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第237章『二度目の激情』
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第237章『二度目の激情』
扉を開けようとした時にそれは内側から開かれ、その向こうに高根が現れた。龍興、と、自分の名を呼ばれ、その口調と表情に気まずさと緊張が有るのを認識した瞬間、彼は分かっていて隠していたのだとはっきりと認識し、黒川は何かを筋道立てて考える前に彼の腹に拳を叩き込んでいた。
直後、苦痛に歪む顔、自分よりも少しだけ高いところに在る彼の顔が胸元へと倒れこんで来る、この一発で終わりと思うな、胸中でそう吐き捨てて高根の身体を突き飛ばし、よろめきながらも体勢を維持しようとする彼の左頬に再び拳を叩き込む。流石に堪らずに病室の床へと仰向けに転がる高根の身体、椅子を巻き込んで派手な音を立て、それを聞きながら血相を変えて立ち上がった敦賀を、黒川は怒りと殺気に満ちた眼差しで見据えていた。
「龍興!てめぇ――」
怒鳴り付けて椅子から立ち上がりこちらに向かって来る敦賀、十八cmの身長差は黒川にとっては普段なら相当な脅威だが、今はそれも平素からの鍛え方の違いも意識には上らず、突き進んで来る彼へと向けて素早く数歩踏み込んだ。身体を掴もうとしてかこちらへと向かって伸びて来る左腕、拳を握り締め引かれる右腕、それを見ながら更に一歩踏み込み、伸ばされた左腕を右腕で軽く往なしながら敦賀の間合いを崩して胸元へと一気に飛び込む。突然往なされて僅かに体勢を崩す敦賀、その彼の双眸に僅かに浮かんだ動揺を感じつつ、
「木偶の坊が……!!」
そう吐き捨てて右手で払った左腕を、左手で彼の上着の襟元を掴み、腰を落としながら素早く身体を反転させる。勢いで僅かに浮いた敦賀の大きな体躯を腰に乗せそのまま一気に背負う様にして持ち上げ、身体を海老の様にまるめて左足を跳ね上げ、床へと向かって叩き付けた。
「っ……がっ……!!」
突然の事で充分に受身も取れなかったのか病室の床に強かに身体を打ち付ける敦賀、高根が倒れ込んだ時よりも派手な音が響き渡り、黒川は肩で息をしながら床に転がった男二人を睨み付ける。どちらも綺麗に決まったのか身体を起こすには少々の時間を要し、その彼等二人に向かって、ここで漸く口を開いた黒川は凄まじい怒りを迸らせ怒鳴りつけた。
「一昨年の博多曝露の時、手前ぇ等俺に何て言った!何なんだこのザマは!!部下の管理も出来ずに安全な筈の基地内であいつを殺されかけるたぁどういう事だよ!!しかもそれを俺に隠そうとしてたよな!?お前等……お前等、俺の女を預かっておきながら何舐め腐った事してやがんだ!!」
勢いで口走った事にも気が付かぬまま、急に動いた事からではなく激情から肩で息をする黒川、その怒りは普段の彼からは想像も出来ない程に凄まじく、後ろ暗い部分が無いとは言えない高根は何とか身体を起こしたものの、反撃も反論もせずに黙ってそれを受け止めている。
「手前ぇ……龍興……!」
敦賀の方はと言えばこちらはそんな事よりも怒りが勝るのか、腰と太腿を摩りながら立ち上がり反撃に出ようとするが、黒川はまだ覚束無い足を自らの足で払って再度床へと伏せさせて今度は明確に彼へと向かって口を開く。
「敦賀よ、お前一昨年俺に何て言ったか覚えてるか!?忘れたとは言わせねぇぞ、あの時に俺に投げつけた言葉、そっくりそのまま返してやる!『あいつが何をした、大和に協力して戦ってるあいつが、そんな事をされる様な何をした』って、手前ぇは俺にそう言ったんだよ敦賀!!そう言って俺を殴った本人がこのザマたぁどういう事だ!!悪態吐く以外に何か真っ当な言い訳でもしてみやがれ!」
