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第462章『叫んだ名前』
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第462章『叫んだ名前』
「先任、確認お願いします!」
「今行く!!」
タカコの働きにより防壁の破壊という脅威は去り、沖合で睨み合いと散発的な戦闘を続けていた侵攻艦隊も遂に白旗を掲げた様子だと、先程伝達の為にやって来たカタギリから聞かされた。これからの事はどうなっているのか、それよりもタカコに伝えて欲しい事が有ると話し出そうとした敦賀、しかしカタギリの方も仕事は幾らでも有るのか、
「悪い、後にしてくれ。直ぐに戻らないといけないんだ」
と、出掛かっていた敦賀の言葉を遮り、借り受けている海兵隊のトラックに乗って防壁の方向へと戻って行った。
大和側だけでなく、ワシントン側にとっても恐らくは未経験の事態の連続、本来であれば特殊作戦に従事し表舞台に出て来る事等殆ど無いであろう、タカコとその部下達の負担も心労も大きいだろう。それでも与えられた役目を粛々とこなす以外に道は無く、お互いにしんどいなと若干の同情と奇妙な連帯感を感じつつ、敦賀もまた自らの仕事へと戻っていく。
陸軍は引き続き海兵隊基地と市街地を隔てる柵の警備に当たっており、そちらは横山が陣頭指揮を執っている。高根は基地の敷地をどの様にワシントン軍上陸部隊に割り当てるのかという作業に忙殺されており、副長と黒川はその上に立ち、政府との連絡とタカコとの折衝という二つの面倒事を分担しつつも同時進行で進めている。敦賀自身は他の士官や下士官達と共に海兵を振り分けて雑務に当たらせ、そんな調子で誰もかれもが様々な役目に忙殺され、海兵隊基地本部棟前に移設された前線指揮所は、時折怒号すら飛ぶ殺気立った空気に満ちていた。
高根も黒川も副長も敦賀も、指揮所を出たり入ったりと忙しない事この上無く、喩え椅子に腰を下ろしてもそこを数分も温める事すら出来ず、夫々が個別にすれ違い顔を合わせる事は有っても言葉を交わす余裕すら無く、全員が揃う事も無い。頭数だけは揃っている大和陣営ですらこうなのだ、自分と部下達と、合流したワシントン兵のみで事に当たっているワシントン陣営――、その筆頭たるタカコの多忙さは想像を絶するな、と、再び飛んで来た指示を求める声に言葉を返しながら、敦賀はそんな風に考えた。
この事態が今後どんな趨勢を辿るのか、敦賀自身今は見当もつかない。タカコと今後の話をしなければならないのは当然だが、その機会を得る為にも先ずは目の前の事を一つずつ片付けて行くしかないのだが、それがいつ終わるのかすら全く見えない。タカコがこちらへとやって来る事が有ればまた話も多少は違うのだが、タカコ自分も持ち場を離れる余裕は欠片も無いともなると、流石に若干気が滅入ってしまう。
「先任、大丈夫か。随分と疲れた顔をしてるが」
「……総監」
「山間部での戦闘から戻って直ぐにこの状態だ、しんどいとは思うが何とか持ち堪えてくれ」
「はい、その点については。他の皆も必死でやってます、自分が気を抜くわけにはいかんでしょう」
少し外の空気を吸うかと指揮所の天幕を出て百m程防壁側に向かって歩きながら首と肩をゴキゴキと鳴らす敦賀、その彼の姿を見付け、黒川が近寄って来て声を掛ける。昔からの腐れ縁という二人の仲を知らない海兵も少なくはなく、お互いの立場に配慮し他人行儀な会話を交わしながら、二人は並んで立ち遥か前方に薄らと見える第一防壁の方へと視線を向けた。
「……タカコと話、出来たのか」
「……いや、山間部で合流した時にも戻って来てからも、落ち着くどころか息吐く暇も無ぇ、あいつがホーネットで対馬区に出て行く寸前に、戻って来たら話が有るって事だけ伝えはしたがよ」
「どうにか機会見つけて、お前の気持ちも親父さんの気持ちも伝えてやれよ……そうでなきゃ」
「……ああ、分かってる」
