大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第240章『人外、若しくは化け物』

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第240章『人外、若しくは化け物』

「――それでさ、何とか死なずに済んだものの小腸は一部ズタズタでさ、結局五十cm位切除する事になって。それ以来消化吸収効率落ちちゃって、人よりも多めに食べないといけなくなったんだよね」
「……うへぇ……サラッと言ってるけどなかなかエグイなそれ……」
「なかなか凄い絵面だったぞ、自分の腹からさ、ニュルッと出てるの、腸とかよく分かんない物体が。こう、ニュルッと」
「……言わなくて良い……想像しちまったじゃねぇか……うぇ……」
「流石にやばいなと思って掻き集めたねあれは。ほんのり生温かった」
「だから!言うんじゃねぇ!」
「つーか曹長、それで何で生きてるんすか……」
「化け物恐い」
 陸軍病院の談話室、午後の穏やかな日差しが窓から差し込む中、そこで交わされているのは随分と物騒な話題。先日の掃討で負傷し入院している海兵とそれを見舞う海兵、それに、安静が解除になり徘徊する様になったタカコの姿がそこに在った。普段休みも無く職務に当たっている海兵達、普段は休みが欲しい眠りたいと零しているというのに、いざそうなると手持ち無沙汰となるのか、こうして談話室の一角に集まっては日がな一日どうでもいい話で時間を潰している。
 タカコ以外は内臓に損傷も無く外傷のみ、食事制限は無いものの場所柄当然酒は御法度で、見舞いの人間に差し入れさせた『御禁制の品』を囲み消灯後の病室に集っては盛り上がり、そしてそれを発見され看護師に大目玉を食らう事数回、遂には看護部から海兵隊本部へと苦情が入れられた。副司令の小此木がやって来て厳しく叱責はしたものの、陸軍と比べ気性の荒い者の多い海兵達、恐らくはまた同じ事をやるだろう。
 タカコの方はと言えば、肝臓を損傷した事から酒は流石に手は出していないもののこちらも似た様なもので、肝臓に負担を掛けない為の病院食に嘆き売店で買い食いをしたのを看護師に見つかり大目玉、挙句には安静解除になったからと院内を徘徊しまくり、こちらも小此木から叱責された。目が覚めてからの回復の度合いは著しく、その度合いに驚いた関係各科の部長医師が揃って回診に来る程で、これで買い食い等せずに安静にしていれば優等患者だと言われている。タカコに付き添っていた鬼の最先任は仕事が滞り過ぎて十日間のところを切り上げ基地へと戻って行き、彼がいた頃と比べ格段に扱い難くなった不良患者集団、彼に戻って来てもらい睨みを効かせてもらうべきでは、看護師の詰め所ではそんな話題が俎上に上る様になっていた。
「じゃあちょっと散歩行って来るわ」
 そう言いながら立ち上がり歩き出すタカコ、傷の有る右腹を庇ってまだ若干姿勢や足取りは歪なものの、それでも少し前に生死が危ぶまれる程の重傷を負ったとはとても思えない。目が覚めた直後に見舞った時は退院は随分先の事だろうと誰もが思っていたが、この分ではそう遠くない内に退院の許可が下りるか、それか素行不良で叩き出されるだろう。
「流石に俺達よりは退院遅くなりそうだけど、それでも思ってたよりずっと早そうだよなぁ」
「だなぁ。つーかよ、幾ら何でも早過ぎねぇか?」
「寧ろ何で生きてるんだよあいつ……肝臓やられたって聞いてたから、俺、絶対に死ぬと思ってたけど」
「……人間……なんですかね、あの物体は……」
 医学の知識は無くとも死に近いところで生きている海兵達、人体がどれだけ脆くて壊れ易いのかはよく分かっている。タカコが浜口に刺された夜、営舎にいた全員が叩き起こされて輸血の為に適合者が集められたと、見舞いに来た他の海兵から聞いた。ここに移送する猶予も無く大量の血液が必要とされた、その事だけで深刻な事態だったと分かるのに、当の本人は既にそんな事は無かったかの様にいつも通りに振舞っているのだから、人外なのか化け物かと言われる事は仕方の無い事だろう。
「あれ?ボ……清水は?」
「お、佐藤先生、あいつならまた何処か徘徊しに」
「……またか……分かった、有り難うね」
 タカコが人間か否かという話題で盛り上がっているところに顔を出したのはジュリアーニ、佐藤という偽名が気に入らないのか呼ばれた事に微かに眉根を寄せ、そしてタカコが徘徊しているという言葉にはっきりと険を深くし、
「……探して来る」
 と、そう言って今日は院内の何処にいるのかと歩き出す。少し回復したら途端に落ち着き無く動き回るところは昔から全く変わっていない、無理をすれば蓄積した負担は一気に襲って来るのだと何度言い聞かせても理解せず、この場で息の根を止めてやろうかと思った事は数知れない。指揮官の健在を示す事は部下への鼓舞となる事は確かだが、自分の全神経と技術を叩き込んだあの手術、それをこんなくだらない事で無駄にする気かと舌打ちをする。
『……ボス?そんなに早死にしたいのなら今直ぐ俺がトドメ刺してあげようか?』
 やがて見つけた上官は喫煙所で暢気に煙草を噴かしていて、この程度なら怒る事では無いと一瞬考えてしまった己の感覚に少々愕然としつつマリオは彼女の横へと腰を下ろした。
『まったくさぁ、そうやってふらふらするの止めてって何度言えば分かるわけ?俺の努力返してくれる?あと、ケインの涙も返してあげた方が良いよ』
『いやぁ、動ける様になったらじっとしてられなくて』
『自分を過信するのもいい加減にしなよね。あんたの意識が有って意思疎通が出来れば俺等はそれで安心出来るんだから、別にそんな風に馬鹿みたいに動き回れなくたって心配なんかしないよ?寧ろ一箇所に落ち着いてて欲しいんだけど?』
 普段はなかなかにぞんざいな扱いをしつつもタカコへの忠誠心は群を抜いているカタギリ、よく浜口を殺さなかったものだと思うし、意識を回復したタカコを見舞った彼が声も無く流した涙の重みを少しは考えてやれと思う。
『えへへ』
『えへへじゃないよ、馬鹿』
『……うふふ?』
『……本当に殺すよ?』
 タカコが自分達の気持ちを分かっていないとは思わない、寧ろ気遣っているからこその強がりなのだろう。そして、彼女のそんな振る舞いに怒ったり呆れたりしつつも、自分達が安心を覚えるのもまた事実で。
『それにしたって今回は本当にやばかったんだから、お願いだから大人しくしてて』
『はーいはい』
 タカコから煙草を一本貰ってそれに火を点けながら、大人しくしていてくれればこの笑顔を見るのはそう悪くはないのに、と、そんな事を考えた。
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