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第254章『企み』
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第254章『企み』
――福岡、太宰府駐屯地――
「……さて、と……どうするかね……」
その呟きは、一人きりの深夜の執務室の空気へと静かに溶けて行く。黒川は椅子に腰掛けて窓の外の闇を眺めつつ机の上の湯呑みを手に取り冷めてしまった中身を一啜りした。
少し前に起きた鳥栖市街地曝露、住人のほぼ全数が活骸に変異するかそれに食い殺されて死滅し、幸運により生き残った極少数は全員が住み慣れた土地を放棄し、避難所生活の後は政府が用意した代替地へと移り住む事を選択した。今は未だ避難所での生活を送っているが鳥栖は既に無人の廃墟となり、燃え尽きた残骸と焼け残りはしたものの主を失った家が無残な姿を晒している。遺体の回収と焼却作業は防疫も任務の一つとして陸軍が担当した為に、黒川自身も視察として現場を何度も訪れた、そんな中で自らの中に生まれた一つの考えを実行に移すべきかどうかを思案しつつ、湯呑みを机上に戻し今度は煙草を手に取って火を点ける。
畑違いの高根は気が付いていないか、気が付いていたとしても門外漢という事で口は出して来ないだろう。しかし、本土の防衛と治安維持が仕事である陸軍、その下部組織である西部方面旅団総監の任に有る自分としては現場の状態を直に見て真っ先に認識した事、それは廃墟となった旧鳥栖市街地の管理を何処が受け持つかという事だった。住人のほぼ全員が死滅した今となっては最早以前の生活を立て直す事は不可能、そう判断したのは一般家庭のみならず企業等も同じで、土地の放棄は鳥栖全域に渡りその全てが国有地となった。今は混乱も多少は残っている為に後始末を担当した陸軍が暫定的に管理しているが、それ以降国のどの部署が鳥栖を管理権を持つかという事は未だ白紙のままの状態が続いている。
その姿をはっきりとこの目で確認したわけではないが実際に砲撃を受け、それによる死者こそ出なかったもののその事実を知った人間の間には相当な戦慄が走ったと言って良いだろう。大和は態勢を整える前に未経験の領域へと、人間との戦いへと突入せざるを得なくなった。それを無かった事にも先延ばしにも出来ない事は明白で、今からでもその為の態勢を整え始めなければいけないのだが、その訓練を積む為の場所も、そして何よりも知識も情報も全く無いというのが大和の現状であり、戦いの最前線に立たざるを得ないであろう陸軍の一司令官として、鳥栖曝露以降黒川の脳内は大半がその事を占めていた。
そんな時に視察として鳥栖を訪れた時彼の目に止まったのは、火事の難を逃れて綺麗な状態のまま残った住宅街。その一帯には火の手が及ばなかったのか、かなりの広範囲に渡り建物が曝露以前と変わらない状態のままで残っており、今迄はばらばらになり腐臭を放ち始めた遺体ばかり目にしていた黒川は、立ち並ぶ建物群を目にした瞬間身体に何か電流の様なものが走るのを感じ立ち止まった。
「総監?どうかされましたか?」
「あ……いや、何でもない」
部下から掛けられた言葉に返しつつ、再度建物群へと視線を向ける。対人戦闘、それも非正規兵との戦いの為の訓練であれば実際の環境、大和の市街地等を模した環境が絶対的に必要になる。その為の土地も施設も無かったが、今目の前に最適且つ広大な場所が広がっているではないか、と、唐突に気が付いたのだ。未だ混乱の中に有り管理権も定まっていない国有地、博多からも太宰府からも近く立地は申し分無い、全域が無人になっているのだから民間人の安全に配慮する必要も無い。この場所の管理権を陸軍西方旅団が握れば、場所の確保という問題はそれで一気に解決となる。予算の問題も無いではないが、差し迫った状況を分からせてやればその解決もそう簡単ではなくとも不可能ではないだろう。
場所と状況を用意すれば後は――、と、黒川はそこ迄考えて緩く頭を振り、視察へと戻って行った。それから数日間考え続け、やはり答えは一つしか無いかと思い至り、今こうして執務室で一人紫煙を燻らせている。
場所と状況はこちらで用意出来る、後は対人戦闘の知識と技術が必要だ、それも出来るだけ高度で、現実に即応出来る生きたものが。長らく活骸以外に外敵を持たず内乱も無かった大和、そこで生まれ育ちそんな世界しか知らない大和人にはそういった蓄積は何も無い。現在国内に存在しその高度な知識と技術を持ち得る唯一の勢力、それは、タカコとその部下達。彼女達の指導を仰ぎ知識と技術の提供を受けそれを大和が我が物と出来れば、これから迎えるであろう戦いにも幾分の望みが見えて来る筈だ、しかし、そこで思わぬ障壁になるのではと思い至るのが、タカコが国に忠誠を誓った有能な軍人であり指揮官であるという事実。
