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第241章『視察』
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第241章『視察』
――京都、嵯峨野――
「幸恵さん、明日から博多に出張だ」
「博多の街に活骸が出た件ですか?何でも、小中学生の殆どが犠牲になったとか……可哀相に」
「ああ、軍人の街だからな、三軍の子弟の多くが亡くなってる。本来であれば直ぐにでも統幕長か大臣が向かうべきところだが、今回は知っての通り色々と複雑でね」
「早速支度をしますね。何日位の予定です?」
「一週間程の予定だ、頼むよ」
「はいはい、分かりました」
夜の敦賀邸の玄関、帰宅したところを出迎えた妻の幸恵に脱いだ外套と制服の上着を渡しながら、統合幕僚監部副長である陸軍中将、敦賀貴一郎が告げる。
三週間程前に起きた第二次博多曝露、兵士に戦死者は出なかったものの強いられた犠牲は大きく、首相が現地を訪れ民間の遺族へと慰問をしたのは二週間程前。多くの犠牲者の家族である軍人達へはそれは行われず、負傷した兵士達が入院している陸軍病院への訪問と慰労も同様だった。活骸に変異してしまったとは言え軍が子供を殺したという論調は現地や九州だけではなく全国で聞かれ、その世間の感情を逆撫でしない為の配慮だった。政府としては当然の措置なのだが、軍に身を置く立場としてはやはり兵士達の気持ちを考えれば納得しきれない部分も有り、統廃合で閉鎖される学校施設等の管理の計画を作る為という名目で現地を訪れ、『あくまでもその序でに』陸軍病院や基地を『視察』して来てくれと、統幕長の須藤から言われたのは今朝の事。
本来であればもっと早くに実行したかったがと言う須藤の顔には疲れが見て取れて、これがぎりぎりの線だったのだろう事が窺い知れた。もっと早くに自分か大臣かが現地に向かい兵士の慰労をしたかったのだろう、それでも世間も政府もそれを許さず、何とか勝ち取ったのが副長である自分が今になって漸くという状況。決して大々的に出来る事ではないが許す範囲内で労わってやらなければ、そう思う。
夕食はもう済ませて来たから、後は風呂に入ってそれから――、と、そこ迄考えたところで中将は先を歩く幸恵を呼び止めた。
「幸恵さん、女性が入院している時のお見舞いには、何が良いかな?」
――太宰府駐屯地内、西部方面旅団総監部――
「副長!これは失礼しました、出迎えもせず――」
「構わない、私が早くに来たんだ、気にしないでくれ」
京都の敦賀邸の夜の遣り取りから二日後の朝、そろそろ迎えに出なければと急ぎの書類を片付けていた黒川の前に現れたのは自らの上官、こちらが出迎えなければならない立場なのにと慌てて立ち上がれば、穏やか且つしっかりとした声音でそう返された。
「急かす様で悪いんだが、もう動いてもらって良いだろうか」
「はい、それは勿論ですが、何かご都合でも?」
「陸軍病院へはヒトヨンからヒトゴー辺りの時間に行った方が良いだろう、その時間なら食事時でも回診や処置の時間でも無いだろうから。それに合う様に今日の分の施設の視察を済ませようかと思ってね。各基地や駐屯地の視察はその合間に出来る様に調整して欲しいんだが」
「そういう事ですか、分かりました、直ぐに」
「ああ、頼む」
立ち上がった黒川は中将へとソファへの着席を進め、案内して来たマクギャレットに茶を出す様に言いつけて机へと戻り調整の電話を掛け始める。中将は特に何をするでもなくその様子を眺め、電話を終えた黒川が向かいへと腰を下ろしたのを見て自らの前に出された湯呑みに手を付けた。
「ずっと休む暇も無いだろう、身体は大丈夫なのか?」
「お心遣い有り難う御座います。きつくないと言えば嘘になりますが、皆よくやってくれています、自分が音を上げるわけには」
「……子を失った親も多いだろうにな」
