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第500章『家族の、これから』
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第500章『家族の、これから』
「……貴之」
「……何だよ」
「俺は……こう、お前との長年の関係の改善も含めて、タカコさんとのお前のこれからの事に、お前の父親としてきっちりと臨みたかったんだが」
「俺もそうなると思ってたんだがな……昨日の夜から揃って碌に口を開いてないのは気の所為か?」
「いや……遺憾ながら現実だ。ん、どうした陽介、お母さんは今忙しいからな、じいじか貴之おじちゃんと遊んでような」
何とも形容し様の無い面持ちの親子、その彼等が座っているのは古い付き合いの呉服屋の応接セットのソファ。周囲には十歳を頭に下は二歳迄の子供が計十人落ち着き無く動き回り、二人はその子供達の相手をしながら、前方の騒ぎを何処か遠い目で見詰めていた。
副長を通して凡その事の次第が伝わっていた統幕の面々への挨拶を済ませたタカコと、その警護の名目で同行していた敦賀、週末は首都京都の各所の見学をして週明けには博多へ戻る予定となっていた彼等を待ち受けていたのは、敦賀家の、主にそこの女衆の熱烈な歓迎だった。
母幸恵を筆頭に、長女百合、次女桜、三女菫、四女葵の計五名が集結しタカコと敦賀を手薬煉引いて待ち構えていた状況で、女五人はタカコを取り囲みあれやこれやと喧しく、肉親である敦賀はおまけの扱いどころか見向きもされなかった。それを思い出しながら敦賀があれはどういう事なんだと父へと説明を求めれば、
「いや……タカコさんを連れて来いとは言ったものの、仕事も有るだろうからいつ頃が休みが取り易いか、一昨日高根総司令に電話で聞いただけなんだが」
「……で?あの阿呆は何て?」
「そんなめでたい話なら明日から数日纏めて休みをとらせます、統幕へのタカコさんの面通しも有るから、それにこじつけてお前も一緒に京都に来させる様にすれば都合が良い、と。丁度近くにテイラー団長も黒川団長もいた様でな、全員纏めてとても乗り気だったな」
「……で、何でお袋達がそれを知ってるんだ?」
「最初に電話した時には不在でな、伝言を預けていたんだが、折り返してくれた時には俺が既に帰った後で、家にかけ直してくれたんだが……母さんがそれを脇で聞いていた」
「……全部親父が原因じゃねぇのか、それは」
「……否定は出来ないな」
と、そこ迄言葉を交わした二人は、ふう、と溜息を吐いて再び意識と視線を前方へと向ける。自分達は蚊帳の外に放り出されただけだが、長年独り身を通していた長男に待望の嫁がと盛り上がる女衆の餌食となったタカコは昨晩は風呂と便所以外は解放してもらえず、寝室にと宛がわれた敦賀の私室である離れへと戻った時には既に時刻は深夜の二時近くだった。当然の様に設えられた枕が二つ並んだ一組の布団に何かを言う気力も既に残っていなかったのか、無言で潜り込み直ぐに寝入ってしまい、次の日の六時には敦賀の甥姪十名の乱入により叩き起こされた。昨夜は女衆の勢いに圧倒されて何も話せず仕舞いだった副長が今度こそと気を取り直し、朝食の席で『この後に、改めて挨拶を』と、そう話し出そうと思ってはいたものの、それは幸恵の
「タカコさん、敦賀家の嫁入り衣裳、着て貰えないかしら?娘達も袖を通したお古だけど、タカコさんにも着てもらえたら、とっても嬉しいんだけど。あ、勿論、タカコさんが着たいお衣裳が有るのならそっちが良いんだけれど」
という言葉と笑顔に叩き伏せられ、タカコはそれに抗う気力も言葉も無かったのか、遠い目をしながら頷くだけだった。結果として、現在呉服屋に裄丈の直しの為に一家総出で出向いている。
「貴之」
「何だよ」
「タカコさんは……こう、着飾ったりとか仰々しいのは苦手そうだが」
