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第214章『アリサ・マクギャレット』
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第214章『アリサ・マクギャレット』
「……アリサ」
「熊谷です、黒川総監」
「ここには今俺と君しかいないんだけど?」
「そうですね。しかし、それ以前に私と総監は名前で呼ばれる様な間柄ではありませんので」
穏やかな冬の午後、暖房の行き届いた暖かな空気の総監執務室、そこで交わされる会話は室温とは掛け離れた冷ややかな空気が流れ、笑顔を見せるどころか顔を上げる事すらせずに手元の書類に視線を落としたままのマクギャレットの横顔を見て、黒川は大袈裟に溜息を吐いて見せる。
「タカコから君の事預かってるんだし、少しはこう、さ、にこやかに会話を、な?」
「そんな必要が有るとは思えません」
お手上げだ、と黒川はがしがしと頭を掻き、すっかりと冷めてしまった湯呑みの中身を啜り再度マクギャレットの方を見る。この執務室で共に時間を過ごす様になってからそれなりの日数が経過したが、彼女の笑顔等一度も見た事は無いし、それ以前に仕事以外の会話も成立した試しが無い。黒川の方から今の様に何度か話し掛けてはみるものの毎回ぴしゃりと拒絶され、人心掌握に関しては自信が有ったがそれも揺らいでしまいそうだ、と、そんな事すら考えてしまう始末だ。
今は昇進と同時に博多駐屯地へと再転任したキム、その彼も暫くの間は今のマクギャレットのように秘書の真似事の様な事をしていた時期も有ったが、彼は基本的ににこやか且つ穏やかな人物で、雑談を振っても気軽に話しに乗って来た。その彼に対しての態度と同じ様に接しているのに返されるのは無機質で冷淡な態度と言葉ばかり、扱い方を一度タカコに相談でもしてみようか、そんな事を考えていると机上の電話が鳴り、黒川はそれを取った。
「はい」
『あ、タツさん?ちょっと頼みが有るんだけど!』
「タカコか?どうしたんだ?」
受話器の向こうから聞こえて来たのはタカコの声、随分と興奮している様だがと問い掛ければ、そんな事はどうでもいいとばかりにタカコは用件を口にする。
『リーサを至急こっちに遣ってくれないか?急ぐんだ、今直ぐに!』
「いや、それは構わねぇけどよ、何が有ったんだ?」
『分かったんだよ、兵器の秘匿場所が!一箇所だけじゃなくて、吐かせた場所だけじゃなくて、場所を設定する法則が分かったんだ!今日の夜急襲を掛ける、その為にリーサが必要なんだ、直ぐにこっちに向かわせてくれ!』
兵器の隠し場所、その法則性も分かったとはまた急な進展だ、要請に応える事に関しては何の問題も無いが、直ぐにマクギャレットを寄越せという事だから仕事の段取りを付けなければ、タカコの矢継ぎ早の言葉を聞きつつ頭の中で段取りを付ければ、次にタカコの口から出た言葉には思わず動きが停止した。
『タツさんも来てね!』
「は?俺がか?何でまた?」
『良いから!リーサと一緒にやってもらいたい事が有るのよ!出来るだけ早くね!』
一方的に言うだけ言って電話を切ってしまったタカコ、黒川は彼女の言葉の意味等皆目見当も付かず、どうしたものかと頭を掻きながら受話器を本体へと戻す。
「今のはボスですか?」
「ああ……君がどうしても必要なんだとか言ってたが、俺も一緒に来いって。何なんだか分かるかい?」
黒川のその言葉にマクギャレットの肩がぴくりと揺れる。どうかしたのか、黒川のその言葉に彼女は直ぐには返事をせず、手元の書類を纏める動きを速め、五分程でそれを纏め上げると静かに立ち上がった。
「私の方の仕事は片付けました。自室に戻って荷物を取って来ますので、その間に総監も仕事の段取りをしておいて下さい」
淡々とそう言って頭を下げて執務室を出て行くマクギャレット、黒川はその背中を見送りつつ、話は全く見えないがどうやら彼女達の言う通りにするしか無いらしい、そう見当を付けて立ち上がる。どちらにせよ先々の事の打ち合わせで海兵隊基地を訪れる必要が有った、それを前倒しにしてしまえば良いだけの事と段取り、電話で各方面に指示を出し簡単に身支度を整えれば、外套を羽織ったところでマクギャレットが戻って来て、雑嚢を担いだ彼女と並んで執務室を出て駐車場に停めた自らの車へと乗り込んだ。
