大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第288章『愚』

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第288章『愚』

 軍部が教導隊の演習をまた行うらしい、そんな話を仲間から聞かされた。全国に波及した暴動、首都以北はあまり盛り上がってはいない様子だが、首都から九州に掛けては連日何処かしらの駐屯地や基地に仲間が詰め掛け、軍備の解体を叫んでいると聞いている。活骸以外の脅威を持たなかった大和、この国にこれだけの軍備は要らないのだ、対馬区と本土を隔てる防壁だけを護っていれば、国民の安寧は保たれる、軍は人を殺す危険な存在、最低限を残して無くなってしまえば良い。
 電力や燃油や物資、その全てに於いて軍が優先され、一般家庭では夕方から朝方に掛けての十二時間しか電気は使えず自家用車等富裕層以外には夢物語。軍の存在で潤っているのは基地や駐屯地周辺の極限られた地域のみ、他の大多数は何の恩恵にも預かれず、不満は以前から蓄積していたのだ。
 けれど、だからと言って何が出来るわけでもなく、新聞や雑誌等で軍に関わる記事を見つけては不満を口にするだけ、そんな生活に転機が訪れたのは少し前、一人の男が目の前に現れた事が全ての始まりだった。
「軍を打倒する為の運動をしよう、このままじゃ自分達は軍に殺されてしまう」
 単純且つ明快な男の理論、それに動かされたのは自分だけではない事は直ぐに分かった。男に連れられて行った秘密の会合、そこには自分と同じ不満を抱える者が多数おり、ああ、自分は孤独ではなかった、間違ってはいなかったのだと目を潤ませた。
 そして始まった男の指導、以前教職に就いていたという男は弁も立ち、人に理解させる物言いがとても上手く、少しずつではあるが人は集まり、これからどう動けば良いのかを男に教えられ、自分達でも話し合った。そんな中で男に教えられたのは、新聞や雑誌を、出来れば全国区のものを上手く利用するという事。民衆は分かり易いものを好む、軍の横暴を写真に収めてそれを紙面に載せて流せば、同調者はもっと増える、そう言われた。
 どうやってその絵を手に入れるか話し合っている間に男は記者や編集者を仲間として引き入れ、その彼等から知らされたのは、どうやら軍部は曝露で滅亡した鳥栖を丸ごと国有地化し演習場にしたらしいという事だった。演習場は既に各地に幾つも有る筈なのに何故、皆そう疑問に思ったが、指導者役の男が発した言葉に、その場の全員が怒りに打ち震えた。
「軍部はきっと市街地戦の演習をやるつもりなんだろう、鳥栖はまだまだ民家も残っているというし、市街地戦に見立てて訓練をやるには最適な筈だ。我々民衆に銃口を向ける準備に違い無い」
 その言葉で、自分達の当面の目標は鳥栖に定まった。指導者達が鳥栖へと侵入し情報を集め、やはり間違い無く軍は市街地戦の訓練を実施していると分かったのが先月の事、それからはどうやって軍の横暴を暴くかについて何度も話し合いが為され、少し前に写真機を持って鳥栖へと侵入した指導者達が、決定的な写真を持って帰還して来た。
 そこに有ったのは兵士が幼い少女を地面に下ろす写真、周囲の兵士は銃口を向けており、次の写真では少女が一人そこに取り残されていて、次の写真は爆破でもしたのか地面に大きな穴が開き、その後には少女の身体の断片、その惨たらしい様が記録されていた。
「……軍部はどうやら新型爆弾を開発しているらしい、この少女は恐らくその実験台に使われたんだろう、どの程度の威力なのかを確かめる為に」
 指導者の言葉、おぞましい計画を知らせるそれに或る者は憤り、或る者は涙した。決して、決して奴等を許してはいけない、そう心に決めた自分達は早速行動を起こし、アジビラを作って市街地にばら撒き、出版社にいる仲間は同じ内容で新聞や週刊誌に記事を載せた。
 世間の反応は好感触、軍部も政府も厳しい批判に晒される事となり、基地へ抗議の電話を掛けた時には常に話中で、仲間以外の一般の民衆も軍部の非道に激しい怒りを抱いているのだという事がよく分かった。
 鳥栖を襲撃する為に先ずは鳥栖から目を逸らす、しかも出来るだけ意外な方法で、そう言って指導者たちが次の計画だと告げたのは博多の三軍基地での暴動。本来であれば博多の人間を集めてというのが一番だが、軍需に依存しきっている博多ではどれだけ勧誘をしても効果は捗々しくなかったという事で、結局は他の地方から人間を動員する形で実行する事になった。それでも群集心理なのか基地や駐屯地に殺到する人だかりを見てそれに加わる地元民も多少は有り、人数は少しずつ増えて行った。過程で逮捕される者も有った為にそう劇的に増えたわけではないが、それでも指導者はとても満足そうな顔をしていた。
 そうして少しずつ暴動に加わる民衆の数は増え始め、自分達反軍組織が関わらない暴動も散見される様になり、軍批判の機運は確実に高まっている。
 そして今日、自分達は遂に新しい一歩を踏み出す。鳥栖へ兵員や物資が搬送されるのを察知したのは数日前、そして先程、陸軍幕僚監部の軍人や研究本部の研究員、そして、統合幕僚監部の副長が現地入りしたという情報が飛び込んで来た。今迄は抗議活動だけだったが、今回は違う、軍のお偉方と新兵器の実験をしている恐らくは精鋭部隊、それを一気に叩くのだ、重要な人間に被害が出れば軍の動きはかなり停滞する、その間に更に機運を高め、決定的な打撃を政府と軍に加える、その為の一歩。
 その為の訓練も指導者達から受けて来た、大丈夫、自分はやれる、男は小さくそう呟き、車から降り鳥栖演習場へと向かって静かに歩き出した。
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