大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第211章『医者』

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第211章『医者』

「……なぁ……真吾よ」
「……何だよ?」
「海兵隊ってさぁ……マトモな奴いねぇの……?先生はマトモだと思ってたんだけどさぁ……拷問の素質有るよ、先生」
「……俺はマトモだぞ、たぶん」
「ざっけんな、筆頭のお前からしてマトモじゃねぇよ。最先任は敦賀だし、他の面々もなぁ……精鋭集団が人間的には案外駄目だったり屑だったり残念だったりってのは世界共通か……」
 研究棟の一室で硝子板を挟んで隣室の様子を見守るのはタカコと高根、硝子一枚隔てた隣室ではジュリアーニと大和田がこちらへと背を向ける形で寝台に拘束された捕虜の一人の身体を見下ろしており、縄で寝台へときつく固定された捕虜の足が時折上がる絶叫と共に細かく痙攣する様子が見て取れた。
「これ、どれ位続きそうなんだ?」
「医者二人が寄って集って切り刻みつつ死なない様に処置してるからねぇ、やられる方にしてみれば地獄の苦しみだろうな。もう十二時間経過してるし、そろそろ心が折れるんじゃないかな?そう時間掛からずに言い出すよ、『お願いですから殺して下さい』って。いやいや、医者に甚振られるのだけは勘弁だね」
 肩を竦めながら笑って言うタカコ、高根は彼女のそんな所作を見て溜息を吐き、再び硝子板の向こうへと視線を遣る。
 何の訓練も受けていない者、痛みに弱い者、傷付けられる事への恐怖が強い者、そんな人間は単純に痛めつければやがて口を割る。多少なりとも訓練を受けている者、痛みに耐性の有る者、傷付ける相手への敵愾心の強い者、そんな者に対しては単に痛め付け死の恐怖を味わわせるだけでは情報は引き出せない、殺さない様に細心の注意を払い管理を怠らず切り刻み、死を切望する様に仕向けるのが一番だ、と、タカコはそう言っていた。本当なら決して傷付けず痛め付けず相手を尊重し、相手の心に食い込んで自発的に話させる事が一番だがそれは時間が掛かり過ぎる。それなりに訓練を受けそれが浸透している人間はその穏当な方法でしか吐かせられないが、そうでない人間は多少荒っぽくとも時間の掛からない方法が有るのであればそちらを、と、彼女はそう言ってこの方法を採り始めた、それが数日前の話だ。
 尋問の方も同時進行で進められ、そちらの方も遂に陥落し情報を吐き出した者が数名出た状況、数箇所の秘匿場所を吐いたものの直ぐに確保に向かう事はせず、尋問と拷問を同時進行で続け情報の精度を高めている最中だった。
 大和田の参加を一番渋ったのは高根ではなくタカコ、高根に下駄を預けほぼ即決となった後もそれを受けはしたものの何とも難しい面持ちをしていて、
「拷問ってのは精神ブッ壊れるぞ……先生は大丈夫なのか?」
 と、何度も何度もそう言っていた。実際に拷問の現場を見てみれば高根にとってもそれは壮絶の一語に尽き、上がる絶叫と流れる血、垂れ流される涙と鼻水と糞尿。硝子板を隔てている所為で臭いは伝わらずとも凄惨さを感じるには充分に過ぎ、それを見ても何等動揺する事も無く笑顔を浮かべたまま捕虜の身体に手術用のメスを突き刺して行くジュリアーニの姿に背筋が冷たくなったというのが正直なところだった。戦闘職でも研究職でもない大和田がそんな空気の中で自分を保てるのか、タカコはそれを心配していたのだと思い至りそこで漸く大和田に意識が向いたものの、指揮官二人の杞憂なぞ何処吹く風といった風情の大和田は実に興味深そうにジュリアーニの手技に見入り、あれこれと質問をしつつその記録を採り、挙句には今目の前で行われている様に作業にすんなりと入って行ってしまっている。
「……適性って……有るよね……」
「……有るな……唯一の医官が拷問の適性持ちってのが良いのか悪いのかは分からんが……」
 大和田が任官してから今年で十七年、医学部を出ているという事で高根よりも二年遅い任官ではあるが年齢は同じ、長い付き合いの同年代がまさかこんな意外な素質を持っていたとは、高根はそんな事を考えつつ、顎を擦って硝子板の向こうの情景を見詰めていた。
 何とも複雑な思いを抱きつつ見守る上官の事なぞ委細構わない大和田、彼の方はと言えば眼下で身体を細かく痙攣させ、段々と力を失い始めた捕虜の様子に目を細め、隣にいるジュリアーニへと言葉を掛ける。
「ちょっとやばいかな、このままじゃ。バソプレッシン投与しますか?」
「うん、お願いします」
「これで持ち直したところで畳み掛ければ吐かせられそうですね」
「いやぁ、ドクター・オオワダは本当に有能だよね。今迄拷問の経験無いって本当?」
「本当ですよ。前線での救護をもう十六年やってますから、そこで死に掛けてるのを強引に呼び戻す事には慣れてますけどね。しかし、ジュリアーニ先生の手技は本当に勉強になるなぁ、拷問の担当官って事以外でも、純粋な医者としても有能だってよく分かります」
「照れるなぁ、そんな風に褒められる事なんて殆ど無いから」
 救命医として外科医として、他にそんな立場の人間が周囲に殆どいない環境だったからか仕事の事で思いの外会話は弾み、今している行為とは裏腹に会話と表情はにこやかだ。薄いゴムの手袋も真っ白な前掛けも捕虜の血で赤く染まり、とても穏当な空気とは言い難い中、和やかに言葉を交わしこの後の処置について打ち合わせをする二人を、タカコと高根の二人は溜息を吐きつつ見守っていた。
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