大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
45 / 100

第245章『鍵開け』

しおりを挟む
第245章『鍵開け』

 物思いに耽る高根、タカコはそれを見て小さく笑うと
「仕事も溜まってるから早速戻るよ。お前はまぁ、頑張れ。色々と黙ってた事ちゃんと謝って全部正直に話せよ」
 そう言って書類の束を手に取り立ち上がり総司令執務室を後にする。凛は島津の妹、それは間違い無いだろう、家族を全て亡くしたと思っていた凛と両親と妹を亡くしたと思っていた島津、大きな喪失感や悲しみを抱えて生きていた二人が再会しそれを埋める事が出来るのだとしたら、こんなに喜ばしい事は無い。以前島津からその辺りの話はちらりと聞いた事が有り、いつも穏やかに笑っている彼がひどく暗く沈んだ面持ちと声音をしていた事をよく覚えている。両親との関係はあまり良くなかったが、七歳年下の妹の事だけは悔やんでも悔やみきれないと、そう言っていた。
「相当可愛がってるみたいだし……これ、おめでたい再会と同時に真吾と仁一の修羅場になるよなぁ、絶対……面白くなって来たじゃないの」
 そんな下世話な出歯亀根性丸出しの事をぼそりと呟いて歩き出せば、
「へぇ……自分の後始末はせずに逃げ出しておいて他人の事には首突っ込むのか……」
「てめぇ……俺等放置してさっさと帰るってどういうこった……」
 そんな地を這う様な低い、怒りと苛立ちを滲ませた様な声が二つ。ぎくり、と顔を上げて声のした方を見てみれば、そこには黒川と敦賀が階段を上がり切って直ぐの位置に並んで立ち、タカコの進路を完全に塞いでいた。
「え、いや、あの、ほら、ね?何だか二人で睨み合っててさ、話しかけ辛いなーって……思った……から?」
「何で最後に疑問符付いてるんだよ……」
 呆れ混じりにそう言ったのは黒川、敦賀の方はと言えば苛立ちが先立って言葉も無く不機嫌そうに睨み付けるだけ。放置したのは悪かったがそもそも敦賀の父親である中将が意味不明な勘違いをして黒川にそれを話した事が発端だろう、自分はあまり悪くない筈だ、タカコはそう内心で呟き、この場を逃げ出してしまうかと一歩後退る。
「おい……」
 階段は建物の中央以外にも両端に非常階段が一つずつ、そちらへと逃げてしまおうと一歩下がればそれが二人にも伝わったのか、あちらは一歩こちらへと向けて踏み出して来る。
「……てめぇ、逃げる気か」
 一歩、また一歩とじりじりと下がればその分だけ歩みを進める二人、男二人が過ぎた事をいつ迄も鬱陶しい、タカコは小さくそう吐き捨て、踵を返して一気に階段に向かって走り出す。
「ちょ!待て!」
「待ちやがれ!」
 背中にぶつけられる言葉は無視して階段室へと駆け込み、数段ずつ飛び降りる勢いで階下へと向けて駆け抜ける。謝った方が良い気がしないでもないが筋違い、勝手にぷりぷりと怒っていろと笑って一階迄一気に駆け下りて本部棟の外へと出た。
 書類の束は手に持ったまま、さて、これからどうしたものかと暫し思案に暮れる。真っ当に曹長の大部屋に戻って仕事をしようとすれば直ぐにあの二人に見つかり捕まってしまうだろう、高根の執務室には用事が有って来たのだろう黒川が来るだろうし、敦賀の執務室は論外だ。研究棟や他の部署にでも、そんな事を考えて当ても無く歩いていたタカコが立ち止まったのは駐車場、そこに停められた黒川の車を目にした時だった。外は寒いし、建物の中ではいつ敦賀に見つかるか分からない、それならば、と、一旦はその場から離れ鉤状になった固めの針金を何処かから探し出して来て、後部座席の扉の窓の隙間にそれを差し込み、数度素早く引き上げるという事を繰り返し、何度目かで開錠に成功すると素早く中へと入り込んだ。
「暖房入ってないから寒いは寒いけど、吹きっ曝しの外にいるよりはよっぽどマシかな、タツさんが戻って来る前に場所変えないといけないけど」
 自分の行為の犯罪性については特に問題にも思っていないのか後部座席へと身体を沈めるタカコ、出来るだけ長居をしたいから黒川が戻って来るのは遅い方が良いな、そんな事を考えつつ膝の上に書類の束を置き、その一枚一枚に目を通し始める。泣こうが喚こうが怒鳴ろうが、とにかく何をしようとも後約三ヶ月で『その時』がやって来る。その先に待つのは同盟か侵攻か、今は未だ分からないが、高根達と交わした約束は守らなくては、本国が侵攻という答えを出したとしても、その瞬間迄自分は全身全霊を懸けて彼等大和人に協力し続ける、その約束を。
「OPFORの創設も助言すべきだろうなぁ……しかし、これは流石にどうしたもんかなぁ……」
 OPFOR――、opposing force、仮想敵部隊や対抗部隊と呼称されるそれはワシントンの存在が無かったとしても、活骸だけではなく人間との戦いへと突入せざるを得なくなっている大和にとって、ワシントン同様に今後必要不可欠なものとなって来るだろう。『その瞬間迄は』全面的に協力をすると約束はしたものの、OPFORの創設とその運用方法についての知識と技術と情報は長く残る事になる。同盟が仮初めのまま決裂し袂を分かつ事になったとしたら、自分が置いて行くそれ等はそのままワシントンへと向けられる刃と銃口となる可能性を考えると、そこ迄踏み込むのは、と、流石に躊躇が残ってしまう。それでも大和がワシントン以外の人間との戦いへと突入するのであればその手助けはしてやりたい、一体どうしたものかと溜息を吐き、三分の一程目を通した書類の束を膝の上に戻し車の天井をぼんやりと仰ぎ見た。
 あちらを立てればこちらが立たず、歳をとり立場も有ると全てを収める事はなかなかに難しく、それでも出来るだけ良い方向へ、傷付く者が出来るだけ少なくなる様になれば良い。そんな事を考えつつタカコはポケットから煙草を取り出して火を点け、窓を開けて外へと向かって静かに煙を吐き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

処理中です...