大和―YAMATO― 第五部

良治堂 馬琴

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第499章『家族への挨拶』

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第499章『家族への挨拶』

 早朝の国立海兵隊墓地、その片隅に在る三十五基の墳墓の前に、寄り添って立つ人影が二つ。丁寧に手入れされた一帯には線香の香りが漂い、その清涼な空気の中、二人は長い事無言のまま佇んでいた。
 二人揃ってこの場所を訪れたのは初めての事で、お互いに無言のまま墳墓の列の前に立てば、この一年の間に一つ増えたそれを見て、タカコは敦賀を見上げて口を開いた。
「……これ」
「……ああ、ヨシユキのだ。他の遺体は纏めて火葬されて管理はワシントンに引き継いだが、こいつだけはこうした方が良いんじゃねぇかと思ってな……お前も、そうしたいんじゃねぇかと思った」
「……うん、有り難う」
 交わした言葉はそれだけ、その後は墓の手入れをして線香を供え、手を合わせた後はこうして何も言わず何もせず、寄り添って佇んでいる。
 ここへの埋葬をと言い出した時、敦賀の脳裏に在ったのはタカコの事。彼女とヨシユキの間に在る確執や憎しみ、それは尋常なものではない事は理解していたものの、それだけではないのではないかという想いもまた、常に彼の中に在った。ヨシユキがタカコへと向けていた感情は狂気そのものだったが、その根底にはどうしようもなく歪んていたとは言えど彼女に対しての愛が在ったのだろうと、そう思っている。そして、タカコもまた、劣悪な環境の中から救い出してくれた弟と共に自分に絶対的な庇護を与え、そしてこの残酷で不条理で理不尽な世界を生き抜く為の全てを与えてくれた人物に対し、やはり大きく深い愛情と信頼を抱いていたのではないか、そう考えた。
 今はどうしようもなくなってしまったお互いの関係と感情、けれど、愛や信頼が失せたわけではなく、寧ろそれが在るからこそ憎しみも深くなった。全てに決着は着いたとしても、その後に気持ちを整理し悼む事が出来る様に――、そんな想いからヨシユキをこの場所へと埋葬した事はやはり間違っていなかった、そんな安心感をタカコの横顔を見ながら胸に抱く。
 彼女の不在の間の一年と少し、墓守の役を引き受けて来たがそれももう終わり。この後に自分がすべき事は――、敦賀は小さく、しかししっかりと一つ頷き、一歩、前へと進み出た。

「――貴方達が愛し、大切に護り育てて来た人を、この先の人生全て、俺が貰い受けます。不満も有るかも知れませんが、必ず幸せにしますから……だから、見守っていて下さい」

 言葉と共に深々と下がる頭、横に立つタカコがそれを見て固まってしまっている気配を感じながら敦賀はを閉じ、更に深く頭を下げ、三十秒程そのままでいた後にゆっくりと姿勢を戻しタカコへと向き直る。
「阿呆面が更に間抜けな按配になってるぞ……俺の親に挨拶しに行くんだ、その前に、お前の家族に頭下げるのが当然だろうが」
 家族――、タカユキとヨシユキ、並んだ二つの墳墓へと一瞥をくれつつそう言えば、タカコの顔がくしゃりと歪む。早くも眦に浮かび始めた涙を見て敦賀は目を細めながら、
「お前の大切な家族だろうが。だったら、これからお前の連れ合いになろうってんだ、きっちり挨拶して筋通すのは……当然じゃねぇか」
 きっと、これはタカコがとても必要としていた言葉。何が有ったとしても、これから先誰と生きて行くのだとしても、タカユキだけでなくヨシユキも含めて、二人共これから先もずっと彼女の大切な家族なのだと、そんな事も引っ包めて受け止められる存在と言葉が、彼女には必要なのだろう。
「だから……泣くなっつってんだろうがこの馬鹿女……本当によく泣くな、お前は」
 頬に手を添えて上向かせればそこは既に涙で濡れていて、精鋭集団を取り纏め率いる佐官なのに実に感情豊かな事だ、そんな風に思いながら身体を抱き寄せ、そっと抱き締めた。
「……おい兄弟、もう良いか?」
「……てめぇ等……少しは空気を読んだらどうなんだ……それともアレか、ワシントン人にはそんな芸当は出来ねぇのか」
 声が聞こえて来たのは近くに生えている木の上から。聞き覚えの有る声に若干の苛立ちを感じつつ敦賀がそう言えば、それを是と取ったのか複数の気配が地面へと飛び降りて来る。姿を現したのはカタギリとドレイクとキム、カタギリは仏頂面で、ドレイクはニヤニヤと笑い、そしてキムはそんな二人を見て溜息を吐きながら敦賀へと申し訳無さそうに笑い掛けながら、三人は並んで二人の方へと歩いて来た。
「久し振りだな兄弟!」
「うるせぇよ……それ止めろって言ってんだろうが……で、態々こんな所迄来て何の用事だ、こいつにか」
 三人が纏っているのはPの戦闘服、左腕には部隊章が揃って縫い付けられており、その事からドレイクもまた現在はタカコの配下に在る事が窺える。そんな出で立ちの三人が来たのだから彼女に用事なのだろうと察してそれを口すれば、キムが
「ああ、そうなんだが……先任、君にもなんだ」
 少し困った様にも見える笑みを深めて肩を竦めながらそう言い、その言葉にタカコと敦賀は顔を見合わせる。

「テイラー総司令と高根総司令、それと、黒川団長からの緊急の命令が有るそうだ。それで、朝早くにすまないが、ワシントンの司令部の方に至急二人で来て欲しい、と」

 首都京都、宇治駐屯地――、東部方面師団が総監部を置き、東方師団総監が駐屯地司令を兼任する重要な軍事施設の一つ。首都の中心部に程近い地理関係から敷地面積等の規模はそう大きくはないものの、東方師団の中枢がここに集結している。
 その敷地にワシントン軍のホーネットが降り立ったのは夕方近くの事、東方師団や陸幕、更にはその上に位置する統幕や三軍省や政府等、博多に本拠を置いているワシントン軍から大和政府への連絡や、書類や物資の輸送等の為に二日に一度博多から飛来するそれから降り立ったのは、今回は少々異質な君合わせだった。
 見た目は純粋な大和人に見えるが、纏っているのはワシントン陸軍の制服という、黒いレンズの眼鏡を掛けた女性が一人。その後に姿を見せたのは大和海兵隊の最先任上級曹長で、二人は何故か直々に出迎えに来ていた統幕副長へと挙手敬礼し、その後三人は副長が乗って来た車へと乗り込み、駐屯地を出て行った。
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