく、高根や黒川や小此木や横山、そしてタカコも双眼鏡を手に状況を確認し、タカコの横には副長の息子である敦賀の姿も在る。その彼等の胸中に在るのは『こちらへは来るな、どうにか制圧艦隊側が追い付いて海上で撃墜し抑えてくれ』という想い。今こちらに来られても出来る事は無いに等しい、どうにか間に合ってくれという彼等の祈りも虚しく、追跡を振り切った数機が速度を上げながらこちらへと迫って来る。
 それを見て、所属は様々と言えど居並ぶ指揮官達は一瞬の判断を迫られ、即座にそれを下し声を張り上げた。
『ホーネット回転上げろ!直ぐに離陸、迎撃するぞ!!』
「総員退避!運動場迄前線を下げろ!!」
「狙うとしたら先ずは防壁だ、距離をとれ!!急げ!!」
「駐屯地の弾薬の備蓄を放出!全て海兵隊基地に搬入しろ!!春日と太宰府にも通達を出せ!!」
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