大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第238章『目覚め』

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第238章『目覚め』

「……あのさぁ……私の意志無視して話進めるなって、何度言えば分かるの?大和人は人の話を聞かない民族なの?」

 普段の力強さは無くとも待ち侘びた声、聞き間違える筈が無いと三人揃って立ち上がり、弾かれた様にして寝台へと走り寄る。
「……何か……三人揃ってひでぇ顔してるけど……私、どんだけ寝てたの」
 向けられる笑みにも普段の力強さは無く、それでも見慣れたそれに、彼女は生還を果たしたのだと実感した。
「何、何なの、こういう時は私は『私の為に喧嘩しないで!』とか、勘違い女みたいな事言えば良いわけ?……いたた……」
 傷に響くのか顔を歪めつつ笑うタカコ、その様子に一歩前に出たのは高根、
「無理すんな馬鹿、よく戻った、今はゆっくり休んでしっかり治せ……良いな?後、悪かったな、本当に……すまなかった」
そう言って労わりの笑みを浮かべ、体脂でぺったりとなったタカコの髪を撫でれば、少し力強さを増した眼差しのタカコに言葉を返された。
「自分の罪悪感を軽減する為に私に赦しを求めるな、そんなに悪いと思ってるのなら一人で勝手に罪悪感に苛まれてろ。私はお前の罪滅ぼしの道具じゃねぇよ」
 第一次博多曝露の後にタカコと初めて顔を合わせた時に、謝罪した自分に彼女から投げつけられた少々手痛い返し。それを再び聞いた黒川が思わず高根を見れば、図星を突かれたなと苦笑した高根は再度タカコの髪を撫で、
「……そうだな、その通りだ。しっかり寝て早く治して退院して来い、皆お前を待ってるよ」
 と、そう言って踵を返しもう行くと言って歩き出す。
「お前も大事だけどそれよりももっと大事な奴待たせてるからな……今度一緒に見舞いに来るから」
 その言葉と共に高根は扉の向こうへと消えて行き、病室にはタカコと敦賀と黒川の三人が残された。先程迄殴り合いの罵り合いをしていた二人にしてみれば、それを引き摺っている面も多分に有りタカコが目を覚ました事が嬉しくも有り、どう反応したら良いものかと気拙そうに視線を逸らし、タカコはその様子を見てやれやれと言った様子で溜息を吐く。
「二人して私の意志を無視し過ぎ。海兵隊に残るか陸軍に移るか、海兵隊のままでも営舎を出てタツさんの家に行くか、決めるのはぜーんぶ私、それを無視して勝手に話進めるな馬鹿。それとタツさん?」
「え?何だ?」
「前も言ったけど私はタツさんの女じゃないから。しっかり聞こえたからね、タツさんが私の事俺の女呼ばわりするの。タツさんの女でも敦賀の女でもないから」
「……いつから起きてたんだ?」
「真吾が部屋を出て行こうとした辺りじゃないかな、また来るとか言ってたから」
「……最初から聞いてたのかよ……それならそうと何か言えよ、何黙って聞いてるんだよ」
「目が覚めたばっかりであちこち全然動かないし声も出なくてさぁ、頑張って声出そうとしてる内に何か物凄い音聞こえるわタツさんも敦賀も怒鳴るわでさ、完全に置いてきぼりよ、私」
 呆れた様に笑うタカコ、あんな年甲斐も無い争いをまさか最初から聞かれていたとはと男二人は一瞬顔を見合わせるが直ぐにそっぽを向き、それを見たタカコがまた笑った。
「そう言えば……真吾、『もっと大事な奴が出来た』って言ってたけど……凛ちゃんの事、聞いたのかな。どうなのよ敦賀、何か聞いてるだろお前なら」
 寝起きのタカコにとっては自分が原因の男二人の諍い等どうでも良いのか、先程高根が言っていた事を思い出し敦賀へと話を振り、その彼が
「ああ、お前も知ってたのか。嫁の妊娠が分かって、今日は嫁の体調が悪いから付き添いで来てるんだってよ」
 そう言った事により、瞳を輝かせてもぞもぞと身体を捩り出した。
「やっぱり!ちょ、早く真吾のニヤケ面を拝みに……いたたたた!」
「……何やってんだてめぇは」
「真吾のアホ面拝みに行くんだ!腹が痛いどうにかしろ!」
「……相変わらず馬鹿か、寝てろ」
「……タカコ、癪だが俺もこいつに同意だ。前々から薄々感じてたが馬鹿だろお前」
「だって!アレが、あの屑男が夫で父親になるんだよ!?しかも凛ちゃんの事超溺愛してるんだよ!?これは見に行って揶揄わないと駄目でしょ!」
「いや、その気持ちは分かるが自分の状況を……って、あの子が妊娠ってマジか?」
 つい先程迄昏睡状態だった我が身を省みず下世話な野次馬根性丸出しのタカコ、その様子に毒気を抜かれ呆れ気味に眺めていた黒川だったが、『妊娠』という言葉に時間差で反応しタカコへと問い掛ける。
「そうそう、博多曝露の当日なんだけど、外に出てたら丁度凛ちゃんと会ってさ。具合が悪くてここに来たいって言ってたから、私が車で送って来たのよ。で、その後相談したい事がって言われて、その時に聞いたの。それからこんな事になっちゃったからどうなったのかも聞けてなかったけど、ちゃんと言えたんだねぇ、真吾もあの様子だと凄く喜んでるみたいだし、良かったなぁ」
「へぇ、あの真吾が父親ねぇ……想像つかねぇな」
「うん、私も。敦賀もそう思わないか?」
「……さっき、全く同じ遣り取りをあいつとしてた……本人が一番想像つかねぇそうだ。お前、あの日飛び出して行ったらしいが、それでか」
「あー、うん、そう」
「……そうか、間に合って良かったな」
「いやー、しかし赤ちゃんとか楽しみだわぁ……私が名付け親になろうかな」
「……タカコ、お前はちょっとそれは……」
「えー、何で?じゃあタツさんも一緒に考えようよ」
「……確かに面白そうだな」
「……お前等……真吾ならともかく嫁と子供で遊ぶのはやめてやれ……」
 つい先程迄の剣呑な空気は何処へやら、タカコが持ち出して来た話題で空気は一気に和み、男二人もすっかり毒気を抜かれタカコのくだらない話に付き合うかと簡易寝台と椅子へと夫々が腰を下ろす。
 何も考えていない様に振る舞いふざけた調子で真吾をどう揶揄うかと話すタカコ、それが決して見たままのものではなく、場を和ませようとする彼女なりの配慮なのだと、決して短くはない付き合いの中で敦賀にも黒川にも分かっている。子供が生まれたら三番目に抱っこするのは私だ、名付け親は駄目もとで聞いてみるぞ、顔を見てから考えた方が良いだろうか、そんな風に楽し気に彼女が話す内容は、出産予定日が彼女の言う『千日目』より先に有る以上決して実現はしないのだろうという事も。
 それでも、彼女なりの気遣いを無駄にする事はないと、胸に込み上げるものを無理矢理に嚥下して、彼女の話へと付き合う事にした。
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