「……ええ、自分には子供はいませんし想像しか出来ませんが、どれ程辛いかと……その中でもよくやってくれていますよ」
「そうか……ところで総監、君は再婚は?奥さんに先立たれてからもう随分経つだろう、後添いは考えていないのか」
「いえ、考えていないわけではないんですが、なかなか」
「いないわけではないのか。なかなか、というのは、何か問題でも?」
中将の言葉に一瞬『貴方の息子が大問題です』と言いそうになったもののそれは何とか飲み込み、黒川はその先は曖昧に笑って誤魔化した。中将とは陸幕で勤務していた時に知り合って以来職務では付かず離れずの関係が続いており、千鶴が戦死した時には随分と力になってくれた。寡黙で冷淡な様でいて部下への配慮は細やかな上官、とても『あの』敦賀の父親とは思えない。
と、茶を飲みながら出発前の打ち合わせを兼ねた雑談をしていた黒川の目に留まったのは、中将の脇に置かれた外套の上に置かれた可愛らしい包み。
「副長、どなたかにお会いになる予定でも?時間の調整をしますか?」
愛妻家と聞いているがこちらに女でもいるのか、そんな下世話な事を考えつつ、持って来ているのであれば日中に会うのかと思い尋ねてみれば、黒川の言わんとしている事が分かったのか緩く頭を振りながら中将はその包みを手に取った。
「いやいや、これは違うんだ。息子の嫁が陸軍病院に入院していると聞いてね、慰労の序でに見舞いをしようかと思ってるんだ。顔を見る程度の時間で良いんだが、構わないか?」
「……は、え、ええ、それは問題有りませんが……息子さん、いつ結婚されたんです?」
敦賀中将の息子と言えば海兵隊最先任の敦賀貴之上級曹長しかいない、その彼が結婚したとは初耳だ。待て、それなら相手は誰だ、陸軍病院に入院していると言っていたがまさか、と問い掛けてみれば、それへと返された言葉に、黒川は一瞬頭の中が真っ白になるのを感じていた。
「いや、正確にはまだ結婚はしていないそうなんだが。君も知っている女性だ、以前説明で京都に一緒に来た事が有っただろう、海兵隊の清水多佳子曹長だよ」
――京都、嵯峨野――
「幸恵さん、明日から博多に出張だ」
「博多の街に活骸が出た件ですか?何でも、小中学生の殆どが犠牲になったとか……可哀相に」
「ああ、軍人の街だからな、三軍の子弟の多くが亡くなってる。本来であれば直ぐにでも統幕長か大臣が向かうべきところだが、今回は知っての通り色々と複雑でね」
「早速支度をしますね。何日位の予定です?」
「一週間程の予定だ、頼むよ」
「はいはい、分かりました」
夜の敦賀邸の玄関、帰宅したところを出迎えた妻の幸恵に脱いだ外套と制服の上着を渡しながら、統合幕僚監部副長である陸軍中将、敦賀貴一郎が告げる。
三週間程前に起きた第二次博多曝露、兵士に戦死者は出なかったものの強いられた犠牲は大きく、首相が現地を訪れ民間の遺族へと慰問をしたのは二週間程前。多くの犠牲者の家族である軍人達へはそれは行われず、負傷した兵士達が入院している陸軍病院への訪問と慰労も同様だった。活骸に変異してしまったとは言え軍が子供を殺したという論調は現地や九州だけではなく全国で聞かれ、その世間の感情を逆撫でしない為の配慮だった。政府としては当然の措置なのだが、軍に身を置く立場としてはやはり兵士達の気持ちを考えれば納得しきれない部分も有り、統廃合で閉鎖される学校施設等の管理の計画を作る為という名目で現地を訪れ、『あくまでもその序でに』陸軍病院や基地を『視察』して来てくれと、統幕長の須藤から言われたのは今朝の事。
本来であればもっと早くに実行したかったがと言う須藤の顔には疲れが見て取れて、これがぎりぎりの線だったのだろう事が窺い知れた。もっと早くに自分か大臣かが現地に向かい兵士の慰労をしたかったのだろう、それでも世間も政府もそれを許さず、何とか勝ち取ったのが副長である自分が今になって漸くという状況。決して大々的に出来る事ではないが許す範囲内で労わってやらなければ、そう思う。