静かな筈の病室内に響き渡る怒声、その勢いに呑まれてか高根も敦賀も言葉に詰まり動きを失い、それが却って黒川を更に苛立たせる。彼等がタカコに対して害を為そう等とは欠片も思っていない事は黒川にも分かっている、高根は目的から、敦賀は愛情からタカコに対して無制限とも言える庇護を与え、大切に扱って来たという事は、二人と長年の付き合いをしている自分にもよく分かっている。
けれど、だからこそ許せない。そんな風に大切に扱っていると分かるからこそ、信用していたからこそ彼女を奪う事はしなかったのに、彼等の部下の手により瀕死の重傷を負わせたばかりかそれを隠されていた、自分から最愛の女と長年の友人二人、それを一度に奪う気なのかと怒りで視界が真っ赤に染まる。
「貴方方!何やってるんですか!ここは病院ですよ、怪我や病気を治すところです!怪我を増やすところじゃありません!患者さんの身体に障ります、静かに出来ないなら出て行って下さい!」
騒ぎに気付いてやって来たのか入り口に仁王立ちになる看護師長と数名の看護師達、出て行けと心の内を殴り書きしてありそうな師長の厳しい顔付きに黒川はそこで漸く我に返り、
「……申し訳、有りませんでした」
と、そう言って深々と頭を下げる。
「次に何か有ったら即刻出て行ってもらいます!泊り込みでの患者さんの付き添いも特別に認めていましたが、それも私の権限で取り消しますよ、良いですね!?」
三人共私服姿で軍での身分等分かる筈も無く、三人の内二人は将官、そして陸軍と海兵隊の九州地方の頂点である事等当然見た目では分からない。その為か師長の言葉は殊更に厳しく、起き上がった高根と敦賀も黒川に続き頭を下げ、師長はそんな三人にもう一度
「良いですね?病室ではお静かに」
そう念を押して扉を閉め、詰め所へと引き上げて行った。
再び静寂の訪れた室内、転がった椅子を起こして高根がそこへと腰を下ろし、敦賀は簡易寝台へ、黒川はもう一つの椅子を引き寄せてそこへと腰を下ろす。
「……で?何で俺に黙ってた」
長い沈黙の中最初に口を開いたのは黒川、高根は彼のそんな言葉に口角から流れ出た血を袖で拭いながら言葉を返した。
「……悪かった、基地内での不祥事だ、出来れば内々に処理したかった……軍事法廷には当然送るしその手続きも進めてるが、それ以外には出来るだけ知られたくなかった……それに、お前に知られたら絶対にタカコを寄越せって言い出すと思ってな」
「……分かってんじゃねぇか、真吾よ……それなら話は早い、海兵隊に協力させねぇとは言わねぇよ、しかしもう基地内には置いておけねぇ。俺の手元に置いてそこから通わせる……良いな?」
淡々としつつも依然怒りを滲ませたままの黒川の声音、やはりこうなったか、だからせめてタカコが回復する迄は隠しておきたかった、高根はそんな事を考えながら小さく舌を打ち、敦賀はそんな二人の様子を見ながらちょっと待てと嘴を突っ込んで来る。
「おい、二人で勝手に話進めてんじゃ――」
「敦賀よ、じゃあ聞くがよ、お前、俺の立場だったらそんな事言わないって言い切れるか?惚れた女を友人を信じて預けてて殺されかけて、それでも言わないって言い切れるってのか?」
敦賀を制止したのは黒川の鋭い言葉、立場が逆だったら、そう言われて敦賀は押し黙り、高根と黒川はそんな彼をじっと見据え、室内には重苦しい沈黙が流れた。
「……あのさぁ……私の意志無視して話進めるなって、何度言えば分かるの?大和人は人の話を聞かない民族なの?」