「だろうな……でも、まぁ、良いんじゃねぇのか?お互いに何も無けりゃこの先はもうこういう事は無ぇんだから、写真を撮る位なら良い記念になるだろうよ」
「母さん達がそれで満足するとは思えんが」
「俺も長々と見世物になる気は無ぇよ。写真が限度だ」
「何だ、お前もタカコさんの白無垢姿は見たいのか」
「……俺の嫁だぞ、悪いか」
「……いいや」
お互いに立場の在る身、手続きだけを済ませて終わるとは思っていない。博多に戻れば極親しい人間だけを集めて程度でも、披露宴を兼ねた食事会位は催さなくてはいけないだろう。タカコはその程度でも嫌がりそうだが、こればかりは我慢してもらうしか無さそうだ、敦賀はそんな事を考える。
大和史上初となる国際結婚、手続きだけをとは思ったものの、その手続き自体がどんなものになるかすら決まっていない。そもそもが大和とワシントンでは手続き自体も違うのだろうから、それがどうにか収まり制度上でも名実共に夫婦となるのはまだ先の事になるだろう。そんな風に何から何迄従来の『普通』とは違う形の夫婦となろうとしている自分達だからこそ、ささやかでも構わないから、始まりだけは『普通』に拘りたいと、そう思う。
仕事の面でもこれからも危険な任務に双方が携わり続ける事に変わりは無い、ワシントンと大和に離れて過ごす時間も少なくはないだろう。それでお互いの感情が揺らぐ様な事が有るとは今更思わないが、それでも、互いを結び付ける絆を強める一つの要素として、この『始まり』だけは大事にしたい、と、それが敦賀の正直な気持ちだった。
「……それに」
「何だ、どうした」
「いや……何でもねぇ」
それに――、続けようとして飲み込んだ言葉を、胸の中で繰り返す。
彼女を愛し、護り続けて来た二人、タカユキとヨシユキ。ヨシユキの方は方法は絶望的な迄に間違っていたとは言えど気持ちは純粋な愛情だった事は理解している。そして、タカユキの方は、純粋に真っ直ぐにタカコを愛し、添い遂げたいと思っていたに違い無い。そんな二人から、彼等が何よりも大事にしていたものを貰い受けるのだ、彼等に向けて彼女の節目となる姿を、見せてやりたい、形に残しておいてやりたいという思いもまた、正直なところだった。
当のタカコはと言えば話を聞かない敦賀家の女衆五人に囲まれて昨日から殆ど何も言えないまま、その上白無垢の寸法直しだけではなく、ついでにと小紋だ色無地だ付け下げだ訪問着だと和装を一式仕立てられる流れとなっている。支払いは母幸恵が持つつもりの様子だから懐は痛まないが、タカコの立場で和装をする機会が有るのかは甚だ疑問だ。尤も、結婚する以上は今後親戚付き合いをする事も有るだろうから、その時には幸恵がしゃしゃり出て人形宜しく着せ替えをして楽しむつもりなのだろうと思い直せば、助けを求めるタカコの縋る様な視線とかち合い、
(頑張れよ)
と頷きを返し軽く手を挙げ、その後は甥姪の相手をして女衆の気が済むのを待ち続けた。
深夜、敦賀家の縁側で並んで座り庭を眺める二つの影。夏の花の盛りは終わり秋の花が混在して咲く庭を眺めながら、親子は無言のまま酒を飲んでいた。
どう話を持ち出したものかと思案しつつ夜の花見酒と決め込んでいた副長の横に、敦賀が一升瓶を置くと共に座り込んだのは一時間程前の事。それから双方言葉を交わす事も無く、無言のまま手酌で酒を飲み、庭をじっと見つめ続けている。
長い長い沈黙、それを先に破ったのは、副長の方だった。
「……タカコさんの、先の御夫君には、挨拶は済ませたのか?」
極々個人的なタカコの話題、何故それを知っているのかと敦賀が驚きを浮かべた顔を父へと向ければ、副長はそれを横目で見て小さく笑い、視線を前へ戻すと静かに言葉を続ける。
「そんな個人的な事迄とは思うだろうが……同盟国双方の重大な戦略も複雑に絡んでいる、そんな重要案件に関わる人間については、個人的な素性も含めて全て経歴が提出されている……お前もな。タカコさんについてもそれは同様だ、彼女が四年前この国に赴いて来た時の墜落事故で、腹心でもあった御夫君を亡くされている事についても、経歴の一部として報告書が提出されている」