タカコが知っているのは、離脱する前迄の事だけ。彼女が消えてから、副長の考えが変わり彼女を受け入れる様に、彼女に謝罪をしたいと考える様になっている事は知らない。それさえ伝えれば、きっと事態は好転する、任務の為に一時帰国は仕方の無い事だとしても、その後はこの国に、敦賀の側へと戻って来てくれる、そう思いたい。
その為には何をどうしてでもタカコと話す機会を持たなければならない、それが出来ないままでは、彼女は恐らく二度とこの国へと戻って来る事は無いだろう。
「……フられたってのに、随分とまだ執着してるみてぇだな」
「嫌味を言う様になったねぇ、この童貞小僧が……当り前だろうよ、男としてどうこうってのはもう諦めたがな、軍人としてはあんな人材は手放せねぇだろ。例え他国軍の指揮官だったとしても、彼女から得られる事は幾らでも有るからな。それに、男だ女だ関係無しに、俺はあいつを人間として大好きだぜ?あんなブッ飛んだ友達なんか、なかなか得られねぇからな」
「……そうか」
「……ああ、そうだ」
強がりが微塵も無いとは思わない、黒川自身、そうやって言葉にする事で自分を納得させようとしている面も多分に有るのだろう。それでも、そこに『嘘』は無い、その事だけは敦賀にも充分に伝わり、二人の間には何とも言えない奇妙な、それでいて柔らかな空気が、僅かばかりの間ではあるが漂っていた。
「さて……また仕事に戻るかね」
「ああ……しかし、いつ迄続くのかと思うと気が重くなるな」
「そりゃ俺もだが、やるしかねぇだろ」
「……だな」
そんな事を言い合いながら踵を返し天幕の方へと向かって戻り始める二人、直後、その背後から聞こえて来たトラックの走る音に、随分と急いでいる様子だが何か有ったのかと顔を見合わせ、揃って振り返る。
走って来たのはワシントン側へと貸し出しているトラック、凄まじい速度でこちらへと突っ込んで来る様子に只ならぬ気配を感じ二人は俄かに殺気立つ。それは聊かも速度を緩める事無く本部棟へと向かって突っ込んで行き、それが二人の真横を通過した刹那、車体から小さな人影が飛び降り、敦賀へと向かって飛び付き彼を地面へと押し倒す。
それと同時に周囲に響き渡ったのは、一発の銃声と、黒川の叫びだった。
「アリサ――!!」
「先任、確認お願いします!」
「今行く!!」
タカコの働きにより防壁の破壊という脅威は去り、沖合で睨み合いと散発的な戦闘を続けていた侵攻艦隊も遂に白旗を掲げた様子だと、先程伝達の為にやって来たカタギリから聞かされた。これからの事はどうなっているのか、それよりもタカコに伝えて欲しい事が有ると話し出そうとした敦賀、しかしカタギリの方も仕事は幾らでも有るのか、
「悪い、後にしてくれ。直ぐに戻らないといけないんだ」
と、出掛かっていた敦賀の言葉を遮り、借り受けている海兵隊のトラックに乗って防壁の方向へと戻って行った。
大和側だけでなく、ワシントン側にとっても恐らくは未経験の事態の連続、本来であれば特殊作戦に従事し表舞台に出て来る事等殆ど無いであろう、タカコとその部下達の負担も心労も大きいだろう。それでも与えられた役目を粛々とこなす以外に道は無く、お互いにしんどいなと若干の同情と奇妙な連帯感を感じつつ、敦賀もまた自らの仕事へと戻っていく。
陸軍は引き続き海兵隊基地と市街地を隔てる柵の警備に当たっており、そちらは横山が陣頭指揮を執っている。高根は基地の敷地をどの様にワシントン軍上陸部隊に割り当てるのかという作業に忙殺されており、副長と黒川はその上に立ち、政府との連絡とタカコとの折衝という二つの面倒事を分担しつつも同時進行で進めている。敦賀自身は他の士官や下士官達と共に海兵を振り分けて雑務に当たらせ、そんな調子で誰もかれもが様々な役目に忙殺され、海兵隊基地本部棟前に移設された前線指揮所は、時折怒号すら飛ぶ殺気立った空気に満ちていた。
高根も黒川も副長も敦賀も、指揮所を出たり入ったりと忙しない事この上無く、喩え椅子に腰を下ろしてもそこを数分も温める事すら出来ず、夫々が個別にすれ違い顔を合わせる事は有っても言葉を交わす余裕すら無く、全員が揃う事も無い。頭数だけは揃っている大和陣営ですらこうなのだ、自分と部下達と、合流したワシントン兵のみで事に当たっているワシントン陣営――、その筆頭たるタカコの多忙さは想像を絶するな、と、再び飛んで来た指示を求める声に言葉を返しながら、敦賀はそんな風に考えた。