聞き慣れた、そして、待ち侘びた声が聞こえて来たのは、そんな時。
扉を開けようとした時にそれは内側から開かれ、その向こうに高根が現れた。龍興、と、自分の名を呼ばれ、その口調と表情に気まずさと緊張が有るのを認識した瞬間、彼は分かっていて隠していたのだとはっきりと認識し、黒川は何かを筋道立てて考える前に彼の腹に拳を叩き込んでいた。
直後、苦痛に歪む顔、自分よりも少しだけ高いところに在る彼の顔が胸元へと倒れこんで来る、この一発で終わりと思うな、胸中でそう吐き捨てて高根の身体を突き飛ばし、よろめきながらも体勢を維持しようとする彼の左頬に再び拳を叩き込む。流石に堪らずに病室の床へと仰向けに転がる高根の身体、椅子を巻き込んで派手な音を立て、それを聞きながら血相を変えて立ち上がった敦賀を、黒川は怒りと殺気に満ちた眼差しで見据えていた。
「龍興!てめぇ――」
怒鳴り付けて椅子から立ち上がりこちらに向かって来る敦賀、十八cmの身長差は黒川にとっては普段なら相当な脅威だが、今はそれも平素からの鍛え方の違いも意識には上らず、突き進んで来る彼へと向けて素早く数歩踏み込んだ。身体を掴もうとしてかこちらへと向かって伸びて来る左腕、拳を握り締め引かれる右腕、それを見ながら更に一歩踏み込み、伸ばされた左腕を右腕で軽く往なしながら敦賀の間合いを崩して胸元へと一気に飛び込む。突然往なされて僅かに体勢を崩す敦賀、その彼の双眸に僅かに浮かんだ動揺を感じつつ、
「木偶の坊が……!!」
そう吐き捨てて右手で払った左腕を、左手で彼の上着の襟元を掴み、腰を落としながら素早く身体を反転させる。勢いで僅かに浮いた敦賀の大きな体躯を腰に乗せそのまま一気に背負う様にして持ち上げ、身体を海老の様にまるめて左足を跳ね上げ、床へと向かって叩き付けた。
「っ……がっ……!!」
突然の事で充分に受身も取れなかったのか病室の床に強かに身体を打ち付ける敦賀、高根が倒れ込んだ時よりも派手な音が響き渡り、黒川は肩で息をしながら床に転がった男二人を睨み付ける。どちらも綺麗に決まったのか身体を起こすには少々の時間を要し、その彼等二人に向かって、ここで漸く口を開いた黒川は凄まじい怒りを迸らせ怒鳴りつけた。
「一昨年の博多曝露の時、手前ぇ等俺に何て言った!何なんだこのザマは!!部下の管理も出来ずに安全な筈の基地内であいつを殺されかけるたぁどういう事だよ!!しかもそれを俺に隠そうとしてたよな!?お前等……お前等、俺の女を預かっておきながら何舐め腐った事してやがんだ!!」
勢いで口走った事にも気が付かぬまま、急に動いた事からではなく激情から肩で息をする黒川、その怒りは普段の彼からは想像も出来ない程に凄まじく、後ろ暗い部分が無いとは言えない高根は何とか身体を起こしたものの、反撃も反論もせずに黙ってそれを受け止めている。
「手前ぇ……龍興……!」
敦賀の方はと言えばこちらはそんな事よりも怒りが勝るのか、腰と太腿を摩りながら立ち上がり反撃に出ようとするが、黒川はまだ覚束無い足を自らの足で払って再度床へと伏せさせて今度は明確に彼へと向かって口を開く。
「敦賀よ、お前一昨年俺に何て言ったか覚えてるか!?忘れたとは言わせねぇぞ、あの時に俺に投げつけた言葉、そっくりそのまま返してやる!『あいつが何をした、大和に協力して戦ってるあいつが、そんな事をされる様な何をした』って、手前ぇは俺にそう言ったんだよ敦賀!!そう言って俺を殴った本人がこのザマたぁどういう事だ!!悪態吐く以外に何か真っ当な言い訳でもしてみやがれ!」