タカコの夫、タカユキの事については、父は何も知らないと思っていた。だから、昼間言葉になりそうだったそれを飲み込んだのに、隠そうと思っていた当の本人は既に知っていたのかと、何とも言えない気まずさに視線を逸らせば、その気配を感じ取った副長はまた小さく笑い、一升瓶を手にし空になった湯呑の中へと酒を注ぐ。
「あの様な精鋭部隊に共に所属し腹心迄務めていた程の人物だ、全幅の信頼と愛情をタカコさんから向けられていたんだろう……そんな人物の後釜になろうというんだ、並大抵ではない事は……分かっているな?」
静かなその言葉は、敦賀自身何度も自分へと問い掛けて来たもの。亡くす迄は、否、亡くしてからも、タカコの愛情と信頼は彼へと向けられていた事は、一番近くで彼女を見て来た自分が一番よく知っている。彼と自分を比較して苛立ちを感じた事は無いと言えば嘘になるが、それでも、今はそれも全て引っ包めて彼女と共に生きて行こうと決めた、その覚悟に、最早迷いは、無い。
「……その事も含めて全て、あいつという人間と添い遂げようと決めた……決めました。頼り無いと思える時も有るかも知れな……知れませんが、それでも、黙って見守っていて下さい」
手にしていた湯呑を床に置き、胡坐を組んでいた脚を解き正座をし父へと向き直り、ゆっくりと、深々と頭を下げる。
「俺に頭を下げてどうする……相手は、タカコさんの御父上だろう。ワシントン軍統合参謀本部のウォルコット議長が彼女の後見人、養父となってるそうだ。教導団の訓練でワシントンに行く事も有るだろう、その時には、しっかりと頭を下げて、娘さんを幸せにしますと、そう言って来い」
「……はい」
息子が自分に対して敬語で答えた事が余程心外だったのか双眸を見開く副長、しかしそれもほんの一瞬の事で、その後はまた双方無言のまま、静かな時間が流れていた。
「……貴之」
「……何だよ」
「俺は……こう、お前との長年の関係の改善も含めて、タカコさんとのお前のこれからの事に、お前の父親としてきっちりと臨みたかったんだが」
「俺もそうなると思ってたんだがな……昨日の夜から揃って碌に口を開いてないのは気の所為か?」
「いや……遺憾ながら現実だ。ん、どうした陽介、お母さんは今忙しいからな、じいじか貴之おじちゃんと遊んでような」
何とも形容し様の無い面持ちの親子、その彼等が座っているのは古い付き合いの呉服屋の応接セットのソファ。周囲には十歳を頭に下は二歳迄の子供が計十人落ち着き無く動き回り、二人はその子供達の相手をしながら、前方の騒ぎを何処か遠い目で見詰めていた。
副長を通して凡その事の次第が伝わっていた統幕の面々への挨拶を済ませたタカコと、その警護の名目で同行していた敦賀、週末は首都京都の各所の見学をして週明けには博多へ戻る予定となっていた彼等を待ち受けていたのは、敦賀家の、主にそこの女衆の熱烈な歓迎だった。
母幸恵を筆頭に、長女百合、次女桜、三女菫、四女葵の計五名が集結しタカコと敦賀を手薬煉引いて待ち構えていた状況で、女五人はタカコを取り囲みあれやこれやと喧しく、肉親である敦賀はおまけの扱いどころか見向きもされなかった。それを思い出しながら敦賀があれはどういう事なんだと父へと説明を求めれば、
「いや……タカコさんを連れて来いとは言ったものの、仕事も有るだろうからいつ頃が休みが取り易いか、一昨日高根総司令に電話で聞いただけなんだが」
「……で?あの阿呆は何て?」
「そんなめでたい話なら明日から数日纏めて休みをとらせます、統幕へのタカコさんの面通しも有るから、それにこじつけてお前も一緒に京都に来させる様にすれば都合が良い、と。丁度近くにテイラー団長も黒川団長もいた様でな、全員纏めてとても乗り気だったな」
