大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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『終章』

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『終章』

『……ロブ』
『オーケイ、タツ、言いたい事は分かってる』
『だったら何で一言言ってくれなかったんだ』
『いや、あいつに任せるって決めた時点でこうなる事は分かり切ってたし、言っても無駄だと思ってたんだ』
『一体どんな事をしたら団員全員が『もう誰も信じない』みたいな目付きになって帰って来るんだ!』
『いや、ほら、まあ、六人もショットガンマリッジ出したのに、怒り狂った父親との仲裁に入って何とか話を纏めてくれたっていう恩義も……な?』
『それに関しては我が国の下半身の始末つけてもらって感謝しか無いが……それでもなぁ』
『まあまあ、上への報告や今後の任務の折衝で居残ってたが、今日到着予定の便でまた戻って来るから、文句はその時に本人に直接言えば良いさ。ところで、ショットガンと言えば、タツのところはどうなんだ』
『あ、見る見る?もううちの子マジ可愛い、天使、絶対に嫁には出さん』
『あいつのいない間にそんな事になったとか……話は既に伝わってるから、対面と同時に撃ち殺されない事を祈っておいた方が良いんじゃないのか。怒り狂った手紙を寄越して来たぞ』
『うん……その事は考えない様にしてるんだ……前回もどんな話の伝わり方したのか、京都から戻って来た時には本気で殺されそうになったからな……』
 大ワ合同教導団本部棟のテイラーの執務室、執務机で呆れた様な面持ちで話しているテイラーの前で、相好を崩した黒川が懐から取り出した写真をテイラーへと見せている。二人の当初の話題はタカコの引率でワシントンへと赴き、一年の訓練期間を終えて先頃帰国した教導団の面々について。訓練内容についてはタカコが中心になって立案したという事は聞かされてはいたものの、帰国した面々の纏う空気があまりにも変貌していた事から、黒川が彼等に何が有ったのかと聞いたものの、面々は
「いえ……もういいんです……俺等なんか……」
「もう誰も信じません……」
「戦場が一番安心出来ます……布団の中も便所も風呂も……もういいんです……」
 と、何処か虚ろな眼差しで言うばかり。一体彼女は何をやったのかとテイラーへと尋ねようとしたものの、『あの』タカコに任せたのだからこの結果もむべなるかなと諦め半分だった事も有り、話は団員達の予定外の結婚と身重の妻を連れての帰国の話題へと移っていく。
 産前から産後の不安定且つ負担の大きい時分に慣れない環境へと移る事も有り、不安でいっぱいに違い無い妊婦達が少しでも安らげる環境を作らなければと、ワシントン軍人とその家族達が暮らす『キャンプ・ハカタ』は、数ヶ月前から産院の設備の増設や家族用住居の新築で随分と賑やかな状況になっている。妊婦の家族達の中には父親となった団員の残留を要求した者がいなかったわけではないが、その彼等の許に団員と共に足繁く通い、根気強く且つ誠実に話を続け、ワシントンでの結婚式の後に大和への帯同を認めさせたのは、調整官としての任務も負っていたタカコの功績だ。
 本来の役目である訓練の教官役以外にもこんな負担を掛けて申し訳無いと黒川を始めとした大和軍高官達は思ってはいるものの、当のタカコとしては想定内の事だったのかキャンプ・ハカタでの受け入れ準備の要請は事の他早かった。
 そうこうしている内に派遣期間の一年はあっと言う間に過ぎ、本隊である団員達とその妻は帰国し、後は調整や折衝の為に居残っていたタカコと数名を待つばかりの状況となっている。団員達の帰国は妊娠中の妻達の身体を考慮して船便で、タカコの帰国は輸送機での予定だったが、思いの外大和への輸送物資が多かった為、土壇場でこちらも船便へと切り替わった。その為に到着予定は一ヶ月程ずれ込む事になり、黒川を除く両陣営高官達は、戦友であり親友でもあるタカコの戻りを首を長くして今か今かと待ち構えている。
 Providenceがワシントン単独から大ワ両国軍管轄の特殊部隊へと切り替わったのは、教導団が訓練の為にワシントンへと出発する数ヶ月前の事。両国から予算と兵員を出し合い共同で情報を蓄積する為に双方の軍と国家上層部での遣り取りが為され、Providenceは国際部隊へと姿を変えた。所属する兵員の中には今では大和軍人も含まれており、その選抜はタカコによって為され、各軍から選りすぐられた精鋭が居並ぶ部隊となっている。その直後に大規模且つ長期的な今回の訓練派遣が実施された為に部隊としての活動自体は未だ無いままだが、遠からずその働きを目にする事になるだろう。
 その改変の動きが実現したのは、時機的なものも味方したと言って良い状況で、須藤統幕長が現役を退き、ワシントンとの国交や対馬区の戦線の押し上げに意欲的だった首相からの任命を受け、三軍省大臣へと着任し、統幕長の後任には副長が持ち上がりで就任した事が大きく影響していた。副長は言わずもがな須藤もまた多少なりともタカコの人柄と実力を理解していた事も有り、以前から複数の高官達の腹案として存在した国際部隊としてのProvidenceの実現は、比較的円滑に実現へと向けて動いたと言って良いだろう。
 両国の各勢力に夫々の思惑は有るものの、現状ではProvidenceが政争の道具として使われる気配は何処にも無く、これから増えるであろう不穏当な動きへと対処する為という事で意見は一致している。ヨシユキが率いていた軍事組織の人員が大和国内から一掃されたという確証も無く、事実、軍事同盟へと反対する動きを必要以上に煽り叛乱を目論む者が国内に確かに存在している。ワシントンもそれは同じなのか、正規軍だけではなく民兵やそれを擁する組織との戦いも見据える為、非正規戦の経験と蓄積の豊富なProvidenceは、これからの両国にとって必要不可欠な存在となっていく事は明らかだった。
 と、夫々の感慨に耽っていた二人の耳朶を、扉を叩く音が打ったのはそんな時。扉の向こうから顔を出した高根が
「よっ。今そこで浅田さんに会ったんだけどよ、タカコ達の乗った艦艇、五島灘を抜けたみてぇだぞ」
 そう言って笑いながら室内へと入って来る。
「おお、漸くか。五島灘抜けたとすると……もう何時間も経たねぇ内に博多港に入るな」
『シンゴ、久し振りだな。ワイフは元気か?』
『ロブも久しぶり。嫁さんは元気よ、今度四人目と五人目生まれるんだ』
『殆ど年子で三回妊娠、しかもその内二回は双子か……ワイフを大切にしろよ』
『当然よ、最愛の嫁さんだし?まぁ殆ど年子なのは……うん、俺、どうしても娘が欲しかったから……な?』
「今回も男だったらどうすんだそれ」
「また頑張る」
「鬼だなお前」
『ワイフに同情するな』
 高根の妻が男の子の双子を出産した二年後、元気な男の子を出産し、再会してから即仕込んだのかと揶揄われたのは一年半程前の事。それから一年後には三度目の妊娠の報が旧知の仲の間を駆け巡り、それが双子だと知らされたのはつい先日で、種馬の二つ名は黒川ではなく高根が持つべきなのではないかという話題は、彼をよく知る人間や大和の海兵ならば誰でも俎上に乗せた話題だ。しかし今回はそれよりも耳目を集める話題だと黒川もテイラーも立ち上がり、博多港で出迎えてやろうと動き出し三人揃って部屋を出る。出迎えの際にタカコの怒りを向けられる黒川がそれをどう避けるのかと笑い合いながら教導団本部棟を出れば、深く澄んで晴れ渡った秋空に、茜色が差し始めていた。

