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第277章『苛立ちと前進』
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第277章『苛立ちと前進』
三回目の演習はこれ迄とは違い非正規兵側に全滅判定が出る結果となり、初回と二回目の結果で非常に険しいものになった陸幕や研究本部の面々、そして統幕副長の機嫌と面持ちも若干ではあるが和らいだ。彼等と直接遣り取りをしなければならない高根や黒川としてはそれはそれで喜ばしい一面も有ったのだが、今度は逆に教導隊に選抜した面々の表情と纏う空気が鋭く険しいものとなり、あちらを立てればこちらが立たずか、と、二人で顔を見合わせて溜息を吐く。
尤も、二人共上の機嫌を気にするよりは彼等自身も甚く矜持を傷付けられており、中身はともかくとして見た目だけは頼り無い、そんな女一人に体良くあしらわれた事に起因する不機嫌を隠そうともしていない。恐らくは部下達の不機嫌も同じ理由なのだろう、そう考えれば立場も何も放り投げて彼等に混じり愚痴を零し、ついでに酒を呷りたくなる様な按配だった。
ワシントンが大和よりもずっと進歩した文明を持ち、軍事力に於いても比較にならない程強大なのであろう事はタカコを通してよく理解しているつもりだった。彼女が専門的且つ高度な教育を受け、そして数多くの実戦を生き抜き、そして部隊を部下を取り纏め率いて来た優秀な兵士であり指揮官だという事は、彼女と出会ってからの二年半の月日の中で身に染みて理解しているつもりだった。けれど、彼女の才能はそれだけに留まらず、見た目と振る舞いで相手の警戒心を解いてしまい間合いへとあっさりと入って来る。
警戒心を解いて良い相手ではないと、高根も黒川も何度自分に言い聞かせたか分からないが、その防壁をいとも容易く突破する彼女のそれは間違い無く天賦の才だろう。それが余計に自分達の矜持を甚く傷付け惨めな思いを抱かせている事に気が付いてはいるものの、実際の彼女を前にするとその意識はいつの間にか消え失せてしまう。
タカコが男なら、自分達と同じかそれ以上に逞しく力強い外見なら、彼女とその母国であるワシントンに対しての脅威と警戒を忘れる事は無いだろう。そして、惨めな思いをする事は免れないにしても、その感情はこれ程強いものにはならないだろう。
高根も、そして黒川も、タカコと出会った当初は、こんな頼り無い女一人に特殊部隊を一つ任せ、その上遠く離れた異国へと危険な任務を与えて送り込むとはワシントン軍の上層部は正気なのか、そんな事も考えた。けれど今ならその決定が実に正しかった事がよく分かる。警戒心を抱かせない外見と振る舞いに内包された寒気すら感じる程の高い実力、何度も言葉や考えにはしたものの結局は根本的には理解出来ていなかった彼女の資質、才能、それが彼女が今ここにいる、単純且つ明快な理由なのだ。
これについてはもう教導隊に選抜した面々も凡そのところは理解しているだろう。それを考えれば良い様に扱われている事はしょうがないと認め諦めるべきなのかも知れないが、そこはそれ、彼等も何の経験も無い素人ではなく、大和なりとは言え国防の最前線で任に当たって来た矜持も自信も有る上に彼女よりも逞しい体躯と強い力を持つ男達、この惨状はそうそう受け入れられるものではない事は二人にもよく分かっていた。
「なっさけねぇなぁ……あんな小さい女一人に大和軍の精鋭が纏めてガキ且つ傀儡扱いか……」
「……自信無くなって来るよな……軍人としても男としても……」
深夜の海兵隊総司令執務室、応接セットの机上に積み上げられた報告書の山から束を一つ二つ抜き出しそれに目を通す男二人、高根と黒川。口から出る言葉は内容も調子も実に情け無く、そこに不機嫌と苛立ちを上乗せしてうんざりだと言った調子で言葉を交わしながら報告書を捲り内容に目を通していた。
自分達と同じ様な空気になっていた教導隊の面々に
「あまり気にするなよ、あの物体は規格外だという事を忘れるな」
と、そう言って一応慰めはしたものの、その言葉に一番納得していないのはそれを吐いた当人二人で、はてさてこれからどうしたものかと思いつつ苛立ちを誤魔化す様に煙草を咥えて火を点ける。
「個人的なムカつきで止まってる場合じゃねぇってのは分かるんだけどなぁ……何なんだろうねこの割り切れなさは」
「あー……分かるわ……あいつ見てるとどうしても軍人としてとか以前に一人の男としてムカついて来るんだよな……卑怯だろあの外見、何処にも危険そうとか強そうって匂いしねぇんだもん」