「……で、何でお袋達がそれを知ってるんだ?」
「最初に電話した時には不在でな、伝言を預けていたんだが、折り返してくれた時には俺が既に帰った後で、家にかけ直してくれたんだが……母さんがそれを脇で聞いていた」
「……全部親父が原因じゃねぇのか、それは」
「……否定は出来ないな」
と、そこ迄言葉を交わした二人は、ふう、と溜息を吐いて再び意識と視線を前方へと向ける。自分達は蚊帳の外に放り出されただけだが、長年独り身を通していた長男に待望の嫁がと盛り上がる女衆の餌食となったタカコは昨晩は風呂と便所以外は解放してもらえず、寝室にと宛がわれた敦賀の私室である離れへと戻った時には既に時刻は深夜の二時近くだった。当然の様に設えられた枕が二つ並んだ一組の布団に何かを言う気力も既に残っていなかったのか、無言で潜り込み直ぐに寝入ってしまい、次の日の六時には敦賀の甥姪十名の乱入により叩き起こされた。昨夜は女衆の勢いに圧倒されて何も話せず仕舞いだった副長が今度こそと気を取り直し、朝食の席で『この後に、改めて挨拶を』と、そう話し出そうと思ってはいたものの、それは幸恵の
「タカコさん、敦賀家の嫁入り衣裳、着て貰えないかしら?娘達も袖を通したお古だけど、タカコさんにも着てもらえたら、とっても嬉しいんだけど。あ、勿論、タカコさんが着たいお衣裳が有るのならそっちが良いんだけれど」
という言葉と笑顔に叩き伏せられ、タカコはそれに抗う気力も言葉も無かったのか、遠い目をしながら頷くだけだった。結果として、現在呉服屋に裄丈の直しの為に一家総出で出向いている。
「貴之」
「何だよ」
「タカコさんは……こう、着飾ったりとか仰々しいのは苦手そうだが」
「だろうな……でも、まぁ、良いんじゃねぇのか?お互いに何も無けりゃこの先はもうこういう事は無ぇんだから、写真を撮る位なら良い記念になるだろうよ」
「母さん達がそれで満足するとは思えんが」
「俺も長々と見世物になる気は無ぇよ。写真が限度だ」
「何だ、お前もタカコさんの白無垢姿は見たいのか」
「……俺の嫁だぞ、悪いか」
「……いいや」
お互いに立場の在る身、手続きだけを済ませて終わるとは思っていない。博多に戻れば極親しい人間だけを集めて程度でも、披露宴を兼ねた食事会位は催さなくてはいけないだろう。タカコはその程度でも嫌がりそうだが、こればかりは我慢してもらうしか無さそうだ、敦賀はそんな事を考える。
大和史上初となる国際結婚、手続きだけをとは思ったものの、その手続き自体がどんなものになるかすら決まっていない。そもそもが大和とワシントンでは手続き自体も違うのだろうから、それがどうにか収まり制度上でも名実共に夫婦となるのはまだ先の事になるだろう。そんな風に何から何迄従来の『普通』とは違う形の夫婦となろうとしている自分達だからこそ、ささやかでも構わないから、始まりだけは『普通』に拘りたいと、そう思う。
仕事の面でもこれからも危険な任務に双方が携わり続ける事に変わりは無い、ワシントンと大和に離れて過ごす時間も少なくはないだろう。それでお互いの感情が揺らぐ様な事が有るとは今更思わないが、それでも、互いを結び付ける絆を強める一つの要素として、この『始まり』だけは大事にしたい、と、それが敦賀の正直な気持ちだった。
「……それに」
「何だ、どうした」
「いや……何でもねぇ」
それに――、続けようとして飲み込んだ言葉を、胸の中で繰り返す。
彼女を愛し、護り続けて来た二人、タカユキとヨシユキ。ヨシユキの方は方法は絶望的な迄に間違っていたとは言えど気持ちは純粋な愛情だった事は理解している。そして、タカユキの方は、純粋に真っ直ぐにタカコを愛し、添い遂げたいと思っていたに違い無い。そんな二人から、彼等が何よりも大事にしていたものを貰い受けるのだ、彼等に向けて彼女の節目となる姿を、見せてやりたい、形に残しておいてやりたいという思いもまた、正直なところだった。
