大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第275章『会議室』

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第275章『会議室』

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 昼下がりの太宰府駐屯地、その一角に在る西部方面旅団総監部の会議室。ロの字に組んだ長机、そこに集結しているのは西方旅団総監である黒川とその盟友である高根、西部方面旅団隷下の陸軍駐屯地司令、海兵隊副司令の小此木と各駐屯地の副司令、陸軍幕僚監部から派遣されて来た数名の佐官、三軍省直轄の研究部から派遣されて来た数名の研究員、そして彼等全員の上官である敦賀統幕副長。表情は一様に険しく、その視線は手許に広げられた大量の報告書へと落とされていた。
「……思っていた以上に厳しい結果だな……」
 苦々し気にそう口を開いたのは副長、他の面々はそれを聞きながら更に渋い面持ちになる。原因は昨日終了した二回目の対非正規兵演習、初回と同じ様に今回も正規兵側が全滅判定を受け、今迄に経験が無かったとは言え一国の防衛を担う防人の集団がこれは流石に、と、全員の表情は最初から渋く硬いまま。凡その事情を知っている高根と黒川、その腹心たる小此木と横山も、二度目もこうなるとは思っていなかったのか、苦々しい様子を隠そうともしていない。
「……返す言葉も有りません……」
 やっと口を開いたのは演習の総責任者である黒川、けれど言葉に出来たのはそれだけ、不甲斐無いとしか言い様の無い惨状に今度は副長が再度口を開き、それから暫くの間は重苦しい詰問と叱責の時間が続いた。
「それで?今後はどんな流れの予定なんだ?」
 書類に落としていた顔を上げ、眼鏡を外し目頭を揉みながら湯呑へと手を伸ばす副長、その言葉に口を開いたのは今度は高根。
「はい、初回と今回は非正規兵の拠点に侵攻するという筋書きでしたが、次回は基地や拠点を非正規兵が急襲しそれを迎撃するという筋書きになります。他国への侵攻や国内の不穏分子の鎮圧でもない限りはこちらの方が現実に即した流れになるかと。どんな想定をするのかという事は非正規兵側に一任するという事は変わりませんが、正規軍の特性や性質を考えれば、こちらの方が結果が出せると思います」
「そうか……それはそれとして、予算の件についてだが」
 『予算』、その言葉が副長の口から出た瞬間、高根と黒川の顔が更に強張る。初回と今回の演習で確保した額の五分の一を消費した、演習は今後も続くと言うのに早々にかなりの額を消費し、今後はどうするつもりなのかという、至極尤もな詰問が副長から発せられ、二人はそれにどう言葉を返したら良いものかと、頭を抱える事も出来ずに黙り込む。
 非正規兵側がどう動くかという事に関してはタカコに一任しているものの、初回での凄まじさに
「頼むから予算の事だけはちゃんと考えてくれ!」
 と、年甲斐も無く涙目になって懇願した事数度、口では分かった分かったと言いつつも全く分かっていないであろう惨状に、今この場にはいないあの能天気な笑顔が二人の脳裏に浮かんだ。
 彼女が正規兵としても指揮官としても、そして非正規兵としても有能なのだという事はもう十二分に理解している。それは理解しているから、認めるから、今度は哀しい中間管理職である自分達の立場をタカコが理解してほしいのだが、と、九州地方の護りの双璧の頂点二人でそう思いはするものの、恐らくそれが聞き入れられる事は無いのだろうなと思ってしまうのが何とも哀しい。
 彼女とて国は違えど軍に所属する中間管理職である事に相違は無いのだろうが、預けられている裁量の範囲は自分達よりも広いのか、それとも抱えるものや柵が自分達よりも少ないのか、何とも応用に飄々と振る舞っているのが今は何とも恨めしい。
「それでは、本日ここ迄。予算については十二分に配慮を。三軍省と政府と財務省にこれ以上あれこれ言われるのは勘弁だ」
「は、了解です」
「了解しました」
 窓の外はすっかり暗くなり、時計を見れば既に二十時近く、明日は早朝から鳥栖へと出なければならないのに、これでは殆ど眠る事も出来ないな、副長の幕引きの言葉を聞きながら返事をして立ち上がり会議室を出る高根と小此木、それを呼び止めたのは黒川と、それに付き従う横山だった。
「お疲れさん、どうだ、一本」
「あー……黒川総監、煙草は止めたんじゃ?」
「そうなんだけどな、まぁ、色々有って」
「構いませんけどね……喫煙室で?」
「俺の部屋に行こう」
 気心の知れた者同士色々と話しておきたい事も有るのだろう、然り気無く誘う黒川に逆らう事も無く連れ立って歩き出し、四人は彼の執務室へと入り応接セットのソファへと腰を下ろした。
「……胃が、胃が痛ぇよ……」
「そりゃ俺も同じだよ……陸幕からも研究本部からも人来てるしよ……その中で惨敗しただの予算だの、何、何なのあの公開処刑……」
「……タカコに一任したの、拙かったんじゃないですかねぇ……」
「小此木さんもそう思いますか?自分もちょっと……有能な事に異論は無いんですけど、規格外と言うか……ねぇ?」
 他の目が無くなったという事も有ってかソファに身体を投げ出しぐったりとする面々、じわじわねちねちと甚振られてすっかり消耗し、もううんざりだといった風情で各々が好き勝手な事を口にする。
 タカコの有能さについて異論は微塵も無いし、この訓練が自分達大和軍にとって何物にも代え難い貴重な経験である事はよく分かっている、予算に関しても新しい事を始めるのだから多少の出費は必要なのだという事も。しかし、軍の中枢に食い込もう、成り上がろうという野心に関しては些か薄い面々にとっては、普段であればそう接する事の無い統幕やら陸幕やらのお偉方が出て来てその彼等にちくちくとやられるのは酷く消耗する事らしく、これさえ無ければ、と、漸く解放された安堵からか大きく息を吐きながら煙草を咥えて火を点け、肺腑から吐き出した煙の向こうに霞む天井を見詰めていた。
「……もうこんな時間かぁ……泊まって行くか?」
「俺?俺は帰るよ、嫁さん心配だし」
「そう言えば真吾、子供、双子なんだって?」
「あー、タカコから聞いた?そうそう、そうなのよ、やけに腹でけぇなぁと思ってたらさ、双子だって。あんなに身体小っちぇえのに、二人も腹に抱えてこれから産むとか……心配なんだよなぁ」
「おめでとう御座います、喜び二倍ですね。まぁ、双子だと産後の大変さは二倍じゃなくて二乗になりますけど」
「あれ?横山さんとこも双子だっけ?」
「いえ、うちは一回一人ずつで三人ですけど、親戚のところがそうなんですよ」
「それで?男?女?両方?」
「いや、そんなの生まれる迄分かんねぇし。どんな組み合わせでも良いよ、母子共に健康に無事に生まれてくれるなら」
「予定日いつですか?」
「えっと――」
 立ち上がった横山が茶を淹れ、それを啜りながら話すのは高根夫妻の子供について。色々と気が重く血生臭い事も多い中、それとは無縁の明るい話題に、男達は花を咲かせ、太宰府の夜は深まって行った。
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