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第215章『A Double』
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第215章『A Double』
夜の中洲を歩く黒川、隣を歩くのはほろ酔い加減で上機嫌のタカコ、ではなく、海兵隊の戦闘服に身を包みタカコの髪と同じ長さの鬘を被ったマクギャレット。今迄の無表情が信じられない程に豊かな表情はその一つ一つがタカコに生き写しで、黒川はタカコが言っていたマクギャレットの役目と彼女のその遂行能力について改めて実感していた。
影武者、身代わり、概念として知ってはいたがそんなものは大昔の小説の中だけの事だと思っていた、政争や政敵、そんなものが現代には無いとは言わないが、影武者を利用して難を逃れたり策を巡らす、そんな人間には有った事が無いし考えた事も無かった。そんな遠い存在を擁し実際に運用しているタカコは一体何なのか、そして、見るからに有能な影武者であるマクギャレットとは、そう思いつつマクギャレットを見下ろせば、その視線に気付いた彼女が柔らかな笑みを向けて来る。
「タツさん、お疲れ顔だね。そろそろ締めのとんこつ麺食べて宿に移動する?」
口調、表情、その全てが一瞬タカコと見紛う程。日中迄は冷淡な口調と態度だったから声がよく似ている程度にしか感じなかったが、『タカコ・シミズ』として振舞っている今の彼女からは日中の佇まいは完全に消え失せていた。
「ああ、そうだな、車で来てるからここじゃ呑めねぇしな、行くか」
普段通りに振舞ってくれ、タカコからはそう言われているが、マクギャレットの存在の異質さに意識をとられ精神的に少々疲れた。これはもうさっさと宿に引っ込んでしまった方が楽だとばかりに彼女の提案に乗り、新しく行きつけにした屋台でとんこつ麺を啜るとその後は早々に車に乗り込みいつもの宿のいつもの離れへと入る。
「お疲れ様でした、後はもう明日の朝迄楽にして下さって大丈夫です」
宿に入り仲居が数本の徳利と猪口を二つ持って来て下がって行った後、マクギャレットは人の気配が消えた事を確認し鬘を脱ぐ。そこには既に先程迄の見慣れた表情も笑顔も無く、日中と同じ動きの殆ど無い面差しが蘇っていた。
「君も呑むかい?」
「いえ、私はもう結構です」
冷淡な口調、夜の静けさと酒を飲む事位しかやる事の無い状況での沈黙、それに耐えかねた黒川が風呂を進めれば、マクギャレットは特に抗う事も無く
「それでは、お言葉に甘えて」
そう言って風呂場へと消えて行った。
「……何か……えれぇ疲れるな……」
残された黒川はそう独り言ち、徳利の中身を猪口へと注ぎ一気に飲み干す。どうも距離感が掴めない、タカコによく似た顔、声、それを持ったマクギャレットがタカコとして振舞えば一瞬錯覚はするものの、完全にタカコと同じではないという事は直ぐに感覚で分かるのだ。肌の色はタカコよりも僅かに白く瞳の色も僅かに明るい、きっと彼女よりも混血が進んでいる血筋なのだろう。そっくりなだけに際立つ差異、タカコとして扱うにも全くの他人として扱うにもどっちつかずの奇妙な感覚がずっと黒川を支配している。
やがて風呂から出て来たマクギャレットと交代して風呂へと入り、湯船に身を沈めて天井を仰げば思い出すのはタカコの事。自分には監視が付いている筈だ、ここ最近は基地に籠もりっ放しだったし妙な動きをすれば直ぐに勘付かれるに違い無い、しかし自分が動かないわけにはいかないだろうから、彼女がそう言って用意したのがマクギャレットだ。貸与された戦闘服の予備をマクギャレットへと渡し自分は持ち込んだ装備品の中から取り出した目出し帽を被り、
『まぁ見ててよ、殺すだけじゃなくその前段階のこういう急襲も御家芸よ?』
そう言って笑っていたタカコ、今頃はもう配置に就いている頃だろう。どんな流れになるか迄は聞いていない、それでも彼女がいれば明日の朝にはそれなりの結果が出ているに違い無い。
フィボナッチ数列――、一、一、二、三、五、八、十三、二十一、三十四、と、どの項も前項と前々項の和となる数列、一辺がその数字となる正方形を順番に並べ対角線で繋いで行けば出来上がるのは蝸牛の殻の様な螺旋。大昔のイタリアという国に存在した数学者が体系立て、自然界にも葉序や花弁や松毬等にもその数列の理屈を見る事が出来るのだと、タカコから説明を受けた。