個人的にも親しく付き合い、仕事としても現状は協力関係にあるタカコ、大和に対して献身的な貢献を続けてくれている彼女だが、如何にそんな関係を維持出来ているとは言え、同盟が決裂し敵対する関係になった時、そのまま自分達に向けられる刃になりかねない知識を素直に提供してくれるのかと考えれば、それは否だろう。彼女はそこ迄状況や人情に流される人間ではない、あの告白の時に見せた獰猛さとワシントン軍人としての矜持は本物だ、そんな人間が易々と全てを伝えてくれる筈が無い。彼女が大和へと伝えた散弾銃も、当然それがワシントンの装備の全てではないだろう、活骸との戦いに有効だと伝えてくれはしたが、その銃口がワシントンに向けられる事になったとしても充分に制圧は可能、その程度の算盤は弾いてからの行動だったに違い無い。
しかし、頼りにする根拠がそのまま障害になるとはと思いはするものの、大和として陸軍として、そしてその陸軍の司令官の一人として、選ぶべき答えは一つだけだ。
「黒川総監?どうかしましたか?」
「あ……いや、ちょっと考え事を」
高根から掛けられた言葉に現実へと引き戻される、いつの間にか宙を見詰めていた視線を窓の外へと戻せば、そこではタカコが東方師団の兵士に人質になった敦賀ごと猛攻を浴びせているところで、憎からず思っている相手だろうに容赦が無いな、そんな事を考えつつ小さく笑う。
鳥栖曝露から数ヶ月が経過し、他に先んじて動いた成果か鳥栖国有地の管理権は陸軍西方旅団が確保した。予算も何とか認めさせ、後は、と、そう思いつつ双眸を細めて笑みを消してタカコを見る。
正攻法で行っても彼女の締め付けが緩む事は無いだろう、それならば、彼女のあの悪戯と遊びの大好きな気質を上手く利用してやれば良い。仕事の事が無かったとしても雪合戦の様な勝負や遊び、そして手の込んだ悪戯が大好きなタカコ、非正規兵相手の戦闘の為の仮想敵部隊、それを動かすという事はそんな気質を持つ人間にとってはとても魅力的だろう。仮想敵部隊を設立する為の準備段階として出来る範囲で構わないから、そう言って参加させてしまい、後は出来るだけ『楽しんで』もらえば良い。彼女が楽しめば楽しむ程、それによって生まれた結果は大和の糧になる。
もしその行為により彼女が本国から叛意を問われて処罰追放される様な事になれば、その時には大和が迎え入れてやれば良い、今度は海兵隊ではなく陸軍が、そして、大和人として。そうすれば自分は彼女を軍人としてだけでなく、伴侶としても生涯傍に置く事が出来るかも知れない。その為にも精々楽しく気持ち良く踊ってくれよ、と、黒川は胸の内で呟いた。
――福岡、太宰府駐屯地――
「……さて、と……どうするかね……」
その呟きは、一人きりの深夜の執務室の空気へと静かに溶けて行く。黒川は椅子に腰掛けて窓の外の闇を眺めつつ机の上の湯呑みを手に取り冷めてしまった中身を一啜りした。
少し前に起きた鳥栖市街地曝露、住人のほぼ全数が活骸に変異するかそれに食い殺されて死滅し、幸運により生き残った極少数は全員が住み慣れた土地を放棄し、避難所生活の後は政府が用意した代替地へと移り住む事を選択した。今は未だ避難所での生活を送っているが鳥栖は既に無人の廃墟となり、燃え尽きた残骸と焼け残りはしたものの主を失った家が無残な姿を晒している。遺体の回収と焼却作業は防疫も任務の一つとして陸軍が担当した為に、黒川自身も視察として現場を何度も訪れた、そんな中で自らの中に生まれた一つの考えを実行に移すべきかどうかを思案しつつ、湯呑みを机上に戻し今度は煙草を手に取って火を点ける。
畑違いの高根は気が付いていないか、気が付いていたとしても門外漢という事で口は出して来ないだろう。しかし、本土の防衛と治安維持が仕事である陸軍、その下部組織である西部方面旅団総監の任に有る自分としては現場の状態を直に見て真っ先に認識した事、それは廃墟となった旧鳥栖市街地の管理を何処が受け持つかという事だった。住人のほぼ全員が死滅した今となっては最早以前の生活を立て直す事は不可能、そう判断したのは一般家庭のみならず企業等も同じで、土地の放棄は鳥栖全域に渡りその全てが国有地となった。今は混乱も多少は残っている為に後始末を担当した陸軍が暫定的に管理しているが、それ以降国のどの部署が鳥栖を管理権を持つかという事は未だ白紙のままの状態が続いている。
その姿をはっきりとこの目で確認したわけではないが実際に砲撃を受け、それによる死者こそ出なかったもののその事実を知った人間の間には相当な戦慄が走ったと言って良いだろう。大和は態勢を整える前に未経験の領域へと、人間との戦いへと突入せざるを得なくなった。それを無かった事にも先延ばしにも出来ない事は明白で、今からでもその為の態勢を整え始めなければいけないのだが、その訓練を積む為の場所も、そして何よりも知識も情報も全く無いというのが大和の現状であり、戦いの最前線に立たざるを得ないであろう陸軍の一司令官として、鳥栖曝露以降黒川の脳内は大半がその事を占めていた。
