大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第207章『並んだ枕』

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第207章『並んだ枕』

「……てめぇ等……絶対ぇに上に上がって来るんじゃねぇぞ……」
「下に私達がいるのにナニするつもりなのかこの変態!」
「しねぇよ!しねぇけど上がって来るんじゃねぇ!さっさと寝ろ!」
 客間に敷かれた三組の布団、その真ん中に座り込んだタカコに声を荒げた高根が結構な音を立てて襖を閉め、ドスドスと音を立てて二階へと上がって行く。
「……つーかさぁ……この組み合わせおかしくね?私が凛ちゃんと寝て真吾はお前等と一緒に寝るべきじゃね?」
 明かりを常夜灯に落として布団に潜り込みながら零す相手はタカコの布団を挟む配置で既に布団に入っている敦賀と黒川、確かにタカコの言う事も尤もではあるのだが、この組み合わせでそういう事を言うかと揃って溜息を吐いた。
「……お前な、もう少し気を遣ってやれ……嫁にするって言い切った女と寝る方が良いに決まってんだろ真吾も」
「そうそう、あいつ揶揄うのは俺も大好きだけど、寝る時位は思い遣りを、な?」
「それはそうだけどさぁ……この組み合わせだと何か空気が物々しいんだよ……真吾がここで寝て殺伐とした空気になっても私は凛ちゃんと寝て幸せだったら別にどうでも良いし」
 どれだけ自分本位なのか、空気が物々しくなる元凶は誰だと思っているのか、両脇から送られるじっとりとした視線、そんな事は意に介さないのか気付いていないのか、タカコはぼすりと音を立てて枕に頭を乗せて首元迄布団を引き上げ目を閉じる。
「ま、さっさと寝ようや、明日からは尋問も本格的に始まるしまた忙しくなる」
 尋問、その言葉に敦賀と黒川の視線も僅かに鋭くなる。陸軍と海兵隊、そして沿岸警備隊、その三軍の中から発見され拘束した抗体獲得者は総計で二十四名、その尋問はあれこれと不測の事態が続き延び延びになってしまっていたが、タカコ曰く『尋問と拷問が専門』であるというジュリアーニとウォーレンが加わった事により、漸く始められる態勢が整った。捕らえた者は年端も行かない若者が多いものの彼等も一応は訓練を受けている様子で、そう簡単には吐かせられないだろう、慣れていない者にとっては恐らく酷く気分が滅入る事になる、タカコはそう言っていた。
「……一体どんな事やるつもりだ」
「それ、は……見ての……お楽しみ……だなぁ……」
 激務続きの身体に酒が入った所為か早くもうとうととし始めるタカコ、眠りに落ちそうになりながら途切れ途切れに答える様子に溜息を吐いた敦賀が手を伸ばし
「もう良いから寝ちまえ。明日も早ぇぞ」
 と、そう言って頭を数度撫でてやれば、大きく息を吐きながら眠りに落ちて行く中、ふわりと笑みを浮かべたのが常夜灯の薄明かりの中男二人の目に映った。その後に聞こえるのは微かで規則的なタカコの寝息、暫くの間は双方無言のままそれを眺めていたが、やがて黒川がぽつりと口を開く。
「ったくよぉ……自分に惚れてる男二人の真ん中で警戒心の無ぇ事、このお嬢ちゃんは。おーい、タカコ、そんな無防備でいたら狼二頭が寄って集って食っちまうぞ?」
 無論本気ではないのだろう、揶揄う様な、それでいて優しい声音でそう言ってタカコへと腕を伸ばし、未だに頭を撫で続けていた敦賀の腕をぱしりと弾いて今度は自分が代わりに頭を撫で始め、敦賀はそれに若干口元をひくつかせつつも騒ぐ事はせず、如何にも面白くないといった様子で舌打ちをして天井へと向き直った。
「……寄って集ってとかよ……お前、そんな趣味有ったのか。言っておくが俺には無ぇぞ、全員合意の上だったとしても他の野郎と女を分け合いとか冗談じゃ無ぇ」
「馬鹿野郎、俺にも無ぇよそんなもんは。本当ならてめぇがこいつを抱くのだって我慢ならねぇってのに、三人一緒にとか想像しただけで寒気と吐き気がするわ」
「だったら言うんじゃねぇよ……想像しちまっただろうが……」
「すんな気色悪ぃ」
 軽い言葉の押収、然して意味も無いそれを暫く続け、その後はどちらともなく黙り込み揃って天井を見詰めていた。
「……なぁ」
「……何だよ」
 暫しの沈黙の後口を開いたのは黒川、いつもの様に突っ慳貪に敦賀がそれに返せば、幾分低くなった黒川の声音が薄闇の中に静かに響く。
「……こいつさ、俺でもお前でもどっちでも良いけどよ、いや、どっちでもは良くねぇんだが、とにかくどっちかに惚れたとして、そうなった時にこの国に残るって選択、すると思うか?」
「……どうだかな……最近それが随分と嫌な感じになってると思ってたところだ」
「こいつの部下、か?」
「……ああ、俺達の仲間である以前にあいつ等の仲間で上官で、そんなツラと物言いばっかりだ、最近は」
「……だよなぁ……」
 黒川も気付いていたのか遂にそこに触れて来た。敦賀も出来る事なら一笑に付したいところだが、間近でタカコの言動を見ている所為で、抱く危機感は彼以上と言っても差し支え無い。
「……俺な、考えてみたんだけどよ、俺とこいつの立場が逆だったとして、俺は任務も国も仲間も部下も捨ててこの国に残れるかって。そうしたらな……無理、なんだよなぁ、何度考えても。お前はそういうの、考えた事無ぇか?」
 静かに問い掛けて来る黒川、敦賀はそれには答えを返さず、一つ小さく舌を打つ。考えたどころではない、何度も何度も自分に問い掛けた、自分が彼女に対して求めようとしている事を自分が求められた時、果たしてそれに応えられるのかと。そして出る答えはいつも同じ、黒川と同じ様に『否』だ。
 海兵隊に入隊した理由は父親に対しての反抗心、幼稚なそれが切っ掛けだったとは言え二十年近くを国と国民を護る為に捧げ、今ではそこには確かな矜持が在り大切な仲間も友人も部下も在る。人生の半分以上を捧げ過ごして来た今の環境と築き上げ掴んだもの、例え愛した相手とは言ってもたった一人の女の為に易々と捨てられる程、それは軽くない。だから、タカコに捨てて欲しいと思った、そして生涯を共に過ごして欲しいと思ったのだ。それが傲慢の極みであるという事は敦賀にもよく分かっているが、それでも彼女がそれを選択する事を、自分は今でも望んでいる。
「……考える事は一緒、か……お前と同じってのが気に食わんが」
 無言の中の敦賀の意識を汲み取ったのか黒川がまた呟く、そして、
「もう寝ようや、明日も早ぇ……後少しで漸く給水が始まる、陸軍は大忙しになるよ……お前等もな」
「……ああ、そうだな……」
 そんな遣り取りを交わし、二人は目を閉じた。
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