この数列が作戦内容やその質に直接の関わりが有るわけではなく、単に権限を持つ者の遊びなのだろう。しかし、破綻しないところ迄数字を追い続ければその分確保出来る兵器の数は増える、定期的に巡回もしているだろうから、その兵員も確保出来る可能性も上がる、そう説明を受けそれに賭ける決断をしたのは高根、計二十箇所に二十台の車両と運転手を含め二百二十人の兵員、そして百丁の自動小銃を配備した。ここ暫くは鳥栖の大規模曝露の影響も有り兵員も車両の出入りも頻繁で、それに紛れ込ませれば車両の出入りの突然の増加を疑われる事も無かっただろう。幌を張られたその荷台には海兵隊員が十名ずつ、半数は小銃を、半数は太刀を手にして人知れず配置場所へと向かって行った。
タカコがどの場所へと配置になったのか迄は聞いていない、キムも博多駐屯地から呼び寄せマクギャレット以外はタカコも含めてワシントン勢全員が作戦へと参加しているそうだが、夫々が分隊長を務めているのだろう。巡回者と鉢合わせになったとしてもタカコかその部下達のいる分隊なら制圧は容易だろう、対人制圧の技量に関してはその一端とは言え我が身で実感している。後はそれ以外の分隊が巡回者に遭遇しない事、遭遇したとしても首尾良く事が運ぶのを祈るだけだ。
そんな事を考えつつ身体と髪を洗い風呂から出れば、短く刈り込んだ髪は既に乾いたマクギャレットが茶菓子を摘みつつ茶を飲んでいて、タカコと訪れた時には彼女の濡れた長い髪を自分が拭いて乾かしてやるのだが、今日は髪も短いしそもそもそんな相手ではないな、とふと考えた。
「一緒の布団で寝るかい?」
「私は自分の上官の男とそういう関係になる趣味は有りませんので」
「うーん、タカコの男扱いしてくれるのは嬉しいんだけどね、残念ながらそこ迄の仲じゃなのいよ、俺達。身体の関係は有るんだけどね」
「知ってます、海兵隊の敦賀上級曹長と総監が現在のボスのお相手だとか。どちらにせよ恋愛関係でも肉体関係でもない男と同じ布団で眠る趣味は有りませんので。総監は布団で寝て下さい、暖房を強めておけば何も被らなくても眠れますから」
「女の子を布団で眠らせないってのは男としてちょっとどうかと思うんだけど?」
「私は気にしませんからお構い無く。そろそろ消灯しましょう、あまり遅く迄灯りが点いたままでは怪しまれます」
別々に寝る事に異論は無い、寧ろそちらの方が自分も気を遣わずに済むのだが布団を自分だけが使うのは、と難色を示す黒川、マクギャレットはそんな彼の様子には一切構わず、
「掛け布団代わりに外套をお借りしても良いですか」
と、それだけ言って立ち上がった。
夜の中洲を歩く黒川、隣を歩くのはほろ酔い加減で上機嫌のタカコ、ではなく、海兵隊の戦闘服に身を包みタカコの髪と同じ長さの鬘を被ったマクギャレット。今迄の無表情が信じられない程に豊かな表情はその一つ一つがタカコに生き写しで、黒川はタカコが言っていたマクギャレットの役目と彼女のその遂行能力について改めて実感していた。
影武者、身代わり、概念として知ってはいたがそんなものは大昔の小説の中だけの事だと思っていた、政争や政敵、そんなものが現代には無いとは言わないが、影武者を利用して難を逃れたり策を巡らす、そんな人間には有った事が無いし考えた事も無かった。そんな遠い存在を擁し実際に運用しているタカコは一体何なのか、そして、見るからに有能な影武者であるマクギャレットとは、そう思いつつマクギャレットを見下ろせば、その視線に気付いた彼女が柔らかな笑みを向けて来る。
「タツさん、お疲れ顔だね。そろそろ締めのとんこつ麺食べて宿に移動する?」
口調、表情、その全てが一瞬タカコと見紛う程。日中迄は冷淡な口調と態度だったから声がよく似ている程度にしか感じなかったが、『タカコ・シミズ』として振舞っている今の彼女からは日中の佇まいは完全に消え失せていた。
「ああ、そうだな、車で来てるからここじゃ呑めねぇしな、行くか」
普段通りに振舞ってくれ、タカコからはそう言われているが、マクギャレットの存在の異質さに意識をとられ精神的に少々疲れた。これはもうさっさと宿に引っ込んでしまった方が楽だとばかりに彼女の提案に乗り、新しく行きつけにした屋台でとんこつ麺を啜るとその後は早々に車に乗り込みいつもの宿のいつもの離れへと入る。
「お疲れ様でした、後はもう明日の朝迄楽にして下さって大丈夫です」
宿に入り仲居が数本の徳利と猪口を二つ持って来て下がって行った後、マクギャレットは人の気配が消えた事を確認し鬘を脱ぐ。そこには既に先程迄の見慣れた表情も笑顔も無く、日中と同じ動きの殆ど無い面差しが蘇っていた。
「君も呑むかい?」
「いえ、私はもう結構です」
冷淡な口調、夜の静けさと酒を飲む事位しかやる事の無い状況での沈黙、それに耐えかねた黒川が風呂を進めれば、マクギャレットは特に抗う事も無く