当のタカコはと言えば話を聞かない敦賀家の女衆五人に囲まれて昨日から殆ど何も言えないまま、その上白無垢の寸法直しだけではなく、ついでにと小紋だ色無地だ付け下げだ訪問着だと和装を一式仕立てられる流れとなっている。支払いは母幸恵が持つつもりの様子だから懐は痛まないが、タカコの立場で和装をする機会が有るのかは甚だ疑問だ。尤も、結婚する以上は今後親戚付き合いをする事も有るだろうから、その時には幸恵がしゃしゃり出て人形宜しく着せ替えをして楽しむつもりなのだろうと思い直せば、助けを求めるタカコの縋る様な視線とかち合い、
(頑張れよ)
と頷きを返し軽く手を挙げ、その後は甥姪の相手をして女衆の気が済むのを待ち続けた。
深夜、敦賀家の縁側で並んで座り庭を眺める二つの影。夏の花の盛りは終わり秋の花が混在して咲く庭を眺めながら、親子は無言のまま酒を飲んでいた。
どう話を持ち出したものかと思案しつつ夜の花見酒と決め込んでいた副長の横に、敦賀が一升瓶を置くと共に座り込んだのは一時間程前の事。それから双方言葉を交わす事も無く、無言のまま手酌で酒を飲み、庭をじっと見つめ続けている。
長い長い沈黙、それを先に破ったのは、副長の方だった。
「……タカコさんの、先の御夫君には、挨拶は済ませたのか?」
極々個人的なタカコの話題、何故それを知っているのかと敦賀が驚きを浮かべた顔を父へと向ければ、副長はそれを横目で見て小さく笑い、視線を前へ戻すと静かに言葉を続ける。
「そんな個人的な事迄とは思うだろうが……同盟国双方の重大な戦略も複雑に絡んでいる、そんな重要案件に関わる人間については、個人的な素性も含めて全て経歴が提出されている……お前もな。タカコさんについてもそれは同様だ、彼女が四年前この国に赴いて来た時の墜落事故で、腹心でもあった御夫君を亡くされている事についても、経歴の一部として報告書が提出されている」
タカコの夫、タカユキの事については、父は何も知らないと思っていた。だから、昼間言葉になりそうだったそれを飲み込んだのに、隠そうと思っていた当の本人は既に知っていたのかと、何とも言えない気まずさに視線を逸らせば、その気配を感じ取った副長はまた小さく笑い、一升瓶を手にし空になった湯呑の中へと酒を注ぐ。
「あの様な精鋭部隊に共に所属し腹心迄務めていた程の人物だ、全幅の信頼と愛情をタカコさんから向けられていたんだろう……そんな人物の後釜になろうというんだ、並大抵ではない事は……分かっているな?」
静かなその言葉は、敦賀自身何度も自分へと問い掛けて来たもの。亡くす迄は、否、亡くしてからも、タカコの愛情と信頼は彼へと向けられていた事は、一番近くで彼女を見て来た自分が一番よく知っている。彼と自分を比較して苛立ちを感じた事は無いと言えば嘘になるが、それでも、今はそれも全て引っ包めて彼女と共に生きて行こうと決めた、その覚悟に、最早迷いは、無い。
「……その事も含めて全て、あいつという人間と添い遂げようと決めた……決めました。頼り無いと思える時も有るかも知れな……知れませんが、それでも、黙って見守っていて下さい」
手にしていた湯呑を床に置き、胡坐を組んでいた脚を解き正座をし父へと向き直り、ゆっくりと、深々と頭を下げる。
「俺に頭を下げてどうする……相手は、タカコさんの御父上だろう。ワシントン軍統合参謀本部のウォルコット議長が彼女の後見人、養父となってるそうだ。教導団の訓練でワシントンに行く事も有るだろう、その時には、しっかりと頭を下げて、娘さんを幸せにしますと、そう言って来い」
「……はい」
息子が自分に対して敬語で答えた事が余程心外だったのか双眸を見開く副長、しかしそれもほんの一瞬の事で、その後はまた双方無言のまま、静かな時間が流れていた。
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