「んで?君の仕事ってのは?」
「もう直ぐ分かります、今私からお話しする事ではありません」
「……はいはい、そうですか」
相変わらずの冷淡な言葉、声は一瞬聞き間違えてしまう程タカコに似ているのにそれが紡ぐ感情と温度だけは似ても似つかない。やはりこれはタカコに扱い方を教示願うべきだな、そう思いながら一時間程走り続け、博多の海兵隊基地へと到着する。
「リーサ!やっと来た!遅いよ、待ちくたびれたぞ」
「申し訳有りませんボス、それと私はアリサです」
「はいはい、それはどうでもいいから、直ぐに準備整えて」
案内されたのは総司令執務室、中へと入れば部屋の主である高根と副司令の小此木と最先任の敦賀、そしてタカコに出迎えられる。焦れているのか遅い、早くしろと繰り返すタカコ、マクギャレットは上官のそんな言葉に然して動揺も焦りもせず淡々と言葉を返し、持って来た雑嚢を床に置くと右手を顔の痕に持って行く。
「アリサ?何を――」
「タツさん、黙って見てて」
痛々しい痕に細い指先と爪が食い込む、あんなにしては更に傷が出来てしまう、そう思った黒川の面前でマクギャレットは痕に力を込めて爪を突き立て、そして、顔の上半分を覆う痕をゆっくりと顔面から引き剥がし始めた。
気でも触れたかと止めようとする黒川、他の面々も双眸を見開き注視する中、黒川の身体を右腕で押し留めたタカコだけが眉一つ動かす事無く見守り、その中でマクギャレットは痛がる素振りも見せずに痕を顔面から完全に引き剥がした。
「……ほう……こりゃまた……」
「え……おい……」
見守る男達の口から漏れた言葉はその程度、それ以外は呆然として見守る事しか出来ない中、にっこりと笑ったタカコがマクギャレットへと歩み寄り、男たちへと向かう様にして彼女と並んで立つ。
「これがこの子の、リーサの本来の役目だよ」
「アリサです、ボス」
同じ顔が二つ、男達を見詰めていた。
「……アリサ」
「熊谷です、黒川総監」
「ここには今俺と君しかいないんだけど?」
「そうですね。しかし、それ以前に私と総監は名前で呼ばれる様な間柄ではありませんので」
穏やかな冬の午後、暖房の行き届いた暖かな空気の総監執務室、そこで交わされる会話は室温とは掛け離れた冷ややかな空気が流れ、笑顔を見せるどころか顔を上げる事すらせずに手元の書類に視線を落としたままのマクギャレットの横顔を見て、黒川は大袈裟に溜息を吐いて見せる。
「タカコから君の事預かってるんだし、少しはこう、さ、にこやかに会話を、な?」
「そんな必要が有るとは思えません」
お手上げだ、と黒川はがしがしと頭を掻き、すっかりと冷めてしまった湯呑みの中身を啜り再度マクギャレットの方を見る。この執務室で共に時間を過ごす様になってからそれなりの日数が経過したが、彼女の笑顔等一度も見た事は無いし、それ以前に仕事以外の会話も成立した試しが無い。黒川の方から今の様に何度か話し掛けてはみるものの毎回ぴしゃりと拒絶され、人心掌握に関しては自信が有ったがそれも揺らいでしまいそうだ、と、そんな事すら考えてしまう始末だ。
今は昇進と同時に博多駐屯地へと再転任したキム、その彼も暫くの間は今のマクギャレットのように秘書の真似事の様な事をしていた時期も有ったが、彼は基本的ににこやか且つ穏やかな人物で、雑談を振っても気軽に話しに乗って来た。その彼に対しての態度と同じ様に接しているのに返されるのは無機質で冷淡な態度と言葉ばかり、扱い方を一度タカコに相談でもしてみようか、そんな事を考えていると机上の電話が鳴り、黒川はそれを取った。
「はい」
『あ、タツさん?ちょっと頼みが有るんだけど!』
「タカコか?どうしたんだ?」
受話器の向こうから聞こえて来たのはタカコの声、随分と興奮している様だがと問い掛ければ、そんな事はどうでもいいとばかりにタカコは用件を口にする。