「統合参謀本部とやらは実に良い人選をしたよな……」
「俺等にとっちゃ最悪だけどな……」
お偉方にも渡る表向きのものとは別に作成された、高根と黒川用の『実際のところを包み隠さず書き表した』報告書の内容もそれを如実に表していて、彼女の書いた絵図面とそれに基づいた指揮が実に的確であった事がよく分かる。
活骸だけではなく人間との戦いも数多く経験して来たタカコ、その彼女を一時的にとは言え得る事が出来た天祐、それを感謝するだけに留まらず何とも幼稚な憤りを抱いている場合ではない、それは分かっている。しかし、と、結論の出ない愚痴を交わしつつ報告書の全てに目を通し、それを終えた後は二人で分けて抱えて本部棟の外へと出て焼却炉へと向かい、手にした紙の束を中へと放り込み火を点けた。
「……さて、少し宥めておくかね、可愛い部下達を」
「……同感だ」
どれ位の時間が経過したか、全てが燃え尽き火が消えて煙だけが立ち上る炉内、それを何を言うでもなく見詰めていた高根が静かに口を開き歩き出し、黒川がそれに同意の言葉を返し焼却炉の扉を閉めて後に続く。向かった場所は曹長の大部屋、人払いをして教導隊の面々が反省会を開いている筈のそこへと辿り着き扉の前に立てば、随分と活気づいた空気が中から漏れて来た。
「ここは?これがこうなって場合はどうなんだよ?」
「だから、そこだけに注視するなって。それじゃ相手の思う壷だぞ、寧ろこっちに――」
「いやいや、それならこっちの方から――」
「ちょっと待って下さいよ、それが可能ならここからも併せて――」
扉を開けて中へと入れば、机を退かして空けた床に地図を広げ、それを取り囲んで座り湯呑で酒を飲みつつ、侃々諤々という表現がぴったりの風情で意見を交わしているタカコと教導隊の面々がいた。その彼等が気付き立ち上がり挙手敬礼をする様を見ながら、二人は顔を見合わせて肩を竦めて小さく笑い、
「酒は見なかった事にしておく。良い機会だ、励めよ。一つでも多く自分の血肉にしろ」
「前向きなのは良い事だ、しっかり吸収しろ」
と、それだけ言って踵を返し入ったばかりの大部屋を後にする。
苛立ちで停滞していたらと思っていたが杞憂だった様だ、思うところは夫々に多分に有るのだろうが、それでもそれを抱えつつも前を向いている頼もしい部下達、二人はその彼等の様子に幾許かの安堵を覚えつつ、そろそろ帰るかと言葉を交わしながら執務室へと戻って行った。
三回目の演習はこれ迄とは違い非正規兵側に全滅判定が出る結果となり、初回と二回目の結果で非常に険しいものになった陸幕や研究本部の面々、そして統幕副長の機嫌と面持ちも若干ではあるが和らいだ。彼等と直接遣り取りをしなければならない高根や黒川としてはそれはそれで喜ばしい一面も有ったのだが、今度は逆に教導隊に選抜した面々の表情と纏う空気が鋭く険しいものとなり、あちらを立てればこちらが立たずか、と、二人で顔を見合わせて溜息を吐く。
尤も、二人共上の機嫌を気にするよりは彼等自身も甚く矜持を傷付けられており、中身はともかくとして見た目だけは頼り無い、そんな女一人に体良くあしらわれた事に起因する不機嫌を隠そうともしていない。恐らくは部下達の不機嫌も同じ理由なのだろう、そう考えれば立場も何も放り投げて彼等に混じり愚痴を零し、ついでに酒を呷りたくなる様な按配だった。
ワシントンが大和よりもずっと進歩した文明を持ち、軍事力に於いても比較にならない程強大なのであろう事はタカコを通してよく理解しているつもりだった。彼女が専門的且つ高度な教育を受け、そして数多くの実戦を生き抜き、そして部隊を部下を取り纏め率いて来た優秀な兵士であり指揮官だという事は、彼女と出会ってからの二年半の月日の中で身に染みて理解しているつもりだった。けれど、彼女の才能はそれだけに留まらず、見た目と振る舞いで相手の警戒心を解いてしまい間合いへとあっさりと入って来る。
警戒心を解いて良い相手ではないと、高根も黒川も何度自分に言い聞かせたか分からないが、その防壁をいとも容易く突破する彼女のそれは間違い無く天賦の才だろう。それが余計に自分達の矜持を甚く傷付け惨めな思いを抱かせている事に気が付いてはいるものの、実際の彼女を前にするとその意識はいつの間にか消え失せてしまう。
タカコが男なら、自分達と同じかそれ以上に逞しく力強い外見なら、彼女とその母国であるワシントンに対しての脅威と警戒を忘れる事は無いだろう。そして、惨めな思いをする事は免れないにしても、その感情はこれ程強いものにはならないだろう。
