大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第209章『静かな夜』

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第209章『静かな夜』

 博多海兵隊基地、その本部棟の一角に在る総司令執務室、ここ暫くは夜通し明かりが灯ったままの状態が続いており、タカコはそれを見上げて溜息を吐き自室へと戻り、私服に着替えてから門を潜り基地を出た。
 向かう先は歩いて十五分程の所に在る高根の自宅、その玄関の呼び鈴を押して暫く待てば、やや有ってから扉が開き、凛が笑顔で出迎える。
「今晩は、多佳子さん。真吾さん、また帰って来られなさそうなんですか?」
「うーん、あの様子だと今日も、かなぁ?これでもう四日目でしょ、ごめんね?」
「お仕事じゃ仕方無いですよ、多佳子さんが謝る事じゃないじゃないですか」
「いやぁ、それでもさ、私達の仕事の事で二人の時間とれないってのは申し訳無くて」
「気にしないで下さい。今日も夕飯食べて行かれますか?」
「ゴチになります!」
 出会いから二週間、それから程無くして始まった陸軍が主体となった大規模給水、本州ではまだ危機感も無く穏やかに事が進んでいる様子だが、ここ九州は活骸への憎しみや恐怖が身近な分恐慌状態に陥っている民間人も少なくない。その所為で、本来であれば給水と上水道の配水施設に配置すべき兵員を暴動鎮圧の為に割かなければいけない状態が依然として続いており、ここ博多の空気も穏当とは言い難い。陸軍の兵員だけではとても賄い切れず、本来であれば本領が別である筈の海兵隊や沿岸警備隊もその応援に出ている状態で、海兵隊総司令である高根もまた当然の如く多忙を極め、殆ど自宅へと帰れない日々が続いている。そんな中、タカコは時間を何とか捻出しては高根の自宅を訪れ、凛と夕食を共にする様になっていた。
 軍人である自分達ですら未経験且つ妙な胸のざわつきを覚える程の不穏な空気、何の関わりも無く生きて来たであろう凛にとっては大層心細かろう。そう思って何とか高根を自宅に帰してやりたいとは思うもののそれは到底叶わず、それならば全く役者が不足ではあるがと凛を訪ねる様になり、彼女を心配するタカコの心積もりは高根も理解しているのか何も言わず、逆に
「すまねぇな、俺が帰れない間は宜しく頼むわ」
 と、タカコに対して謝罪の言葉を口にした程だった。
 凛が用意している食事は彼女の分も含めて三人分、タカコと二人雑談を交わしつつ食事をしていれば少し遅れて敦賀がやって来て食卓を共にし、食後のお茶を飲んだ後小一時間取り止めも無い話をしてからタカコと敦賀が連れ立って基地へと戻る、そんな事が繰り返されていた。
「あ、敦賀さん、来たみたいですね」
 いつもの様に食事をしていれば玄関の方から響いて来る呼び鈴の音、今日は少し遅めだなと玄関へと出て行く凛の背中を見送れば、少しの時間を置いていつもの穏やかな笑顔の凛と、その後ろからこれまたいつもの仏頂面の敦賀が現れる。こんな可愛い娘さんの出迎えを受けているのだから少しは愛想良くしろと敦賀に向かって言えば真っ赤になった凛に
「可愛いとか止めて下さいよ多佳子さん、私、そんな事言って頂ける様な見た目じゃないですよ」
 と否定され、顔も可愛らしいが性格も実に可愛らしい、そう言ってタカコはまた笑った。
「じゃ、お休み。物騒だからきちんと戸締りしてね、今日はもう誰も来ないと思うから、呼び鈴押されても出ちゃ駄目だよ」
「はい、分かりました。多佳子さん達もお気を付けて」
「うん、お休みー」
 敦賀が訪れてから二時間程経ち、食事とその後の語らいを終えたタカコと敦賀が高根宅を後にする。凛が家の中に引っ込んで鍵が閉まる音を聞いた後はタカコにはもう笑顔は無く、敦賀と二人並んで何も言わずに前を見詰めたまま基地へと向かって歩き出す。
 少し前から始まった尋問、現在は尋問の行程の初期段階、相手の警戒心を出来るだけ緩和させる為の関わり合いを続けている。具体的にしている事と言えば雑談ばかり、煙草や菓子を与えこちらもそれを摘みつつ自分の瑣末な身の上話をして相手にもそれをしてみろと投げ掛ける、その繰り返しだ。決して相手を否定せず痛めつけず、尊重の姿勢を崩さないタカコとジュリアーニとウォーレン、こんな悠長な事をしていては間に合わないと高根を始めとした海兵隊の古参達や上層部から懸念の声は上がったものの、タカコは全く姿勢を崩す事は無く、
「これは痛めつける事が目的ではないし殺す事も目的ではない、情報を引き出す事が目的だ。経験が無いのなら我々に任せて見守っていてくれ、頼む」
 そう言っただけ。
 海兵隊どころか大和軍全体にそういった事の経験が無いというのは事実で、結局はタカコの言い分を飲み、焦りを胸に抱きつつもそれを抑えて見守る状態が続いている。敦賀にしてもそれは同じ事、焦れれば焦れるだけ不機嫌にもなるが、タカコの言い分が正しいという事も有り口には出していない。タカコの方も敦賀のそんな自重は良く分かっているのか、今もまた不機嫌そうに前方を見て歩く敦賀の横顔を見上げ、困った様に笑うとポケットに手を突っ込んだ彼の腕に自らのそれをそっと絡めて身体を摺り寄せた。
「……何だよ」
「いや、別に?寒いから暖とろうと思って。嫌か?」
「……そんな気の遣い方はしなくて良いから、とっとと情報を引き出せ……頼むぜ」
「分かってるよ……すまんな、しんどい思いさせて」
 真冬の夜の冷気にふるりと身体を震わせつつそう言えば、絡めた腕を引っ張られて物陰へと押し込まれ、何をするのかと見上げれば唇に敦賀のそれが触れて来て、それと同時に身体を両腕で抱き締められる。静かに侵入して来る舌、抱き締めながら髪を、首筋を撫でる掌と指先、その感触にまた身体を震わせ、喉の奥で小さく啼く。
「……時間、無いぞ?もう戻らないと……尋問の続きが待ってる」
「……分かってるよ……最後迄するつもりは元々無ぇよ……」
 話せば唇の動きでそれが触れ合う至近距離、宥める様に言えば、それでも、と言いた気に何度も触れる唇と舌、そして優しく弄る掌と指先。タカコはそれにぴくりと反応をしつつ、小さく笑って敦賀の大きな身体に腕を伸ばした。
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