『リーサを至急こっちに遣ってくれないか?急ぐんだ、今直ぐに!』
「いや、それは構わねぇけどよ、何が有ったんだ?」
『分かったんだよ、兵器の秘匿場所が!一箇所だけじゃなくて、吐かせた場所だけじゃなくて、場所を設定する法則が分かったんだ!今日の夜急襲を掛ける、その為にリーサが必要なんだ、直ぐにこっちに向かわせてくれ!』
兵器の隠し場所、その法則性も分かったとはまた急な進展だ、要請に応える事に関しては何の問題も無いが、直ぐにマクギャレットを寄越せという事だから仕事の段取りを付けなければ、タカコの矢継ぎ早の言葉を聞きつつ頭の中で段取りを付ければ、次にタカコの口から出た言葉には思わず動きが停止した。
『タツさんも来てね!』
「は?俺がか?何でまた?」
『良いから!リーサと一緒にやってもらいたい事が有るのよ!出来るだけ早くね!』
一方的に言うだけ言って電話を切ってしまったタカコ、黒川は彼女の言葉の意味等皆目見当も付かず、どうしたものかと頭を掻きながら受話器を本体へと戻す。
「今のはボスですか?」
「ああ……君がどうしても必要なんだとか言ってたが、俺も一緒に来いって。何なんだか分かるかい?」
黒川のその言葉にマクギャレットの肩がぴくりと揺れる。どうかしたのか、黒川のその言葉に彼女は直ぐには返事をせず、手元の書類を纏める動きを速め、五分程でそれを纏め上げると静かに立ち上がった。
「私の方の仕事は片付けました。自室に戻って荷物を取って来ますので、その間に総監も仕事の段取りをしておいて下さい」
淡々とそう言って頭を下げて執務室を出て行くマクギャレット、黒川はその背中を見送りつつ、話は全く見えないがどうやら彼女達の言う通りにするしか無いらしい、そう見当を付けて立ち上がる。どちらにせよ先々の事の打ち合わせで海兵隊基地を訪れる必要が有った、それを前倒しにしてしまえば良いだけの事と段取り、電話で各方面に指示を出し簡単に身支度を整えれば、外套を羽織ったところでマクギャレットが戻って来て、雑嚢を担いだ彼女と並んで執務室を出て駐車場に停めた自らの車へと乗り込んだ。
「んで?君の仕事ってのは?」
「もう直ぐ分かります、今私からお話しする事ではありません」
「……はいはい、そうですか」
相変わらずの冷淡な言葉、声は一瞬聞き間違えてしまう程タカコに似ているのにそれが紡ぐ感情と温度だけは似ても似つかない。やはりこれはタカコに扱い方を教示願うべきだな、そう思いながら一時間程走り続け、博多の海兵隊基地へと到着する。
「リーサ!やっと来た!遅いよ、待ちくたびれたぞ」
「申し訳有りませんボス、それと私はアリサです」
「はいはい、それはどうでもいいから、直ぐに準備整えて」
案内されたのは総司令執務室、中へと入れば部屋の主である高根と副司令の小此木と最先任の敦賀、そしてタカコに出迎えられる。焦れているのか遅い、早くしろと繰り返すタカコ、マクギャレットは上官のそんな言葉に然して動揺も焦りもせず淡々と言葉を返し、持って来た雑嚢を床に置くと右手を顔の痕に持って行く。
「アリサ?何を――」
「タツさん、黙って見てて」
痛々しい痕に細い指先と爪が食い込む、あんなにしては更に傷が出来てしまう、そう思った黒川の面前でマクギャレットは痕に力を込めて爪を突き立て、そして、顔の上半分を覆う痕をゆっくりと顔面から引き剥がし始めた。
気でも触れたかと止めようとする黒川、他の面々も双眸を見開き注視する中、黒川の身体を右腕で押し留めたタカコだけが眉一つ動かす事無く見守り、その中でマクギャレットは痛がる素振りも見せずに痕を顔面から完全に引き剥がした。
「……ほう……こりゃまた……」
「え……おい……」
見守る男達の口から漏れた言葉はその程度、それ以外は呆然として見守る事しか出来ない中、にっこりと笑ったタカコがマクギャレットへと歩み寄り、男たちへと向かう様にして彼女と並んで立つ。
「これがこの子の、リーサの本来の役目だよ」
「アリサです、ボス」
同じ顔が二つ、男達を見詰めていた。
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