夕食はもう済ませて来たから、後は風呂に入ってそれから――、と、そこ迄考えたところで中将は先を歩く幸恵を呼び止めた。
「幸恵さん、女性が入院している時のお見舞いには、何が良いかな?」
――太宰府駐屯地内、西部方面旅団総監部――
「副長!これは失礼しました、出迎えもせず――」
「構わない、私が早くに来たんだ、気にしないでくれ」
京都の敦賀邸の夜の遣り取りから二日後の朝、そろそろ迎えに出なければと急ぎの書類を片付けていた黒川の前に現れたのは自らの上官、こちらが出迎えなければならない立場なのにと慌てて立ち上がれば、穏やか且つしっかりとした声音でそう返された。
「急かす様で悪いんだが、もう動いてもらって良いだろうか」
「はい、それは勿論ですが、何かご都合でも?」
「陸軍病院へはヒトヨンからヒトゴー辺りの時間に行った方が良いだろう、その時間なら食事時でも回診や処置の時間でも無いだろうから。それに合う様に今日の分の施設の視察を済ませようかと思ってね。各基地や駐屯地の視察はその合間に出来る様に調整して欲しいんだが」
「そういう事ですか、分かりました、直ぐに」
「ああ、頼む」
立ち上がった黒川は中将へとソファへの着席を進め、案内して来たマクギャレットに茶を出す様に言いつけて机へと戻り調整の電話を掛け始める。中将は特に何をするでもなくその様子を眺め、電話を終えた黒川が向かいへと腰を下ろしたのを見て自らの前に出された湯呑みに手を付けた。
「ずっと休む暇も無いだろう、身体は大丈夫なのか?」
「お心遣い有り難う御座います。きつくないと言えば嘘になりますが、皆よくやってくれています、自分が音を上げるわけには」
「……子を失った親も多いだろうにな」
「……ええ、自分には子供はいませんし想像しか出来ませんが、どれ程辛いかと……その中でもよくやってくれていますよ」
「そうか……ところで総監、君は再婚は?奥さんに先立たれてからもう随分経つだろう、後添いは考えていないのか」
「いえ、考えていないわけではないんですが、なかなか」
「いないわけではないのか。なかなか、というのは、何か問題でも?」
中将の言葉に一瞬『貴方の息子が大問題です』と言いそうになったもののそれは何とか飲み込み、黒川はその先は曖昧に笑って誤魔化した。中将とは陸幕で勤務していた時に知り合って以来職務では付かず離れずの関係が続いており、千鶴が戦死した時には随分と力になってくれた。寡黙で冷淡な様でいて部下への配慮は細やかな上官、とても『あの』敦賀の父親とは思えない。
と、茶を飲みながら出発前の打ち合わせを兼ねた雑談をしていた黒川の目に留まったのは、中将の脇に置かれた外套の上に置かれた可愛らしい包み。
「副長、どなたかにお会いになる予定でも?時間の調整をしますか?」
愛妻家と聞いているがこちらに女でもいるのか、そんな下世話な事を考えつつ、持って来ているのであれば日中に会うのかと思い尋ねてみれば、黒川の言わんとしている事が分かったのか緩く頭を振りながら中将はその包みを手に取った。
「いやいや、これは違うんだ。息子の嫁が陸軍病院に入院していると聞いてね、慰労の序でに見舞いをしようかと思ってるんだ。顔を見る程度の時間で良いんだが、構わないか?」
「……は、え、ええ、それは問題有りませんが……息子さん、いつ結婚されたんです?」
敦賀中将の息子と言えば海兵隊最先任の敦賀貴之上級曹長しかいない、その彼が結婚したとは初耳だ。待て、それなら相手は誰だ、陸軍病院に入院していると言っていたがまさか、と問い掛けてみれば、それへと返された言葉に、黒川は一瞬頭の中が真っ白になるのを感じていた。
「いや、正確にはまだ結婚はしていないそうなんだが。君も知っている女性だ、以前説明で京都に一緒に来た事が有っただろう、海兵隊の清水多佳子曹長だよ」
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