大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第290章『震える手』

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第290章『震える手』

 指揮所の方から数度に渡って聞こえて来た爆破音、監視している兵士達はそれに動きを止めざわめき始めた。分隊長が無線で呼び掛けるも応答は無し、どうやら上手く行った様だ、物陰に潜んだ男はそんな事を考えつつほくそ笑んだ。
 現地調達の捨て駒達、即席とは言えそれなりに役に立った、もう用済みだから生き残った兵士が殺すなり捕まえるなりすれば良い、捕らえたところで大した情報は引き出せまい。生き残り逃げ延びて戻って来る者が有れば、それはそれでまた何かに再利用すれば良い。
 演習場内にいるのは指揮所にいた様な高級士官ではなく現役の兵士達、その彼等を確実に仕留める為、こちらに侵入するのは本職で揃えてある。小銃は恐らくは訓練用の染料弾だろうが、幾ら程度が低いとは言え一国の軍隊、その第一線で任に就く軍人の肉体は決して侮れるものではないだろう、心して掛からなければ。
 無線の応答は未だ無し、戻るのかどうするのか分隊長も決めかねている様子。戻るのならば背中からの掃射で一気に片付ける、進むのであれば横から浴びせ部隊を分断し、その後は各個撃破して行けば良い。
 男がそう考えつつ息を殺し身を潜める中、分隊は遂に戻る事を選択したのか、隊列を組み直し男へと背を向け始める。今だ、そう思った男が手にした小銃の引き金に指を添えた瞬間、突如として背後に現れた殺気に一瞬肌を粟立たせ、その次の瞬間には男は地面を蹴って表へと飛び出していた。その後を追う様にして銃声が響き地面が小さく弾ける、回り込まれていたか、そんな技量を持つ者がいたとは、否、事前に聞いているワシントンから送り込まれた軍人か。そう思いながら何とか体勢を立て直すものの、今度は自分が狙っていた筈の分隊に身体を晒す形となり、銃声で振り返った分隊、自分を狙った相手、そのどちらへと銃口を向けるのか、男は一瞬の選択を迫られた。
 ワシントンを相手にするかそれとも大和なのか、背後に現れた気配は一つだった、翻って大和はと言えば一分隊十一人。
 答えは、決まりきっていた。
 身体を捻りながら大和軍の分隊へと銃口を向け、添えていた指を引き金に掛けた、その時、
「撃て!」
 ワシントンがいる方向から声が上がる。それとほぼ同時に複数の銃声が間断無く響き渡り、身体中に焼ける様な衝撃が走り、男の意識はそこでぷつりと、そして永遠に途切れた。
「無事ですか!?」
 銃口から立ち上る幾筋もの煙、それを構える分隊の面々のところにキムが同じ様に小銃を携え駆け寄って来る。
「ああ……何とかな」
 そう言葉を返したのは分隊長である陸軍の士官、その彼が大きな息を一つ吐き、少し離れたとろこに転がった男の死体へと歩み寄った。
「染料弾だと思ってたか?訓練ならそうなんだろうがな、今回はお前等の掃討戦だ。実弾なんだよ、全部な。ったく……練度もまだ全然だってのにこんな事やらせやがって」
「自分はまた離れて警戒に当たります、遭遇は一度とは限りません、そちらも警戒を怠らずに」
「ああ、分かってる、お前も気を付けろ」
「はい、それでは」
 一体どれだけ入り込まれているのか、事前の会議ではそう多くはない筈だが正規軍を潰そうとするのならそれなりの技量を持つ人間をぶつけて来る筈だ、口車に乗せられた民衆を相手にするのとはわけが違って来る、心して掛かれと何度も言われたが、どうやらそれは正しかった様だ。
 鳥栖での演習が狙われるであろう事を見据え、それから秘密裏に行われた射撃や体捌きや布陣の訓練、そして、何度も説かれた『人を殺す』という事への心構え。任官した以上何か有った時には人間に銃を向け引き金を引くのだと頭では理解していたつもりでも、その事態に直面すれば身体が動かない事も有る。死にたくなければ、そして任務を全うする為にはそれを自分自身で捻じ伏せろ、強くそう言われた事を思い出しながら、微かに震える自分の手を見下ろしそれをきつく握り締め、分隊長は隊列を組み直し先へと進むと命令を出した。
 歩みを再開し周囲を警戒しつつ頭に浮かぶのは、何度も何度も言われた言葉。
『軍隊というのは純粋な『力』だ、自分達で善悪を判断する必要は無い、してはいけない。我々は唯命令を受けその通りに動き、全うすれば良い。国が、国民が決めた事を忠実に実行する純粋な『力』、だからこそ我々は大きな、そして強い力を与えられている。考えるな、実行しろ、それだけで良い』
 分かっていたつもりだった、大きく強い力が自らの意志を持てば、それは時として周囲に大きな禍を撒き散らす事になる。本来であれば護るべき存在に対し銃口を向け引き金を引く、そんな事態にもなりかねない。細かいところでは個々の判断が通用したとしても、大枠は決して自分で考えてはいけないのだ、自分達は国を、そしてそこで暮らす国民を護る為の銃、そして盾、道具なのだから。
 そして、道具というのはその時が来れば躊躇無く使われるべきもので、先程がそうだった。自分達の命を護り、それはひいては国民を護る事にも通じる事、決して私益私欲の為に殺人を犯したわけではない、やるべき事をやった、それだけの事だ。
 それでも、三十年以上生きて来た中での初めての経験、引き金を引く感触に、伝わる筈の無い弾が肉を、命を切り裂く感触が乗った事が今でもはっきりと指先に、手に、身体に残っている。きっと、自分はこの感触を生涯忘れる事は無いだろう、時には罪悪感を感じる事も有るのかも知れない。
 西方旅団総監である黒川の信頼を受ける者として、先程のキムや海兵隊にいる他のワシントン勢についての話は聞かされているし彼等の手解きも受けた。その彼等はきっとこんな感覚はとうの昔に卒業したのだろう、どれ程の屍を作り出したのかは知らないが、そこに至る迄の道、心情、彼等の持つそれに至る迄自分は正気を保っていられるのだろうか、そんな事を考えつつ視線を前に戻し、歩き続けた。
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