大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
77 / 102

第477章『大博打』

しおりを挟む
第477章『大博打』

『何を……言っているのか、我々にはさっぱり――』
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。我々大和軍は、あなた方ワシントン正規軍と博多沖に突如として現れた侵攻艦隊、そして、シミズ大佐が同一の組織に属する存在だという確証を得ています」
 先に口を開いたのはテイラー、その言葉が終わるのを待ち通訳をしようと構えていた金子に先んじて、テイラーの言葉が理解出来ている筈の無い黒川が口を開く。応接机の上に乗っていた書類の山へと手を伸ばし、その中の一束を手に取りテイラー達へと向けて中身を示しながら、身体を起こし浅く座り直し、ずい、と、上半身を乗り出して見せた。
「こちらがあなた方ワシントン軍正規軍の兵器の写真です。ホーネットは、兵装だけではなく塗装も侵攻艦隊と全く同じ、この二枚の写真に、何か違いが有りますか?そして、塗装こそ違っていましたがシミズ大佐とその部下が乗り込み最後の戦闘を行っていた機体も、兵装は全く同じでした。こちらがその写真です」
 言葉と共に机上に並べられていく写真の数々、いつの間に撮られていたのか、そう思ったテイラー達が僅かに険を深くし口元を歪めるのを見て薄く笑いながら、この機会を逃すものかとばかりに、黒川は畳み掛ける様に言葉を続ける。
「写真だけではありません、博多郊外の山中にホーネットが数機墜落しています、いずれも侵攻艦隊の指揮下に在ったと思われるものです。その残骸や積載されていた兵器も回収して精査しましたがその全てに『U.S.A.F』の刻印や印字が有りました……United States Armed Forces、合衆国軍、とね。そして、これは我々大和軍がシミズ大佐を保護した時に彼女が搭乗していたと思われる機体と、そこから回収された各種の兵器の写真です。こちらにも、全く同じ文字が刻印されていましたよ」
 三年前、タカコを保護した際とその後に、高根の命令の下海兵隊の手により対馬区に散らばった残骸は可能な限り回収され、それは詳細に纏められ、それ等を記した資料は総司令執務室の金庫の中で厳重に保管されて来た。軍人としての当然の行動だが、ワシントン側としては格下の相手と見ていた大和側がそこ迄周到に立ち回っているとは考えていなかったのか、次々と提示される写真とそれに続く金子の通訳に、流石に動揺の色をその顔に浮かべ始める。
 タカコは兵器が押収された事は当然知ってはいたが、目録についても彼女の方から触れた事から考えても、資料や写真の存在についても理解していたのだろう。それでも、大和での自分の立場を守る為、そして、仮初めの口約束とは言えど、同盟相手たる大和軍の領分を尊重し黙認して来たに違い無い。
 対決姿勢をとる事になれば、その諸々の証拠はワシントン側にとっては致命的ですらあった。そこ迄周到に隠そうとしなかったのは、そして、こうして突き付けられる迄思い至らなかったのは、偏に大和という国とその国軍を格下と見ての事。
 そして、黒川はその事を、恐らくは大和軍に属する軍人の中で、誰よりも正確に理解していた。北米大陸を支配する巨大国家、そこが擁する強大な軍隊。そんな組織が、極東に存在する国力も貧弱と思しき小国の軍事力やそこが有する能力等、必要以上に重要視する筈が無い。黒川のその見通しは正鵠を射ていたという言葉ですら生温い程に的確で、ワシントンとの邂逅が現実のものとなった時、彼の採った行動は、三つの陣営の写真情報を可能な限り集める事だった。
 そうしてどんな些細な事でも情報を集めそれを蓄積しておけば、その後の交渉に於いて有利に働くであろう事は確実だった。事実、彼等は侵攻艦隊を正規軍の叛乱だとは認めず正体不明の勢力扱いし、自分達は大和の危機を救いに来た英雄なのだという絵図面を死守しようとしている。そして、同じ理由からタカコ達の部隊の介入やその存在すら認めず、交渉をワシントンに有利に運ぶ為に動いている。
 自分が彼等の立場なら、先程黒川はそう言ったがそれは本心であり、だからこそ、彼等が何をどう突っ込まれるのが一番嫌なのか、それも手に取る様に分かっていた。高根も副長も軍人としてずば抜けて有能ではあるものの、自分よりも余程実直で、こんな駆け引きには向いていない。それも分かっていたからこそ、この交渉が始まる前に黒川の口から二人へと
「今回の交渉、全て私に任せて欲しい、お願いします」
 と、そう言って頭を下げもした。
 これは自分の戦い、踏み止まる武力、それこそが大和陸軍の誇りなのだ――、黒川は自らにそう言い聞かせ、苦虫を噛み潰した様な面持ちになっているワシントン人二人へと向かって更に言葉を続ける。
「ホーネットの扱いに関して、ワシントン軍はどうやらまだそれ程練度が高まっている様子ではないですね、機体や兵装の真新しさから推察するにそれは間違い無いでしょう。開発され制式採用されたばかりの新兵器、侵攻艦隊がワシントン軍と何の関わりも無い正体不明の勢力なら、シミズ大佐とその部下達がワシントン軍と何の関わりも無いのなら……何故、最高機密と同等の扱いを受けているであろう最新鋭の兵器と全く同じものを、彼等は所有し運用していたんです?それとも、軍事機密が簡単に流出してしまう程、ワシントン軍の機密管理は杜撰だという事ですか?」
 その言葉を金子が通訳するが、表情と空気が重くなるばかりで反応は無い。それでも、相当に追い詰めた、王手迄は後少し、黒川は逸る気持ちを抑え努めて冷静に振る舞いながら、止めの一押しとなる言葉を吐き出した。

「認めなくても構いません、立場上出来ない事も理解します……ただ、少し考えてみて下さい。今は我々三人を含む極少数しか知らない、我々が所有するこの膨大な情報を、我が国の政府が……そして、国民が知ったとしたら……貴国が我が国で展開しようとしている政策や戦略は……どうなるんでしょうね?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...