高根も、そして黒川も、タカコと出会った当初は、こんな頼り無い女一人に特殊部隊を一つ任せ、その上遠く離れた異国へと危険な任務を与えて送り込むとはワシントン軍の上層部は正気なのか、そんな事も考えた。けれど今ならその決定が実に正しかった事がよく分かる。警戒心を抱かせない外見と振る舞いに内包された寒気すら感じる程の高い実力、何度も言葉や考えにはしたものの結局は根本的には理解出来ていなかった彼女の資質、才能、それが彼女が今ここにいる、単純且つ明快な理由なのだ。
これについてはもう教導隊に選抜した面々も凡そのところは理解しているだろう。それを考えれば良い様に扱われている事はしょうがないと認め諦めるべきなのかも知れないが、そこはそれ、彼等も何の経験も無い素人ではなく、大和なりとは言え国防の最前線で任に当たって来た矜持も自信も有る上に彼女よりも逞しい体躯と強い力を持つ男達、この惨状はそうそう受け入れられるものではない事は二人にもよく分かっていた。
「なっさけねぇなぁ……あんな小さい女一人に大和軍の精鋭が纏めてガキ且つ傀儡扱いか……」
「……自信無くなって来るよな……軍人としても男としても……」
深夜の海兵隊総司令執務室、応接セットの机上に積み上げられた報告書の山から束を一つ二つ抜き出しそれに目を通す男二人、高根と黒川。口から出る言葉は内容も調子も実に情け無く、そこに不機嫌と苛立ちを上乗せしてうんざりだと言った調子で言葉を交わしながら報告書を捲り内容に目を通していた。
自分達と同じ様な空気になっていた教導隊の面々に
「あまり気にするなよ、あの物体は規格外だという事を忘れるな」
と、そう言って一応慰めはしたものの、その言葉に一番納得していないのはそれを吐いた当人二人で、はてさてこれからどうしたものかと思いつつ苛立ちを誤魔化す様に煙草を咥えて火を点ける。
「個人的なムカつきで止まってる場合じゃねぇってのは分かるんだけどなぁ……何なんだろうねこの割り切れなさは」
「あー……分かるわ……あいつ見てるとどうしても軍人としてとか以前に一人の男としてムカついて来るんだよな……卑怯だろあの外見、何処にも危険そうとか強そうって匂いしねぇんだもん」
「統合参謀本部とやらは実に良い人選をしたよな……」
「俺等にとっちゃ最悪だけどな……」
お偉方にも渡る表向きのものとは別に作成された、高根と黒川用の『実際のところを包み隠さず書き表した』報告書の内容もそれを如実に表していて、彼女の書いた絵図面とそれに基づいた指揮が実に的確であった事がよく分かる。
活骸だけではなく人間との戦いも数多く経験して来たタカコ、その彼女を一時的にとは言え得る事が出来た天祐、それを感謝するだけに留まらず何とも幼稚な憤りを抱いている場合ではない、それは分かっている。しかし、と、結論の出ない愚痴を交わしつつ報告書の全てに目を通し、それを終えた後は二人で分けて抱えて本部棟の外へと出て焼却炉へと向かい、手にした紙の束を中へと放り込み火を点けた。
「……さて、少し宥めておくかね、可愛い部下達を」
「……同感だ」
どれ位の時間が経過したか、全てが燃え尽き火が消えて煙だけが立ち上る炉内、それを何を言うでもなく見詰めていた高根が静かに口を開き歩き出し、黒川がそれに同意の言葉を返し焼却炉の扉を閉めて後に続く。向かった場所は曹長の大部屋、人払いをして教導隊の面々が反省会を開いている筈のそこへと辿り着き扉の前に立てば、随分と活気づいた空気が中から漏れて来た。
「ここは?これがこうなって場合はどうなんだよ?」
「だから、そこだけに注視するなって。それじゃ相手の思う壷だぞ、寧ろこっちに――」
「いやいや、それならこっちの方から――」
「ちょっと待って下さいよ、それが可能ならここからも併せて――」
扉を開けて中へと入れば、机を退かして空けた床に地図を広げ、それを取り囲んで座り湯呑で酒を飲みつつ、侃々諤々という表現がぴったりの風情で意見を交わしているタカコと教導隊の面々がいた。その彼等が気付き立ち上がり挙手敬礼をする様を見ながら、二人は顔を見合わせて肩を竦めて小さく笑い、
「酒は見なかった事にしておく。良い機会だ、励めよ。一つでも多く自分の血肉にしろ」
「前向きなのは良い事だ、しっかり吸収しろ」
と、それだけ言って踵を返し入ったばかりの大部屋を後にする。
苛立ちで停滞していたらと思っていたが杞憂だった様だ、思うところは夫々に多分に有るのだろうが、それでもそれを抱えつつも前を向いている頼もしい部下達、二人はその彼等の様子に幾許かの安堵を覚えつつ、そろそろ帰るかと言葉を交わしながら執務室へと戻って行った。
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