静かな筈の病室内に響き渡る怒声、その勢いに呑まれてか高根も敦賀も言葉に詰まり動きを失い、それが却って黒川を更に苛立たせる。彼等がタカコに対して害を為そう等とは欠片も思っていない事は黒川にも分かっている、高根は目的から、敦賀は愛情からタカコに対して無制限とも言える庇護を与え、大切に扱って来たという事は、二人と長年の付き合いをしている自分にもよく分かっている。
けれど、だからこそ許せない。そんな風に大切に扱っていると分かるからこそ、信用していたからこそ彼女を奪う事はしなかったのに、彼等の部下の手により瀕死の重傷を負わせたばかりかそれを隠されていた、自分から最愛の女と長年の友人二人、それを一度に奪う気なのかと怒りで視界が真っ赤に染まる。
「貴方方!何やってるんですか!ここは病院ですよ、怪我や病気を治すところです!怪我を増やすところじゃありません!患者さんの身体に障ります、静かに出来ないなら出て行って下さい!」
騒ぎに気付いてやって来たのか入り口に仁王立ちになる看護師長と数名の看護師達、出て行けと心の内を殴り書きしてありそうな師長の厳しい顔付きに黒川はそこで漸く我に返り、
「……申し訳、有りませんでした」
と、そう言って深々と頭を下げる。
「次に何か有ったら即刻出て行ってもらいます!泊り込みでの患者さんの付き添いも特別に認めていましたが、それも私の権限で取り消しますよ、良いですね!?」
三人共私服姿で軍での身分等分かる筈も無く、三人の内二人は将官、そして陸軍と海兵隊の九州地方の頂点である事等当然見た目では分からない。その為か師長の言葉は殊更に厳しく、起き上がった高根と敦賀も黒川に続き頭を下げ、師長はそんな三人にもう一度
「良いですね?病室ではお静かに」
そう念を押して扉を閉め、詰め所へと引き上げて行った。
再び静寂の訪れた室内、転がった椅子を起こして高根がそこへと腰を下ろし、敦賀は簡易寝台へ、黒川はもう一つの椅子を引き寄せてそこへと腰を下ろす。
「……で?何で俺に黙ってた」
長い沈黙の中最初に口を開いたのは黒川、高根は彼のそんな言葉に口角から流れ出た血を袖で拭いながら言葉を返した。
「……悪かった、基地内での不祥事だ、出来れば内々に処理したかった……軍事法廷には当然送るしその手続きも進めてるが、それ以外には出来るだけ知られたくなかった……それに、お前に知られたら絶対にタカコを寄越せって言い出すと思ってな」
「……分かってんじゃねぇか、真吾よ……それなら話は早い、海兵隊に協力させねぇとは言わねぇよ、しかしもう基地内には置いておけねぇ。俺の手元に置いてそこから通わせる……良いな?」
淡々としつつも依然怒りを滲ませたままの黒川の声音、やはりこうなったか、だからせめてタカコが回復する迄は隠しておきたかった、高根はそんな事を考えながら小さく舌を打ち、敦賀はそんな二人の様子を見ながらちょっと待てと嘴を突っ込んで来る。
「おい、二人で勝手に話進めてんじゃ――」
「敦賀よ、じゃあ聞くがよ、お前、俺の立場だったらそんな事言わないって言い切れるか?惚れた女を友人を信じて預けてて殺されかけて、それでも言わないって言い切れるってのか?」
敦賀を制止したのは黒川の鋭い言葉、立場が逆だったら、そう言われて敦賀は押し黙り、高根と黒川はそんな彼をじっと見据え、室内には重苦しい沈黙が流れた。
「……あのさぁ……私の意志無視して話進めるなって、何度言えば分かるの?大和人は人の話を聞かない民族なの?」
聞き慣れた、そして、待ち侘びた声が聞こえて来たのは、そんな時。
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