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第476章『丁々発止』
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第476章『丁々発止』
波乱万丈な軌跡を辿り生きて帰国する事が出来た、それは凄まじい幸運には違い無いが、その後復帰した軍人としての職務に於いては平和と穏当を望んでいたのに、この空気だけは頂けないな、金子はそんな風に考えながら、左手に大和陣営の高官三人、右手にワシントン陣営の高官二人が揃い双方何とも物々しい空気を纏い放っているのを見詰めながら、人知れず溜息を吐く。
自分が行方不明になり死亡宣告を受けた数年間の間に、妻が他の男と再婚していた、それは構わない、仕方の無い事だ。そして、金子家の資産を全て相続していた、それも法的に見て当然の事だろう。生還し戸籍も復帰したのだから、再婚は仕方が無いにしても資産は返して欲しいと言った金子に対して妻が拒否の姿勢を示し、裁判沙汰になってしまっているのも、まぁしょうがない。時間は掛かるし全ては無理だろうが、取り戻せる可能性は高いし、殉職扱いになり二階級特進し准将となった階級は復帰後もそのままだから、今後はそれを頼りに地道に稼げば良いだけの話だ。救いが有るとすれば、継父との折り合いが悪いという娘と息子が、今後は金子と暮らす事を望んでいる事だろうか。
そんな風に、個人的な事の方が余程修羅場じみている金子の近況だが、現在の彼の気を重くしているのはそんな些末な事ではなく、目の前で繰り広げられている静か且つ熾烈な戦い。未だに口火は切られてはいないものの、どちらも厳しい面持ちと硬い態度を崩さない。双方の覇気に中てられて若干げっそりとなりつつも誰かが話し出すのを待っている金子の前で、最初に口を開いたのは黒川だった。
「金子准将、これからの遣り取り全て、どちらに対しても一切誤魔化しはせず、双方の言葉を全て相手に伝えて下さい」
「了解です」
黒川の声音は思いの外穏やかで、表情も黒川のし方迄とは打って変わって笑みが浮かべられている。それでもその奥に何とも言えない覚悟や気迫といったものが薄らと除き、金子はそれを見ながら
(とんでもない事になるな……話題は分からんが)
そう思いつつ、黒川の言葉に了承の旨を返す。
「今日は忙しい中お時間を割いて頂いて有り難う御座います、二国間の軍事的交渉の最前線に立つ者同士、一度方向性の確認をしておきたいと思いましてね」
黒川の口から流れ出る言葉、それが終わるのを待ち金子がテイラー達へと伝えれば、こちらもまた先程迄の険しい雰囲気は何処へやら、力強さを感じさせつつも柔和な笑みを浮かべ、相手へと言葉を返した。
『そうですね、双方の国内の事情や処理に掛かりきりで、合同教導団についての話し合いも殆ど進んでいない状況ですから。一度実務レベルの責任者同士で話をしたいとは我々も思っていたところなので、丁度良かったです』
「そうですか。それで、早速なんですが、合同教導団の創設に関しまして、一つ提案と言いますか大和側から、いえ、我々三人からのお願いが有りましてね」
『お願い、と言いますと?』
「はい、大和側もワシントン側も、正規軍の通常部隊の中から兵員を選抜し訓練を行い、その後は名称の通りに教導部隊としての運用を行うだけではなく、特殊部隊を新規編成しそちらへの転用を行う場合も有ると思います」
『そうですね。我々の方も特殊な状況や危険な状況へと投入出来る部隊については育成は急務だと考えていますし、その点については大和も同じでしょうから、異論は全く有りません』
「はい。しかし、大規模部隊での運用を常としているのはお互いに同じだと思いますので、臨機応変と言いますか、様々な状況への即応に慣れているかと言われれば、自信を持って肯定出来る状態ではないと思います。そこでですね……、外部から、助言役を招聘出来ないかと思いまして」
『アドバイザーですか?それはいれば心強いですが……そんな人材に心当たりが?』
テイラーのその言葉は尤もなものだろう。大和には大和の得意分野が有るとは言え、総合的に見て軍事力も技術力もワシントンとは比べるべくも無く低い。そんな状況の中で人材の招聘を言い出すとは当てが有るのか、何を考えているのかとテイラーとグレアムの顔に警戒の色が滲んだ瞬間、黒川はそれを見逃さずに、いつもの笑顔を浮かべたまま口を開く。
「ええ、ワシントン軍統合参謀本部直轄特殊部隊『Providence』司令、タカコ・シミズ陸軍大佐ですよ。彼女と、その部下の皆さんに、助言役として計画に参加して頂きたいんです」
金子自身もテイラーの口から軽くではあるものの彼女の話は聞いた事が有る。しかし黒川も、そして様子を見るに高根や副長もその事について自分よりも詳細に把握しているらしいと内心驚く金子、その彼と、無言のままで険しい顔付きに戻ってしまったワシントン人二人を前に、畳み掛ける様にして黒川は続けた。
「あなた方お二人の立場だ、認めるわけにはいかないのは分かっています、私も立場が逆ならそうするでしょう。しかし、こちらにもこちらの事情と意地が有ります。結果的に友好的な関係を築けたからこそ問題視はしていませんが、我々の国で外国人が自分達の都合で勝手な事をやっていた落とし前……つけて、頂けませんか」
ここで、黒川の顔からも笑みが消えた。金子がテイラー達へと内容を伝え終えた後に訪れたのは重苦しい沈黙と双方から立ち昇る殺気立った覇気、肌を激しく打つ様なビリビリとした不穏当な空気の中、どちらが次の言葉を吐き出すのか、金子はじっとりとした嫌な汗を掻きながら、それだけを静かに待っていた。
