大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第466章『合衆国の意志』

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第466章『合衆国の意志』

 深夜の国防総省、その中の統合参謀本部エリアの一室で、ウォルコットは眼鏡を外し目頭を揉みながら深く溜息を吐く。
 描いた計画は最終段階へと進み、今現在は国防長官と大統領の最終的な決断を待っているところだ。
 三年という月日と、莫大な予算と兵員を投入した計画、それだけではない、多くの命も喪った。そんな中で、計画の要だったタカコ・シミズという人物と彼女が率いる部隊の生還は喜ばしい事ではあったものの、やはり無傷とはいかず、済州島への着陸は叶わずエリア・ツシマへと不時着した際には同行していた部下を全員喪うという悲劇に見舞われ、その中には優秀な副官であり参謀でもあった彼女の夫も含まれていたと、彼女自身から報告を受けた時には、流石にかける言葉が見つからなかった。
 そうして慌ただしく任務の成果の報告へと入り、その流れのままに彼女を国防長官を含めた政府高官の前に晒す事となってしまい、しくじったなと冷静に判断しつつ、同時に彼女へ対しても申し訳無い、そう思った。
 本来であれば全て直属の上官たる自分が報告を受け、対外的なプレゼンは全て引き受けようと思っていたものの、マクマーンと軍内部の彼の支持者達の起こした謀叛は到底看過も容認も出来るものではなく、結果的に軍全体に対して疑惑の念を持たれる事となった。そして、透明性を確保する為にという名目で、彼女自身の口から直接各方面に対しての報告を行う事と、そう通達された。
 軍という世界しか知らない人間は、往々にして馬鹿正直過ぎ口下手で、事を取り繕ったり政治的な空気を呼んだりといった行為は不得手な者が多い。タカコに対しても同様の懸念を抱き、彼女の発言によって事態が悪く運ぶ事を懸念していたウォルコットだったが、それは、意外にも彼女のここ数年間の生活によって救われる事となった。
 表向きには下野し民間企業の代表の体をとっていたタカコ、その生活の中で幅広い層の人間と接し、中にはマフィアといった一筋縄ではいかない裏の世界の人間も多かったと聞いている。無論、本来の素質も多分に在った事に違いは無いが、それでもそんな人間達との関わりの中で得た経験が、怪物の巣窟である政府機関の人間との丁々発止の遣り取りが出来るだけのスキルを、彼女に身に付けさせた。
 立場を弁えそこから外れる事はせず、それでいてきっちりと要求を出しつつ、突かれたくないところは然り気無く隠し、相手の注意を巧妙に、そして絶妙のタイミングでそこから逸らす。まるで老練の政治家の様だとウォルコットですら内心驚いた彼女の振る舞いと物言いは、軍にとって、そしてウォルコットにとって満足の出来る結果を導き出そうとしている。
 しかし、それで補ったとしてもタカコの本来の立場を考えればやはり負担は大き過ぎ、一度は会議の場で脳貧血で倒れて入院騒ぎになった事も有る。それでも尚彼女が一歩も退かずに矢面に立ち続けているのは、任務だから、役目だからという事だけではなく、恐らくは、大和人と友好的な関係を築き、良き友人となる事が出来ているからなのだろうなとそう思えた。
 タカコは情に流される人間ではないが、それと同時に義と道理を重んじる真摯で実直な人格である事も知っている。任務と友情、その両立が可能である、実現させられる、そう思っているからこそ彼女は今、独りで、そして必死に戦っているのだろう。
 以前なら、そんな彼女の隣には常に寄り添う夫の姿が在った。跳ね馬という言葉も生易しく思える程のタカコの手綱取りに四苦八苦し、それでいて深く、深く己の妻を愛していたタカユキ。タカコもまた彼を深く愛し、互いを慈しみ合うあの姿は、夫婦としての理想の体現の一つだとすら思えたのに、自らが下した命令での作戦行動下で彼を喪う事になるとはと、そう考えると何とも言えない気持ちが込み上げて来る。
 良き友人となった大和人達との未来の為に戦っているタカコ、その彼女の側に、タカユキと同じ様に寄り添ってくれる存在が今後現れてくれれば良いが、そう祈らずにはいられない。
 そうすれば、未だに失意の中に在るのであろうタカコの心痛も和らぐだろう。そして、タカユキとは同じではなくとも、また新たな幸せと安らぎを得、その中で穏やかな気持ちで生きられる様になるかも知れない。
「……しかし、それも全ては大統領の御決断次第、だな……」
 最終的な結論は一両日中に出されるだろうと、今朝国防長官と大統領への最終の報告を終えた際にそう通達された。それからこうして自らの執務室で『その時』を待ち続けているものの、未だに吉報も凶報も無い。一体いつ迄こうして待ち続ければ良いのか、焦燥感ばかりが心の中に積もっていく時間をどれだけ過ごしたのか、机上の電話が鳴ったのは、夜明けも程近い時間の事。
「はい、ウォルコットです。はい……はい、ええ」
 国防長官が連絡をして来ると思っていたが、相手は大統領本人。その事に内心驚きはしたものの表には出さず、努めて冷静を振る舞いながらウォルコットは彼の言葉に返事をし、質問に答えを返す。
 その時間がどれ程経過したのか、待ちに待った最終結論が告げられた時、思わず拳を強く握り締めていた。
「はい、それでは失礼します……大統領、有り難う……御座いました」
 静かに、静かに受話器を置き、その後はどさり、と、音を立てて椅子へと身体を沈め込む。右手で目頭を揉みながら机上の釦へと手を伸ばしそれを押せば、隣室に控えていた部屋付きの士官が
「失礼します……如何でしたか」
 と、ノックと共に入室して来てそう尋ねた。
「……Providence司令を、今直ぐ呼び出してくれ……大統領の御決断が有ったと」
「は、了解です」
「……それと」
 ウォルコットの言葉を受けて隣室へと戻ろうと踵を返す士官、それに、ウォルコットは言葉を続けた。

「……お前の、部下達の三年間の苦労が報われたと、おめでとう、そして、有り難うと……そう伝えてくれ」

 それは、『ワシントン合衆国』そのものの意志と見做される人間が大和との平和的同盟締結を決定した、その瞬間だった。
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