そんな時に視察として鳥栖を訪れた時彼の目に止まったのは、火事の難を逃れて綺麗な状態のまま残った住宅街。その一帯には火の手が及ばなかったのか、かなりの広範囲に渡り建物が曝露以前と変わらない状態のままで残っており、今迄はばらばらになり腐臭を放ち始めた遺体ばかり目にしていた黒川は、立ち並ぶ建物群を目にした瞬間身体に何か電流の様なものが走るのを感じ立ち止まった。
「総監?どうかされましたか?」
「あ……いや、何でもない」
部下から掛けられた言葉に返しつつ、再度建物群へと視線を向ける。対人戦闘、それも非正規兵との戦いの為の訓練であれば実際の環境、大和の市街地等を模した環境が絶対的に必要になる。その為の土地も施設も無かったが、今目の前に最適且つ広大な場所が広がっているではないか、と、唐突に気が付いたのだ。未だ混乱の中に有り管理権も定まっていない国有地、博多からも太宰府からも近く立地は申し分無い、全域が無人になっているのだから民間人の安全に配慮する必要も無い。この場所の管理権を陸軍西方旅団が握れば、場所の確保という問題はそれで一気に解決となる。予算の問題も無いではないが、差し迫った状況を分からせてやればその解決もそう簡単ではなくとも不可能ではないだろう。
場所と状況を用意すれば後は――、と、黒川はそこ迄考えて緩く頭を振り、視察へと戻って行った。それから数日間考え続け、やはり答えは一つしか無いかと思い至り、今こうして執務室で一人紫煙を燻らせている。
場所と状況はこちらで用意出来る、後は対人戦闘の知識と技術が必要だ、それも出来るだけ高度で、現実に即応出来る生きたものが。長らく活骸以外に外敵を持たず内乱も無かった大和、そこで生まれ育ちそんな世界しか知らない大和人にはそういった蓄積は何も無い。現在国内に存在しその高度な知識と技術を持ち得る唯一の勢力、それは、タカコとその部下達。彼女達の指導を仰ぎ知識と技術の提供を受けそれを大和が我が物と出来れば、これから迎えるであろう戦いにも幾分の望みが見えて来る筈だ、しかし、そこで思わぬ障壁になるのではと思い至るのが、タカコが国に忠誠を誓った有能な軍人であり指揮官であるという事実。
個人的にも親しく付き合い、仕事としても現状は協力関係にあるタカコ、大和に対して献身的な貢献を続けてくれている彼女だが、如何にそんな関係を維持出来ているとは言え、同盟が決裂し敵対する関係になった時、そのまま自分達に向けられる刃になりかねない知識を素直に提供してくれるのかと考えれば、それは否だろう。彼女はそこ迄状況や人情に流される人間ではない、あの告白の時に見せた獰猛さとワシントン軍人としての矜持は本物だ、そんな人間が易々と全てを伝えてくれる筈が無い。彼女が大和へと伝えた散弾銃も、当然それがワシントンの装備の全てではないだろう、活骸との戦いに有効だと伝えてくれはしたが、その銃口がワシントンに向けられる事になったとしても充分に制圧は可能、その程度の算盤は弾いてからの行動だったに違い無い。
しかし、頼りにする根拠がそのまま障害になるとはと思いはするものの、大和として陸軍として、そしてその陸軍の司令官の一人として、選ぶべき答えは一つだけだ。
「黒川総監?どうかしましたか?」
「あ……いや、ちょっと考え事を」
高根から掛けられた言葉に現実へと引き戻される、いつの間にか宙を見詰めていた視線を窓の外へと戻せば、そこではタカコが東方師団の兵士に人質になった敦賀ごと猛攻を浴びせているところで、憎からず思っている相手だろうに容赦が無いな、そんな事を考えつつ小さく笑う。
鳥栖曝露から数ヶ月が経過し、他に先んじて動いた成果か鳥栖国有地の管理権は陸軍西方旅団が確保した。予算も何とか認めさせ、後は、と、そう思いつつ双眸を細めて笑みを消してタカコを見る。
正攻法で行っても彼女の締め付けが緩む事は無いだろう、それならば、彼女のあの悪戯と遊びの大好きな気質を上手く利用してやれば良い。仕事の事が無かったとしても雪合戦の様な勝負や遊び、そして手の込んだ悪戯が大好きなタカコ、非正規兵相手の戦闘の為の仮想敵部隊、それを動かすという事はそんな気質を持つ人間にとってはとても魅力的だろう。仮想敵部隊を設立する為の準備段階として出来る範囲で構わないから、そう言って参加させてしまい、後は出来るだけ『楽しんで』もらえば良い。彼女が楽しめば楽しむ程、それによって生まれた結果は大和の糧になる。
もしその行為により彼女が本国から叛意を問われて処罰追放される様な事になれば、その時には大和が迎え入れてやれば良い、今度は海兵隊ではなく陸軍が、そして、大和人として。そうすれば自分は彼女を軍人としてだけでなく、伴侶としても生涯傍に置く事が出来るかも知れない。その為にも精々楽しく気持ち良く踊ってくれよ、と、黒川は胸の内で呟いた。
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