大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第210章『尋問』

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第210章『尋問』

 海兵隊基地の一角に在る研究棟、その中の一室、防音処置を施され窓も無く外の光も入らない一室、壁の一面に一つだけ鏡が設置されている他は時計も置かれておらず、時間の経過も分からない。以前は活骸の観察用に使用していた部屋を簡単に改装しただけの、堅牢ではあるが簡素な造り。その一室に置かれているのは椅子が二つ、たったそれだけ。いるのは血液検査によって捕獲された捕虜が一人と、その向かい側に座るタカコの部下であるウォーレン。
『他の仲間はもう何人か話してくれたよ、その彼等はもうこんな生活はしていない。勿論完全に自由にさせてもらえるわけじゃないが、少なくともこんな風に独りきりなんかじゃない』
 目の前にいる捕虜は何も答えない、それでもウォーレンの言葉に視線が揺れ、ここ数日見られる様になって来たその反応にウォーレンは視線を細めると
『今日はこれで終わりにしようか、また君と話したいよ、ガイ』
 穏やかに微笑んでそう言って立ち上がり部屋を出た。
「もう一押しですね、後一日か二日か、その程度時間を頂ければ」
「充分だ、御苦労だったな」
「いえ、これが俺の役目ですから」
 尋問用の部屋を出たウォーレンが向かったのは隣の部屋、そこにいたタカコに向かい淡々と報告をする彼の表情に先程迄の温かみは無く、鳥栖での再会の時と同じ様に冷静な面持ちでタカコへと手短に報告をする。タカコの周囲には総司令である高根と副司令である小此木、そして最先任である敦賀を始め古参や幹部と称される面々が揃い、先程迄のウォーレンの言動をタカコが通訳する形で壁に嵌め込まれた硝子を挟んで見守り、今はタカコと彼の遣り取りを何も言わずに聞いていた。
 尋問という言葉からもっと物騒な流れを予想していた大和海兵隊の面々、ところが尋問の開始からこちら目の前で繰り広げられる光景は穏当の一語に尽きるもの。これでは尋問ではなく世間話だろうと焦れる面々をタカコは制止し、尋問に当たる部下二人を黙したまま見守り続けている。
「尋問ってのは本来こういうものだ、痛めつけて吐かせた情報は信用度が低い。訓練を受けていればいる程、人間ってのはどれだけ痛めつけられても白状しようとはしなくなる」
「だったら……どうやって?」
「信頼だよ」
「信頼?」
「そう、言い換えれば相手に気を許すって事だな。それが有るのと無いのとじゃ情報の信用度は段違いだよ。まぁ、徹底的に痛めつけたり薬を使って吐かせる事も出来ないわけじゃないが」
 何度か交わされたそんな遣り取り、対人戦闘の技術もそうだが尋問の技術も持たない高根達は結局焦燥感に駆られつつもタカコ達に任せるより他は無く、こうして状況を見守り続けている。
「それで?手早くやっちまって良さそうなのはいるか?」
「はい、半数程は。全員を吐かせられたとして、一人が一つの隠匿場所を持つわけでもないでしょうから何箇所を発見出来るかは微妙なところですが」
「情報の数が集まればそれを突き合わせて精査出来る様になる、無駄にはならん。そうか、半数は手早く出来そうか……それならそっちはそれで進めてしまおう」
「は、畏まりました」
 外野には分からないタカコとウォーレンの遣り取り、
「おい、一体何するつもりなんだよ?」
 と高根が尋ねれば、タカコはその言葉ににやりと笑って見せ
「お前等が考えていた様な少々手荒な方法だ、訓練が行き届いていない部類はこちらの方法で何とかなる。そこいらの見極め線引きに関しては安心してくれ、慣れてるんでな」
 そう言って立ち上がった。
「しかし、そうすると少々人手が心許無くなるな……私も担当増やすから、割り当て増やしても良いか?」
「俺もマリオもそれは構いませんが……一気に全員を進めるとなるとそれでも少々きついのでは?」
 時間が無い事はタカコにもよく分かっているのか、これから増えるであろう手間を思案する中、タカコを取り囲む輪の外側の方から声が上がる。
「あ、じゃあ僕お手伝いしますよ。と言うか、後学の為にもさせて下さい、お手伝い」
「へ?先生が?」
 輪の外側から人を掻き分けて歩み出て来たのは医官の大和田、糸の様な双眸を更に細めて笑みを浮かべ、タカコの前に立ち
「はい、僕にお手伝いさせて下さい」
 そうにこやかに言って退け、突然の大和田の言動にタカコは困った様に頭を掻く。
「えーっと……少々手荒いってのは控え目に言った表現でね、実際は出来るだけ苦痛を長引かせると言うか、マリオ、もう一人の方は先生と同じ医官なんだけど、あいつの管理の下に殺さない様にして人体を切り刻んだりとかなんだけど……先生、医者だよね?」
「ジュリアーニさんも医者なんでしょ?殺さない様に切り刻むのは僕も得意ですよ?将来的にこういう事が増えると予想されるんですから、僕も技術と知識をしっかりと体系立てて身につけて、皆さんの役に立たないと、ね?」
 言っている事の物騒さとは裏腹な大和田の物腰、タカコはそれを見て小さく溜息を吐き、どうしたものかと高根の方へと下駄を預ける。
「……だそうだが、総司令殿。私は先生に対しての人事権なんか無いからお前が決めてくれ」
「大和田がいれば手助けにはなるか?」
「そりゃ勿論。技術を持っていなくても人手が欲しい位だ、それが医者ともなれば大歓迎だよ」
「……そう、か……」
 タカコのその言葉に頭をがしがしと掻きつつ考え込む高根、暫くしてから彼の口から出たのは予想の範囲内の事だった。
「分かった、使ってくれ。非常事態だ、何をやらせても構わん。他にも使えそうな人間がいれば使ってもらって構わない。情報の入手、それを最優先に事を運んでくれ」
「了解、総司令」
 戦闘職でも研究職でもない医官である大和田、長年前線で負傷兵の救護に従事し、恐らくはその時の接触により抗体を自然獲得はしていたものの、本来こういった事に駆り出す人材ではない。それでも人手は幾ら有っても足りない状況で、そんな中で本人が参加を望むのであれば、高根であれタカコであれ、それを否定し拒否する理由は何処にも無い。
 適材適所となれば良いがと思いつつもそれを受けいる高根とタカコ、そして周囲の人間達。ここにまた一つの小さな流れが生まれ、動き出す事となる。
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