大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第496章『二人きり』

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第496章『二人きり』

 在大ワシントン軍基地内の士官用食堂、会食用として用意された個室の中で、金子を通訳として高根と黒川、そしてテイラーが話に花を咲かせている。話題は数時間前に感動の再会を果たした二人について、テイラーの反応を見るにつけ話しておいた方が良さそうだと判断した二人の口から、出会いから別れ迄をざっと話したところ、テイラーはとても興味深そうにそれに聞き入っていた。
『ははぁ、そういう事でしたか。彼女をこの国へと引き戻そうとしていたのはそれも理由の一つですか』
「まあそうなりますね、彼女が最終的に帰国を選択したとしても、それならばきちんと話し合って別れの挨拶をしたかったですし、出来ればそうならずに我々二人の良き友人との将来を考えて欲しかったもので。この国にいた時は、色々と有りましたが実に仲の良い似合いの二人でしたよ」
「あ、一つ言っておきますが、二国間の同盟や将来についても本心ですよ?」
 お互いに完全な個人へと戻り話が出来るわけではないものの、それでも必要以上に取り繕う事もせず、仕事の話はあの二人が戻って来てからと早々に切り上げて今の話題へと移った。テイラー自身も以前からタカコと顔見知りで彼女の人柄はそこそこ知っていたのか、
『彼女は前回の任務で夫を亡くしましてね、もう知っているとは思いますが。本当に仲の良い夫婦でしたから、心痛はどれ程のものだったか。しかし、敦賀氏の存在がその悲しみを癒してくれたのだとしたら、何よりです』
 と、何とも言えない面持ちになりながらそう言って見せる場面も有った。
 そして、結婚式はやるのか、やるのだとしたら呼んでもらえるのかとそんな方向に迄話が及び始めた頃、中洲では敦賀の怒りが爆発寸前の状態となっていた。

 多くの障害を乗り越えて漸く再会を果たし、そして、自分の人生を預けると言ってくれた最愛の女。もう絶対に離さないと、食事を済ませた後は早々に自宅へと帰り、深く抱き締めて眠ろうと思っていた女――、タカコは、現在再会を喜んで突撃して来た海兵達に囲まれ、揉みくちゃにされながら料理を突いている。
 おかしい、何かがおかしい、何故自分は今ここで怯えた面持ちの新兵共に囲まれて味のしない料理と酒を口にしているのか。敦賀がそんな事を考えながら酒を飲み干したコップを机へと叩き付ければ、恐怖と緊張に青褪めた顔を引き攣らせた新兵が
「失礼しました!ど、どうぞ!!」
 と言いながら空になったコップへと酒を注ぐ。
 既に帰宅したり営舎へと引っ込んでいた者達にもいつの間にか話が伝わったのか、タカコの事を知らない、若しくはあまり知らない者は興味本位で、よく知っている者は再会を喜び合う為に中洲へと駆け付けて来て、人数は減るどころか増えるばかり。屋台通りは通りも店も海兵達で埋まり、辺りへとやって来た陸軍や沿岸警備隊の者達は、その異様な盛り上がりに入って来られずに退散してしまっている。集まって来た海兵の中には島津や藤田、泉や薮内等、教導隊に任用された面々も多く、その彼等は今タカコの一番近くに陣取り、酒を飲みながら彼女の肩を抱いたり背中をばんばん叩いたり髪をぐしゃぐしゃと撫で回したりと、敦賀にとっては実に不愉快な光景が繰り広げられている。
 そんな中、泣き上戸の気が有る島津が涙ぐみながらタカコへと抱き付き何やら熱く語り始め、その辺りで敦賀の堪忍袋の緒が切れた。その様子は近くに居た者には直ぐに分かったのか慌てて立ち上がり、撤収の方向へと動き始める。
「先輩方!皆もう帰りましょう!!明日も早いっすよ!!」
「何でだよー!まだ話し足りねぇんだよ、お前等は帰れば良いだろ!!」
「死ぬ気ですか!?先輩方が死ぬのは勝手ですけど、俺等迄巻き込まれて先任に殺されるのは本気で勘弁ですよ!!帰りましょうって!!お前等も手伝えよ!!」
 既に敦賀が手にしていた箸は十膳程折られ、コップは堪忍袋の緒が切れるのと同時に砕け散った。これ以上は本気で命の危険が有ると判断した者達が慌てて立ち上がり、まだ飲み足りないと騒ぐ上官や先輩諸氏達の襟首を掴み
「それじゃ先任!自分達はこれで失礼します!!お邪魔して申し訳有りませんでした!!」
 口々にそう言って基地の方へと歩き出す。残されたのは彼等が置いて行った飲み代と散らかり放題の屋台とその店主達、そして、敦賀とタカコの二人。
「ひゃー、揉みくちゃにされたされた、喜んでくれるのは嬉しいが、大袈裟だな」
 漸く解放されたタカコが乱れた髪を手櫛で整え笑いながら敦賀の方へと歩いて来て、隣へと腰を下ろす。座りながらするりと腕を絡ませ
「そんな不機嫌そうな顔するなよ、悪気が有ったわけじゃないんだし、な?」
 宥める様にそう言って見上げる彼女の笑顔に敦賀の勢いも挫かれ、彼等が帰った以上はもう怒る必要も無いかと思い直し、もう帰ろうと立ち上がった。
 自宅迄は歩いて三十分程、その道すがらも腕は絡んだまま、この一年の間に有った事を互いにぽつりぽつりと話しながら歩き続け、ヤスコとトルゴの出迎えを受けつつ室内へと入り鍵を掛ける。
「さっきはよく見てなかったけど、荷物全然片付いてないな、忙しかったのか?」
「いや、忙しいのはそうなんだが、そもそも引っ越して来たのが昨日の夜だ。荷解きする以前に買った家具の組み立てしてたらもう遅くなっちまってな、それ以外何もしてねぇ」
 そんな事を話しながら一度上へと上がった敦賀が降りて来た時に手にしていた物は男物の下着が二揃い、着替えは明日以降取りに戻れ、一先ず今夜はこれを着ろと渡されたそれをタカコはじっと見て、次に敦賀へと視線を向けた。
「女に男物の下着と肌着渡すのはどうかと思うんだよ私は……」
「何だ、着たくねぇなら別にそれでも構わねぇぞ俺は。そうだな、どうせ脱がすんだからそっちの――」
「いえ何でもないです、文句言わずにこれ着て寝ます」
「分かりゃ良い、風呂沸かすから何か飲んで待ってろ。冷蔵庫に入ってる」
 以前と変わらない、押される事には滅法弱いタカコの性格。久し振りにそれを目にした敦賀は目を細め、彼女の身体を抱き寄せて顎を掬い上げ口付けを落とす。最初は触れるだけだったそれが舌で唇を割って口腔内へと進入し、べろり、と中を大きく一舐めしてからそっと腕を放した。
「一緒に入るか?」
「なっ……ばっ!」
「冗談だ、何か飲んで待ってろ」
 敦賀の発言に動きを失い赤くなるタカコ、以前と変わらないその様子に敦賀はまた目を細め、漸く帰って来られた、二人きりになれた、そう思いながら風呂へと向かって歩き出した。
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