この事態が今後どんな趨勢を辿るのか、敦賀自身今は見当もつかない。タカコと今後の話をしなければならないのは当然だが、その機会を得る為にも先ずは目の前の事を一つずつ片付けて行くしかないのだが、それがいつ終わるのかすら全く見えない。タカコがこちらへとやって来る事が有ればまた話も多少は違うのだが、タカコ自分も持ち場を離れる余裕は欠片も無いともなると、流石に若干気が滅入ってしまう。
「先任、大丈夫か。随分と疲れた顔をしてるが」
「……総監」
「山間部での戦闘から戻って直ぐにこの状態だ、しんどいとは思うが何とか持ち堪えてくれ」
「はい、その点については。他の皆も必死でやってます、自分が気を抜くわけにはいかんでしょう」
少し外の空気を吸うかと指揮所の天幕を出て百m程防壁側に向かって歩きながら首と肩をゴキゴキと鳴らす敦賀、その彼の姿を見付け、黒川が近寄って来て声を掛ける。昔からの腐れ縁という二人の仲を知らない海兵も少なくはなく、お互いの立場に配慮し他人行儀な会話を交わしながら、二人は並んで立ち遥か前方に薄らと見える第一防壁の方へと視線を向けた。
「……タカコと話、出来たのか」
「……いや、山間部で合流した時にも戻って来てからも、落ち着くどころか息吐く暇も無ぇ、あいつがホーネットで対馬区に出て行く寸前に、戻って来たら話が有るって事だけ伝えはしたがよ」
「どうにか機会見つけて、お前の気持ちも親父さんの気持ちも伝えてやれよ……そうでなきゃ」
「……ああ、分かってる」
タカコが知っているのは、離脱する前迄の事だけ。彼女が消えてから、副長の考えが変わり彼女を受け入れる様に、彼女に謝罪をしたいと考える様になっている事は知らない。それさえ伝えれば、きっと事態は好転する、任務の為に一時帰国は仕方の無い事だとしても、その後はこの国に、敦賀の側へと戻って来てくれる、そう思いたい。
その為には何をどうしてでもタカコと話す機会を持たなければならない、それが出来ないままでは、彼女は恐らく二度とこの国へと戻って来る事は無いだろう。
「……フられたってのに、随分とまだ執着してるみてぇだな」
「嫌味を言う様になったねぇ、この童貞小僧が……当り前だろうよ、男としてどうこうってのはもう諦めたがな、軍人としてはあんな人材は手放せねぇだろ。例え他国軍の指揮官だったとしても、彼女から得られる事は幾らでも有るからな。それに、男だ女だ関係無しに、俺はあいつを人間として大好きだぜ?あんなブッ飛んだ友達なんか、なかなか得られねぇからな」
「……そうか」
「……ああ、そうだ」
強がりが微塵も無いとは思わない、黒川自身、そうやって言葉にする事で自分を納得させようとしている面も多分に有るのだろう。それでも、そこに『嘘』は無い、その事だけは敦賀にも充分に伝わり、二人の間には何とも言えない奇妙な、それでいて柔らかな空気が、僅かばかりの間ではあるが漂っていた。
「さて……また仕事に戻るかね」
「ああ……しかし、いつ迄続くのかと思うと気が重くなるな」
「そりゃ俺もだが、やるしかねぇだろ」
「……だな」
そんな事を言い合いながら踵を返し天幕の方へと向かって戻り始める二人、直後、その背後から聞こえて来たトラックの走る音に、随分と急いでいる様子だが何か有ったのかと顔を見合わせ、揃って振り返る。
走って来たのはワシントン側へと貸し出しているトラック、凄まじい速度でこちらへと突っ込んで来る様子に只ならぬ気配を感じ二人は俄かに殺気立つ。それは聊かも速度を緩める事無く本部棟へと向かって突っ込んで行き、それが二人の真横を通過した刹那、車体から小さな人影が飛び降り、敦賀へと向かって飛び付き彼を地面へと押し倒す。
それと同時に周囲に響き渡ったのは、一発の銃声と、黒川の叫びだった。
「アリサ――!!」
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