波乱万丈な軌跡を辿り生きて帰国する事が出来た、それは凄まじい幸運には違い無いが、その後復帰した軍人としての職務に於いては平和と穏当を望んでいたのに、この空気だけは頂けないな、金子はそんな風に考えながら、左手に大和陣営の高官三人、右手にワシントン陣営の高官二人が揃い双方何とも物々しい空気を纏い放っているのを見詰めながら、人知れず溜息を吐く。
自分が行方不明になり死亡宣告を受けた数年間の間に、妻が他の男と再婚していた、それは構わない、仕方の無い事だ。そして、金子家の資産を全て相続していた、それも法的に見て当然の事だろう。生還し戸籍も復帰したのだから、再婚は仕方が無いにしても資産は返して欲しいと言った金子に対して妻が拒否の姿勢を示し、裁判沙汰になってしまっているのも、まぁしょうがない。時間は掛かるし全ては無理だろうが、取り戻せる可能性は高いし、殉職扱いになり二階級特進し准将となった階級は復帰後もそのままだから、今後はそれを頼りに地道に稼げば良いだけの話だ。救いが有るとすれば、継父との折り合いが悪いという娘と息子が、今後は金子と暮らす事を望んでいる事だろうか。
そんな風に、個人的な事の方が余程修羅場じみている金子の近況だが、現在の彼の気を重くしているのはそんな些末な事ではなく、目の前で繰り広げられている静か且つ熾烈な戦い。未だに口火は切られてはいないものの、どちらも厳しい面持ちと硬い態度を崩さない。双方の覇気に中てられて若干げっそりとなりつつも誰かが話し出すのを待っている金子の前で、最初に口を開いたのは黒川だった。
「金子准将、これからの遣り取り全て、どちらに対しても一切誤魔化しはせず、双方の言葉を全て相手に伝えて下さい」
「了解です」
黒川の声音は思いの外穏やかで、表情も黒川のし方迄とは打って変わって笑みが浮かべられている。それでもその奥に何とも言えない覚悟や気迫といったものが薄らと除き、金子はそれを見ながら
(とんでもない事になるな……話題は分からんが)
そう思いつつ、黒川の言葉に了承の旨を返す。
「今日は忙しい中お時間を割いて頂いて有り難う御座います、二国間の軍事的交渉の最前線に立つ者同士、一度方向性の確認をしておきたいと思いましてね」
黒川の口から流れ出る言葉、それが終わるのを待ち金子がテイラー達へと伝えれば、こちらもまた先程迄の険しい雰囲気は何処へやら、力強さを感じさせつつも柔和な笑みを浮かべ、相手へと言葉を返した。
『そうですね、双方の国内の事情や処理に掛かりきりで、合同教導団についての話し合いも殆ど進んでいない状況ですから。一度実務レベルの責任者同士で話をしたいとは我々も思っていたところなので、丁度良かったです』
「そうですか。それで、早速なんですが、合同教導団の創設に関しまして、一つ提案と言いますか大和側から、いえ、我々三人からのお願いが有りましてね」
『お願い、と言いますと?』
「はい、大和側もワシントン側も、正規軍の通常部隊の中から兵員を選抜し訓練を行い、その後は名称の通りに教導部隊としての運用を行うだけではなく、特殊部隊を新規編成しそちらへの転用を行う場合も有ると思います」
『そうですね。我々の方も特殊な状況や危険な状況へと投入出来る部隊については育成は急務だと考えていますし、その点については大和も同じでしょうから、異論は全く有りません』
「はい。しかし、大規模部隊での運用を常としているのはお互いに同じだと思いますので、臨機応変と言いますか、様々な状況への即応に慣れているかと言われれば、自信を持って肯定出来る状態ではないと思います。そこでですね……、外部から、助言役を招聘出来ないかと思いまして」
『アドバイザーですか?それはいれば心強いですが……そんな人材に心当たりが?』
テイラーのその言葉は尤もなものだろう。大和には大和の得意分野が有るとは言え、総合的に見て軍事力も技術力もワシントンとは比べるべくも無く低い。そんな状況の中で人材の招聘を言い出すとは当てが有るのか、何を考えているのかとテイラーとグレアムの顔に警戒の色が滲んだ瞬間、黒川はそれを見逃さずに、いつもの笑顔を浮かべたまま口を開く。
「ええ、ワシントン軍統合参謀本部直轄特殊部隊『Providence』司令、タカコ・シミズ陸軍大佐ですよ。彼女と、その部下の皆さんに、助言役として計画に参加して頂きたいんです」
金子自身もテイラーの口から軽くではあるものの彼女の話は聞いた事が有る。しかし黒川も、そして様子を見るに高根や副長もその事について自分よりも詳細に把握しているらしいと内心驚く金子、その彼と、無言のままで険しい顔付きに戻ってしまったワシントン人二人を前に、畳み掛ける様にして黒川は続けた。
「あなた方お二人の立場だ、認めるわけにはいかないのは分かっています、私も立場が逆ならそうするでしょう。しかし、こちらにもこちらの事情と意地が有ります。結果的に友好的な関係を築けたからこそ問題視はしていませんが、我々の国で外国人が自分達の都合で勝手な事をやっていた落とし前……つけて、頂けませんか」
ここで、黒川の顔からも笑みが消えた。金子がテイラー達へと内容を伝え終えた後に訪れたのは重苦しい沈黙と双方から立ち昇る殺気立った覇気、肌を激しく打つ様なビリビリとした不穏当な空気の中、どちらが次の言葉を吐き出すのか、金子はじっとりとした嫌な汗を掻きながら、それだけを静かに待っていた。
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