「それでは、お言葉に甘えて」
そう言って風呂場へと消えて行った。
「……何か……えれぇ疲れるな……」
残された黒川はそう独り言ち、徳利の中身を猪口へと注ぎ一気に飲み干す。どうも距離感が掴めない、タカコによく似た顔、声、それを持ったマクギャレットがタカコとして振舞えば一瞬錯覚はするものの、完全にタカコと同じではないという事は直ぐに感覚で分かるのだ。肌の色はタカコよりも僅かに白く瞳の色も僅かに明るい、きっと彼女よりも混血が進んでいる血筋なのだろう。そっくりなだけに際立つ差異、タカコとして扱うにも全くの他人として扱うにもどっちつかずの奇妙な感覚がずっと黒川を支配している。
やがて風呂から出て来たマクギャレットと交代して風呂へと入り、湯船に身を沈めて天井を仰げば思い出すのはタカコの事。自分には監視が付いている筈だ、ここ最近は基地に籠もりっ放しだったし妙な動きをすれば直ぐに勘付かれるに違い無い、しかし自分が動かないわけにはいかないだろうから、彼女がそう言って用意したのがマクギャレットだ。貸与された戦闘服の予備をマクギャレットへと渡し自分は持ち込んだ装備品の中から取り出した目出し帽を被り、
『まぁ見ててよ、殺すだけじゃなくその前段階のこういう急襲も御家芸よ?』
そう言って笑っていたタカコ、今頃はもう配置に就いている頃だろう。どんな流れになるか迄は聞いていない、それでも彼女がいれば明日の朝にはそれなりの結果が出ているに違い無い。
フィボナッチ数列――、一、一、二、三、五、八、十三、二十一、三十四、と、どの項も前項と前々項の和となる数列、一辺がその数字となる正方形を順番に並べ対角線で繋いで行けば出来上がるのは蝸牛の殻の様な螺旋。大昔のイタリアという国に存在した数学者が体系立て、自然界にも葉序や花弁や松毬等にもその数列の理屈を見る事が出来るのだと、タカコから説明を受けた。
この数列が作戦内容やその質に直接の関わりが有るわけではなく、単に権限を持つ者の遊びなのだろう。しかし、破綻しないところ迄数字を追い続ければその分確保出来る兵器の数は増える、定期的に巡回もしているだろうから、その兵員も確保出来る可能性も上がる、そう説明を受けそれに賭ける決断をしたのは高根、計二十箇所に二十台の車両と運転手を含め二百二十人の兵員、そして百丁の自動小銃を配備した。ここ暫くは鳥栖の大規模曝露の影響も有り兵員も車両の出入りも頻繁で、それに紛れ込ませれば車両の出入りの突然の増加を疑われる事も無かっただろう。幌を張られたその荷台には海兵隊員が十名ずつ、半数は小銃を、半数は太刀を手にして人知れず配置場所へと向かって行った。
タカコがどの場所へと配置になったのか迄は聞いていない、キムも博多駐屯地から呼び寄せマクギャレット以外はタカコも含めてワシントン勢全員が作戦へと参加しているそうだが、夫々が分隊長を務めているのだろう。巡回者と鉢合わせになったとしてもタカコかその部下達のいる分隊なら制圧は容易だろう、対人制圧の技量に関してはその一端とは言え我が身で実感している。後はそれ以外の分隊が巡回者に遭遇しない事、遭遇したとしても首尾良く事が運ぶのを祈るだけだ。
そんな事を考えつつ身体と髪を洗い風呂から出れば、短く刈り込んだ髪は既に乾いたマクギャレットが茶菓子を摘みつつ茶を飲んでいて、タカコと訪れた時には彼女の濡れた長い髪を自分が拭いて乾かしてやるのだが、今日は髪も短いしそもそもそんな相手ではないな、とふと考えた。
「一緒の布団で寝るかい?」
「私は自分の上官の男とそういう関係になる趣味は有りませんので」
「うーん、タカコの男扱いしてくれるのは嬉しいんだけどね、残念ながらそこ迄の仲じゃなのいよ、俺達。身体の関係は有るんだけどね」
「知ってます、海兵隊の敦賀上級曹長と総監が現在のボスのお相手だとか。どちらにせよ恋愛関係でも肉体関係でもない男と同じ布団で眠る趣味は有りませんので。総監は布団で寝て下さい、暖房を強めておけば何も被らなくても眠れますから」
「女の子を布団で眠らせないってのは男としてちょっとどうかと思うんだけど?」
「私は気にしませんからお構い無く。そろそろ消灯しましょう、あまり遅く迄灯りが点いたままでは怪しまれます」
別々に寝る事に異論は無い、寧ろそちらの方が自分も気を遣わずに済むのだが布団を自分だけが使うのは、と難色を示す黒川、マクギャレットはそんな彼の様子には一切構わず、
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