大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第461章『勘違い』

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第461章『勘違い』

 大和という国体の勃興以来、公式には初めて他国軍が上陸した。その報は海兵隊本部棟に設置された指揮所を通して中央――、京都へと齎され、内閣を始めとした関係各所は俄かに大騒ぎの様相を呈する事となった。内閣内では即座に交渉の為の人選が始められ、関係省庁、特に軍の上層部や三軍省へと招集が掛かり、前代未聞の事態にこれから国体としてどう対応して行くのかその協議が始まろうとしていた頃、現場である博多もまた、何処もかしこも慌ただしい空気に包まれていた。
 合同総司令であるテイラーは未だ上陸には至らず、全権を委任されたままのタカコが副長と折衝し、第一防壁前の敷地を確保し上陸部隊の受け入れ準備を整えていく。大和との戦闘をする腹積もりは無い事を明確にする為に、兵器の持ち込みを最小限に止める為にテイラーとの無線連絡もこなさなければならず、タカコとその部下達は多忙を極めている。その状態では折衝に立つ立場でも階級でもない敦賀は言うに及ばず、立場も階級も充分であり実際に折衝の相手である筈の副長ですら、仕事の話でさえ持ち掛けるのに難渋する状態が数時間は続いていた。高根も黒川もそれは変わらず、本来の自分達の仕事である陸軍や海兵隊内での取り纏めや下令も有り、夫々がタカコの事を気にしつつも自らの職務に追われている。
 そんな中、司令部との無線連絡を終え流石に一息吐こうかとポケットから煙草を取り出したタカコに向かって、また何処かから指示を求める声が飛んで来た。
『司令!ホーネットは何機来る予定なんですか?駐機場所はどの程度確保――』
『だから!それはまだ不明だと言っただろうが!今し方漸く侵攻艦隊から白旗が上がったんだぞ!本隊が今そんな事に構ってられる状態じゃないのが分からんか!!どうせ防壁前には何の建造物も無いんだ、広めに確保しておけば良い!!』
 司令――、ワシントン軍の他の部隊の兵士も暫定的に指揮下に入っている事から、部下達も普段の『ボス』という砕けた言葉は使わず、本来の役職でタカコを呼ぶ。その彼等の言葉に若干の疲れと苛立ちを以て応えながら、いい加減少し休憩させてくれと、タカコは咥えた煙草に火を点けて椅子へとどかりと腰を下ろした。
 ホーネットの駐機、駐屯時に兵士が生活したり会議等に使う用の天幕、それを設置する場所の確保。人員の輸送にはホーネットだけではなく車両も使用するだろうから、接岸の許可を大和側から得て揚陸艦を接岸させ、車両も下ろさなければならない、ああ、それならば車両を駐車しておく場所の確保もか――、やらなければならない事が多過ぎる。本来、自分達はこんな風に表立って繋ぎを付ける様な任務に就く事は無い。正規部隊にやらせるには危険過ぎる、また汚過ぎる仕事を隠密裏にこなす事が本来の任務だ。それが本来の自分達の仕事なのにこれは何なんだ、流れで仕方無いとは言えど慣れない事だらけだとタカコは吐き捨てつつ、肺腑へと煙を思い切り吸い込んで吐き出した。
 ただ、この忙しさが危惧していた事態――、敦賀や副長の接触を遠ざけてくれている、その事だけは助かった、と、正直そう思わずにはいられない。この状態が続いてくれれば、時機を見てどさくさに紛れ艦隊へと引っ込み、そのまま接触を完全に絶つ事はそう難しくはないだろう。
 話が有る、と、そう言った敦賀、それに曖昧にでも答えた自分。彼との約束をまた反故にする事にはなるが、副長と交わした約束の方が重いのだ、すまないとは思うものの、彼の言葉の通りにするわけにはいかないだろう。
 そうやって艦隊の帰国に同乗して自らも帰国し、その後は――、そこ迄考えてタカコは大きく息を吐きながら、雲一つ無い空を見上げて目を細める。
 三年近く任務に就き、常に気を張り続けて来た。辛かった事ばかりではなく、楽しかったと、幸せだったと言い切れる思い出もそれなりに有るが、それでも『疲れた』というのが正直なところだった。この後は暫く軍の仕事は断り、民間企業としても仕事を絞り部隊全員好き勝手にのんびりさせてもらおうか。軍から降りる金は当然減るが、それでも三年分の俸給は手付かずで残っているし、手堅い投資に回している分もそれなりの利子が付いている筈だ、一年程度は何もせずにいても部隊全員生活には困るまい。
 もう当分の間国から出る事も無いだろうから、犬を飼うのも良いかも知れない。小型犬は潰してしまいそうで怖いしキャンキャンという鳴き声があまり好きではないから、軍用犬サイズの大型犬を多頭飼育してみようか――、そんな事をぼんやりと考えていると、さあ休憩はもう終わりにしてくれと言わんばかりの、追い立てるかの様な部下の声が飛んで来た。
『ボ……失礼しました、司令、これの件なんですが――』
『分かった分かった、休憩はもう終わりだ。で?』
『はい、こちらの――』
 駆け寄って来たのは制圧艦隊から合流しして来たジョシュ・ケイジ、彼が持って来た書類を受け取り目を通しながら、タカコは彼に向かって口を開く。
『ああ、そうだ、本部棟屋上に配置してる人間はもう降ろして良い。市街地からの攻撃は途絶えているし、海兵隊や陸軍の中に残存している斥候が動く気配も無い、こっちに合流させて作業に入らせろ』
 市街地から基地へと戻って来た時に見た、海兵達基地本部棟屋上にいた、狙撃銃を持ち自分達と同じ迷彩模様の戦闘服を来た兵士。ケイジ達と共にやって来て警戒の為に屋上へと上がっているのであろう人物についてタカコがケイジへと命令すれば、返って来たのは何とも理解し難い反応だった。
『……え、屋上って……制圧艦隊から来たのは、俺達だけですけど。チスネロス達と一緒に侵攻艦隊の方から来た奴じゃないんですか?』
『あ?俺達がどうかしたか?』
『いや、司令が本部棟の屋上に配置されてる奴を下に降ろせって言ってるんだが、お前等と一緒に来た奴か?誰だ?』
『いや、俺達は知らんぞ。だいたい、追跡受けつつ先行してたホーネットを追ってたんだ、途中で人間を降ろす余裕なんか――』
 その会話を最後迄聞かずにタカコは走り出す。向かった先は大和海兵隊のトラックの運転席、只ならぬ様子を察知した部下数人が続いて助手席と荷台へと飛び乗り、彼女はそれにすら一瞥もくれる事無く、急発進させ走り出した。
『ボス!?どうしたんです!?』
『見誤ってた!!ヨシユキだ!!』
『は!?』
『屋上にいた奴だ!!奴は特等席で見るつもりなんだ!!』
『何をですか!?』
『私の目の前で敦賀を殺して、それを全部見届けるつもりなんだよ!!だから奴はあそこにいた!!』
 省略し過ぎていて直ぐには飲み込めないタカコの言葉、それでもヨシユキという単語に全員が纏う空気が瞬時にして変わり、車内と荷台に漂う空気は瞬く間に何とも言えない殺気に満ち満ちる。
 敦賀は今は確か本部棟の近くの屋外へと移された指揮所にいる筈だ、間に合え、どうか間に合ってくれ、そう祈りながら、タカコは更に踏み込んで速度を上げ、トラックを本部棟の方角へと向かわせた。
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