「おい、もうそろそろ博多港に入るぞ」
「おや、もうそんな按配か」
「……こんなに船足速いのに釣れるのかそれ」
「いやぁ?釣れねぇと思うよ?太公望太公望」
「……お前は本当に何処の国の、そしていつの時代の人間なんだ……」
 右舷にうっすらと見える九州の稜線、それを見ていた敦賀がもう直ぐ博多に着くなとタカコの姿を探せば、彼女は左舷で釣り糸を垂れていた。問い掛けへの答えに敦賀は脱力しつつ彼女の背後へと歩み寄り、周囲に人の気配が無い事を確かめつつ小さな身体をそっと抱き締める。
「……お疲れさん」
「ああ、本っ当に疲れたわ……ショットガンマリッジとか、予想はしてたけど六人も出るとはなぁ」
「まぁ、全員話が纏まって何よりだな、それは」
「本当それ。実際にショットガン持ち出すお父さんもいらして、タカコさん肝冷やしたわぁ」
「ショットガンマリッジの意味がよく分かった……ま、一週間は休み貰えるんだ、その間はのんびりするか」
 釣り糸を巻き戻しながら笑って言うタカコ、その様子に目を細め、彼女の髪へとそっと口付ける敦賀に、近くの扉からひょっこり顔を出したカタギリが声を掛けた。
「おい二代目、浸ってるところ悪いがもう到着だ。下船準備始めるぞ」
「……その二代目っての、止めろって言ってんだろうが」
「しょうがないだろ、貴之だとどっちがどっちだか分からんからややこしいし、実際お前が今は二代目だろうが。早くしろって。ボスも太公望ごっことかもう良いですからそれ、早く準備して下さいね」
 カタギリの言葉に眉根を寄せて不満を口にする敦賀、それでも本気で嫌がっているわけでもないのか、タカコの頭を軽く撫で回した後はカタギリの言葉に抗う事も無く動き出し、三人は艦内へと入って行った。



 夕暮れの迫る博多、嘗て高根から譲り受けた敦賀の自宅は今は無く、同じ場所に真新しく、敦賀宅よりも数倍は大きな三階建ての家が建っている。その一階は事務所として使われているのか所狭しと事務机が並べられており、窓際の一際大きな机の上には、沢山の写真が飾られている。
 タカコ達と部下が昔撮った写真、タカユキやヨシユキと撮った写真――、その中に新しく加わったのは、タカコと敦賀が白無垢と紋付き袴でとった結婚写真と、博多での親しい人間を集めて催した披露宴の集合写真、それから――



 ――Providence仕様の戦闘服に、やはりProvidenceの部隊章を身に着けた敦賀とタカコの写真が、窓から入る夕暮れの光を受け、優しく穏やかな色を放っていた。




――了――
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